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piece1 寄り添う親友
全部知ってるから
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***
悠里と彩奈が、リビングのソファに並び、話に花を咲かせている。
「はい悠里、お土産だよ! 紅茶のマフィン! これ好きって、言ってたよね」
「わあ、覚えててくれたの? 彩奈、ありがとう!」
「まさか、熱出してたとは思わなかったよー。大丈夫? 悠里。食べられそう?」
「食べる食べる! 一緒に食べよ?」
悠里は喜々として、皿とフォーク、飲み物を、キッチンから持って来る。
そうして2人は、仲良くティータイムを楽しんでいるようだった。
それを尻目に、悠人はいそいそと、部活に行く準備を進める。
水筒に飲み物を入れ終わると、悠人は姉に声を掛ける。
「じゃあオレ、もう出るよ」
悠里は、明るく微笑んで答えた。
「うん! 気をつけてね」
立ち上がりかけた姉を、悠人は手で制す。
「いや、見送りなんていいって。彩奈さんいるんだし、ゆっくりしなよ」
「わかった、ありがと」
「また、具合悪くなったりしたら、連絡してよ?」
「ふふっ。大丈夫だけど、うん、わかった」
微笑む姉の隣りで、彩奈が笑顔で親指を立てた。
「悠人くんがいない間、しっかりとお姉ちゃんのことは見とくから! 安心して、部活がんばっておいで!」
確かに、姉の親友が来ているのだから、心配はいらないか。
悠人の顔にも、ホッとした笑みが浮かぶ。
「そっすよね! じゃあ、姉のこと、よろしくお願いします!」
「はーい!任せて!」
「いってらっしゃい!」
彩奈が、そして悠里が、にこにこ笑いながら、元気に手を振ってくる。
楽しげに見える2人を微笑ましく思い、悠人も手を振り返した。
「じゃ、行ってきまーす」
***
悠人が部活に行ってしまうと、リビングは、シンと静まり返った。
彩奈の顔に貼り付いていた笑みが、ボロリと剥がれ落ちた。
弟を心配させないようにと、悠里に合わせて笑ってくれたのであろう彩奈。
彼女は、玄関の扉を開けた瞬間に見た、暗く硬い表情に戻っていた。
「……あ、あの、彩奈」
悠里が改めて笑みを作り直し、傍らの親友に話しかける。
「ごめんね。スマホの電源入れてなかったから、心配させちゃったよね……」
悠里は必死に笑顔を保ち、何とか取り繕おうとした。
「私、もう元気だよ。大丈夫だからね」
連絡が取れなかったのは、あくまでも発熱のせいだというふうに。
悠里は、自分のおでこを指し、微笑んだ。
その手首を、彩奈が、ぎゅっと握る。
そうして捲れた袖の下、彼女は悠里の腕をじっと見つめた。
「……痣、できてる。擦り傷も、こんなたくさん」
「あ……」
悠里は慌てて、捲れてしまった袖を戻す。
あの日に受けた、暴力の跡。
腕や髪を掴まれて、引き摺られたときにできた、無数の傷――
ずっと、長袖の部屋着を纏って、隠していた。
だから、弟の目は誤魔化せた。
しかし、彩奈は目ざとい。油断した。
何とか取り繕おうと、悠里は頬に笑みを貼り付ける。
しかし彩奈の目線は、今度はテーブルの方に落ちていた。
小さなひと口だけを切り取られ、あとは手付かずのまま。
皿に残された、悠里のマフィン。
「あ、あの……」
はぐらかそうとする悠里を遮るように、彩奈は目を上げた。
その強い視線に気負され、悠里は口篭る。
「……悠里。ご飯、まともに食べれてないでしょ」
彩奈の両手が、すぅっと、悠里の頬を包み込んだ。
「こんな、やつれちゃって……」
親友の暖かい手と真摯な声に触れ、悠里の目に、じわりと涙が込み上げる。
いけない、泣いてしまっては。
悠里は急いで、笑みを作る。
「そ、そんなことないよ。ちゃんと、食べてるよ」
「嘘」
脆弱な誤魔化しは、ピシャリと払い除けられた。
悠里は、グッと唇を噛む。
「悠里……痩せちゃったよ……」
親友の手が悠里の髪を撫で、そして、ぎゅうっと抱き締めた。
「……ごめんね。ごめんね、悠里」
きつく悠里を抱き締める親友の腕が、震えていた。
「あのとき、私が、先に帰ったせいで」
ズクン、と悠里の胸に、重い痛みが走った。
「……や、やだ。彩奈、何のこと? 」
親友の言葉が何を意味したか、本当はわかっていた。
しかし悠里は必死に、とぼけようとする。
「気にしないでよ。あの日は、写真部のみんなと桜を撮りに行ったんでしょ? あ、そうだ。いい写真撮れた? 見せてよ」
悠里は明るく言いながら、トントン、と親友の肩を叩いた。
彩奈は、悠里を抱き締める手を離さぬまま、力なく首を横に振った。
「……無い。データ消した」
「え? な、なんで?」
「悠里が酷いことされてる間に撮ってた写真なんて、いらない!」
悠里は思わず、ビクッと身を竦ませる。
彩奈が、震える声で続けた。
「悠里……もう、隠さないでいいよ。私、全部知ってるから。全部、聞いたから」
「え……?」
――聞いた?
