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piece2 剛士の翌日――崩れゆく努力の証

キャプテンとして、いつも通りに

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一睡もできなかった。
グラグラと重い頭を抱え、剛士は気怠げに校門をくぐる。


悠里に送ったメッセージの既読は、昨夜21時前にはついた。
読んではくれたのだと、思う。
けれど、彼女からの返事はなかった。

覚悟はしていた。
昨夜中に連絡は来ないだろうことは、予想できていた。
それでも、心が受けてしまう痛みを、和らげることはできない。

剛士は深い溜め息をつき、考えを巡らせる。


本当は、部活も何もかも放り出して、今すぐ彼女の家に飛んでいきたかった。
会って、顔を見て、謝りたい。
許されるなら、抱き締めたい。
抱き締めて、そして、自分の腕の中で泣いて欲しい……


けれどいま、自分から再度メッセージや電話をしてはいけない。
ましてや、勝手に家に行ってはいけない。
もしかしたら余計に、彼女を追い詰めることになるかも知れないから――


重い足取りで、剛士は部活棟に向かう。
今日の部活は、午前中で終わる。
その後、高木とエリカに会うことになっていた。

剛士は、制服の胸ポケットに入れたスマートフォンに、そっと触れる。

とにかく今は、自分の衝動だけで動いてはいけない。
まずはエリカから、昨日の悠里の様子をできるだけ詳しく聞こう。
そうして、自分がこれからどのように動くべきか、しっかり考えよう。
溢れ出しそうな気持ちを抑え込むために、剛士はグッと、両拳を握り締めた。


***


部活棟に入り、バスケ部更衣室の鍵を開ける。
いつも通り、1番に到着することができたようだ。
剛士はもう一度、深く息を吐き、鉛のように重い頭を振った。

今日の練習プランは、ストレッチなどの基本メニューと、個人のスキルアップメニューのみ。
情けない感情だが、キャプテンとしての負担が少ないプランなのは、救いだ。
とにかく、いつも通りに。午前中を乗り切ろう。


俯いたまま、のろのろと自分のロッカーに手を掛けたときだった。
「おっす」
カチャリ、と更衣室のドアが開いた。
副キャプテンの山口健斗だった。
「相変わらず早いな、剛士」

ハッと、剛士は現実に引き戻される。
「……よぉ」
慌てて笑みを唇に乗せ、いつも通りの挨拶を返す。
健斗は笑顔で、隣りのロッカーを開けた。
着替えながら、健斗が今日の練習プランについて話し始める。

これも、いつも通りの流れだ。
部員の皆が集まる前に、2人でプランの詳細を擦り合わせる。
部の双璧となるキャプテンと副キャプテンが、同じ方向、同じ目的を持って練習をリードするためだ。


「今日のシュート練だけどさ、フォームのチェックをして欲しいって要望が、1年から上がってる。剛士は、そこのフォロー頼む。その間、俺はドリブル練の方を見とくからさ」
「うん」

「その流れで、いかにファールせずに相手の攻撃を止めるかって部分の意識を高めるように、ディフェンスについてもやりたいな」
「……うん」


スラスラと計画を話していた健斗が、言葉を切る。
「……剛士」
「ん?」

急に名前を呼ばれ、慌てて健斗の顔を見る。
短く刈り込んだ髪の下、怪訝そうに剛士を見つめる目とぶつかった。

「どうした?剛士」
「え?」
着替えの手を止め、健斗がじっと剛士の顔を見つめてくる。

「何か、上の空だけど」
「そんなことねぇよ。いつも細かく計画練ってくれて、ありがとな」
剛士は必死に、笑みを浮かべてみせた。

しかし、健斗の顔は晴れない。
「……剛士。何か、あった?」
健斗の心配そうな視線に、ズキリ、と剛士の胸が痛む。

「……いや。ごめん、何でもない」
「そうか? もし何か悩んでるなら、話聞く……」
「バスケ部に関係ないことなんだ」

健斗の声を遮り、剛士は畳みかけるように答えた。
「だから、大丈夫。ごめんな」
剛士は無理やりに、笑みを広げてみせた。

健斗は驚いたように口を閉ざした。
が、剛士を見つめ、小さく微笑み返した。
「……そっか」


***


着替え終えた2人は、第二体育館に移動する。
主に軽めのメニューを行う際に使用する場所だ。
今日は第二体育館のスペースを、バレーボール部と分け合うことになっていた。
バレーボール部は既に部員が集まっており、監督の指導のもと練習を開始していた。

