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piece1 雨の放課後に出会った優しさは、恋の予感か波乱の幕開けか
晴れた疑いと優しい言葉
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谷と呼ばれた教師は、交互に剛士たちと悠里、彩奈を見比べる。
大柄で短髪、大工の棟梁と言われても納得できそうな、いかめしい顔立ちの教師だった。
まず谷は、悠里たちに尋ねた。
「ウチの生徒が、何かやりましたか?」
谷は丁寧に問いかけたつもりのようだが、声が大きく凄味がある。
気負された悠里たちは、とっさに口を開くことができなかった。
彼女たちが答えないのを見てとると、谷は険しい顔で、剛士と金髪の男子生徒に向き直る。
「お前たち、これはどういうことだ? 他校の……しかも女子高の生徒とトラブルなんて、大問題だぞ」
「ち、違うんです! オレたちも、何がなんだか、よく分からないんスよ」
わたわたと、男子生徒が手を振る。
対して剛士は、不機嫌に眉根を寄せ、何も答えなかった。
谷が、低い声で2人に言う。
「今から生活指導室に来い」
「俺たち、何もしてません」
不満げに、剛士が谷を睨みつけた。
「……柴崎。場合によっては、反省文だけでは済まされんぞ。部活動禁止令を出すことだってある」
剛士の目の色が変わった。
「はぁ? なんで部活やめなきゃいけないんですか!」
「そ、そうですよ! ゴウはバスケ部のキャプテンなのに!」
金髪の男子生徒も、慌てて反論する。
「キャプテンだからだよ」
にべもなく谷が言った。
「他の部員に示しがつかんだろうが。とにかく生活指導室に来い」
「うわあ……」
男子生徒が、金髪頭を抱える。
剛士は声を発しなかったが、その切れ長の瞳は、怒りに燃えていた。
思わぬ方向に事態が進んだことで、彩奈も、すっかり毒が抜けてしまっていた。
こんな状況を作ってしまったのは、自分だ。
悠里の目が熱くなる。
――何とかしなきゃ。
悠里は考える間もなく、谷に向かって叫んでいた。
「先生! 違うんです!」
突然、他校の女子に先生と呼ばれ、谷は、ぽかんと悠里を見つめる。
彼女は、持参していた彼の折り畳み傘を、袋から出して見せた。
「私、この間の雨の日に、柴崎さんに傘を貸していただいたんです。だから今日は、傘をお返ししたくて」
「ゆ、悠里……」
彩奈が口を挟もうとしたのを、悠里は手で制す。
「ご連絡先がわからなかったので、学校に直接来てしまいました。お騒がせして、本当に申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる彼女に、谷は困惑して剛士を見た。
「柴崎……本当か?」
「……はい」
剛士が低い声で応えた。
谷は何か言いたげに、しばらく剛士と悠里を見比べていたが、やがて肩をすくめ頷いた。
「……まあ、いいだろう。お前らは日ごろ問題行動があるわけでもないし、今回は見逃してやる。校門で騒いだ件の反省文だけでいいぞ。明日朝、提出しろ」
「うわあ、やっぱり反省文かよ!」
金髪の生徒が崩れ落ちる。
「かわいいもんだろ」
谷は、豪快に笑いながら去って行った
「お前ら、用が済んだなら早く帰れよ!」
***
「……さんきゅ。助かった」
部活動禁止令を免れた剛士が、息をつき悠里を見た。
「まあ、そもそもお前らのせいだけどな」
「ごめんなさい……」
悠里は、涙を浮かべたまま頭を下げた。
「……あ、あのぉ」
遠慮がちに彩奈が問う。
「本当に、あなたはイタ電の犯人じゃないんですか……?」
剛士は眉を顰め、冷たく答えた。
「当たり前だ」
弾かれたように、彩奈は勢いよく頭を下げた。
「すいませんでした!」
ピリピリとした空気が漂うなか、金髪の男子生徒が口を挟む。
「……オレは、酒井拓真。ゴウの友だち。ゴウは、女の子にイタ電なんかするヤツじゃないよ。オレが保証する」
拓真の人の良さそうな瞳が、じっと悠里たちを見つめた。
「でも一体どうして、ゴウがイタ電の犯人ってことに、されちゃったわけ?」
謝ろうと口を開きかけた悠里を庇うように、彩奈が前に出た。
