9 / 41
piece3 痛みの追憶
エリカ
しおりを挟む
ガチャンと扉を閉め、剛士は独り、廊下を歩きだした。
友人たちを置いて帰ることを選んだ自分を、情けなく思う。
自己嫌悪に浸る剛士の目に、エレベーターホールが映った。
否応なしに、思い返してしまう。
『久しぶりだね、剛士』
出会ってしまった、懐かしい声を。
心の奥に仕舞い込んだ、強い痛みを。
剛士は溜め息をつく。
とてもエレベーターを待つ気にはなれなかった。
足早に非常階段を降りていく。
それでも容赦なく、追憶は彼を追いかけてきた――
「ごめんね、剛士。引き止めちゃって」
自分の連れを先にエレベーターで降らせ、彼女は昔と同じ華やかな微笑を、剛士に向けた。
そして、じっと彼の目を覗き込む。
「隣にいた可愛い子、ウチの1年生だよね。……彼女さん?」
悠里のことを探られ、ズキリと胸が痛んだ。
「……別に。友だちだよ」
思わず目を逸らしてしまった。
何も、後ろめたく思うことはないのに。
自分の心の反応に、剛士自身が驚いてしまう。
彼女が、小首を傾げる。
「なんだ、違うのかぁ。……剛士、あれから女の子を寄せ付けないって噂に聞いてたから……責任、感じてたんだよ」
「責任?」
「そりゃあ……感じるよ」
剛士のおうむ返しに、彼女は寂しげに微笑む。
いたたまれず、剛士は低く呟いた。
「……別に、お前が感じることじゃないだろ」
付き合っていた頃のように、気安く『お前』と呼んでしまい、剛士は思わず顔を歪めた。
沈黙が落ちた。
「……高木さんは?」
自分の動揺を抑え込むために、剛士は敢えて、彼女の現在の恋人を口にする。
途端に彼女の華やかな笑顔は萎れ、寂しく俯いた。
「……大学の課題とかバイトとか、忙しいみたいで。割と放置されてる、かな」
彼女は苦笑し、言った。
「寂しい」と。
彼女の口から、一番聞きたくない言葉だった。
剛士は眉をしかめる。
その言葉は昔と同じ引力を持って、剛士を惹きつけた。
心が過去を遡っていくような空気が、2人の間を流れる。
それを遮ったのは、彼女のスマートフォンの着信音だった。
「あ……」
彼女が画面の文字を見て、バツの悪そうな顔をした。
剛士の心が現実に引き戻される。
「……高木さんだろ。出れば?」
俺はもう行くから、と剛士は彼女の目を見ずに、背を向けて歩き始めた。
「剛士!」
彼女の声が追いかけてきた。
「またね!」
剛士は振り返らず、自分を待つ3人の元へと急いだのだった――
ようやく1階までたどり着き、剛士はビルの外に出た。
もう一度、深い溜め息をつく。
『寂しい』
彼女がそう呟いたとき、咄嗟に考えてしまった。
自分に、何ができるだろうか、と。
もし高木からの着信が無ければ、思考はそのまま、あらぬ方向へ突き進んだかもしれない。
――何を考えてるんだ、俺は。
友人たちと離れ1人歩く夜道は、ひときわ風が冷たく感じられた。
剛士は目を伏せたまま、のろのろと駅に向かって歩く。
――別れたことを、後悔はしていない。
なのにどうして、振り払えないのだろう。
『剛士!』
懐かしい声に、誘なわれるがまま。
彼の心はどうしようもなく、追憶の沼に沈んでいった――
友人たちを置いて帰ることを選んだ自分を、情けなく思う。
自己嫌悪に浸る剛士の目に、エレベーターホールが映った。
否応なしに、思い返してしまう。
『久しぶりだね、剛士』
出会ってしまった、懐かしい声を。
心の奥に仕舞い込んだ、強い痛みを。
剛士は溜め息をつく。
とてもエレベーターを待つ気にはなれなかった。
足早に非常階段を降りていく。
それでも容赦なく、追憶は彼を追いかけてきた――
「ごめんね、剛士。引き止めちゃって」
自分の連れを先にエレベーターで降らせ、彼女は昔と同じ華やかな微笑を、剛士に向けた。
そして、じっと彼の目を覗き込む。
「隣にいた可愛い子、ウチの1年生だよね。……彼女さん?」
悠里のことを探られ、ズキリと胸が痛んだ。
「……別に。友だちだよ」
思わず目を逸らしてしまった。
何も、後ろめたく思うことはないのに。
自分の心の反応に、剛士自身が驚いてしまう。
彼女が、小首を傾げる。
「なんだ、違うのかぁ。……剛士、あれから女の子を寄せ付けないって噂に聞いてたから……責任、感じてたんだよ」
「責任?」
「そりゃあ……感じるよ」
剛士のおうむ返しに、彼女は寂しげに微笑む。
いたたまれず、剛士は低く呟いた。
「……別に、お前が感じることじゃないだろ」
付き合っていた頃のように、気安く『お前』と呼んでしまい、剛士は思わず顔を歪めた。
沈黙が落ちた。
「……高木さんは?」
自分の動揺を抑え込むために、剛士は敢えて、彼女の現在の恋人を口にする。
途端に彼女の華やかな笑顔は萎れ、寂しく俯いた。
「……大学の課題とかバイトとか、忙しいみたいで。割と放置されてる、かな」
彼女は苦笑し、言った。
「寂しい」と。
彼女の口から、一番聞きたくない言葉だった。
剛士は眉をしかめる。
その言葉は昔と同じ引力を持って、剛士を惹きつけた。
心が過去を遡っていくような空気が、2人の間を流れる。
それを遮ったのは、彼女のスマートフォンの着信音だった。
「あ……」
彼女が画面の文字を見て、バツの悪そうな顔をした。
剛士の心が現実に引き戻される。
「……高木さんだろ。出れば?」
俺はもう行くから、と剛士は彼女の目を見ずに、背を向けて歩き始めた。
「剛士!」
彼女の声が追いかけてきた。
「またね!」
剛士は振り返らず、自分を待つ3人の元へと急いだのだった――
ようやく1階までたどり着き、剛士はビルの外に出た。
もう一度、深い溜め息をつく。
『寂しい』
彼女がそう呟いたとき、咄嗟に考えてしまった。
自分に、何ができるだろうか、と。
もし高木からの着信が無ければ、思考はそのまま、あらぬ方向へ突き進んだかもしれない。
――何を考えてるんだ、俺は。
友人たちと離れ1人歩く夜道は、ひときわ風が冷たく感じられた。
剛士は目を伏せたまま、のろのろと駅に向かって歩く。
――別れたことを、後悔はしていない。
なのにどうして、振り払えないのだろう。
『剛士!』
懐かしい声に、誘なわれるがまま。
彼の心はどうしようもなく、追憶の沼に沈んでいった――
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
#秒恋3 友だち以上恋人未満の貴方に、甘い甘いサプライズを〜貴方に贈るハッピーバースデー〜
ReN
恋愛
悠里と剛士の恋物語 ♯秒恋シリーズ第3弾
甘くて楽しい物語になっているので、ぜひ気軽にお楽しみください♡
★あらすじ★
「あのね、もうすぐバレンタインじゃん! その日、ゴウの誕生日!」
彼の誕生日を知らせてくれた剛士の親友 拓真と、親友の彩奈とともに、悠里は大切な人の誕生日サプライズを敢行!
友だち以上恋人未満な2人の関係が、またひとつ、ゆっくりと針を進めます。
大好きな人のために、夜な夜なサプライズ準備を進める悠里の恋する乙女ぶり。
みんなでお出かけする青春の1ページ。
そして、悠里と剛士の関係が深まる幸せなひととき。
★シリーズものですが、
・悠里と剛士は、ストーカー事件をきっかけに知り合い、友だち以上恋人未満な仲
・2人の親友、彩奈と拓真を含めた仲良し4人組
であることを前提に、本作からでもお楽しみいただけます♡
★1作目
『私の恋はドキドキと、貴方への恋を刻む』
ストーカーに襲われた女子高の生徒を救う男子高のバスケ部イケメンの話
★2作目
『2人の日常を積み重ねて。恋のトラウマ、一緒に乗り越えましょう』
剛士と元彼女とのトラウマの話
こちらもぜひ、よろしくお願いします!

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる