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piece7 過去の声
振り払えない過去
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あの時の無力感が蘇り、悲しみが胸を浸していくのを感じた。
「話す相手を、間違えんなよ」
真摯な思いを込めて、剛士は言った。
「それを伝えなきゃいけないのは、俺じゃなくて、高木さんだろ」
『……でも、あの人も忙しいのに、いつもがんばってるからさ』
エリカの声が、寂しく震えた。
『私が弱音なんか吐いたら、重荷になっちゃうよ……』
剛士は眉をしかめ、唇を引き結ぶ。
追い打ちの一手を、投げつけなくてはならなかった。
けれど、返さなくてはならないはずの強い言葉を、剛士は自分の唇に乗せることができなかった。
ヒリヒリとした、苦しい沈黙。
かつて自分が魅せられた、エリカの強く華やかな瞳に涙の滲む様子が、ありありと目に浮かぶ。
彼女なりに、高木の状況を思いやっている。
我慢をしているのを、感じ取ってしまった――
『私が弱音なんか吐いたら、重荷になっちゃうよ』
まるで、過去の自分に向かって、言われたような気がした。
エリカが、本音を伝えるのを我慢している。
今の自分には、こんなにはっきりと、わかるのに。
あの時の自分は、気がついてあげられなかった。
相談させてあげられなかった。
他の男に、救いを求めさせたのは……自分だ。
過去の自分が、悲しい声で呟く。
『俺が、エリに寂しい思いをさせたせいだから』
また少し、身体が過去に沈んでいく。
胸が、軋むように痛い。
――今の俺に、できることは?
過去の自分ができなかった、エリの寂しさに、いま応えること……?
「……違う」
剛士は、決然とかぶりを振った。
「俺は、貴女に戻らない」
向こう側で、彼女が息を詰めたのがわかった。
剛士は必死に気持ちを紡ぐ。
「俺はもう、貴女に何もできない。その覚悟で、別れたから」
『剛士……』
彼女に届くようにと祈りながら、剛士は必死に言葉を投げかけた。
「向き合えよ、彼氏と。高木さんと。じゃないと、同じ間違いを繰り返すだけだろ」
『私が、向き合わなきゃいけなかったのは、剛士だとしたら? 』
エリカが、硬い声音で言い返してきた。
『間違いを繰り返したくないのは、私も同じだよ』
今度は、剛士が息を詰める番だった。
振り払おうとした過去が、強い力で腕を掴んでくる。
『私たち、あんな終わり方で。本当に良かったのかな?』
「何、言って……」
『剛士は本当に、何も後悔してない?』
――後悔?
この先を、考えたくない。
エリカの言葉を、聞いてはいけない。
溢れ出る感情を押し殺し、剛士は再び、過去を突き放そうとした。
「……俺は、戻らない」
エリカが、笑った。
それは昔と同じ、勝ち気な笑い方だった。
『剛士、無理やり自分に言い聞かせてるみたいだね?』
「違う。俺は前に進みたいんだ」
『どっちが、前なんだろう?』
暗示的な問いかけに、また、言葉を攫われてしまう。
『剛士。また会って、ゆっくり話したいね?』
「違う……」
振り払いきれない過去。
剛士は拳を握り締める。
自分の心の片隅に、過去の形を保ったままの感情がある。
そのことを、エリカに勘付かれた。
弱い自分を、見透かされている。
どうして。どうして。
傷口から、痛みを伴う疑問が零れ出る。
握り締めた拳が、震えた。
心を覗きこもうとする甘い囁きが、耳を滑り降りてくる。
『剛士が、そんなふうに隙を見せると……私、がんばりたくなっちゃうよ?』
「……違う、俺は戻らない」
精一杯の抵抗で、剛士は声を上げた。
「もう連絡してくるな」
『剛士、またね?』
通話を遮断する寸前、過去の声が、華やかに笑った。
「話す相手を、間違えんなよ」
真摯な思いを込めて、剛士は言った。
「それを伝えなきゃいけないのは、俺じゃなくて、高木さんだろ」
『……でも、あの人も忙しいのに、いつもがんばってるからさ』
エリカの声が、寂しく震えた。
『私が弱音なんか吐いたら、重荷になっちゃうよ……』
剛士は眉をしかめ、唇を引き結ぶ。
追い打ちの一手を、投げつけなくてはならなかった。
けれど、返さなくてはならないはずの強い言葉を、剛士は自分の唇に乗せることができなかった。
ヒリヒリとした、苦しい沈黙。
かつて自分が魅せられた、エリカの強く華やかな瞳に涙の滲む様子が、ありありと目に浮かぶ。
彼女なりに、高木の状況を思いやっている。
我慢をしているのを、感じ取ってしまった――
『私が弱音なんか吐いたら、重荷になっちゃうよ』
まるで、過去の自分に向かって、言われたような気がした。
エリカが、本音を伝えるのを我慢している。
今の自分には、こんなにはっきりと、わかるのに。
あの時の自分は、気がついてあげられなかった。
相談させてあげられなかった。
他の男に、救いを求めさせたのは……自分だ。
過去の自分が、悲しい声で呟く。
『俺が、エリに寂しい思いをさせたせいだから』
また少し、身体が過去に沈んでいく。
胸が、軋むように痛い。
――今の俺に、できることは?
過去の自分ができなかった、エリの寂しさに、いま応えること……?
「……違う」
剛士は、決然とかぶりを振った。
「俺は、貴女に戻らない」
向こう側で、彼女が息を詰めたのがわかった。
剛士は必死に気持ちを紡ぐ。
「俺はもう、貴女に何もできない。その覚悟で、別れたから」
『剛士……』
彼女に届くようにと祈りながら、剛士は必死に言葉を投げかけた。
「向き合えよ、彼氏と。高木さんと。じゃないと、同じ間違いを繰り返すだけだろ」
『私が、向き合わなきゃいけなかったのは、剛士だとしたら? 』
エリカが、硬い声音で言い返してきた。
『間違いを繰り返したくないのは、私も同じだよ』
今度は、剛士が息を詰める番だった。
振り払おうとした過去が、強い力で腕を掴んでくる。
『私たち、あんな終わり方で。本当に良かったのかな?』
「何、言って……」
『剛士は本当に、何も後悔してない?』
――後悔?
この先を、考えたくない。
エリカの言葉を、聞いてはいけない。
溢れ出る感情を押し殺し、剛士は再び、過去を突き放そうとした。
「……俺は、戻らない」
エリカが、笑った。
それは昔と同じ、勝ち気な笑い方だった。
『剛士、無理やり自分に言い聞かせてるみたいだね?』
「違う。俺は前に進みたいんだ」
『どっちが、前なんだろう?』
暗示的な問いかけに、また、言葉を攫われてしまう。
『剛士。また会って、ゆっくり話したいね?』
「違う……」
振り払いきれない過去。
剛士は拳を握り締める。
自分の心の片隅に、過去の形を保ったままの感情がある。
そのことを、エリカに勘付かれた。
弱い自分を、見透かされている。
どうして。どうして。
傷口から、痛みを伴う疑問が零れ出る。
握り締めた拳が、震えた。
心を覗きこもうとする甘い囁きが、耳を滑り降りてくる。
『剛士が、そんなふうに隙を見せると……私、がんばりたくなっちゃうよ?』
「……違う、俺は戻らない」
精一杯の抵抗で、剛士は声を上げた。
「もう連絡してくるな」
『剛士、またね?』
通話を遮断する寸前、過去の声が、華やかに笑った。
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