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piece8 公園の後

拓真

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***


駅に到着し、高木とエリカを見送った剛士は、暫くの間、ホームのベンチに座っていた。

疲れていた。
もう、歩けないくらい。
1人になって、それを痛感する。
皆の前では何とか保てていた理性も、とうに擦り切れて。
心の弱い部分が、剥き出しになっていた。

自分と悠里を繋ぐ希望が、徐々に光を失っていく気がする。
こうやって時間が経てば経つほど、灯りは消えて、真っ暗になって。
自分は、身動きが取れなくなっていくのだろう。
自分と彼女の居場所が、隔てられていくのだろう――

1人でいると、絶望に侵食される。
剛士の思考は、自分でも気づかぬうちに、暗く深く沈んでいった。


ふいに、制服のポケットに入れていたスマートフォンが震え出した。
ハッと現実に引き戻された剛士は、目を瞬かせる。
慌ててスマートフォンを引っ張り出すと、そこには親友の名前が表示されていた。

剛士は、ふぅっと息を吐き、気持ちを立て直す。
そうして、親友からの電話に応答した。


『ゴウ。大丈夫か?』
スマートフォン越しに、拓真の声が耳に届く。

彩奈が電車を降りるまで、無事に見届けて、連絡をくれたのだろう。
剛士は、努めて落ち着いた声で、応答した。
「うん。拓真、ありがとな」
『ゴウ、いまどこ?』
「駅にいる。高木さんたちと別れたとこ」
『そっか』


拓真が、優しい声で問う。
『大丈夫か? オレ、そっちに行こうか?』

まるで小さな子どもを迎えに行くような拓真の口調に、剛士は思わず笑ってしまう。
「はは、なんでだよ。もう話も終わって、高木さんたちも帰ったって」
『あ、いたいた』
「ん?」

不思議な言葉の意味を問いかける前に、駆け寄ってくる足音がして、ポンッと肩を叩かれた。


剛士はポカンと、目の前の彼を見上げる。
「……え?」
「やっほー」
金髪頭に優しい顔立ちの親友が、目の前で、にっこりと微笑んでいた。

驚き過ぎて、剛士は思わず気の抜けた声で笑ってしまう。
「お前、なんでここにいるんだよ」
「あはは、嬉しい? 彩奈ちゃんが電車降りたのを見届けて、とんぼ返りしてきた」

拓真は、悪戯っぽく片目を瞑り、駅の外の方を指差した。
「急いで来たから、もう喉カラカラ! どっか入ろうぜ」


***


彩奈を送り届けてくれたばかりか、わざわざ自分の元に戻ってきてくれた。
拓真には、感謝してもしきれない。

2人は、駅の大通りから一本奥に入った道にある、小さなカフェに腰を落ち着けた。
ここは、駅近な割に席が空いていることが多く、かつテーブル同士が離れているため、居心地が良い。
特に、壁際にあるテーブルは柱の陰になるような配置なので、じっくり話をしたいときには重宝する場所だった。


剛士は、小さな声で問いかける。
「彩奈……どんな様子だった?」
拓真は一瞬の沈黙を置いたあと、心配するなというように微笑んだ。

「うん。電車ん中で、ちょっと喋れたよ。公園では、あんな感じだったけどさ。彩奈ちゃんも、お前に辛く当たり過ぎたの、後悔してる。だからお前も、あまり気にすんなよ」

剛士は悲しく眉を顰め、かぶりを振る。
「俺は、責められて当然だから」


むしろ彩奈は、抑えてくれていたと思う。
本当はもっと、剛士に怒りたかった筈だ。責めたかった筈だ。
彼女の気持ちを想像すると、胸が痛む。

彩奈の怒りを、悲しみを、やるせなさを。
もっともっと、受け止めたかった。
いまの自分にできることは、それだけなのだから……


拓真は優しい瞳で、そんな剛士を見つめていた。
「……ゴウ。お前ずっと、俺が悪い、俺のせいだって。話し合いの場でも、何回も謝ってたけどさ」

剛士の心に言い含めるように、拓真はゆっくりと語りかける。
「お前だって、被害者なんだよ? 悲しんでいいし、泣いていい。辛いって、弱音吐いていいんだよ?」


見ないようにしてきた、否定し続けていた。
心の弱い部分に、触れられた気がした。

剛士は一瞬、悲しく眉を下げ、唇を引き結ぶ。
しかし次の瞬間には、硬い表情で、かぶりを振った。

「悠里があんな目に遭ったのは、俺のせいだから。俺には、悠里や彩奈に、償う責任がある。弱音なんて吐いてらんねえよ」


悠里を守れなかった。
傷つけ、絶望の底に突き落としてしまった。
そしていま、彼女の親友の彩奈までも苦しめている。

そんな自分が、被害者面などできる筈がない。
皆の前で、弱音など吐くわけにはいかない。

だって、自分が負ければ、全てが終わってしまう――


剛士の心の奥底を見つめていた拓真の目に、ふっと、微笑が浮かんだ。

「……バーカ」
「は……はぁ?」

剛士は、きょとんと目を丸くした。
親友から出た軽口に、剛士の緊張も削がれてしまう。

拓真は優しい声のままで、剛士の意固地になった気持ちを否定した。
「そうやって、強がってさ。自分が傷ついてるの、見ないふりするとこ。1人で、無理して解決しようとするとこ。ゴウの悪いクセ」

向かいに座る親友の腕が伸びてきて、クシャクシャと剛士の髪を撫でた。
「いい加減、直せよな?」

その手は、暖かくて、優しくて。
本当は、ずっと欲しかった温もりで。
ふいに剛士は、目頭が熱くなる。

どんなに誤魔化そうとしたって、親友はいつも、剛士の心の呻きに、耳を澄ませてくれる……


本当は、心が折れそうだった。
心に立ち込める悲しみを、吐露したかった。
本当は少しでも、弱音を、吐きたかった――


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