12 / 40
piece3 剛士の家族
源希
しおりを挟む
***
目元に、何かが触れた。
そっと、労わるように触れてくる、優しい気配――
剛士は、重い瞼を上げる。
目の前で、切れ長の瞳が笑っていた。
「うわっ……!」
剛士は小さな叫びを上げ、身を仰け反らせる。
その勢いで、彼は強かに壁に頭を打ちつけてしまった。
「いっ!てぇ……」
後頭部を押さえ、剛士は呻いた。
「ははっ、派手にぶつけたな? ゴーちゃん」
声の主は、剛士の傍らに寝そべったまま、余裕の表情で頬杖をついている。
一刻も早く距離を取りたくて、剛士は彼の身体を跨ぎ、ベッドから飛び降りた。
「くそ……」
剛士は苛立ちを声に出しながら、ドサッと床に座った。
そうして、ニヤニヤと自分を見つめる彼を睨みつけ、低い声で呟く。
「てめぇ……なんで居んだよ」
「えぇ? 自分の家に居るのが、そんなにおかしい?」
「俺の部屋に勝手に入んな!」
剛士の怒りを受けて、彼はまた、大きな声で笑い出す。
緩やかなパーマをかけた黒髪。
ところどころに、金色のハイライトを入れている。
チャラついた見かけからして、気に食わない。
4つ上の兄、源希だった。
剛士とよく似た、切れ長の瞳に笑いを滲ませて、小首を傾げる。
「部屋覗いたらさ。可愛い弟が、泣きながら寝てんだもん。そりゃあ、オニーチャンとしては添い寝すんだろ?」
「は、はぁ?」
起きる直前に感じた、目の下に触れられる感覚。
それは兄の手だったのだと悟る。
剛士は動揺を隠せず、乱暴に目元を拭った。
「……ん? 冗談なんだけど?」
弟の慌てた様子に、カラカラと源希は笑った。
「身に覚えでも、あったか?」
カッと剛士の頬に熱が集まる。
「何なんだよ、てめぇは。出てけよ」
「あー、ゴーちゃん。そんなこと言って、いいのかな?」
起き上がった源希は、そのままベッドの上に胡座をかき、ゆうゆうと剛士を見下ろす。
「はーい、柴崎家男子の家訓ー。その1、聡子さんを悲しませるな。その2、誰かが聡子さんを悲しませたら、他の男子が全力でフォローせよ」
ピッと、剛士の鼻先に人差し指を突きつけ、兄は微笑んだ。
「だから俺はいま、ここに居るんだけど?」
痛いところを突かれ、剛士は言葉に詰まる。
それを見てとると、兄の切れ長の瞳が、楽しげに細められた。
「ああ……いま思えば、虫の報せってヤツ、だったんだろうなぁ」
源希が、芝居がかった調子で経緯の説明をし始める。
「俺、今日たまたま聡子さんに電話したのよ。そしたら随分慌てた様子で、いまから学校行くとこだって言うじゃん。だからオニーチャン、弟が心配で、すぐ電車乗ってきちゃった」
弟の鼻先に突きつけた指を、くるくると回し、源希は目を細める。
「……部活中に、暴れたんだって? らしくねぇじゃん」
思わず目を伏せた剛士に、兄は穏やかな声音で問いかけた。
「どしたの、ゴーちゃん?」
剛士は唇を引き結び、顔を背ける。
頑なに口を閉ざそうとする弟を見て、源希は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「お前って、人に話すことで頭の整理できるタイプじゃん。話してみろよ。聞いてやるからさ」
兄はそれきり沈黙し、剛士の声を待っているようだった。
悠里のことを知る人間には、絶対に話したくない。
そういう意味では、源希は適任だった。
悠里と面識がなく、バスケ部とも接点はない。
この出来事に関して、今後を含めて、完全に第三者の立場でいられる人間だ。
剛士は目を伏せたまま、逡巡する。
本当のところ、誰かに聞いて欲しかった。
悠里を知らない、誰かに。
そして、剛士の日常にも関わらない、誰かに。
そうして、自分の弱い心を整理したかった。
「……ゴーちゃん」
兄が、ゆっくりと自分を呼ぶ。
ベッドの上で胡座をかいたまま、頬杖をついて、ゆったりと微笑んでいる。
普段は、顔を合わせれば、剛士を揶揄ったり、神経を逆撫ですることばかり仕掛けてくる。
そのくせ、自分が悩んでいるときは、どこからともなくやってきて。
自分の、兄貴になる。
寄り添ってくる。
欲しい言葉を、掛けてくる……
剛士は、負け惜しみのように呟いた。
「……お前のそういうとこ、ホント嫌い」
兄は、軽い笑い声を立てる。
「俺は、好きだぜ? お前のそういう、可愛いとこ」
「……うっせ」
目元に、何かが触れた。
そっと、労わるように触れてくる、優しい気配――
剛士は、重い瞼を上げる。
目の前で、切れ長の瞳が笑っていた。
「うわっ……!」
剛士は小さな叫びを上げ、身を仰け反らせる。
その勢いで、彼は強かに壁に頭を打ちつけてしまった。
「いっ!てぇ……」
後頭部を押さえ、剛士は呻いた。
「ははっ、派手にぶつけたな? ゴーちゃん」
声の主は、剛士の傍らに寝そべったまま、余裕の表情で頬杖をついている。
一刻も早く距離を取りたくて、剛士は彼の身体を跨ぎ、ベッドから飛び降りた。
「くそ……」
剛士は苛立ちを声に出しながら、ドサッと床に座った。
そうして、ニヤニヤと自分を見つめる彼を睨みつけ、低い声で呟く。
「てめぇ……なんで居んだよ」
「えぇ? 自分の家に居るのが、そんなにおかしい?」
「俺の部屋に勝手に入んな!」
剛士の怒りを受けて、彼はまた、大きな声で笑い出す。
緩やかなパーマをかけた黒髪。
ところどころに、金色のハイライトを入れている。
チャラついた見かけからして、気に食わない。
4つ上の兄、源希だった。
剛士とよく似た、切れ長の瞳に笑いを滲ませて、小首を傾げる。
「部屋覗いたらさ。可愛い弟が、泣きながら寝てんだもん。そりゃあ、オニーチャンとしては添い寝すんだろ?」
「は、はぁ?」
起きる直前に感じた、目の下に触れられる感覚。
それは兄の手だったのだと悟る。
剛士は動揺を隠せず、乱暴に目元を拭った。
「……ん? 冗談なんだけど?」
弟の慌てた様子に、カラカラと源希は笑った。
「身に覚えでも、あったか?」
カッと剛士の頬に熱が集まる。
「何なんだよ、てめぇは。出てけよ」
「あー、ゴーちゃん。そんなこと言って、いいのかな?」
起き上がった源希は、そのままベッドの上に胡座をかき、ゆうゆうと剛士を見下ろす。
「はーい、柴崎家男子の家訓ー。その1、聡子さんを悲しませるな。その2、誰かが聡子さんを悲しませたら、他の男子が全力でフォローせよ」
ピッと、剛士の鼻先に人差し指を突きつけ、兄は微笑んだ。
「だから俺はいま、ここに居るんだけど?」
痛いところを突かれ、剛士は言葉に詰まる。
それを見てとると、兄の切れ長の瞳が、楽しげに細められた。
「ああ……いま思えば、虫の報せってヤツ、だったんだろうなぁ」
源希が、芝居がかった調子で経緯の説明をし始める。
「俺、今日たまたま聡子さんに電話したのよ。そしたら随分慌てた様子で、いまから学校行くとこだって言うじゃん。だからオニーチャン、弟が心配で、すぐ電車乗ってきちゃった」
弟の鼻先に突きつけた指を、くるくると回し、源希は目を細める。
「……部活中に、暴れたんだって? らしくねぇじゃん」
思わず目を伏せた剛士に、兄は穏やかな声音で問いかけた。
「どしたの、ゴーちゃん?」
剛士は唇を引き結び、顔を背ける。
頑なに口を閉ざそうとする弟を見て、源希は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「お前って、人に話すことで頭の整理できるタイプじゃん。話してみろよ。聞いてやるからさ」
兄はそれきり沈黙し、剛士の声を待っているようだった。
悠里のことを知る人間には、絶対に話したくない。
そういう意味では、源希は適任だった。
悠里と面識がなく、バスケ部とも接点はない。
この出来事に関して、今後を含めて、完全に第三者の立場でいられる人間だ。
剛士は目を伏せたまま、逡巡する。
本当のところ、誰かに聞いて欲しかった。
悠里を知らない、誰かに。
そして、剛士の日常にも関わらない、誰かに。
そうして、自分の弱い心を整理したかった。
「……ゴーちゃん」
兄が、ゆっくりと自分を呼ぶ。
ベッドの上で胡座をかいたまま、頬杖をついて、ゆったりと微笑んでいる。
普段は、顔を合わせれば、剛士を揶揄ったり、神経を逆撫ですることばかり仕掛けてくる。
そのくせ、自分が悩んでいるときは、どこからともなくやってきて。
自分の、兄貴になる。
寄り添ってくる。
欲しい言葉を、掛けてくる……
剛士は、負け惜しみのように呟いた。
「……お前のそういうとこ、ホント嫌い」
兄は、軽い笑い声を立てる。
「俺は、好きだぜ? お前のそういう、可愛いとこ」
「……うっせ」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる