21 / 41
piece6 未来への欠片
勇誠学園の柴崎さんですか?
しおりを挟む
「悠人、悠人! ねえ、どっちがいい?」
「あー。もう、どっちでもいいんじゃない?」
午前中の、柔らかな日差しが差し込むリビング。
そこには、2着の洋服を抱え仁王立ちする姉と、あくび混じりに応答する弟。
悠里は、不満げに唇を尖らせる。
「もっと真剣に考えてよ」
「だって姉ちゃん、もう何着目よ?」
クッションを抱え、悠人はむくれた。
「別にどれでもいいよ。姉ちゃんが着たい服着りゃいいじゃん」
「だって……」
悠里が、がっくりとうな垂れる。
「よくわかんなくなっちゃったんだもん……」
「つか、今日はエラく気合い入ってんね?」
悠人は、いつになく浮き足立つ姉を不思議そうに見る。
「……えへへ」
「うわ、姉ちゃんキモ」
「うるさい」
パチンと悠人のおでこを叩き、それでも悠里は緩む頬を抑えきれなかった。
悠人は何かを察したようだが、特に言及はせずニヤリと笑った。
「……で? 姉ちゃん、時間は大丈夫なの?」
「あ」
確認すると、約束の時間まであと30分に迫っていた。
たちまち悠里は総毛立つ。
「大丈夫じゃない!着替えなきゃ!」
バタバタと、悠里は自分の部屋に戻っていった。
「はいはい、がんばってねー」
悠人は笑いながら、ヒラヒラと手を振った。
剛士から、最寄り駅に着いたと連絡が入った。
『明日、家まで迎えに行くから』
そう囁いて、悪戯っぽく笑った剛士を思い返す。
『お前を迎えに行くのに慣れてるからさ。何か、落ち着くんだ』
からかいの延長にある、小さな冗談だったかも知れない。
けれど、剛士がとても楽しそうな、嬉しそうな笑顔を見せるから、悠里まで幸せな気持ちになったのだった。
――楽しい1日になるといいな。
心地よく弾む心音を感じ、悠里は微笑んだ。
駅から悠里の家までは、徒歩10分程度。
はやる気持ちを抑えられず、悠里は、いそいそとブーツを履き始める。
「わ、ミニスカだ。ほんとに気合い入ってんねー」
悠人が玄関にやってきた。
パッと悠里は顔を赤らめる。
迷ったあげくに、悠里は白のニットワンピースを着ていた。
座ってブーツを履いていたところだったので、なおさら短く見えたようだ。
「へ、変かな……」
おずおずと尋ねる姉に、悠人が吹き出す。
「大丈夫なんじゃん?」
「もう!」
悠里は、むくれながら立ち上がる。
「私、もう出るね。帰るとき連絡するから」
「はいはい。ごゆっくり」
言いながら、悠人も靴を履き始める。
「……何してんの?」
「今から会うのってさ。昨日も家に呼んでた、勇誠の人なんでしょ?」
嫌な予感がして、悠里は慌てて弟を突き飛ばす。
「あんた、何考えてんの?」
ニヤニヤと悠人は笑う。
「だってその人、姉の恩人なんだし? 弟として、オレもしっかりご挨拶しなきゃね?」
「やめてよ、もう!」
いつも悠人の方が早く登校するため、今まで剛士と顔を合わせたことはなかったのだ。
これはまずい。早く家から離れてしまおうと、悠里は扉を開ける。
「ついて来ないで」
「いーじゃんいーじゃん。彼氏さん見せてよ」
「彼氏じゃないよ!」
「そんだけ浮かれて、彼氏じゃないはナイでしょー」
「違うってば!」
玄関の前で押し問答をしていると、あ、と悠人が動きを止めた。
弟の視線を追って、悠里は振り返る。
門の外には、笑いを噛み殺した剛士が立っていた。
昨日と同じ、黒のダウンジャケットの下には、ヒヤシンスブルーのセーター。
黒のパンツを履いた彼は、いつにも増して大人びて見えた。
弟との醜態を見られた。
悠里の顔が真っ赤になる。
慌てて門を開けて、剛士を見上げた。
「よお」
いつもの彼の挨拶が、心なしか笑って聞こえる。
「おはようございます……」
悠里は蚊の鳴くような声で応えた。
「あの、弟の悠人です……」
言いながら弟に目を向けると、剛士を見つめ、ぽかんと口を開けていた。
「……悠人?」
「も、もしかして、勇誠学園の柴崎さんですか!?」
悠人が目を輝かせながら叫ぶ。
今度は悠里が、ぽかんとする番だ。
「……知ってるの?」
「当たり前だろ! 勇誠の柴崎さん! 超有名!」
悠人が目を剥いて答える。