「すいません。悠里じゃないです!私が、疑ったんです……」
消え入りそうな声になりながらも、彩奈は説明した。
「柴崎さんが悠里を駅まで送ったとき、悠里の名前を聞いて、驚いてたっていうのと……柴崎さんと出会ってすぐに、イタ電が始まったので……怪しいと思いました」
可哀想になるくらい、彩奈は首を縮めている。
「ほんとに、すみません」
悠里がかぶりを振る。
「彩奈は、私のことを心配してくれただけで、何も悪くないです。私がちゃんと説明できなかったから、誤解させてしまったんです」
再び、深々と頭を下げる。
「私のせいです。本当にごめんなさい」
少しの時間、沈黙が訪れる。
「……ふうん。そうだったんだあ」
重々しい空気を吹き飛ばすように、ぷっと拓真が吹き出した。
そして笑いながら、剛士に相槌を求める。
「なんか2人、必死に庇い合ってて、かわいいね」
拓真は悠里に向き直り、優しく言った。
「……橘悠里ちゃん、だよね?」
驚いた表情で悠里たちが彼を見つめると、拓真が人懐っこい笑顔を見せた。
「知ってるよ。橘悠里ちゃん。と、石川彩奈ちゃん。でしょ? キミたち、割と有名だもん」
「……お前、詳しいな」
呆れたように剛士が口を挟む。
「ゴウが疎すぎんだよ」
拓真が、あっけらかんと笑った。
「でも、さすがのゴウも、話題の悠里ちゃんと出会えて、ビックリしたってわけね?」
「その話題の写真ってのは、見たことないけどな」
「何だそりゃ、意味ねえ!」
「あ、あの、それどういう……」
軽口を叩き合う2人の会話に、困惑しながらも彩奈が問う。
「んー。これ言っちゃうと、引かれそうだけどさ」
拓真が頭を掻きながら答えた。
「ウチ、男子校じゃん。だから、定期的に他校の女子をチェックして、情報を回すヤツがいるんだよね」
悠里と彩奈は、顔を見合わせる。
「で、この間のマリ女の学園祭に遊び行ったヤツが、カワイイ子の写真をしこたま撮ってきてさ。それが今、ウチの学校で割と出回ってて……」
「ええ!? キモい!」
彩奈が顔をしかめ、拓真の言葉を遮った。
「失敬な! カワイイ女子を愛でるのは、紳士のたしなみでしょーが!」
「なによそれ!」
拓真の言葉に、彩奈が笑い出す。
この一連のやり取りで、ふっと空気が和んだ。
拓真が優しい笑顔で、悠里を見る。
「……まあ、そんなわけでゴウも、キミの名前を知ってたってだけなんだ。驚かせちゃって、ごめんね?」
慌てて悠里は、大きく首を振る。
「そんな。私の方こそ、いきなり学校に押しかけてしまって……」
拓真と、そして剛士を見上げた。
「本当にごめんなさい……」
「いいっていいって! な、ゴウ?」
「良くはないけどな」
剛士が、拓真の頭を小突いた。
「あの……」
悠里は遠慮がちに、袋に入れた折り畳み傘を、剛士に差し出した。
「傘、ありがとうございました」
剛士はそれを受け取ると、小さな微笑を浮かべた。
「悪かったな、気を遣わせて。返さなくていいって、言っとけば良かったな」
「そ、そんな。お借りしたままにはできませんよ」
「はは、律儀なヤツ」
切れ長の瞳が、柔らかな光を帯びた。
そうして剛士は、労るように悠里を見つめた。
「……どんなイタ電かは、わからないけどさ。あまり、気にすんなよ?」
あの雨の日に聞いた、穏やかで優しい声だった。
「……はい」
思いがけず剛士の口から聞いた励ましの言葉に、ふわりと悠里の胸は高鳴った。
***
「ゴウ、もう部活終わるよな? 一緒に反省文書こうぜ」
悠里たちが帰った後、拓真が言った。
「そうだな」
溜め息混じりに、剛士は頷く。
「着替えるから、待っててくれ」
2人は連れ立って、駅前のファストフード店に腰をおろす。
「やー、可愛かったなー悠里ちゃんたち。喋れて得した!」
無邪気に笑う拓真を見て、剛士は溜め息をつく。
「お前、能天気でいいな」
「可愛い女子と話せたら嬉しいでしょ、フツー」
剛士は眉を顰め、問うた。
「……あいつら、そんなに有名なのか?」
「そうだな。10月頭のマリ女の学園祭に行った奴らが、写真撮ってきて。一躍有名になった感じ」
「へえ」
「他の子の写真もあったけど、あの子たち1年だしね。特に注目されちゃったんじゃない?」
「へえ」
拓真が頬杖をついて、ニヤリと笑った。
