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piece6 親友たちへの告白

叶うことのなかった、小さな幸せ

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彩奈は、込み上げる感情を抑えるように、グッと歯を食いしばる。
しかし堪えきれなかった悲しみが、彼女の唇から零れ落ちた。

「……悠里はね。あの日、本当に嬉しそうで、幸せそうだったの。ずっと、ニコニコ笑ってて。1時間早起きして、ストレートアイロンやってきたんだって、」

彩奈の声が、涙に震える。
「髪の毛、いつも以上にサラサラで。本当に……本当に、可愛くて、綺麗だったんだ」


彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
「――見せたかったなあ」


剛士の脳裏にも、大切な彼女の輝くような笑顔と綺麗な髪が、ありありと浮かんだ。

どんなに謝っても、どんなに償っても、消せはしない。
悠里と、そして彩奈の心に、深くついてしまった傷は。


耐え切れず、剛士の声も震えた。
「……うん。会いたかったなあ……」


あの日、剛士が会うことのできた悠里は、執拗な暴力と辱めにさらされた、痛々しい姿だった。
カンナと、剛士の仲間によって、ズタズタに傷つけられた、悲しい姿だった。

いまでも、脳裏に焼きついて、離れない。
剛士に向かって、怖い、嫌だ、やめてと、脅えて泣き叫ぶ悠里が。
あの優しい綺麗な瞳が恐怖に竦み、それでも力を振り絞って、剛士を睨みつけた。
あの、冷たく凍えた、絶望の眼差しが――


――どうして。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
どうして、彼女があんなになるまで、傷つけられなければならなかったのだろう。
どうすれば、自分は彼女を救うことができただろう。


答えのない――答えが見つかったとしても、もう遅い。
意味のない疑問が、剛士の心に溢れ、理性を押し流していく。
叶うことのなかった、あの日の小さな幸せが、悲痛な叫びを上げた。


――2人で笑って、出かけたかった。
彼女の小さな手を握りたかった。
柔らかな髪を撫でたかった。
向き合って、両手を繋いで、抱きしめて。
好きだよと言葉にして、たくさん伝えたかった。

彼女を、幸せにしたかった――


『ゴウさん』

ニコニコ笑って、自分を見上げて、いつもそう呼んでくれた。
あの優しい声が、耳に蘇る。

『あのね、ゴウさん』

いつも、そんなふうに呼んでくれるのが、嬉しかった。
控えめだけれど、真っ直ぐな思いのこもった、彼女の呼びかけ。

(聞いて欲しいな?)
そんな気持ちのこもった、可愛らしい呼びかけ。

最近は少しずつ、甘えるような声音が混じるようになってきていた。
優しい光を帯びる大きな瞳が、嬉しそうに自分を見上げ、微笑んでくれた。

自分に向けてくれる、彼女からの真っ直ぐな信頼の証――


『あのね、ゴウさん』

『ゴウさん、あのね』


あの日、もし予定通りに会えていたら、悠里はきっと何度も、こんなふうに呼びかけてくれただろう。

胸を抉られる痛みに、剛士は顔を歪める。

――こんなに、大切なのに。
こんなにも、好きなのに……

守れなかった。
どれだけ後悔しても、時はもう戻らない。
いま自分の目の前にあるのは、ズタズタに壊れてしまった、日常の破片だけだ。


***


彩奈の、そして剛士の悲しい声と表情を前に、誰も口をきけなかった。
痛々しい沈黙が場を支配する中、今度こそ彩奈が、踵を返す。

夕闇が、迫ってきていた。
彼女ひとりで、帰路につかせるわけにはいかない。
剛士が目配せすると同時に、拓真はしっかりと頷き、立ち上がった。


「彩奈ちゃん。もう暗いから、」
「結構です。帰れます」
彩奈の低く刺々しい声が、拓真の言葉を切り捨てる。

しかし拓真は、いつもの朗らかな声を崩さなかった。
「安心して。彩奈ちゃんを無理に説得しようとか、思ってない。話しかけたりもしない。ただ後ろから、一緒に帰るだけ」


後ろから、一緒に。


拓真らしい、ちょっと意味不明な言い回しに、彩奈の声からも少しだけ、緊迫感がほどけた。

「……どうぞ、ご勝手に」
彩奈は振り返ることもせず、歩き始める。


拓真が剛士に向かい、柔らかく微笑んだ。
「彩奈ちゃんを最寄り駅まで見送ったら、連絡する」
「――うん。ありがとう」

励ますように剛士の肩を叩くと、拓真も歩き出した。


剛士は、遠く離れていく彩奈の背中を見つめた。

自分はもう、彩奈と友だちでいられなくなるのだろうか。

このまま終わりになど、したくない。
でもいまは、彼女に追い縋ってはいけない。


彩奈に言いたいのは、ただひとつ。
何度伝えようとも足りない、『ごめん』だった。

彩奈の大切な親友である悠里を、守ってあげられなかった。
自分が原因で、彼女を傷つけてしまった。

それは、悠里と自分をずっと応援してくれた彩奈に対する、最悪の裏切りだと思った。


いつか、彩奈に対しても、償える日が来るように。
どうか、償うことを赦して貰えるように。

剛士は、夕闇に消えていく友だちの背中に向かい、祈ることしかできなかった。


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