いつ。誰、に……
悠里の、言葉にならなかった疑問に、彩奈は静かに答えた。
「……昨日、シバさんに、会った。拓真くんも、一緒に」
「……そっか」
悠里は、ぎゅっと、唇を噛み締める。
誰?
答えは、わかっていた。
彩奈が、あの日のことを聞くのは、剛士の口から以外に、あり得ない。
けれど、明確に彼の名前が出ると、悠里の胸に衝撃が走った。
彼女の心は、支柱を失った建物のように、キシキシと音を立て、揺れて、そして、崩れ始める。
「悠里……ごめん、ごめんね」
崩れゆく悠里を、繋ぎ止めようとしているのか。
彩奈が、抱き締める腕に、ぎゅうっと力を込める。
悠里は唇を震わせたが、何を言うこともできなかった。
全身から、力が抜けていく。
もう、隠せない。誤魔化せない。
彩奈に。
そうか。全部、全部、知られてしまったんだ……
悠里と彩奈が、リビングのソファに並び、話に花を咲かせている。
「はい悠里、お土産だよ! 紅茶のマフィン! これ好きって、言ってたよね」
「わあ、覚えててくれたの? 彩奈、ありがとう!」
「まさか、熱出してたとは思わなかったよー。大丈夫? 悠里。食べられそう?」
「食べる食べる! 一緒に食べよ?」
悠里は喜々として、皿とフォーク、飲み物を、キッチンから持って来る。
そうして2人は、仲良くティータイムを楽しんでいるようだった。
それを尻目に、悠人はいそいそと、部活に行く準備を進める。
水筒に飲み物を入れ終わると、悠人は姉に声を掛ける。
「じゃあオレ、もう出るよ」
悠里は、明るく微笑んで答えた。
「うん! 気をつけてね」
立ち上がりかけた姉を、悠人は手で制す。
「いや、見送りなんていいって。彩奈さんいるんだし、ゆっくりしなよ」
「わかった、ありがと」
「また、具合悪くなったりしたら、連絡してよ?」
「ふふっ。大丈夫だけど、うん、わかった」
微笑む姉の隣りで、彩奈が笑顔で親指を立てた。
「悠人くんがいない間、しっかりとお姉ちゃんのことは見とくから! 安心して、部活がんばっておいで!」
確かに、姉の親友が来ているのだから、心配はいらないか。
悠人の顔にも、ホッとした笑みが浮かぶ。
「そっすよね! じゃあ、姉のこと、よろしくお願いします!」
「はーい!任せて!」
「いってらっしゃい!」
彩奈が、そして悠里が、にこにこ笑いながら、元気に手を振ってくる。
楽しげに見える2人を微笑ましく思い、悠人も手を振り返した。
「じゃ、行ってきまーす」
***
悠人が部活に行ってしまうと、リビングは、シンと静まり返った。
彩奈の顔に貼り付いていた笑みが、ボロリと剥がれ落ちた。
弟を心配させないようにと、悠里に合わせて笑ってくれたのであろう彩奈。
彼女は、玄関の扉を開けた瞬間に見た、暗く硬い表情に戻っていた。
「……あ、あの、彩奈」
悠里が改めて笑みを作り直し、傍らの親友に話しかける。
「ごめんね。スマホの電源入れてなかったから、心配させちゃったよね……」
悠里は必死に笑顔を保ち、何とか取り繕おうとした。
「私、もう元気だよ。大丈夫だからね」
連絡が取れなかったのは、あくまでも発熱のせいだというふうに。
悠里は、自分のおでこを指し、微笑んだ。
その手首を、彩奈が、ぎゅっと握る。
そうして捲れた袖の下、彼女は悠里の腕をじっと見つめた。
