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piece9 おまけのお話 彩奈と拓真

穏やかな足音

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足早に駅を目指す彩奈の後に、穏やかな足音。
付かず、離れず、彩奈の心を刺激しないように。
かつ、暗い夜道を歩く彩奈が、万に一つも危険に晒されないように。

彼が、細心の注意を払ってくれているのがわかる。


駅に辿り着き、彩奈は苛立つ気持ちのまま、改札を潜り抜ける。
穏やかな足音は、やはり少し時間をおいて、彩奈の後を付いてくる。

ふん、と鼻を鳴らし、彩奈はそのまま振り返ることなくホームへと続く階段を駆け上がった。
もちろん、女の足で撒けるとは思っていない。
でも、静かに静かについてくる彼に、嫌がらせをしてしまいたい気分だった。


ホームに到着し、こっそりと耳を澄ますと、程なくしてゆったりとした足音がついてくるのがわかった。
自分とは違う、余裕のある気配。

思えば、彼が取り乱す姿など、これまで見たことがあるだろうか――


パッと見は、剛士の方が落ち着いた印象の2人組だ。
しかし実のところ、何があっても動じない肝っ玉を持っているのは、彼の方だと思う。

いつだって彼は、明るく柔らかな笑みを崩さない。
優しい瞳で皆の心を読み、行動することができる。

彼は理性的で――器の広い人だ。


それに引き換え自分は、激情に囚われてしまう。

自分の言動が行き過ぎている、と頭ではわかっていても、感情を止めることができない。
手加減なしに、思いの丈をぶつけてしまう。

たとえ正論であっても、人の喉元に刃を突きつけるような伝え方は、良くないのに。
本当は自分も、彼のように、穏やかに人と話がしたいのに……


後悔に沈む彩奈の元に、電車の冷たい風が届く。
各駅停車の到着を告げるアナウンスが、ホームに響き渡った。

本当は、次に来る急行に乗った方が、早く帰宅できる。
しかし彩奈は、この電車に乗る選択をした。


彼は、彩奈より少し遅れて、電車に乗り込んだようだ。
車内は、そこそこに混んでいて、彼の姿はほんの一部しか確認できない。
彩奈の目には、金髪頭の端っこが見えるぐらいだった。
彩奈は、チラチラと横目でそれを確認しながら、小さな吐息をつく。


剛士を――拓真を、あの場にいる皆を。
自分から、拒絶した。
それなのに、どうして自分の目は、あの綺麗な金色の髪が近くにあるのを確認するのだろう。

どうして自分の心は、それを見て、ホッとしているのだろう――


各駅停車は、ひとつひとつの駅に丁寧に停まり、少しずつ人を降ろしていく。
少しずつ少しずつ視界がひらけて、彼の横顔まで確認できるようになる。

彩奈が降りる駅まで、あと15分というところまできた。
そろりと彼を見やると、穏やかな横顔。
彩奈の立つ位置から2メートルほどの距離、車内の端にいた。
その辺りには、他校の男子生徒数人が屯っていて、彼は少し窮屈そうに肩を縮めていた。

彩奈は、不貞腐れたように口を尖らせ、眉を顰める。
彩奈の周りは、1人で乗っている客がポツポツといるだけだから、スペースもあるし、静かだ。

それでも彼が場所を移動しないのは、律儀に彩奈との距離感を保とうとしてくれているからだろう。


「――拓真くん」
彩奈は、やや不機嫌な声で、彼を呼んだ。
ふっと目を上げた彼に向かい、彩奈は小さく手招きする。
「……こっちの方、空いてるよ」


***


車内はだいぶ空いて、立つ人も、まばらになった。
前にある座席も空いてはいたが、2人は吊り革に捕まり、並んで立つ。

その方が、話しやすい気がした。


不貞腐れた声のまま、彩奈は傍らの拓真に問う。
「……最低なヤツだって、思ったでしょ」

ん? と拓真が柔らかな吐息を漏らし、微笑んだ。
「思わないよ」
その屈託の無い微笑みに、彩奈の鼻の奥が、ツン、と痛む。

彩奈は目を伏せ、ボソリと呟いた。
「なんで思わないの? 私、友だちに向かって、あんな酷い態度取ったんだよ?」


彩奈の脳裏に浮かぶのは、傷ついた切れ長の瞳。
いつもは力強く輝く瞳を痛みに震わせて、それでも彼は、懸命に。
何度も何度も、自分に向かって、謝ってくれていた。
その悲しい姿は、彩奈の脳裏に焼きついて、離れない。


俯く彩奈に反し、拓真はもう一度、優しく笑った。
「……いまの言葉聞いたら、ゴウは、嬉しいだろうなあ」
「な、なんでよ」
「友だちだって、言ってくれたじゃん」

顔を赤らめ、グッと口をつぐんだ彩奈に、拓真は穏やかな声で続ける。
「彩奈ちゃんがそう思ってくれてるなら、大丈夫。自分のこと、責めないで?」

彩奈は俯いたまま、首を横に振る。
「……シバさんは、そうは思わないんじゃないかな」


彼が悪いのではないと、頭では理解していた。
それでも自分は公園で、終始、彼を責める言葉と態度をとった。

彼が何も言い訳しないのをいいことに、責め続けた。
自分の怒りを、ぶつけた。
彼も深く傷ついていると、わかっていたのに。

彼だって、被害者なのに――


剛士はもう、こんな冷たい人間を友だちだなんて、思わないだろう。
鈍い痛みが、彩奈の胸を刺した。
後悔しても、もう遅い。
一度、自分の口から出てしまった言葉は、戻っては来ない。
なかったことには、できない。
たとえ謝っても、言葉の刃で付けた人の心の傷は、消せやしない。


うな垂れた彩奈を見守る拓真の目は、優しいままだった。
「大丈夫。ゴウだって、わかってる」

拓真は温かく、彩奈を肯定していく。
「彩奈ちゃんの言ったことは、全部正しい。だって彩奈ちゃんは、悠里ちゃんの親友だから。誰よりも、悠里ちゃんの近くにいる存在なんだから」


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