「……あ、今日は監督、急用ができたそうで、来れないってさ。何かあったら、バレー部監督に指示を仰げって」
「ん、わかった」
健斗からの伝達に、剛士は軽く頷いた。

ならば、ひと声掛けておいた方がいいだろう。
剛士は、バレー部監督に駆け寄り、バスケ部代表として挨拶した。
「おはようございます。本日一緒に体育館使わせていただきます。バスケ部の柴崎です。よろしくお願いします」

バレー部監督は、笑顔で答えた。
「おはよう。バスケ部監督からも連絡貰ったよ」
何かあったらおいで、という意味の込められた、明るい声だった。
剛士は頭を下げ、バスケ部のスペースに戻った。


バスケ部の部員も、集まってきた。
間もなく、練習開始時間だ。
鈍痛のする頭に手をやり、剛士は自分を鼓舞する。

――大丈夫。いつも通りにできる。

時間になり、剛士は健斗と並んで部員に声を掛けた。
「――集合!」


***


何ごともなく、前半のストレッチメニューは終了した。
休憩を挟み、個人のスキルアップメニューに移る。
朝の打ち合わせ通り、健斗はドリブル練習の方、そして自分はシュート練習だ。
剛士は1年生から上がったという要望に添い、一人ひとり丁寧にフォームのアドバイスをして回った。

計画通り穏やかに、充実した時間が過ぎていく。
少しだけ、剛士はホッとする。
このまま、無事に乗り切れるだろうと、彼の気持ちが緩んだ、そのときだった。


開かれていた体育館の入口から、1人の生徒が入ってきた。
剛士は信じられない思いで、その人物の顔を見た。

ユタカだった。
制服姿で入口に立ち、剛士を認めると、ニヤッと唇を歪ませた。


シュート練習の輪から離れ、剛士は彼の元に向かった。
「てめえ……よく顔出せたな」
血が逆流するような激しい衝動に駆られ、剛士はユタカを睨みつける。

両拳を強く握り締めた剛士に、ユタカは、ヒラヒラと手を振った。
「ははっ。だからこれ、持ってきてやったんだよ」
そう言う彼の手には、1枚の封筒があった。
ユタカは剛士に見せつけるように、表書きを彼に向けた。

『退部届』と大きく書かれてあった。

一瞬、言葉を見失った剛士に、ユタカが、せせら笑う。
「な? 清々するだろ? ああ、別に昨日のことは関係ねーよ? もともと考えてたんだ。もう3年になるからな。万年補欠の座にしがみつくよりも、将来を見据えて、受験勉強に勤しもうってな?」

ユタカは、キョロキョロと体育館を見回す。
「あれ? 監督いねーの? じゃ、お前に預ければいい? キャ・プ・テン?」
剛士の鼻の先で、ユタカは退部届を振ってみせた。

剛士は無言で、それを振り払う。
退部届はヒラヒラと、体育館の隅に落ちた。


ユタカはチラリと封筒を見たが、剛士に視線を戻し、ヘラッと顔中に笑みを貼り付ける。
「じゃ、監督に渡しといてねー」

ユタカは、おもむろにスマートフォンを手に取った。
「あ、お礼代わりにさ。いーもん見せてやんよ」
剛士のすぐ隣りに立ち、ユタカはスマートフォンの画面を見やすいように持つ。
そうして、ひとつの動画を開いてみせた――


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