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piece7 過去の声
同じ感覚を味わっている
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『剛士!』
スマートフォンから漏れ聞こえた彼女の声に、剛士の胸は悲鳴を上げた。
今この瞬間まで、悠里と穏やかで楽しい時間を過ごしていた。
お互いを知るための欠片をひとつひとつ、悠里と一緒に丁寧に探す。
2人の時間を積み上げていく、優しい感覚に包まれていた。
それなのに。
過去の声が、自分を引き摺りこむ。
エレベーターが開いた瞬間、目に飛び込んできた華やかな笑顔。
あの時と同じ、心が巻き戻っていく感覚に、力を奪われる。
剛士は吸い寄せられるように、スマートフォンを耳に当ててしまっていた。
『剛士』
過去の声が呼びかけてきた。
『ごめんね、電話しちゃって』
胸に残る傷が、鈍い痛みに呻いた。
それを気取られないように、剛士は低い声で応じる。
「……何?」
『剛士、メッセージ見てくれないんだもん。だから思い切って、かけちゃった』
剛士はスマートフォンを握り締め、唇を引き結ぶ。
おとといの夜から昨日にかけて、エリカからメッセージが数通届いていた。
夜に何度か、朝に1通。
そして、悠里と一緒にキッチンに立っていたときだ。
メッセージは、通知画面で見える一部分だけは目に入ってしまったが、まともに読んではいない。
いや、読むことができなかった。
見たくなかった。知りたくなかった。
彼女の現状を。彼女の心を――
『おととい、剛士に偶然会えて。本当に嬉しかったんだよ』
電波の向こう側から届く声は、その通り弾んでいた。
落ち着いて受け止めることなどできなくて、剛士はベンチから立ち上がり、あてなくホームを歩く。
『嬉しくて、気がついたらメッセージして……電話してたよ』
自分の奥深くにまだ残っていた彼女の感触、温もりを呼び覚まされそうになり、剛士は眉を顰める。
これ以上、彼女の声を聞きたくない。話したくない。
そう思うのに、手はスマートフォンを耳から離そうとしてくれず、喉からは何の拒絶の言葉も出て来なかった。
剛士は額に手を当て、ふらりと壁に半身を預ける。
『剛士。元気してた?』
懐かしむような明るい声音が、耳をくすぐる。
「……別に。普通だよ」
辛うじて答える。
違う、答える必要などない。どうして。どうして。
「どうして」
悲しい疑問は、そのまま口をついて出ていた。
エリカは一瞬、面食らったような空気を醸したが、小さく笑い、答える。
『……剛士のこと、知りたくて』
今更、何を。
頭と胸に、血が昇りつめるのを感じる。苦しい。
自分は今、腹を立てているのか、それとも。
剛士は歯を食いしばった。
『おととい、剛士に会ったらさ。まるで、気持ちが昔に戻っちゃうみたいで』
エリカは、小さな声で囁いた。
彼女も自分と同じ感覚を味わっていると知り、剛士の足はまたひとつ、ズブリと過去に沈んでしまう。
「……高木さんに失礼だろ」
彼女の恋人の存在を口に出し、辛うじて剛士は反撃した。
しかし、エリカも怯まずに返す。
『今日もあの人はバイト。大学の課題の提出日も近いらしいし、バイトが終わったら寝ずにやるんじゃないかな』
だから、ここ最近会えてないんだよね、と彼女は寂しい声で言った。
『本当、忙しいみたいで……私、どうしていいか、わからないんだ』
自分と付き合っていたときも、彼女はこんなふうに寂しげな声で、高木と話をしたのだろうか。
剛士は、ぼんやりと考えた。
過去を、違う視点から覗かされたような気がした。
『寂しい』
その気持ちを、彼女はどうして恋人に、素直に打ち明けないのだろう。
彼女はどうして、自分の隣にいる恋人と向き合わず、他の男に慰めを求めるのだろう。
