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piece1 サプライズ計画

バスケ部の勉強会

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3人で他愛のないお喋りをしていると、程なくして剛士の姿が見えた。
トレーにはコーヒーと、季節限定のチョコレートパフェが載っている。
「意外!」
彩奈が笑い出す。

「いいの買ってんじゃん!」
拓真が笑いながら声を掛けると、涼しい顔で剛士は応えた。
「バスケ部の消費カロリー舐めんなよ」
「おお、さすが!って、今日は勉強会だろ!」
「数学って、腹減らね?」
笑いながら、剛士は悠里の隣に腰かける。
不思議な返答に、思わず悠里も笑ってしまった。


「ゴウさん、お疲れさま」
「おう」
いつものように短い返事をし、剛士が微笑んだ。

「シバさん、甘いもの好きなんだね!ちょっと意外だったんだけど」
彩奈が、まだ笑いながら問いかける。
「普通に好きだぞ」
早速パフェを口に運び、剛士は答えた。
「まあ、バスケ部の連中の前では食わないけど、お前らだったら別にいいし」

何気ないその言葉が、自分たちの前では素の彼でいてくれることを示しているようで、悠里は嬉しくなる。


「今日は、数学の勉強会だったんだな。うまくいった?」
「ん。大事なとこは、押さえられたと思う」

拓真と剛士のやり取りを聞き、興味深そうに彩奈が尋ねた。
「後輩部員の試験対策までしてあげるなんて、大変じゃないです?」
うーん、と剛士が首を傾げてから、拓真を見る。

「まあでも、俺たちは2年だから、テストの傾向と対策を練るのは慣れてるし」
「うんうん。自分たちのやってきたことを、教えるだけだしね?」
当然のことのように言う2人の顔は、後輩への思い遣りに満ちていた。


剛士が柔らかく微笑み、言う。
「前に拓真にも、勉強会で英語を教えて貰ったことがあるんだ」
「そうなの!?拓真くん、英語できんの!?」
彩奈が感嘆の表情で聞き返す。

「まあねー。先生に、お前は無駄に発音がいいって言われた実績があるよ」
「ムダに!?」
「そりゃもう、洋楽で鍛えた発音よ!」
拓真の得意げな声に、彩奈がお腹を抱えて笑い出した。

つられるように、剛士が頬を緩めながら言う。
「俺も、拓真から英文の読み方のコツとかを教えて貰って、すげえ勉強になったんだよ」
「オレも、数学やら物理でわかんない問題があったら、全部ゴウに聞いてるよ」
拓真がニコッと微笑んで答えた。

「へえー、シバさんは理系に強いんだ! そりゃ頼もしいわ」
彩奈の言葉に、拓真は大きく頷く。
「そう、普通に学年トップとか取るよね! 数学の先生とは、もはや友だちみたいになってるし」
「すごい!」


目を輝かせる女子2人を見つめ、拓真は悪戯っぽく付け加えた。
「まあ先生と、問題の美しい解き方について語り合ってたときは、若干引いたけどね」

「美しい解き方!」
彩奈が弾かれたように笑い出す。
「問題の解き方に、美しいもへったくれもあります!?」
「いや、あるだろ」

剛士も笑いながら答えた。
「いかにスムーズな流れで答えに導くかとか、その過程が簡潔で説得力があるかとかさ」
「あっはっは、わかんない!」
彩奈は涙が出るほど笑いながら、悠里を見つめる。

「だってさ!悠里、わかった?」
「ふふ、ちょっと難しい」
悠里も、にっこり微笑んで答えた。

「でも、美しい解き方、見てみたいな。私も、綺麗に問題解きたい」
「おっ、悠里ちゃんは理解を示した?」
楽しそうに拓真が口を挟む。

拓真を見つめ、悠里は大きく頷いた。
「うん。問題解いてるとき、何か回り道してるなあって思うことがあるの。そこを綺麗に整理できたらなって」
「そう、それだよな」
満足そうに頷く剛士を見て、やはり悠里も笑ってしまった。


拓真が笑いながら、剛士を見つめる。
「いやまあ、そんなふうに数学に向き合って、なおかつ、わかりやすく教えられるゴウは凄いよね」
「お前の英文の読み方も、最適化されてて美しいと思うけどな。わかりやすいし」
剛士も、ふっと柔らかな微笑を浮かべて答えた。

お互いを誉め合うような剛士たちに、悠里も笑みを誘われる。
「本当に、2人ともすごいね。人に教えるのって、いろんな工夫や準備が必要だと思うし」

悠里は、隣りの剛士を見上げて質問してみる。
「何か、教えるコツとか、気をつけていることってあるの?」
「あー、俺は、『どこがわからない?』とは聞かないようにしてるかな」

「へえ、そのココロは?」
興味津々で、身を乗り出してくる彩奈。
その様子に笑いながらも、剛士は優しい声で答えた。

「わからないときってさ。何がわからないのかが、自分でもわからなかったりするだろ? 」
「ああ、確かに!」
彩奈、そして悠里は顔を見合わせて、大きく頷く。

「そんなときに、どこがわからない?とか聞いたら、余計混乱させるかも知れないし」
「うんうん」
「だから俺は、最初から一緒に解きながら教えるようにしてる。そうすれば、どこでつまづいてるのか、わかるから」

剛士の声に聞き入っていた3人は、感嘆の吐息を漏らす。
ただ勉強を教えるだけでなく、わからない人の気持ちを想像して、思いやる彼の接し方。
悠里は、尊敬の気持ちを抱いた。


「すごいね、ゴウさん。そんなふうに、一から丁寧に教えて貰えるなら、苦手な科目でも、安心して参加できそう」
「1年で習うものって、全部の基礎だからさ。躓かないようにしたいよな。それに俺にとっても、いい復習になるんだ」
笑みを浮かべ、剛士が応えた。

「そっかあ」
そんなふうに考えることができる彼は、やっぱりすごいと思う。

文武両道。簡単ではない部のモットーに真摯に取り組む姿勢は、キャプテンに相応しい。
剛士が主将に任命されたのは、バスケのテクニックだけではなく、部員のために力を注ぐ人だからなのだと、悠里は思った。


「ゴウさんは、カッコいいね」
悠里は傍らの彼を見つめ、にっこり微笑んだ。

純粋に、尊敬の気持ちを表したつもりだった。
「あらあら~?」
しかし向かいの彩奈からは、ニヤニヤ笑いが飛んでくる。

「悠里、そんなハッキリ言えるようになったんだねえ」
良いことだ!と彩奈はうんうんと大きく頷いた。
「えっ?」

慌てて悠里は弁解する。
「ちが、そういう意味じゃなくて、あの、そうだけど、そうじゃなくて……」
自分でも、何を言っているかわからない。
止めようもなく頬に熱が集まってしまう。


「……悠里は、バスケ部としての俺を、誉めてくれたんだよな?」
隣から大きな手が伸びてきて、優しく髪を撫でられる。
「バスケ部の自分を認められるのは、一番嬉しいから。ありがとな」

「……あー、ゴウ。フォローしたつもりだろうけどさ、」
拓真が笑みを浮かべ、悠里を指し示した。
「そのくらいにしてあげな?むしろ悠里ちゃんにトドメ刺してる」
「ん?」
剛士が覗き込むと、自分の手の下、悠里は真っ赤に染まった顔を両手で必死に隠していた。

「あーあ。こりゃしばらく元に戻りませんねえ」
笑いながら彩奈が言った。
「もう、シバさんったら!」
「俺のせいかよ」
剛士は苦笑しつつも、隣の彼女を気遣うように、ぽんぽんと頭を撫でた。
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