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piece7 バレンタイン・サプライズ

抱きしめて

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「悠里。俺にして欲しいこと、ない?」
「え?」

「ホワイトデーのお返しでも。もしできることがあるなら、今でも」
剛士が優しく微笑み、悠里の両手を握った。
「こんなに、悠里にがんばって貰えて。俺、お前に何を返せるかな」

「……じゃあ、」
悠里は彼を見上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
「抱きしめて欲しい……です」

「ん?」
ふっと剛士が甘やかに笑う。
「……そんなことで、いいの?」
「うん」
頬を染めながら、悠里は微笑んだ。
「それが、いいの」


剛士が優しい笑みを浮かべ、悠里に腕を伸ばした。
大きな手が、そっと肩と背中に触れ、暖かい胸に抱き寄せられる。

剛士の体温をこうして感じるのは、ストーカーから助けて貰った、あの練習試合の日以来だった。

あれから友だちになって、少しずつ、距離を縮めていって。
手を繋いで、頭を撫でて貰って。
いつも、隣にいてくれて――


悠里は、ヒヤシンスブルーのセーターに頬を寄せ、そっと身を預けた。

もっと、近づきたい。
ずっと、剛士の傍にいたい。


嬉しくて、恥ずかしくて、何より幸せで、息が止まりそうだった。

「悠里……」
長い指が、彼女の髪を梳くようにして、ゆっくりと撫でてくれる。
「ありがとな」

こうして抱きしめられていると、剛士の声が、耳からだけでなく優しい振動とともに感じることができた。


「ゴウ、さん……」
悠里が、遠慮がちに腕を彼の背に回すと、剛士は嬉しそうに彼女を抱く腕に力を込める。

「……結局これも、俺へのプレゼントになってるけどな」
「ふふ……ホント?」
剛士の言葉に、悠里は小さく笑った。
「ホントだよ」

長い指が、悠里の横髪を掻き上げた。
耳に柔らかい吐息がかかる。
「俺ずっと、お前を抱きしめたかったんだから……」

耳元で優しく囁かれ、悠里の胸が甘く早鐘を打った。
心地よい胸の震えに誘なわれ、悠里は答える。
「私も……私もずっと、抱きしめて欲しかったの……」

「悠里」
剛士が彼女の頭を撫でながら、囁く。
「ごめんな。ずっと、待たせてて」
「ううん……」
きゅっと剛士にしがみつき、悠里は答えた。

「こうして少しずつ、ゴウさんと一緒の時間を重ねてるから……私、幸せだよ」
「悠里……」
更に深く抱き寄せられて、悠里の身体はすっぽりと、彼の腕の中におさまった。

「ゴウさん……」
嬉しくて嬉しくて、悠里は甘えるように剛士の胸に頬をすり寄せた。


「また、2人で出かけような」
「ふふ、嬉しいな……デート?」
「うん。デート」
いつかのやり取りを再現するようにして、2人は笑う。

「……デートするなら、今のうちかなあ」
剛士が悠里を抱きしめたまま、考えを巡らせている。

「3年になったら俺、4月から試合続きになるから、部活漬けなんだ」
すまなそうな声で、剛士は呟いた。

「特に5、6月は、大事な大会の予選もあるから」
「……もしかして、インターハイの予選?」
「おお、」

悠里の口から大会の名が出てきたことに、剛士は驚いたようだ。
「そう。よく知ってんな」
「ふふ、ちょっと、お勉強した」
少し得意げに笑った悠里を褒めるように、剛士が彼女の頭を撫でる。

「うん、夏に開催されるインターハイ。それに出場するのが、次に3年生になる俺たちにとって、引退前最大の目標になる」

「うん」 
剛士の優しい手の感触を髪に受けながら、悠里は小さく頷く。

「勇誠は、ここ暫くインターハイから遠ざかってるんだよな……」
「そっかあ……」
「うん。……簡単じゃないけど、今度こそ掴みたいって、思ってる」

短い言葉の中に、剛士の強い決意、キャプテンの責任、重圧。
何より、プレイヤーとしての誇りを感じた。


悠里は、そっと剛士を抱きしめた。
「……応援してるよ」
「悠里」
剛士が彼女に応えるように、優しく抱き返す。

「ありがとな。なかなか会えなくて、寂しくさせちゃうかも知れないけど……」
「……大丈夫だよ」

剛士の胸に顔をうずめ、悠里は言った。
「私、バスケやってるゴウさんのこと、大好きだもん」
「悠里……」
「だからまた、応援に行かせてね」
「……うん」

剛士は嬉しそうに、悠里を包み込んだ。
「俺、がんばるよ」
「ふふ、うん!」
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