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piece4 それぞれの翌々日

剛士の処分

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「……お前たち、頭を上げろ」
少しの沈黙の後、監督がいつも通りの声で言った。
顔を見合わせ、恐る恐る監督を見つめる剛士と健斗。
バスケ部の双璧をなす2人の目を交互に見つめ、監督は簡潔に宣告した。

「春休み中、柴崎の練習参加は禁止。部員のサポートに徹する。キャプテン代行は、副部長の山口」

室内に、新しい緊張が張り詰める。
監督の言葉は、流れるように続く。
「春休み期間中に組まれた、公開練習などの行事は、予定通りとする」


剛士と健斗は、思わず顔を見合わせる。

「……剛士は、クビじゃないってことですよね?」
健斗が真剣な目で、監督に念を押す。

「春休み中は、練習参加はダメだけど、部活には来ていいんですよね?」
「部員のサポートな」
監督は頭を掻き、つっけんどんに答える。
「春休み終わったら元通り、剛士がキャプテンですよね?」

健斗が執拗に食い下がってくるので、監督は呆れたように笑った。
「……ま、部活中に問題起こしたんだ。何のお咎めも無しというわけにもいかんからな。春休み中は、裏方に徹してもらうぞ」


健斗はもう一度、剛士と顔を見合わせる。

「……やったー!!」
一瞬の沈黙の後、健斗が、そして仲間たちが、歓声を上げた。
「良かった! 良かったなあ、剛士!」
「もーう、柴崎さんー! 心配させないでくださいよぉ」

剛士は、あっという間に部員に囲まれた。
遠慮のない温かい手が、剛士の頭をクシャクシャ撫でたり、肩や背中をバシバシと叩いた。


「……少しは、わかったか?」
皆に揉みくちゃにされ、呆気に取られたままの剛士に、監督が言う。
「お前が積み上げてきたものは、そう簡単に、崩れたりはしない。お前はもっと、自信を持て。仲間を信じろ」

剛士は、溢れ出しそうな感情を堪えるために、唇を引き結ぶ。
彼の肩を、健斗が強く掴んだ。
「そうだよ、剛士。お前はいつも、キャプテンとして俺たちを引っ張ってくれてんだから。逆にお前に何かあったときは、俺が……俺たちが、支えるから」

副キャプテンの瞳が、悲しみに揺らいだ。
「二度と、バスケ部辞めるとか考えんじゃねえぞ」

「……うん」
剛士は微かに頷き、肩に置かれた健斗の手に、自分の手を重ねた。
「ごめん……ありがとう。本当に」


剛士がキャプテンになったときから、彼はずっと傍にいて、助けてくれた。
いつでも、力になってくれた。
エリカとのことがあったときも。そして今回も。
健斗は身を粉にして、剛士のために部員に働きかけてくれた――

彼がいなければ、自分はとうにキャプテンを辞めていたかも知れない。
いや、キャプテンどころか、バスケ部に居られなくなっていたかも知れない。

いま剛士がここに居るのは、紛れもない、健斗のおかげなのだ。


「剛士……」
周りにいる部員たちが、温かい目で剛士と健斗を見つめている。

剛士はまず、健斗と目を合わせた。
健斗が、照れ隠しに笑ってみせる。
「……何だよ剛士。泣きそうな顔してさ」
剛士も、小さく笑った。
「……だって、泣きそうだもん」
お互いに、気の抜けたような微苦笑を交わしてしまう。


『泣きそう』だなんて、冗談でも剛士の口から聞いたことがない。
それだけ彼がいま、弱っているのだということが伝わってくる。

こんな剛士、見たことがない……
笑いながらも、健斗の胸は鈍く痛む。


剛士は、自分の肩に置かれたままだった健斗の手を、優しく叩いた。
そうしてゆっくりと、室内にいる部員たちの方に向き直った。

「みんな、本当にごめん。俺は、健斗やみんなに、助けて貰ってばかりだ。不甲斐ない人間だけど、俺やっぱり、最後までみんなと、バスケがしたい。もう絶対、みんなを裏切るようなことはしない」

剛士は緊張の吐息をつき、皆に向かって深く、頭を下げた。
「がんばるから……これからも、よろしくお願いします」


「……おう、これからもよろしくな!」
北澤誠が、後ろの方から明るい声を掛けてくれる。
「オレたちは、もう3年だ。最後まで、暴れ回ろうぜ!」
いささか威勢の良すぎる言葉選びに、その場にいる皆が吹き出す。

「暴れんのは、程々にな」
ずっと緊張に包まれていた健斗も思わず笑ってしまい、室内の空気がパッと明るく、和らいだ。


「――さ、もういいな?」
パンパン、と監督が手を打った。
「お前らは、そろそろ練習の準備に入れ」

「剛士は?」
誠が、敢えて軽い口調で監督に問いかける。
「柴崎は、今日は帰してやれ。たったいま、処分が決まったばかりだからな」

監督は表情を変えずに、答えた。
「それに、明日からの練習に向けて、自分が何をやるべきか。柴崎に考える時間を与えたい」


監督が、まだ顔を強張らせていた剛士に目を向ける。
「いいか、柴崎? 春休み中、お前のキャプテンの任は解き、練習参加は認めない。……しかしこれは、単なる罰ではないぞ? お前には一度、少し離れた場所から、部員を見る機会を与えたかったんだ」

意図が読みきれなかったのか、剛士は微かに首を傾げた。
監督が、ふっと笑みを零す。
「多分、今までの場所からは見えなかったものが、見えるんじゃないか?」


常にバスケ部の中心にいて、その求心力の高さで皆を纏め上げてきた彼だ。
剛士のキャプテンとしての熱量を高く評価しているし、部に無くてはならない存在だと、監督も認めている。

その一方で監督は、プレイヤーとしての彼にはまだ、課題が残っていると感じていた。
基本的には冷静沈着で、チームのコントロールにも長けている方ではある。
しかしながら厳しいゲーム展開になると、自分1人の力で押し切ろうとすることがあった。
自分1人で責任を負い、犠牲になってしまう一面があった。


今回の問題にしても、根幹は同じだ。
剛士は、誰に責任を被せることもなく、自分を犠牲にしようとした。
副キャプテンの山口をはじめ、彼の危機に駆けつけてくれるメンバーは、こんなに居るというのに。

言ってしまえば彼は、甘え下手だ。
周りにいる仲間に頼るのが、下手だ。
それはチームにとっても、大きな弱点になりかねない。


だから彼には、3年生になり最後の戦いに身を投じる前に、気づいて欲しかった。
自分1人で責任を負う必要はないことを。
自分の周りには、こんなにも頼りになる仲間がいるのだということを。

『独りで戦おうとするな』
そう言いたかった。


監督は、じっと剛士の目を見つめた。
剛士も監督を見つめ返し、懸命に考えているのがわかった。


やがて、剛士がゆっくりと頷いた。
「――はい。俺に足りないもの。やらなければいけないこと。しっかり考えます」

監督は、微笑んで小さく頷いた。
言われた言葉に対して、真摯に向き合う。
この素直さも、良いところだ。
彼ならばきっと、自分の意図したことを掴めるだろう。

監督はそう信じて、剛士と部員たちを送り出した。

「さあ! 春休み中も、しっかりやるぞ」


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