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piece3 パーティー前日

柴崎さん、明日ウチ来るの!?

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日が傾き、寒さが忍び寄ってきた頃。

サプライズパーティーの最終確認、と称したお喋りを切り上げ、彩奈は伸びをする。

「さぁて。じゃあそろそろ、おいとましようかな」
「彩奈。今日は本当にありがとう」

悠里は彼女が飾ってくれた壁を仰ぎみて、心から礼を言った。
「何言ってんの水くさい!」
彩奈が笑いながら悠里の頭を撫でる。

「悠里の恋のためなら、ひと肌でもふた肌でも脱いであげるって!」
「ふふっ」
ガッツポーズをした彩奈に思わず悠里も笑ってしまう。

そして、ちょっと待ってて、と言いおいて、キッチンに姿を消す。
冷蔵庫を開けて何かを取り出した悠里が、笑顔で彩奈の傍に駆け寄ってきた。

「彩奈!受け取ってください!」
そう言って差し出したのは、ハートのチョコレートだった。

ハート型のチョコレートは入れ物のようになっており、中に可愛らしいクッキーが詰まっていた。
ハートの周りには、小さなお花を模したホワイトチョコレートが飾られている。

「うわあ、すっごい!」
彩奈が歓声をあげて悠里を抱き締める。
「えっ!悠里、これ私のために作ってくれたの!? いつの間に!?」
「ふふ、昨日の間に」
「ヤバい!私、悠里の本命じゃん!」
「ふふ、本命だよ」
「ごめんシバさーん!」
2人して大笑いする。


「明日、楽しみだね!」
赤メガネの奥の瞳が、キラキラと輝いた。
その暖かさを胸に焼き付け、悠里は大きく頷いた。

「悠里、今夜はケーキのデコレーションするんでしょ?」
「うん、がんばるよ!」
「あはは、がんばりすぎて寝不足にならないようにね!」
「ふふっ、そうだね。それもがんばる!」

じゃあまた明日!とハイタッチをして、彩奈は足取り軽く帰路に着いたのだった。


壁の壮大なデコレーションに呆気に取られたのは、悠人だ。
友だちと遊んで帰ってきた彼は、暫くの間、ぽかんと口を開けて壁を見つめていた。

「……えっ、すっごい。何これ」
「すごいでしょ!彩奈がやってくれたんだよ」
まるで自分が褒められたかのように誇らしげな姉を見つめ、悠人は溜め息を零した。
が、はたと動きを止める。

「え?……ってことは、明日はもしかして、柴崎さんの誕生日なの?」
「ん、そうだよ」
「姉ちゃん、だから毎日クッキーやらケーキやらの試作しまくってたの?」
「うん」
「明日、柴崎さんウチ来んの!?」
「サプライズだよ」

ここで弟が牙を剥く。
「姉ちゃん!なんでそんな大事なこと早く教えてくれないの!?オレも柴崎さんに会いたい!」


中学でバスケをしている悠人にとって、地域の名門である勇誠学園バスケ部の剛士は、憧れの存在。
それは勿論わかっている。

が、悠里は諭すように答えた。
「ダーメ。明日は姉ちゃんたちでサプライズする計画なんだもん。アンタに構ってあげられないよ。それに、明日は部活の日でしょ?」

壁のボードに貼ってある部活の予定表を指し、悠里は嗜める。
「部活サボるような子に、柴崎さんはスリーポイントのコツ、教えてくれないと思うなぁ」
「うう……」

珍しく姉にやり込められ、悠人はうな垂れる。
悠里は慰めるように、ポンポンと弟の背中を叩いて言った。

「今度、柴崎さんに時間取って貰えるか、お願いしてみるよ」
「姉ちゃん、マジでお願い!」
縋りついてくる悠人に、思わず悠里は笑ってしまった。


「じゃあ姉ちゃん!がんばってね!!」
夜、ケーキのデコレーションを始めようとする悠里に向かい、弟が熱い声援を送る。

剛士の誕生日だと知った途端に、この熱量である。
本当に憧れているんだなあと、悠里は微笑ましくなり、思わず悠人の頭を撫でてしまった。

「ちょ、ちょっと、何よ」
慌てて頭を振り姉の手を払うと、悠人は問いかける。

「ねえ、柴崎さん何時まで家にいる? オレが帰るまで引き留めてよ」
「うーん。お家でランチのつもりだから、そんなに遅くまではいないと思うよ」

明日の悠人の部活は午後からである。
午後練習のときは、いつも帰りは19時頃だ。
気の毒になりつつも、悠里は答えた。

ガックリと悠人は肩を落としたが、意外にもそれ以上は食い下がってはこなかった。

「じゃあ、オレはもう部屋戻るわ。オヤスミ」
「あ、うん。おやすみ」
弟の急なトーンダウンに首を傾げつつも、悠里は夜の挨拶を返した。


「さてと」
髪を結び、手を洗って、悠里はケーキとデコレーションのクッキーなどの準備をする。

まずは、スポンジの間に挟むチョコレートクリーム作りから開始する。
チョコを細かく刻みながら、悠里は皆の顔を思い浮かべた。

買い物や準備をたくさん手伝ってくれた彩奈。
誕生日サプライズをしようと、計画を立ててくれた拓真。

そして、ストーカー騒ぎのときに助けてくれて、ずっと傍にいる剛士。

綺麗な黒髪と、切れ長の強い瞳。
優しい笑顔と、落ち着いた低い声。
自分の手を包んでくれる、髪を撫でてくれる、大きな手。

大切な人へ、想いを込めて。

悠里は時間が経つのも忘れ、一生懸命に誕生日ケーキ作りに向き合ったのだった。
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