36 / 41
piece9 重ねる日常
もう少しだけ
しおりを挟む
「悠里」
そっと大切に、剛士は彼女の小さな両手を包み込む。
「……もう少しだけ、俺と、友だちでいてくれるか?」
剛士は真っ直ぐに悠里を見つめた。
「俺、もう逃げないから」
昔のことだと目を背け続けた、あの人の華やかな笑顔。
ズキリと、剛士の胸が痛む。
まるで、ついたばかりの新しい傷のように、鋭く。
けれどここで目を背けたら、また同じことの繰り返しだ。
自分の心に、過去の傷がそのままの形で残っていた理由。
しっかりと考えて、乗り越えなければ。
「俺、向き合うよ。ちゃんと、前に踏み出せるように」
『どっちが前なんだろう?』
剛士の心を引き摺り込むような、元恋人からの暗示的な問いかけ。
剛士は唇を引き結び、振り払う。
そして目の前にある優しい瞳を見つめた。
湧き上がる温かな思いを胸に抱く。
もう迷うことのないように、大切に。
悠里の傍に、いたい。
もう、惑わされない。
ーーどっちが前かは、俺が決める。
剛士は真っ直ぐに悠里を見つめ、言った。
「俺、がんばるから。悠里のところに歩いて行けるように。もう悠里を不安にさせないように。乗り越えたら、ちゃんとお前に、気持ちを伝える。だから……待っていてください」
「……はい」
悠里は、柔らかな笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。
悠里は彼の手を握り返し、切れ長の瞳を見上げる。
真っ直ぐで綺麗な、大好きな剛士の強い目があった。
剛士らしいと、思った。
傷と真正面から向き合うことを選んだ。
それは、彼がいつかまた、元恋人と話す日が来ることを示す。
『俺の中にある取り残された過去の気持ちが、俺を引き摺ろうとする。何かをしなくちゃいけないって気持ちにさせられる。なんで、なんで今更』
悠里は、彼が苦しそうに、悲しそうに吐露した言葉を思い返した。
剛士が、あの人と向き合うのは、辛い。
胸が震えるほど、怖い。本当は。
けれど、それが剛士のやり方なのだ。
『アイツは、人に対してちゃんと向き合ってくれるよ。適当な態度とるとかは、絶対ない。いっつも誠実だよ、ゴウは』
カラオケの部屋で聞いた、拓真の言葉を思い返す。
ーーそうだよね、拓真さん。
ゴウさんは、誰に対しても、しっかりと向き合う人なんだよね。
ならば、元恋人から目を背けたことの方が、彼らしくない行動だったのだろう。
彼の心に深く、残っている傷。
向き合わない限り、剛士の心が癒え、前を向ける日は来ない。
いつも落ち着いて、何でもないように、全てをこなす剛士。
けれど本当は、1人で背負い込んで、苦しむ剛士。
仲間や友人に弱音を吐けず、じっと独りで、我慢する剛士。
誠実で不器用で、優しくて強い剛士。
悠里は彼の瞳を見つめ、微笑んだ。
「私も、ゴウさんの傍にいたいから。一緒に、がんばるね」
剛士は正直に、心の中を打ち明けてくれた。
ずっとずっと、悠里の手を握りながら。
今も繋いでいるこの両手が、自分を必要としてくれるという証ならば。
傷と向き合い、乗り越えようとする剛士を、支えられる存在になりたい。
傍にいて、一緒にがんばっていきたい――
悠里は、きゅっと大きな暖かい手を握り返した。
剛士は優しい笑みを浮かべる。
嬉しかった。
話を聞いてくれて、自分の弱さを受け止めてくれた。
そればかりでなく、一緒にがんばるとまで、言ってくれた。
「悠里……ありがとう」
剛士は彼女の小さな手を包み込み、その優しい温もりを、心に刻みつける。
「待たせてごめんな。俺、悠里に対して中途半端なことしたくないから」
「大丈夫。いつまでも、待ってます」
悠里は、にっこり微笑んだ。
「ゴウさんのこと、信じてる。だからゴウさんも、私のこと信じてくださいね」
「……うん」
剛士はしっかりと彼女の手を握り、頷いた。
「……俺、お前に甘えてばかりだ」
「そんなことないよ? もっと、甘えてください」
つられるように、剛士も柔らかく微笑む。
切れ長の瞳が悠里を映し出し、優しく揺れた。
「不思議だな。お前には、弱さを見せてもいいと思ってしまう……」
