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piece1 花のような笑顔

なんて綺麗に笑う人だろう

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エリカがふうっと息をつき、手をパンパンと払う。
「よし、終わった!帰ろう!」

資料保管室の鍵を閉めながら、エリカは微笑んだ。
「手伝ってくれてありがとうね」
めちゃめちゃ助かったよ、とエリカが屈託なく笑う。
その笑顔につられて、悠里も微笑んだ。


「じゃあ私は、部室に行かなきゃいけないから、ここで。気をつけて帰ってね」
「はい。失礼します」

会釈をして踵を返した悠里に、エリカが呼びかけた。
「……悠里ちゃん」
「?はい」

悠里は立ち止まり、エリカを振り返る。
エリカが、小さく息を吸って問いかけた。

「学内で見かけたら、また、声掛けてもいい?」

少し緊張している様子のエリカに、悠里は笑いを誘われてしまう。
「ふふ、いいですよ。私も、声掛けますね」
「……ありがとう!」

エリカの顔に、今日1番の大きな華が咲いた。


なんて綺麗に笑う人だろう。

悠里はそう思った。
キリッとした目と、ショートヘアが相まって、クールな印象の強いエリカ。
それが、ひとたび笑うと大輪の華が咲き誇るような、匂い立つ美しさが溢れ出す。


懸念。疑問。あるいは、敵対心。
客観的に見れば、そういう感情を持って相対しても、おかしくない人だと思う。

しかし、そんな暗い感情を抱く余地もない。
エリカの笑顔は、あまりにも明るく晴れ晴れとしていて、美しいと思わずにはいられなかった。

エリカの輝きを眩しい気持ちで見つめ、悠里も、にっこり微笑んだ。


悠里が学校を出ると、既に夜の帳が下りていた。
時刻は、17時半になるところだ。

不思議だなあ、と悠里は1人、夕闇の帰り道を歩きながら考える。


エリカの顔を見た瞬間は、剛士の傷を知ったあの日のことを思い出し、苦しかった。

しかし彼女の屈託のない笑顔は、悠里のわだかまりを隅にやり、純粋に見惚れさせる引力があった。
まるで包み込まれるような、暖かささえ感じた。


もしかするとエリカと剛士は、既に何かを話しているのかも知れない、と思った。

エリカは作業の間、剛士のことをひと言も口にしなかった。
その様子からは、悠里への気遣いを感じた。

それに彼女は、剛士とエリカの過去のことを、悠里が知っていると認識していた。
その上で、バスケ部に関する質問にも、率直に答えてくれたのだ。
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