昔と、まるで同じだ。
自分と高木の立場が逆転しただけで――。
スマートフォンから漏れ聞こえた彼女の声に、剛士の胸は悲鳴を上げた。
今この瞬間まで、悠里と穏やかで楽しい時間を過ごしていた。
お互いを知るための欠片をひとつひとつ、悠里と一緒に丁寧に探す。
2人の時間を積み上げていく、優しい感覚に包まれていた。
それなのに。
過去の声が、自分を引き摺りこむ。
エレベーターが開いた瞬間、目に飛び込んできた華やかな笑顔。
あの時と同じ、心が巻き戻っていく感覚に、力を奪われる。
剛士は吸い寄せられるように、スマートフォンを耳に当ててしまっていた。
『剛士』
過去の声が呼びかけてきた。
『ごめんね、電話しちゃって』
胸に残る傷が、鈍い痛みに呻いた。
それを気取られないように、剛士は低い声で応じる。
「……何?」
『剛士、メッセージ見てくれないんだもん。だから思い切って、かけちゃった』
剛士はスマートフォンを握り締め、唇を引き結ぶ。
おとといの夜から昨日にかけて、エリカからメッセージが数通届いていた。
夜に何度か、朝に1通。
そして、悠里と一緒にキッチンに立っていたときだ。
メッセージは、通知画面で見える一部分だけは目に入ってしまったが、まともに読んではいない。
いや、読むことができなかった。
見たくなかった。知りたくなかった。
彼女の現状を。彼女の心を――
『おととい、剛士に偶然会えて。本当に嬉しかったんだよ』
電波の向こう側から届く声は、その通り弾んでいた。
落ち着いて受け止めることなどできなくて、剛士はベンチから立ち上がり、あてなくホームを歩く。
『嬉しくて、気がついたらメッセージして……電話してたよ』
自分の奥深くにまだ残っていた彼女の感触、温もりを呼び覚まされそうになり、剛士は眉を顰める。
これ以上、彼女の声を聞きたくない。話したくない。
そう思うのに、手はスマートフォンを耳から離そうとしてくれず、喉からは何の拒絶の言葉も出て来なかった。
剛士は額に手を当て、ふらりと壁に半身を預ける。
『剛士。元気してた?』
懐かしむような明るい声音が、耳をくすぐる。
「……別に。普通だよ」
辛うじて答える。
違う、答える必要などない。どうして。どうして。
「どうして」
悲しい疑問は、そのまま口をついて出ていた。
エリカは一瞬、面食らったような空気を醸したが、小さく笑い、答える。
『……剛士のこと、知りたくて』
今更、何を。
頭と胸に、血が昇りつめるのを感じる。苦しい。
自分は今、腹を立てているのか、それとも。
剛士は歯を食いしばった。
『おととい、剛士に会ったらさ。まるで、気持ちが昔に戻っちゃうみたいで』
エリカは、小さな声で囁いた。
彼女も自分と同じ感覚を味わっていると知り、剛士の足はまたひとつ、ズブリと過去に沈んでしまう。
「……高木さんに失礼だろ」
彼女の恋人の存在を口に出し、辛うじて剛士は反撃した。
しかし、エリカも怯まずに返す。
『今日もあの人はバイト。大学の課題の提出日も近いらしいし、バイトが終わったら寝ずにやるんじゃないかな』
だから、ここ最近会えてないんだよね、と彼女は寂しい声で言った。
『本当、忙しいみたいで……私、どうしていいか、わからないんだ』
自分と付き合っていたときも、彼女はこんなふうに寂しげな声で、高木と話をしたのだろうか。
剛士は、ぼんやりと考えた。
過去を、違う視点から覗かされたような気がした。
『寂しい』
その気持ちを、彼女はどうして恋人に、素直に打ち明けないのだろう。
彼女はどうして、自分の隣にいる恋人と向き合わず、他の男に慰めを求めるのだろう。
昔と、まるで同じだ。
自分と高木の立場が逆転しただけで――。
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