「悠里ちゃん。一番人気だよ?」
「……へえ」
面白くなさそうに、剛士は適当な相槌を打つ。
拓真は、ニヤニヤ笑いを深めて、彼の顔を覗き込む。
「悠里ちゃんのこと、気になっちゃった?」
「別に」
「ゴウ、怖い」
冷たい目で睨みつけられ、拓真は金髪頭を竦める。
「まあ、あと1か月もすれば、このお祭り騒ぎも落ち着くと思うよ」
フォローのつもりなのか、拓真はそう付け加えた。
剛士は不機嫌な顔のまま、ふいと横を向く。
「……でも、女の子がイタ電とか受けたら、そりゃ怖いよね」
拓真は彼女たちとの会話を思い返し、呟いた。
「詳しいことはよく分かんないけど、早く収まるといいな」
「……そうだな」
剛士は切れ長の瞳を伏せ、小さく頷いた。
剛士が脚を組み替えた拍子に、カサッと、傘の入った袋が音を立てた。
先程、悠里から受け取ったものだ。
品のいい、ブラウンの厚手の袋だった。
剛士に渡すために、わざわざシンプルな色合いの袋に入れてきたのだろう。
剛士は、何の気なしに袋から傘を取り出す。
すると、傘と一緒に小さなカードが出てきた。
『傘、ありがとうございました。
とても助かりました。
橘悠里』
無駄のない、簡潔なお礼の言葉。
とても丁寧で、綺麗な字で書かれていた。
剛士の小さな厚意を、真っ直ぐに受け止めてくれた、彼女のメッセージ。
我知らず、剛士はふっと、口元をほころばせた。
それを見た拓真が、どことなく嬉しそうに尋ねる。
「それで? ゴウは、どうして悠里ちゃんと知り合ったのさ。悠里ちゃんが、傘を貸してくれたって言ってたけど?」
「そのままだよ。雨の日に道でぶつかったから、駅まで送って、ついでに傘貸しただけだ」
「道でぶつかった!? なに、そのマンガみたいな展開! 運命の出会いってヤツ?」
その瞬間、剛士の空気が、ピリリと棘ついた。
「……冗談じゃねえよ」
彼は、面倒くさそうに溜め息をつく。
「関わりたくない」
「……それは、」
探るように、拓真が彼を見つめる。
「悠里ちゃんが、マリ女の生徒だから?」
「……関係ねえよ」
剛士は低く呟き、目を逸らす。
「変に関わって、部活動禁止令を出されたくないだけだ」
「ふーん」
頬杖をつきながら、拓真は微笑んだ。
「ま、そういうことにしときますか」
大柄で短髪、大工の棟梁と言われても納得できそうな、いかめしい顔立ちの教師だった。
まず谷は、悠里たちに尋ねた。
「ウチの生徒が、何かやりましたか?」
谷は丁寧に問いかけたつもりのようだが、声が大きく凄味がある。
気負された悠里たちは、とっさに口を開くことができなかった。
彼女たちが答えないのを見てとると、谷は険しい顔で、剛士と金髪の男子生徒に向き直る。
「お前たち、これはどういうことだ? 他校の……しかも女子高の生徒とトラブルなんて、大問題だぞ」
「ち、違うんです! オレたちも、何がなんだか、よく分からないんスよ」
わたわたと、男子生徒が手を振る。
対して剛士は、不機嫌に眉根を寄せ、何も答えなかった。
谷が、低い声で2人に言う。
「今から生活指導室に来い」
「俺たち、何もしてません」
不満げに、剛士が谷を睨みつけた。
「……柴崎。場合によっては、反省文だけでは済まされんぞ。部活動禁止令を出すことだってある」
剛士の目の色が変わった。
「はぁ? なんで部活やめなきゃいけないんですか!」
「そ、そうですよ! ゴウはバスケ部のキャプテンなのに!」
金髪の男子生徒も、慌てて反論する。
「キャプテンだからだよ」
にべもなく谷が言った。
「他の部員に示しがつかんだろうが。とにかく生活指導室に来い」
「うわあ……」
男子生徒が、金髪頭を抱える。
剛士は声を発しなかったが、その切れ長の瞳は、怒りに燃えていた。
思わぬ方向に事態が進んだことで、彩奈も、すっかり毒が抜けてしまっていた。
こんな状況を作ってしまったのは、自分だ。
悠里の目が熱くなる。
――何とかしなきゃ。
悠里は考える間もなく、谷に向かって叫んでいた。
「先生! 違うんです!」
突然、他校の女子に先生と呼ばれ、谷は、ぽかんと悠里を見つめる。
彼女は、持参していた彼の折り畳み傘を、袋から出して見せた。
「私、この間の雨の日に、柴崎さんに傘を貸していただいたんです。だから今日は、傘をお返ししたくて」
「ゆ、悠里……」
彩奈が口を挟もうとしたのを、悠里は手で制す。
「ご連絡先がわからなかったので、学校に直接来てしまいました。お騒がせして、本当に申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる彼女に、谷は困惑して剛士を見た。
「柴崎……本当か?」
「……はい」
剛士が低い声で応えた。
谷は何か言いたげに、しばらく剛士と悠里を見比べていたが、やがて肩をすくめ頷いた。
「……まあ、いいだろう。お前らは日ごろ問題行動があるわけでもないし、今回は見逃してやる。校門で騒いだ件の反省文だけでいいぞ。明日朝、提出しろ」
「うわあ、やっぱり反省文かよ!」
金髪の生徒が崩れ落ちる。
「かわいいもんだろ」
谷は、豪快に笑いながら去って行った
「お前ら、用が済んだなら早く帰れよ!」
***
「……さんきゅ。助かった」
部活動禁止令を免れた剛士が、息をつき悠里を見た。
「まあ、そもそもお前らのせいだけどな」
「ごめんなさい……」
悠里は、涙を浮かべたまま頭を下げた。
「……あ、あのぉ」
遠慮がちに彩奈が問う。
「本当に、あなたはイタ電の犯人じゃないんですか……?」
剛士は眉を顰め、冷たく答えた。
「当たり前だ」
弾かれたように、彩奈は勢いよく頭を下げた。
「すいませんでした!」
ピリピリとした空気が漂うなか、金髪の男子生徒が口を挟む。
「……オレは、酒井拓真。ゴウの友だち。ゴウは、女の子にイタ電なんかするヤツじゃないよ。オレが保証する」
拓真の人の良さそうな瞳が、じっと悠里たちを見つめた。
「でも一体どうして、ゴウがイタ電の犯人ってことに、されちゃったわけ?」
謝ろうと口を開きかけた悠里を庇うように、彩奈が前に出た。
「すいません。悠里じゃないです!私が、疑ったんです……」
消え入りそうな声になりながらも、彩奈は説明した。
「柴崎さんが悠里を駅まで送ったとき、悠里の名前を聞いて、驚いてたっていうのと……柴崎さんと出会ってすぐに、イタ電が始まったので……怪しいと思いました」
可哀想になるくらい、彩奈は首を縮めている。
「ほんとに、すみません」
悠里がかぶりを振る。
「彩奈は、私のことを心配してくれただけで、何も悪くないです。私がちゃんと説明できなかったから、誤解させてしまったんです」
再び、深々と頭を下げる。
「私のせいです。本当にごめんなさい」
少しの時間、沈黙が訪れる。
「……ふうん。そうだったんだあ」
重々しい空気を吹き飛ばすように、ぷっと拓真が吹き出した。
そして笑いながら、剛士に相槌を求める。
「なんか2人、必死に庇い合ってて、かわいいね」
拓真は悠里に向き直り、優しく言った。
「……橘悠里ちゃん、だよね?」
驚いた表情で悠里たちが彼を見つめると、拓真が人懐っこい笑顔を見せた。
「知ってるよ。橘悠里ちゃん。と、石川彩奈ちゃん。でしょ? キミたち、割と有名だもん」
「……お前、詳しいな」
呆れたように剛士が口を挟む。
「ゴウが疎すぎんだよ」
拓真が、あっけらかんと笑った。
「でも、さすがのゴウも、話題の悠里ちゃんと出会えて、ビックリしたってわけね?」
「その話題の写真ってのは、見たことないけどな」
「何だそりゃ、意味ねえ!」
「あ、あの、それどういう……」
軽口を叩き合う2人の会話に、困惑しながらも彩奈が問う。
「んー。これ言っちゃうと、引かれそうだけどさ」
拓真が頭を掻きながら答えた。
「ウチ、男子校じゃん。だから、定期的に他校の女子をチェックして、情報を回すヤツがいるんだよね」
悠里と彩奈は、顔を見合わせる。
「で、この間のマリ女の学園祭に遊び行ったヤツが、カワイイ子の写真をしこたま撮ってきてさ。それが今、ウチの学校で割と出回ってて……」
「ええ!? キモい!」
彩奈が顔をしかめ、拓真の言葉を遮った。
「失敬な! カワイイ女子を愛でるのは、紳士のたしなみでしょーが!」
「なによそれ!」
拓真の言葉に、彩奈が笑い出す。
この一連のやり取りで、ふっと空気が和んだ。
拓真が優しい笑顔で、悠里を見る。
「……まあ、そんなわけでゴウも、キミの名前を知ってたってだけなんだ。驚かせちゃって、ごめんね?」
