#秒恋5 恋人同士まで、秒読みの、筈だった

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piece8 夜の会議室

抱き締めたい

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***


膨大な写真データのコピーが無事に終了し、剛士はパソコンを閉じる。
デスクライトも消してしまうと、部屋はまた、月明かりのぼんやりした光だけになった。

剛士の雰囲気が変わったことを悟り、悠里は口をつぐむ。


「……悠里」
静かな声で、剛士が囁いた。
「抱き締めたい」
仄暗い室内で見える切れ長の瞳が、悲しく揺らめいていた。

「ゴウ、さん……」
悠里は無意識のうちに、剛士に手を伸ばす。
その手をしっかりと包み込まれ、悠里は逞しい胸に抱き寄せられた。

トクン、トクン、と熱く心が高鳴っている。
剛士の胸と腕は、暖かくて。
悠里は、自分がどんなにこの温もりを求めていたかを、思い知る。


「……やっと、抱き締められた」
悠里の耳元で、剛士が呟く。
「今日会ったときから。本当はずっと、抱き締めたかったんだ」
じわりと、悠里の目に涙が滲む。
彼女は、ぎゅうっと剛士の胸にしがみついた。
「私も……」
声を出してしまうと、涙も止まらなくなってしまう。
でも、もういい。
今は、剛士と2人きりだから。

悠里は素直な気持ちを、晒け出す。
「私も、ゴウさんに、抱き締めて欲しかった……」
小さくしゃくり上げながら、悠里は応えた。
「うん……」
優しい声で、剛士は彼女を包み込む。
「ごめんな。辛い思いさせて」


悠里の胸に、泣きながらシャワーを浴びた日の痛みが蘇る。
ずっとずっと、自分は擦り減ったままだった。
擦り減った自分を、剛士に埋めて欲しかった。

「悠里……」
大きな手が頭と背中に回り、きつく抱き締めてくれる。
「ゴウさん……」
ぽろぽろと泣きながら、悠里は彼の胸に顔をうずめた。
「怖かった……」
「……うん」
「悲しかった……」
「うん……」
剛士は優しい声で、悠里の気持ちを汲み取った。
「怖かったな……悲しかったよな」
「うん……」

気持ちをわかって貰えた安心感に包まれ、悠里は力いっぱい、剛士の背中に縋りつく。
「悠里……」
更に力強く抱き寄せられ、悠里の身体は、彼の温もりに深く包み込まれた。


「あの写真見たとき……息が止まりそうだった」
剛士の声が、悲しみに震える。
悠里は必死に、彼を抱き返す。

「早く、抱き締めたかった。悠里に触れたかった。記憶を消してあげることはできなくても、せめて、」
大きな手が、優しく優しく、悠里の背をさすった。
「俺で、上書きできたらって……」
「ゴウさん……」

彼の願いは、自分と同じ。
それが嬉しくて、悠里は彼の耳元で囁く。
「……上書き、して……?」
「悠里……」


大きな手が、悠里の髪を撫でていく。
長い指を絡めるようにして、何度も何度も。
悠里は目を閉じ、剛士の感覚を胸に刻みつける。
もう片方の彼の手は、優しく悠里の肩と背をさすり、温めてくれた。

見知らぬ男子生徒に触れられた悲しみを、少しずつ、少しずつ。
剛士の大きな手が、拭っていく。

もっと。全部。
全部、上書きして欲しい……
「ゴウさん……」
悠里は、消え入りそうなくらい、か細い声で訴えた。
「脚……」

カラオケで、両隣りに座った男子生徒に触られた。
太ももに与えられた、無遠慮な手の感触。
嫌だった。怖かった。悲しかった。

剛士がそっと、スカート越しに悠里の太ももに触れる。
「……ここ?」
「……うん」

汚された部分を、剛士に知られてしまうようで、辛い。
悠里は、涙声で頷いた。

剛士が優しく、悠里の太ももを撫でる。
大きくて暖かい手。

もっと。もっと、触れて欲しい。
剛士の温もりで、恐怖を忘れさせて欲しい。
悠里は彼に身を寄せ、声にならない願いを伝えた。

応えるように、剛士が気持ちを誓う。
「悠里は、俺の大事な子だから……もう二度と、こんな思いはさせない。悠里は、俺が守る」

太ももから膝にかけて、剛士が優しく撫でてくれる。温めてくれる。
あのとき感じた絶望が、ゆっくりと拭い去られていく……


「悠里……」
剛士が、優しい声で囁いた。
「俺、悠里が怖がることは、絶対にしないから」
「うん……」
「俺の傍にいろよ」
「うん……うん、ゴウさん……」
悠里は涙の混じる吐息を零し、彼の温もりに身を委ねた。
剛士になら、何も怖くない。
そう思えた――


***


ちゅ、と髪に柔らかな感覚が落ちた。
甘い感覚に悠里は、ピクン、と身を震わせる。

優しく包み込まれたまま、幾度も髪にキスをされる。
胸の疼きに突き動かされ、悠里は、きゅうっと彼に縋りつく。
長い指が悠里の髪を掬い上げ、時間をかけて、丁寧に唇を当てていった。


剛士の胸に置いていた、悠里の右手。
彼の暖かくて大きな手が、そっと包み込む。

「あ……」
手の甲に、そして指に。
優しいキスが落とされた。

伏せられた切れ長の瞳と、形の良い唇。
悠里は熱に浮かされたように、彼の仕草を見つめる。
まるで、外国の物語に出てくる騎士みたいだと、ぼんやりと悠里は思った。

剛士が目を上げ、悪戯っぽく微笑する。
「……反対の手にもする?」
悠里は殆ど無意識に、こくりと頷いた。

悠里の左手が、彼の大きな手に包まれる。
剛士は大切そうに彼女の手を握り込むと、柔らかく唇を当てた。
手の甲に、指先に。

触れた唇から感じる彼の気持ちに、悠里の胸が熱くなる。

剛士が、手の甲に唇を滑らせた。
「ん……」
ちゅっと、甘い音を立てて、そこにキスをされ、悠里は思わず吐息を零す。


心臓が、苦しいほど高鳴っている。
甘い疼きが、身体の内側を駆け巡る。

――どうしよう……
悠里は目を閉じ、剛士の逞しい胸に身を預ける。

――もっと……
もっと、して欲しい……

初めての衝動に、どうしていいかわからない。
ただ必死に、剛士にしがみつく。
ぎゅうっと甘やかに抱き竦められ、悠里の胸は、彼でいっぱいになった。

髪を梳いてくれる長い指が、悠里の耳や首筋を掠める。
彼女は思わず、潤んだ瞳で剛士を見上げた。

「……そんな、可愛い顔すんなよ」
剛士が、甘い微笑を浮かべた。
優しく抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「俺、止まれなくなるだろ……」
「ゴウ、さん……」
高まる衝動のままに、悠里は彼の首に腕を回した。


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