「姉ちゃん!柴崎さんと付き合ってんなら、どうしてもっと早く教えてくれないの!?」
「だから付き合ってな……」
姉の反論を無視し、悠人は改めて剛士に向かって勢いよくお辞儀した。
「橘悠人です! オレに、スリーポイントのコツ、教えてください!」
剛士が、ふっと柔らかく微笑む。
「じゃあ、今度」
「やったああ!」
悠人が歓喜に飛び上がった。
このままでは、剛士を庭のバスケットゴールに連れて行きかねない。
悠里は慌てて門の外に出て、悠人に手を振った。
「じゃあね! もう行くから」
「姉ちゃん! 次はいつ柴崎さん連れてくる?」
「もう、うるさい」
パチンと悠人のおでこを叩く。
「行ってきます!」
強制的に弟に別れを告げ、悠里は剛士とともに歩き始めた。
「あー。もう、どっちでもいいんじゃない?」
午前中の、柔らかな日差しが差し込むリビング。
そこには、2着の洋服を抱え仁王立ちする姉と、あくび混じりに応答する弟。
悠里は、不満げに唇を尖らせる。
「もっと真剣に考えてよ」
「だって姉ちゃん、もう何着目よ?」
クッションを抱え、悠人はむくれた。
「別にどれでもいいよ。姉ちゃんが着たい服着りゃいいじゃん」
「だって……」
悠里が、がっくりとうな垂れる。
「よくわかんなくなっちゃったんだもん……」
「つか、今日はエラく気合い入ってんね?」
悠人は、いつになく浮き足立つ姉を不思議そうに見る。
「……えへへ」
「うわ、姉ちゃんキモ」
「うるさい」
パチンと悠人のおでこを叩き、それでも悠里は緩む頬を抑えきれなかった。
悠人は何かを察したようだが、特に言及はせずニヤリと笑った。
「……で? 姉ちゃん、時間は大丈夫なの?」
「あ」
確認すると、約束の時間まであと30分に迫っていた。
たちまち悠里は総毛立つ。
「大丈夫じゃない!着替えなきゃ!」
バタバタと、悠里は自分の部屋に戻っていった。
「はいはい、がんばってねー」
悠人は笑いながら、ヒラヒラと手を振った。
剛士から、最寄り駅に着いたと連絡が入った。
『明日、家まで迎えに行くから』
そう囁いて、悪戯っぽく笑った剛士を思い返す。
『お前を迎えに行くのに慣れてるからさ。何か、落ち着くんだ』
からかいの延長にある、小さな冗談だったかも知れない。
けれど、剛士がとても楽しそうな、嬉しそうな笑顔を見せるから、悠里まで幸せな気持ちになったのだった。
――楽しい1日になるといいな。
心地よく弾む心音を感じ、悠里は微笑んだ。
駅から悠里の家までは、徒歩10分程度。
はやる気持ちを抑えられず、悠里は、いそいそとブーツを履き始める。
「わ、ミニスカだ。ほんとに気合い入ってんねー」
悠人が玄関にやってきた。
パッと悠里は顔を赤らめる。
迷ったあげくに、悠里は白のニットワンピースを着ていた。
座ってブーツを履いていたところだったので、なおさら短く見えたようだ。
「へ、変かな……」
おずおずと尋ねる姉に、悠人が吹き出す。
「大丈夫なんじゃん?」
「もう!」
悠里は、むくれながら立ち上がる。
「私、もう出るね。帰るとき連絡するから」
「はいはい。ごゆっくり」
言いながら、悠人も靴を履き始める。
「……何してんの?」
「今から会うのってさ。昨日も家に呼んでた、勇誠の人なんでしょ?」
嫌な予感がして、悠里は慌てて弟を突き飛ばす。
「あんた、何考えてんの?」
ニヤニヤと悠人は笑う。
「だってその人、姉の恩人なんだし? 弟として、オレもしっかりご挨拶しなきゃね?」
「やめてよ、もう!」
いつも悠人の方が早く登校するため、今まで剛士と顔を合わせたことはなかったのだ。
これはまずい。早く家から離れてしまおうと、悠里は扉を開ける。
「ついて来ないで」
「いーじゃんいーじゃん。彼氏さん見せてよ」
「彼氏じゃないよ!」
「そんだけ浮かれて、彼氏じゃないはナイでしょー」
「違うってば!」
玄関の前で押し問答をしていると、あ、と悠人が動きを止めた。
弟の視線を追って、悠里は振り返る。
門の外には、笑いを噛み殺した剛士が立っていた。
昨日と同じ、黒のダウンジャケットの下には、ヒヤシンスブルーのセーター。
黒のパンツを履いた彼は、いつにも増して大人びて見えた。
弟との醜態を見られた。
悠里の顔が真っ赤になる。
慌てて門を開けて、剛士を見上げた。