「……痣、できてる。擦り傷も、こんなたくさん」
「あ……」
悠里は慌てて、捲れてしまった袖を戻す。
あの日に受けた、暴力の跡。
腕や髪を掴まれて、引き摺られたときにできた、無数の傷――
ずっと、長袖の部屋着を纏って、隠していた。
だから、弟の目は誤魔化せた。
しかし、彩奈は目ざとい。油断した。
何とか取り繕おうと、悠里は頬に笑みを貼り付ける。
しかし彩奈の目線は、今度はテーブルの方に落ちていた。
小さなひと口だけを切り取られ、あとは手付かずのまま。
皿に残された、悠里のマフィン。
「あ、あの……」
はぐらかそうとする悠里を遮るように、彩奈は目を上げた。
その強い視線に気負され、悠里は口篭る。
「……悠里。ご飯、まともに食べれてないでしょ」
彩奈の両手が、すぅっと、悠里の頬を包み込んだ。
「こんな、やつれちゃって……」
親友の暖かい手と真摯な声に触れ、悠里の目に、じわりと涙が込み上げる。
いけない、泣いてしまっては。
悠里は急いで、笑みを作る。
「そ、そんなことないよ。ちゃんと、食べてるよ」
「嘘」
脆弱な誤魔化しは、ピシャリと払い除けられた。
悠里は、グッと唇を噛む。
「悠里……痩せちゃったよ……」
親友の手が悠里の髪を撫で、そして、ぎゅうっと抱き締めた。
「……ごめんね。ごめんね、悠里」
きつく悠里を抱き締める親友の腕が、震えていた。
「あのとき、私が、先に帰ったせいで」
ズクン、と悠里の胸に、重い痛みが走った。
「……や、やだ。彩奈、何のこと? 」
親友の言葉が何を意味したか、本当はわかっていた。
しかし悠里は必死に、とぼけようとする。
「気にしないでよ。あの日は、写真部のみんなと桜を撮りに行ったんでしょ? あ、そうだ。いい写真撮れた? 見せてよ」
悠里は明るく言いながら、トントン、と親友の肩を叩いた。
彩奈は、悠里を抱き締める手を離さぬまま、力なく首を横に振った。
「……無い。データ消した」
「え? な、なんで?」
「悠里が酷いことされてる間に撮ってた写真なんて、いらない!」
悠里は思わず、ビクッと身を竦ませる。
彩奈が、震える声で続けた。
「悠里……もう、隠さないでいいよ。私、全部知ってるから。全部、聞いたから」
「え……?」
――聞いた?
いつ。誰、に……
悠里の、言葉にならなかった疑問に、彩奈は静かに答えた。
「……昨日、シバさんに、会った。拓真くんも、一緒に」
「……そっか」
悠里は、ぎゅっと、唇を噛み締める。
誰?
答えは、わかっていた。
彩奈が、あの日のことを聞くのは、剛士の口から以外に、あり得ない。
けれど、明確に彼の名前が出ると、悠里の胸に衝撃が走った。
彼女の心は、支柱を失った建物のように、キシキシと音を立て、揺れて、そして、崩れ始める。
「悠里……ごめん、ごめんね」
崩れゆく悠里を、繋ぎ止めようとしているのか。
彩奈が、抱き締める腕に、ぎゅうっと力を込める。
悠里は唇を震わせたが、何を言うこともできなかった。
全身から、力が抜けていく。
もう、隠せない。誤魔化せない。
彩奈に。
そうか。全部、全部、知られてしまったんだ……
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