#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために

ReN

文字の大きさ
上 下
1 / 40
piece1 悠里の翌日――変わらぬ朝

姉ちゃん

しおりを挟む
たくさんの、夢を見た。
いつもの4人で、たくさん出かけて、たくさん遊んで。
みんなが笑顔で、私も笑顔で。
毎日毎日が、輝いていた。
会えない日ですら、みんなのことを思うと、楽しかった。


幸せだったなあ……


悠里は微睡みながら、夢で見た幾つもの幸せに浸っていた。
写真を見るように、ひとつひとつの思い出に指を当て、アルバムを捲るように、ゆっくりと思い出を遡っていった。

知り合ったのは、去年の10月。
一緒に過ごすことができたのは、たったの5か月。
それでも、たくさんの思い出があった。
たくさんの笑顔と、確かな絆があった。


幸せな思い出に、囲まれる。
頭から被った真っ暗な布団の中で、悠里は小さく微笑む。
ずっとずっと、この温もりに、沈んでいたかった。


ドンドン、と扉を叩く音がする。
悠里は更に身体を丸め、布団の中に逃げ込んでしまう。

ドンドン、ドンドン。叩く音は、だんだん強くなる。
悠里は小さく呻き、両手で耳を塞いだ。

――嫌。嫌だよ。
そっとしておいてよ。
聞きたくない。何も、見たくないよ……


「姉ちゃん、姉ちゃん!」
ドンドン、ドンドン。扉を叩く音が、更に激しくなった。
「姉ちゃん、寝てんの?」


弟だ。悠里は、ハッと目を見開く。
「姉ちゃん!」
「な、なあに?」
慌てて悠里は布団から顔を出し、応える。

「ねえ、朝ごはんは? 弁当は? もう8時! オレ、8時半には出たいんだけど!」

朝ごはん。お弁当。
弟の少し焦った声で日常のワードを聞き、悠里の頭は強制的に現実に引き戻された。

ガバっと悠里は跳ね起き、あたふたとドアから顔だけを覗かせる。
ドアの向こうには、既に部活用のジャージに身を包んだ悠人が立っていた。
弟は悠里の顔を見つめ、不審な表情を浮かべる。

――何か、気づかれた?

ズキリ、と胸が軋む。
「ご、ごめん……今、用意するから!」
悠里は目を逸らしつつも、必死に笑みを浮かべてみせた。

悠人は一瞬の沈黙を置いた後、ぶっと吹き出す。
「……ちょ、何よ姉ちゃん、その寝癖!」
「……え?」
悠人が、手を叩いて大笑いし始めた。
「頭、鳥の巣じゃん! どーやって寝たら、そんななるの?」
悠里は、パッと顔を赤らめ、片手で頭を隠す。

昨夜、ろくに髪も乾かさずにベッドに入ったのだ。
自分の髪とは思えない、ゴワゴワとした感触が手に当たる。

悠里は、バタン!と勢いよくドアを閉め、叫んだ。
「す、すぐに行くから!下で待ってて!」
悠人の笑い声と足音が、階段を降りていった。


悠里は、緊張に胸を押さえ、自分の身体を見下ろした。
「……見られなかった、よね?」
彼の制服のジャケットを着たまま、ドアを開けてしまった。

悠人が一瞬、不可解な表情をしたので、ヒヤリとした。
しかし彼は次の瞬間、悠里の寝癖を指摘し、笑い出した。


――大丈夫、気づかれてない。
咄嗟に、ドアで身体を隠したから。
もしも悠人が、勇誠のジャケットに気づいたなら、絶対に、何か言ってきたはず。

「大丈夫。大丈夫……」
自分に言い聞かせるように、悠里はブツブツと呟いた。


春休み中も、基本的に毎日、悠人はバスケ部の練習がある。
朝ごはんとお弁当作りは、悠里の仕事だ。
とにかく、悠人をちゃんと、送り出してあげなければ。

悠里は動悸のする胸を宥めながら、彼のジャケットを脱ぎ、クローゼットのハンガーに掛ける。
髪は、とりあえずは纏めて、お団子にした。

「……ちゃんとする……できる」
悠里は、鏡の自分に向かい、言い聞かせる。

着替えるのは、後だ。急いでキッチンに行かなくては。
悠里はカーディガンを羽織るとドアを開け、階段を駆け降りていった。


あたふたと、キッチンの扉を開ける。
悠人が鼻歌混じりにトースターに食パン2枚をセットし、牛乳をコップに注いでいた。
「ご、ごめんね。すぐ作るから」
「あ、いーよいーよ」

牛乳を飲みながら、悠人が笑う。
「もうパン焼いてるし、昼はテキトーにコンビニで何か買ってくから。てか、最初からこうすりゃ良かった」
起こしてごめんね、という顔をして、悠人が微笑みかけてくれる。


弟に、気を遣わせてしまった。
情けなくて、悠里は小さく唇を噛む。
――ちゃんとしなきゃいけないのに。
自己嫌悪、焦り、家族への申し訳なさに苛まれる。

「……せめて、朝ごはんに卵くらい焼くよ。何がいい? 目玉焼き? オムレツ?」
悠人は、何かを確認するかのように姉の顔を見つめたが、にこりと笑った。
「……じゃあ、目玉焼きかな」
「わかった」

悠里は冷蔵庫からベーコンと卵を取り出し、調理を開始する。
弟が、部活に持っていくための水筒を準備し始めた。
これも、日頃は自分で用意なんてしないのに。
ますます悠人に対して、申し訳なさが募る。

焼き上がったベーコンエッグを乗せた皿を、コトンと彼の前に置く。
「……ごめんね、悠人」
「マジで気にしないでよ、姉ちゃん」

いそいそと、ベーコンエッグを食パンの上に乗せて、悠人は上機嫌だ。
悠里は神妙な顔をして、向かいの席に腰を下ろした。
「ほんとに、ごめん。明日からは、ちゃんとするから」


悠人が、はたと食事の手を止める。
「……別にいいよ? ちゃんとしなくてもさ」
「……え?」
悠里が顔を上げると、弟は照れ臭そうな表情で、ふいと目を逸らす。
「しんどい日だって、あるっしょ? そんなときは手抜きでいーし、何なら放棄でいーし」
「悠人……」
「姉ちゃん、マジメ過ぎよ?」
悠人が、からっと笑った。
「ま、寝てんのを叩き起こしたオレに言えるセリフじゃねーけど」

「……ふふ、」
悠里は、顔をほころばせた。
「うん……ありがと、悠人。晩ごはんは、張り切って作るから!」
「あはは、言ってるそばから」

笑いながら、悠人が軽快に立ち上がる。
「じゃ、ごちそーさんね。オレ、もう行くわ」
「うん。いってらっしゃい」


彼の手にした水筒が、テーブルの端に伏せていた悠里のスマートフォンに当たった。
ゴトリッと大きな音を立てて、スマートフォンが落下してしまう。

「あ、ごめ……あっ!」
それを拾い上げた悠人が、ハッと目を見開いた。
「ごめんっ! 画面割れちゃった!」
大慌てで、スマートフォンと姉を見比べる悠人に、悠里は首を横に振った。
「だ、大丈夫。もともと、割れてたの」
「えっマジ? 姉ちゃんが?」

その言葉に悠人が更に驚き、目を丸くする。
「どうしたの? 初じゃない?姉ちゃんが画面割るのって」
「う、うん……昨日、ちょっとね……」
「ふぅん……だから姉ちゃん、元気ないのか」
わかるわぁ、初めて画面割ったときは、オレもショックだったわぁ、と、悠人は1人で喋り、1人で納得している。


自分はやはり、元気がないように見えてしまっているのか。
ならば、ただ落ち込んでいるのだと、勘違いされた方がいい。
悠里は曖昧に、微苦笑を浮かべてみせた。

悠人が、あっと手を打った。
「オレ、部活ついでに修理屋さんに持ってってあげようか?」
「え……?」
思いもよらぬ提案に、悠里は目を丸くした。
「部活の昼休憩に修理に出して、帰りで良かったら、オレが引き取って来てあげるよ?」

にっこりと笑った弟は、悠里が応える前にまた、目まぐるしく表情を変える。
「あ、でもそれだと姉ちゃん、半日スマホ無しになっちゃうから、困るか……」

うーん、と首を捻った弟に、悠里は顔をほころばせる。
「……ううん、大丈夫。ありがとう、悠人。お願いしてもいい?」
微笑んだ姉を見て、悠人も再び、にっこりと笑った。
「いいよ! こんくらいのガラス割れなら、オレの経験上、1万円でいけると思うよ」
「わかった。お金渡すね。もし足りなかったら、教えて?」

念のためにと、悠里は自分の財布から2万円取り出す。
そうして悠里は、一瞬の躊躇いの後、スマートフォンの電源を落とした。
「……じゃあ、お願いします」
「はい、確かに」
悠人は、大袈裟な仕草で、悠里からスマートフォンとお金を受け取った。

「じゃ、行ってくんね」
悠人が笑顔で、ヒラヒラと手を振る。
「うん、ありがとう。行ってらっしゃい!」
悠里も精一杯の笑みを頬に乗せ、元気に弟を送り出した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...