#秒恋6 桜咲き、恋は砕け散る。〜恋人目前の2人は、引き裂かれる?甘いデートの筈が、絶望に染まった1日〜

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piece8 悠里の見た夢

①悠里は、白

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幸せだった頃の、夢を見た――


3月も中旬に差し掛かった土曜日。
剛士と拓真のことを、悠里の両親に紹介した。
和やかで楽しい雰囲気のうちに、無事に紹介が終わり、4人で和気藹々と歩いた帰り道のことだった。


「みんな、今日は本当にありがとう!」
駅に到着し、悠里は晴れ晴れとした笑顔で、皆にお礼を言った。
拓真と彩奈は、揃ってピースサインを作る。
「いいってことよ!」
「まっかせなさい! 悠里とシバさんの恋は、私たちが守る!」


そうして彩奈たちは、剛士の爽やかな好青年ぶりや入念な準備を、揶揄いながらも褒め称える。

「もう、シバさん完璧だったよね!」
「今日のMVPは、ゴウでしょ!」
「最初の挨拶から、悠里パパママのハートを掴んだよね!」
「お土産の準備もそうだけど、ゴウってば、めちゃめちゃ気合い入ってたもんな」

「当たり前だろ。今日は絶対に、外すわけにはいかなかったからな」
剛士にしては珍しく、2人の調子に合わせてピースサインを返した。

それを見た拓真は、嬉しそうに笑い出す。
「さすがはシューティングガード! 狙ったゴールは絶対、外さないよね」
「ふふっ」
バスケになぞらえた言い方が可笑しくて、悠里も思わず笑ってしまった。


自分と、自分の両親のために、剛士がこんなに、がんばってくれた。
そう思うと、感動的な喜びに包まれる。
「ゴウさん。本当に、ありがとう」
繋いでいた手を、きゅっと握り、悠里は彼の顔を見上げた。

少し照れたような、剛士の切れ長の瞳が、優しくほころんだ。
「俺の方こそ、ありがとな。悠里のご両親に、お会いできて嬉しかった」

大きな手が、柔らかく悠里の頭を撫でてくれる。
「いいご両親だよな。優しくて明るくて、俺と拓真が緊張しないように、ずっと気を遣ってくれてて。すごい、楽しかった」
「ゴウさん……」

父と母のことを褒めて貰えて、楽しかったと言ってくれて、悠里は胸がいっぱいになる。
悠里は、しっかりと彼の手を握り、感謝の思いを言葉にしていく。
「私こそ、ゴウさんと拓真さんを紹介できて、本当に嬉しかった。ウチの両親も、すごく喜んでたし、2人のこと、とてもいい子だねって褒めてくれたよ」

「良かった」
剛士は、嬉しそうに目を細めた。
拓真も笑顔で頷き、剛士の頭をクシャクシャと撫でる。
「良かったな、ゴウ! 未来の、いい予行練習にもなったんじゃない?」
「ん?」

きょとんと目を丸くした剛士と悠里と違い、彩奈は、ピンと来たらしい。
「あっはは、結婚のご挨拶の予行練習ってこと?」
「そ! さっすが彩奈ちゃん! 話がわかるね!」
2人は、同志を讃え合うかのように、ハイタッチをした手をしっかりと握り合っている。

一気に赤りんご状態になってしまった悠里の横で、剛士は楽しそうに笑っていた。


長い指が、しっかりと悠里の手を包み込んでくれる。
その温もりが、言葉よりもたくさんの思いを伝えてくれた気がした。
悠里も、きゅっと彼の指に自分の指を絡ませ、身を寄せる。

幸せな、未来の輪郭。
薄っすらと。でも確かに、触れることができた気がした。


***


「じゃあ悠里、シバさん、今日はお疲れでしたー!」
「悠里ちゃん、お父さんお母さんと悠人くんに、よろしくね! ゴウ、またな!」
彩奈と拓真が、満足そうな笑顔で、優しい別れの挨拶をくれる。

悠里もニコニコと微笑み、2人に手を振った。
「うん! 2人とも、今日は本当にありがとう!」
「またな」
剛士も微笑を浮かべ、ホームに向かう2人を見送った。

彩奈と拓真の楽しげな背中が、改札をくぐり、遠ざかっていく。
2人は同じ沿線に住んでおり、30分程、同じ電車に乗って帰宅する。
きっと車内でも、今日の成果について大いに盛り上がることだろう。


2人を見送った後、剛士が微笑んで悠里の顔を覗き込んだ。
「ねえ、悠里? ちょっとだけ、時間くれる?」
「ふふ、うん!」
にっこりと、悠里は頷いてみせた。

悠里と剛士は、いま来たばかりの駅を出て、ロータリーのベンチに並んで座る。
寒さをものともせず、このベンチで何度、彼とお喋りしただろう。
すぐ隣りに感じる温もりが心地よくて、悠里は小さく笑む。


剛士が自分の鞄から、綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
そうして、照れ混じりの笑顔で悠里に差し出した。
「はい。ちょっと早いけど、ホワイトデーな」
「わぁっ」