「よお」
いつもの彼の挨拶が、心なしか笑って聞こえる。
「おはようございます……」
悠里は蚊の鳴くような声で応えた。
「あの、弟の悠人です……」
言いながら弟に目を向けると、剛士を見つめ、ぽかんと口を開けていた。
「……悠人?」
「も、もしかして、勇誠学園の柴崎さんですか!?」
悠人が目を輝かせながら叫ぶ。
今度は悠里が、ぽかんとする番だ。
「……知ってるの?」
「当たり前だろ! 勇誠の柴崎さん! 超有名!」
悠人が目を剥いて答える。
「姉ちゃん!柴崎さんと付き合ってんなら、どうしてもっと早く教えてくれないの!?」
「だから付き合ってな……」
姉の反論を無視し、悠人は改めて剛士に向かって勢いよくお辞儀した。
「橘悠人です! オレに、スリーポイントのコツ、教えてください!」
剛士が、ふっと柔らかく微笑む。
「じゃあ、今度」
「やったああ!」
悠人が歓喜に飛び上がった。
このままでは、剛士を庭のバスケットゴールに連れて行きかねない。
悠里は慌てて門の外に出て、悠人に手を振った。
「じゃあね! もう行くから」
「姉ちゃん! 次はいつ柴崎さん連れてくる?」
「もう、うるさい」
パチンと悠人のおでこを叩く。
「行ってきます!」
強制的に弟に別れを告げ、悠里は剛士とともに歩き始めた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
ReN
恋愛
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
悠里と剛士を襲った悲しい大事件の翌日と翌々日を描いた今作。
それぞれの家族や、剛士の部活、そして2人の親友を巻き込み、悲しみが膨れ上がっていきます。
壊れてしまった幸せな日常を、傷つき閉ざされてしまった悠里の心を、剛士は取り戻すことはできるのでしょうか。
過去に登場した悠里の弟や、これまで登場したことのなかった剛士の家族。
そして、剛士のバスケ部のメンバー。
何より、親友の彩奈と拓真。
周りの人々に助けられながら、壊れた日常を取り戻そうと足掻いていきます。
やはりあの日の大事件のショックは大きくて、簡単にハッピーエンドとはいかないようです……
それでも、2人がもう一度、手を取り合って、抱き合って。
心から笑い合える未来を掴むために、剛士くんも悠里ちゃんもがんばっていきます。
心の傷。トラウマ。
少しずつ、乗り越えていきます。
ぜひ見守ってあげてください!
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
夕陽を映すあなたの瞳
葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心
バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴
そんな二人が、
高校の同窓会の幹事をすることに…
意思疎通は上手くいくのか?
ちゃんと幹事は出来るのか?
まさか、恋に発展なんて…
しないですよね?…あれ?
思わぬ二人の恋の行方は??
*✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻
高校の同窓会の幹事をすることになった
心と昴。
8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに
いつしか二人は距離を縮めていく…。
高校時代は
決して交わることのなかった二人。
ぎこちなく、でも少しずつ
お互いを想い始め…
☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆
久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員
Kuzumi Kokoro
伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン
Ibuki Subaru
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる