#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために

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piece3 剛士の家族

源希

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***


目元に、何かが触れた。
そっと、労わるように触れてくる、優しい気配――
剛士は、重い瞼を上げる。

目の前で、切れ長の瞳が笑っていた。

「うわっ……!」
剛士は小さな叫びを上げ、身を仰け反らせる。
その勢いで、彼は強かに壁に頭を打ちつけてしまった。
「いっ!てぇ……」
後頭部を押さえ、剛士は呻いた。

「ははっ、派手にぶつけたな? ゴーちゃん」
声の主は、剛士の傍らに寝そべったまま、余裕の表情で頬杖をついている。
一刻も早く距離を取りたくて、剛士は彼の身体を跨ぎ、ベッドから飛び降りた。


「くそ……」
剛士は苛立ちを声に出しながら、ドサッと床に座った。
そうして、ニヤニヤと自分を見つめる彼を睨みつけ、低い声で呟く。

「てめぇ……なんで居んだよ」
「えぇ? 自分の家に居るのが、そんなにおかしい?」
「俺の部屋に勝手に入んな!」
剛士の怒りを受けて、彼はまた、大きな声で笑い出す。


緩やかなパーマをかけた黒髪。
ところどころに、金色のハイライトを入れている。
チャラついた見かけからして、気に食わない。

4つ上の兄、源希だった。
剛士とよく似た、切れ長の瞳に笑いを滲ませて、小首を傾げる。

「部屋覗いたらさ。可愛い弟が、泣きながら寝てんだもん。そりゃあ、オニーチャンとしては添い寝すんだろ?」
「は、はぁ?」
起きる直前に感じた、目の下に触れられる感覚。
それは兄の手だったのだと悟る。
剛士は動揺を隠せず、乱暴に目元を拭った。


「……ん? 冗談なんだけど?」
弟の慌てた様子に、カラカラと源希は笑った。
「身に覚えでも、あったか?」

カッと剛士の頬に熱が集まる。
「何なんだよ、てめぇは。出てけよ」
「あー、ゴーちゃん。そんなこと言って、いいのかな?」

起き上がった源希は、そのままベッドの上に胡座をかき、ゆうゆうと剛士を見下ろす。
「はーい、柴崎家男子の家訓ー。その1、聡子さんを悲しませるな。その2、誰かが聡子さんを悲しませたら、他の男子が全力でフォローせよ」

ピッと、剛士の鼻先に人差し指を突きつけ、兄は微笑んだ。
「だから俺はいま、ここに居るんだけど?」
痛いところを突かれ、剛士は言葉に詰まる。


それを見てとると、兄の切れ長の瞳が、楽しげに細められた。
「ああ……いま思えば、虫の報せってヤツ、だったんだろうなぁ」

源希が、芝居がかった調子で経緯の説明をし始める。
「俺、今日たまたま聡子さんに電話したのよ。そしたら随分慌てた様子で、いまから学校行くとこだって言うじゃん。だからオニーチャン、弟が心配で、すぐ電車乗ってきちゃった」

弟の鼻先に突きつけた指を、くるくると回し、源希は目を細める。
「……部活中に、暴れたんだって? らしくねぇじゃん」
思わず目を伏せた剛士に、兄は穏やかな声音で問いかけた。
「どしたの、ゴーちゃん?」


剛士は唇を引き結び、顔を背ける。
頑なに口を閉ざそうとする弟を見て、源希は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「お前って、人に話すことで頭の整理できるタイプじゃん。話してみろよ。聞いてやるからさ」


兄はそれきり沈黙し、剛士の声を待っているようだった。


悠里のことを知る人間には、絶対に話したくない。
そういう意味では、源希は適任だった。
悠里と面識がなく、バスケ部とも接点はない。
この出来事に関して、今後を含めて、完全に第三者の立場でいられる人間だ。

剛士は目を伏せたまま、逡巡する。
本当のところ、誰かに聞いて欲しかった。
悠里を知らない、誰かに。
そして、剛士の日常にも関わらない、誰かに。
そうして、自分の弱い心を整理したかった。


「……ゴーちゃん」
兄が、ゆっくりと自分を呼ぶ。
ベッドの上で胡座をかいたまま、頬杖をついて、ゆったりと微笑んでいる。

普段は、顔を合わせれば、剛士を揶揄ったり、神経を逆撫ですることばかり仕掛けてくる。
そのくせ、自分が悩んでいるときは、どこからともなくやってきて。
自分の、兄貴になる。
寄り添ってくる。
欲しい言葉を、掛けてくる……


剛士は、負け惜しみのように呟いた。
「……お前のそういうとこ、ホント嫌い」
兄は、軽い笑い声を立てる。
「俺は、好きだぜ? お前のそういう、可愛いとこ」
「……うっせ」


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