全く想像していなかった嬉しいサプライズに、悠里は思わず大きな声を上げた。
いつもゆったりとした雰囲気を纏った彼女には珍しい反応に、剛士は吹き出す。

「ありがとう、ゴウさん! ビックリしちゃった」
「はは、でっかい声出すから、俺もビックリした」
「ふふっ、ごめんなさい」

悠里は浮き立つ笑顔で、剛士とプレゼントを見比べた。
「開けても、いい?」
「ん。どうぞ」

悠里は丁寧に、袋の口を結んでいるリボンを解いていく。
ドキドキと、熱く弾む鼓動を感じながら、剛士からの初めてのプレゼントを取り出す。


柔らかな手触り。
綺麗な白。

「わぁ……!」
悠里は、嬉しそうに顔をほころばせた。

光沢のある滑らかな生地の、真っ白なストールだった。
大判だが薄めの素材で、冬場だけでなく、春先や夏の冷房対策にも使えそうだ。


「すごく綺麗……ありがとう、嬉しい!」
素敵なプレゼントを、ぎゅっと胸に抱きしめ、悠里は喜んだ。

「俺は、ネックウォーマー編んで貰ったからさ、」
剛士が、自分の首にあるネックウォーマーを指しながら答える。
「俺も、悠里に何か、首に付けるものをあげたかったんだ」
「ありがとう……」
嬉しくて嬉しくて、悠里は胸に抱いたストールに、顔をうずめる。
優しい感触が頬に触れて、安心できる気がした。


「ゴウさん。付けてみてもいい?」
悠里は、悪戯っぽく微笑みかける。
「ん。どうぞ」
剛士は照れ笑いを深め、頷いた。

悠里は、いそいそと真っ白なストールを首に巻いていく。
柔らかな肌触りと、優しい温もりが、悠里を包み込んでいく。

「ふふ……あったかくて、気持ちいい」
指先で、丁寧にストールのフリンジ部分を整える。
そうして悠里は頬を染め、剛士を見上げた。
「どう、かな」
「うん……似合う」
剛士が、切れ長の目に笑みを浮かべる。
大きな手が、大切そうに悠里の頭を撫でた。
「悠里は、白って感じがしたんだ」
「ふふ、嬉しいな」

悠里は、剛士は黒が似合うと思って、黒い毛糸でネックウォーマーを編んだ。
彼が自分に選んでくれた色が白なのは、何だか対になっているようで、嬉しい。

「ありがとう、ゴウさん。大事にするね」
悠里は、剛士を真っ直ぐに見つめて微笑む。
「毎日、使う」
「はは、毎日?」
「うん、1年中」
剛士は、弾かれたように笑い出した。
「可愛いな、悠里は」

そうして彼は、自分の首を守るネックウォーマーに触れてみせる。
「俺も、毎日使ってる」
「ふふ……ありがとう、ゴウさん」


ペアというわけではないが、お互いを思って、プレゼントし合ったもの。
お互いに、首に付けるものを贈った。
それは剛士と自分だけの、絆の証だと思えた。

これからもたくさん、2人の絆を作っていきたい。
悠里は、剛士の長い指に自分の指を絡め、寄り添った。


少しの間、互いに手のひらの温もりを交換した後、名残惜しげに2人は立ち上がる。
「じゃあ、また来週な」
「うん! 今日は本当にありがとう」
悠里は彼の手を離さないまま、微笑んだ。
「ストールも……ありがとう」
「ん」
珍しく、剛士の頬も少し染まっている気がした。
大きな手が、そっと悠里の髪に触れた。


いつもいつも、剛士は髪を撫でてくれる。
その優しい感覚が大好きで、悠里の胸は幸せに暖まっていく。
髪を伸ばしていて良かった、と心から思う。
これからも、たくさん撫でて貰えるように。
しっかりケアをして、綺麗な髪でいたい、と思う。

悠里は、柔らかな微笑みを浮かべた。
「ゴウさん。大好き」


切れ長の瞳が丸くなり、次の瞬間、パッと彼の頬が赤くなった。
「……不意打ちは、反則だぞ」
「えっ?」

心に溢れた思いが、自然と唇から零れただけだった。
剛士に呼応して、悠里も真っ赤になってしまう。

「え、えっと、ごめんなさい」
「はは、なんで仕掛けてきたお前が赤くなってんだよ」
「ち、ちが……あの、無意識に言っちゃったの……」
「無意識かよ」
剛士が、嬉しそうに笑みを深めた。


彼が腰を屈め、悠里と視線の高さを合わせる。
悪戯な黒い瞳が、悠里の目を覗き込んだ。

「悠里」
ハッと息を飲む悠里の耳元に、剛士は唇を近づける。
「……大好きだよ」


悠里は、貰ったばかりの白いストールに顔半分をうずめ、熱くなった頬を隠す。
「……ゴウさん、ずるい」
「はは、なんで? 俺も、無意識に言っちゃっただけ」
「うぅ……」

自分の言った言葉を、そのまま返されただけなのに。
やっぱり、彼には敵わない。
悠里は、甘い敗北を喫したのだった。


剛士が微笑を浮かべ、悠里の巻いたストールを、優しく整え直してくれる。
「じゃあ、気をつけて帰れよ?」
「うん」
赤い頬のままで、悠里もニコニコと彼を見上げた。
「ゴウさんも」
「ん。帰ったら、連絡する」
「うん!」

最後にもう一度手を繋ぎ、ブンブンと振る。
「またね」
「おう」


駅に入っていく、広い背中。
大好きな彼の姿が、視界から消えてしまうまで。
悠里は幸せな温もりに包まれながら、愛しい気配を見送ったのだった。
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