その言葉は、彼が悠里に心を開いてくれた証なのかと思うと、暖かな喜びが胸に広がった。
今は、それだけで充分だと思った。
まだ、お互いの気持ちを言葉に乗せて、伝え合うことはできない。
その代わりに、2人は強く手を握り合った。
お互いの気持ちを信じて、一緒に、前に進めるように。
キラキラと輝き続けるイルミネーションを星に見立て、2人は未来への誓いを立てた。
そっと大切に、剛士は彼女の小さな両手を包み込む。
「……もう少しだけ、俺と、友だちでいてくれるか?」
剛士は真っ直ぐに悠里を見つめた。
「俺、もう逃げないから」
昔のことだと目を背け続けた、あの人の華やかな笑顔。
ズキリと、剛士の胸が痛む。
まるで、ついたばかりの新しい傷のように、鋭く。
けれどここで目を背けたら、また同じことの繰り返しだ。
自分の心に、過去の傷がそのままの形で残っていた理由。
しっかりと考えて、乗り越えなければ。
「俺、向き合うよ。ちゃんと、前に踏み出せるように」
『どっちが前なんだろう?』
剛士の心を引き摺り込むような、元恋人からの暗示的な問いかけ。
剛士は唇を引き結び、振り払う。
そして目の前にある優しい瞳を見つめた。
湧き上がる温かな思いを胸に抱く。
もう迷うことのないように、大切に。
悠里の傍に、いたい。
もう、惑わされない。
ーーどっちが前かは、俺が決める。
剛士は真っ直ぐに悠里を見つめ、言った。
「俺、がんばるから。悠里のところに歩いて行けるように。もう悠里を不安にさせないように。乗り越えたら、ちゃんとお前に、気持ちを伝える。だから……待っていてください」
「……はい」
悠里は、柔らかな笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。
悠里は彼の手を握り返し、切れ長の瞳を見上げる。
真っ直ぐで綺麗な、大好きな剛士の強い目があった。
剛士らしいと、思った。
傷と真正面から向き合うことを選んだ。
それは、彼がいつかまた、元恋人と話す日が来ることを示す。
『俺の中にある取り残された過去の気持ちが、俺を引き摺ろうとする。何かをしなくちゃいけないって気持ちにさせられる。なんで、なんで今更』
悠里は、彼が苦しそうに、悲しそうに吐露した言葉を思い返した。
剛士が、あの人と向き合うのは、辛い。
胸が震えるほど、怖い。本当は。
けれど、それが剛士のやり方なのだ。
『アイツは、人に対してちゃんと向き合ってくれるよ。適当な態度とるとかは、絶対ない。いっつも誠実だよ、ゴウは』
カラオケの部屋で聞いた、拓真の言葉を思い返す。
ーーそうだよね、拓真さん。
ゴウさんは、誰に対しても、しっかりと向き合う人なんだよね。
ならば、元恋人から目を背けたことの方が、彼らしくない行動だったのだろう。
彼の心に深く、残っている傷。
向き合わない限り、剛士の心が癒え、前を向ける日は来ない。
いつも落ち着いて、何でもないように、全てをこなす剛士。
けれど本当は、1人で背負い込んで、苦しむ剛士。
仲間や友人に弱音を吐けず、じっと独りで、我慢する剛士。
誠実で不器用で、優しくて強い剛士。
悠里は彼の瞳を見つめ、微笑んだ。
「私も、ゴウさんの傍にいたいから。一緒に、がんばるね」
剛士は正直に、心の中を打ち明けてくれた。
ずっとずっと、悠里の手を握りながら。
今も繋いでいるこの両手が、自分を必要としてくれるという証ならば。
傷と向き合い、乗り越えようとする剛士を、支えられる存在になりたい。
傍にいて、一緒にがんばっていきたい――
悠里は、きゅっと大きな暖かい手を握り返した。
剛士は優しい笑みを浮かべる。
嬉しかった。
話を聞いてくれて、自分の弱さを受け止めてくれた。
そればかりでなく、一緒にがんばるとまで、言ってくれた。
「悠里……ありがとう」
剛士は彼女の小さな手を包み込み、その優しい温もりを、心に刻みつける。
「待たせてごめんな。俺、悠里に対して中途半端なことしたくないから」
「大丈夫。いつまでも、待ってます」
悠里は、にっこり微笑んだ。
「ゴウさんのこと、信じてる。だからゴウさんも、私のこと信じてくださいね」