慌てて悠里は、大きく首を振る。
「そんな。私の方こそ、いきなり学校に押しかけてしまって……」
拓真と、そして剛士を見上げた。
「本当にごめんなさい……」
「いいっていいって! な、ゴウ?」
「良くはないけどな」
剛士が、拓真の頭を小突いた。
「あの……」
悠里は遠慮がちに、袋に入れた折り畳み傘を、剛士に差し出した。
「傘、ありがとうございました」
剛士はそれを受け取ると、小さな微笑を浮かべた。
「悪かったな、気を遣わせて。返さなくていいって、言っとけば良かったな」
「そ、そんな。お借りしたままにはできませんよ」
「はは、律儀なヤツ」
切れ長の瞳が、柔らかな光を帯びた。
そうして剛士は、労るように悠里を見つめた。
「……どんなイタ電かは、わからないけどさ。あまり、気にすんなよ?」
あの雨の日に聞いた、穏やかで優しい声だった。
「……はい」
思いがけず剛士の口から聞いた励ましの言葉に、ふわりと悠里の胸は高鳴った。
***
「ゴウ、もう部活終わるよな? 一緒に反省文書こうぜ」
悠里たちが帰った後、拓真が言った。
「そうだな」
溜め息混じりに、剛士は頷く。
「着替えるから、待っててくれ」
2人は連れ立って、駅前のファストフード店に腰をおろす。
「やー、可愛かったなー悠里ちゃんたち。喋れて得した!」
無邪気に笑う拓真を見て、剛士は溜め息をつく。
「お前、能天気でいいな」
「可愛い女子と話せたら嬉しいでしょ、フツー」
剛士は眉を顰め、問うた。
「……あいつら、そんなに有名なのか?」
「そうだな。10月頭のマリ女の学園祭に行った奴らが、写真撮ってきて。一躍有名になった感じ」
「へえ」
「他の子の写真もあったけど、あの子たち1年だしね。特に注目されちゃったんじゃない?」
「へえ」
拓真が頬杖をついて、ニヤリと笑った。
「悠里ちゃん。一番人気だよ?」
「……へえ」
面白くなさそうに、剛士は適当な相槌を打つ。
拓真は、ニヤニヤ笑いを深めて、彼の顔を覗き込む。
「悠里ちゃんのこと、気になっちゃった?」
「別に」
「ゴウ、怖い」
冷たい目で睨みつけられ、拓真は金髪頭を竦める。
「まあ、あと1か月もすれば、このお祭り騒ぎも落ち着くと思うよ」
フォローのつもりなのか、拓真はそう付け加えた。
剛士は不機嫌な顔のまま、ふいと横を向く。
「……でも、女の子がイタ電とか受けたら、そりゃ怖いよね」
拓真は彼女たちとの会話を思い返し、呟いた。
「詳しいことはよく分かんないけど、早く収まるといいな」
「……そうだな」
剛士は切れ長の瞳を伏せ、小さく頷いた。
剛士が脚を組み替えた拍子に、カサッと、傘の入った袋が音を立てた。
先程、悠里から受け取ったものだ。
品のいい、ブラウンの厚手の袋だった。
剛士に渡すために、わざわざシンプルな色合いの袋に入れてきたのだろう。
剛士は、何の気なしに袋から傘を取り出す。
すると、傘と一緒に小さなカードが出てきた。
『傘、ありがとうございました。
とても助かりました。
橘悠里』
無駄のない、簡潔なお礼の言葉。
とても丁寧で、綺麗な字で書かれていた。
剛士の小さな厚意を、真っ直ぐに受け止めてくれた、彼女のメッセージ。
我知らず、剛士はふっと、口元をほころばせた。
それを見た拓真が、どことなく嬉しそうに尋ねる。
「それで? ゴウは、どうして悠里ちゃんと知り合ったのさ。悠里ちゃんが、傘を貸してくれたって言ってたけど?」
「そのままだよ。雨の日に道でぶつかったから、駅まで送って、ついでに傘貸しただけだ」
「道でぶつかった!? なに、そのマンガみたいな展開! 運命の出会いってヤツ?」
その瞬間、剛士の空気が、ピリリと棘ついた。
「……冗談じゃねえよ」
彼は、面倒くさそうに溜め息をつく。
「関わりたくない」
「……それは、」
探るように、拓真が彼を見つめる。
「悠里ちゃんが、マリ女の生徒だから?」
「……関係ねえよ」
剛士は低く呟き、目を逸らす。
「変に関わって、部活動禁止令を出されたくないだけだ」
「ふーん」
頬杖をつきながら、拓真は微笑んだ。
「ま、そういうことにしときますか」
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