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piece7 バレンタイン・サプライズ

あのときのワンピースとセーター

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そうして笑い合いながら廊下を進み、再びリビングに戻ってきた。

彩奈と拓真がいないのだから当然だが、静かだ。
たった今まで剛士と笑って話せていたのに、この静けさを前にすると、悠里は再び緊張に飲み込まれてしまう。


2人並んでソファに座ってはみたが、なんとも言えない沈黙が訪れる。
4人でいるときに隣りに座るのとは、比べものにならない。
鮮明に、彼の存在を感じてしまう。

自分の心臓の音が、剛士に届いてしまいそうだ。
悠里は落ち着きなく、ワンピースのスカートを握ったり、皺を伸ばしたりを繰り返した。


ー一何か、何か、言わなきゃ。

「あ……」
同時に声を上げてしまい、はたと2人は言葉を止める。

剛士が優しく微笑み、首を傾げた。
「悪い。なんだ?」
慌てて悠里は首を横に振る。
「ゴ、ゴウさんから、どうぞ」
剛士が笑みを大きくした。
「なんでそんなに緊張してんだよ」
「だって.......」
悠里は頬を染め、思わず俯いた。


剛士が、そっと彼女の手に触れる。
「……その服」
「え?」
悠里が目を上げると、剛士は柔らかく微笑んだ。
「あの時のだな」
「あ......」
悠里の胸が、甘やかに高鳴った。

剛士と初めて出かけた日。
一緒に買い物をした、ワンピース。

「やっぱり、いいな」
優しい切れ長の瞳に、吸い込まれていく。
「本当は、会ってすぐに気づいたんだけど……やっと言えた」

剛士が柔らかな微笑を浮かべた。
その眼差しは、緊張に震えていた悠里の心を温める。
「……嬉しい。ありがとう、ゴウさん」
剛士は微笑んだまま、優しく悠里の頭を撫でてくれる。


「ゴウさんのセーターも、あの時のだね」
「ん?」
剛士が自分のヒヤシンスブルーのセーターを見下ろす。

「そうだっけ。自分の服のことは全然覚えてないな」
「ふふっ」
首を傾げた剛士に、悠里は笑ってしまう。

「あの時は、このセーターに、黒のパンツだったよ」
「よく覚えてんな、悠里」
「だって、大人っぽくて、カッコ良かったんだもん」

言ってしまったあとで、悠里はハッと顔を赤らめた。
「はは、赤くなるなよ。俺まで照れるだろ」
剛士が笑いながら、クシャクシャと彼女の髪を撫でる。
「あはは」
大きな手の温もりを浴びながら、悠里も声を立てて笑った。


「あのね、」
「ん?」
「このワンピース、ゴウさんのセーターのこと考えながら、買ったの」

赤い頬のままで、悠里は微笑む。
「だから今日、この服で一緒に歩けて、嬉しかった」

「そうだったのか。何か今日は、これって気がしたんだよな」
正解だったな、と悪戯っぽく剛士が笑った。

そうして、優しく悠里の手を握る。
「俺も、この服着た悠里を、また見たいって思ってたから。今日、嬉しかったよ」
「ゴウさん……」
嬉しくて、少し恥ずかしくて、悠里はそっと彼の大きな手を握り返した。

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