「……うん」
剛士はしっかりと彼女の手を握り、頷いた。
「……俺、お前に甘えてばかりだ」
「そんなことないよ? もっと、甘えてください」
つられるように、剛士も柔らかく微笑む。
切れ長の瞳が悠里を映し出し、優しく揺れた。
「不思議だな。お前には、弱さを見せてもいいと思ってしまう……」
その言葉は、彼が悠里に心を開いてくれた証なのかと思うと、暖かな喜びが胸に広がった。
今は、それだけで充分だと思った。
まだ、お互いの気持ちを言葉に乗せて、伝え合うことはできない。
その代わりに、2人は強く手を握り合った。
お互いの気持ちを信じて、一緒に、前に進めるように。
キラキラと輝き続けるイルミネーションを星に見立て、2人は未来への誓いを立てた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
#秒恋3 友だち以上恋人未満の貴方に、甘い甘いサプライズを〜貴方に贈るハッピーバースデー〜
ReN
恋愛
悠里と剛士の恋物語 ♯秒恋シリーズ第3弾
甘くて楽しい物語になっているので、ぜひ気軽にお楽しみください♡
★あらすじ★
「あのね、もうすぐバレンタインじゃん! その日、ゴウの誕生日!」
彼の誕生日を知らせてくれた剛士の親友 拓真と、親友の彩奈とともに、悠里は大切な人の誕生日サプライズを敢行!
友だち以上恋人未満な2人の関係が、またひとつ、ゆっくりと針を進めます。
大好きな人のために、夜な夜なサプライズ準備を進める悠里の恋する乙女ぶり。
みんなでお出かけする青春の1ページ。
そして、悠里と剛士の関係が深まる幸せなひととき。
★シリーズものですが、
・悠里と剛士は、ストーカー事件をきっかけに知り合い、友だち以上恋人未満な仲
・2人の親友、彩奈と拓真を含めた仲良し4人組
であることを前提に、本作からでもお楽しみいただけます♡
★1作目
『私の恋はドキドキと、貴方への恋を刻む』
ストーカーに襲われた女子高の生徒を救う男子高のバスケ部イケメンの話
★2作目
『2人の日常を積み重ねて。恋のトラウマ、一緒に乗り越えましょう』
剛士と元彼女とのトラウマの話
こちらもぜひ、よろしくお願いします!
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あなたはだあれ?~Second season~
織本 紗綾
恋愛
“もう遅いよ……だって、好きになっちゃったもん”
今より少し先の未来のこと。人々は様々な原因で減ってしまった人口を補う為、IT、科学、医療などの技術を結集した特殊なアンドロイドを開発し、共に暮らしていました。
最初は、専業ロイドと言って仕事を補助する能力だけを持つロイドが一般的でしたが、人々はロイドに労働力ではなく共にいてくれることを望み、国家公認パートナーロイドという存在が産まれたのです。
一般人でもロイドをパートナーに選び、自分の理想を簡単に叶えられる時代。
そんな時代のとある街で出逢った遥と海斗、惹かれ合う二人は恋に落ちます。でも海斗のある秘密のせいで結ばれることは叶わず、二人は離れ離れに。
今回は、遥のその後のお話です。
「もう、終わったことだから」
海斗と出逢ってから二回目の春が来た。遥は前に進もうと毎日、一生懸命。
彼女を取り巻く環境も変化した。意思に反する昇進で忙しさとプレッシャーにのまれ、休みを取ることもままならない。
さらに友人の一人、夢瑠が引っ越してしまったことも寂しさに追い打ちをかけた。唯一の救いは新しく出来た趣味の射撃。
「遥さんもパートナーロイドにしてはいかがです? 忙しいなら尚更、心の支えが必要でしょう」
パートナーロイドを勧める水野。
「それも……いいかもしれないですね」
警戒していたはずなのに、まんざらでもなさそうな雰囲気の遥。
「笹山……さん? 」
そんな中、遥に微笑みかける男性の影。その笑顔に企みや嘘がないのか……自信を失ってしまった遥には、もうわかりません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる