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piece9 親友

あと少しだけ

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「彩奈……」
悠里は、小さな声で囁いた。
「大好き」

もしも、彩奈との友情が壊れることがあったら……
自分はきっと、立ち直れない。
それほどの重荷を、エリカは背負ってくれたのだ。

あの大輪の花が咲き誇る、美しい笑顔に会える日は、きっと来ない。
ありがとうも、ごめんなさいも、彼女にはもう、伝えられない。
悠里の目に、涙が滲んだ。


「悠里……どうした?」
狼狽えたように、彩奈がトントン、と悠里の背中を叩く。

いけない。彩奈を不安にさせてしまう。
悠里は、ぎゅっと唇を噛み、必死に気持ちを立て直した。
そうして柔らかな笑顔を作り、悠里は顔を上げる。

「彩奈、待たせてごめんね! ありがとう」
「悠里……」
「明日は、卒業式だね……」

悠里の言葉に、何か、暗示的なものを感じたのだろう。
赤メガネの奥にある瞳が、珍しく戸惑いの色を見せる。
「悠里。あんた、今までどこにいたの……?」
悠里は答えに窮し、曖昧な微苦笑を浮かべて首を傾げた。


今日の出来事を話せば、おのずと、カンナとの一連の出来事を話さなければいけなくなる。
けれどこの出来事は、エリカがカンナに働きかけてくれれば、終わることだ。
今さら、彩奈に打ち明けたくない。
終わった話を持ち出して、親友を悲しませたくはない。

とは言うものの、彼女を納得させられるほどのうまい言い訳は、咄嗟に思いつかなかった。
どう答えようかと悠里が考えを巡らせようとすると、彩奈が小さく首を横に振る。


「……いや。やっぱり、いいや」
「え……?」
日頃、猪突猛進という言葉がしっくりくるほど、何にでも真っ直ぐに向かっていく彼女だ。
悠里は、不思議そうに目を瞬かせる。

「まあ……悠里にも、いろいろあるわな。根掘り葉掘り聞き出すのは、良くないよね」

「彩奈……」
彩奈は、困ったように眉を下げる悠里に、慌てて笑いかけた。

「あ、もちろん、悠里が話したくなったら何でも聞くからね!」
「……うん」

悠里は小さく、けれど、彩奈の言葉を噛み締めるように頷いた。


いつもとは違う、親友の姿。
優しい声を掛けてくれながらも、寂しげな彩奈の顔。
悠里の胸が、ズキズキと痛む。

――ごめん。ごめん、彩奈。

卒業式が終わったら。
もう大丈夫だと、確信できたら。
正直に彩奈に話そう。
全部、聞いて貰おう。
そして、黙っていたことを、謝ろう。


――もう少しで、全てが解決するから。

「あと、少しだけ……待っていてくれる……?」
そう問いかけた悠里を見つめ、彩奈は、小さく微笑んだ。

「……わかったよ」
「ありがとう。彩奈……」


空気を切り替えるように、彩奈がパンと手を打った。
「もう真っ暗になっちゃったね! 早く帰ろ、悠里!」
「うん!」
2人並んで、教室を後にした。

悠里は深く息を吸い込む。
卒業式は、明日だ。

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