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piece7 償いの道筋
彼のジャケット
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***
悠人が、帰って来た。
姉が眠っていると思ったのだろう。
階段を昇る音も、ドアを開け閉めする音も、とても静かだった。
弟が帰って来たということは、多分今は22時頃だ。
頭から布団を被り、真っ暗闇の中、悠里はそう思った。
サイドテーブルに置いてある、画面の割れたスマートフォン。
それを確認する気には、なれなかった。
シャワーを浴びる音が、微かに聴こえる。
程なくして、悠人がまた階段を昇る音がして、隣りの部屋のドアが開いた。
そして家の中に、また静寂が訪れた。
悠里は、カチカチとなる自分の歯の音に気づいた。
寒い。頭から布団を被っているのに。
ガタガタと、全身が震えている。
もう一度、熱いシャワーを浴びれば良いだろうか。
そうしよう。
まだ、落ち切っていない汚れがある気がするし、もう一度しっかり、髪と身体を洗おう。
そうすれば、心身も温まるだろう。
悠里は、そろそろと起き上がり、階下を目指した。
***
もう何度、同じことを繰り返しているだろうか。
真夜中、悠里は熱いシャワーを頭から被っていた。
浅い眠りの中、悠里は何度も何度も、今日の出来事を追体験させられた。
投げつけられた誹り、嘲りの言葉、冷たい笑い声。
殴られ、蹴られた痛み、髪を掴まれ引き摺られた恐怖、無理やり抱き締められた悲しみ。
そして、制服と下着を破かれた衝撃。
自分の悲鳴と、泣き声。
心を貫く、絶望――
それらは繰り返し繰り返し、無数の悪夢となって、悠里のささやかな眠りを妨げた。
『ねえ、今日のこと、忘れないで?』
『悠里ちゃんはもう、汚れちゃったんだからね?』
「はあっ、はあっ……!」
全身にびっしょりと汗をかき、息苦しさに目が覚めた。
その度に悠里は起き上がり、シャワーを浴びた。
身体の震えが、止まらない。
何度シャワーを浴びても、身体が芯から冷えている。
何度髪を、身体を洗っても、汚れがこびりついている気がする。
大量にシャンプーとボディーソープを使い、ガシガシと自分を擦る。
手足が、真っ赤になっている。
ヒリヒリと、頭皮が痛む。
湯気を見ていると、眩暈がする。
悠里は、何度めかのシャワーを終え、ふらふらと自室に戻った。
ベッドの中に潜り込み、冷たい髪と身体を、少しでも暖めようとする。
――寒い。寒い……
筋肉痛になってしまいそうな程に、身体中が、ガタガタと震えていた。
もう、シャワーを浴びる気力も、階段を降りる体力すら、残っていない。
凍えてしまいそうだった。
どうすればいいか、わからなかった。
「……たす、けて……」
我知らず、弱々しい吐息が洩れた。
震えながら身じろぎをした悠里の目に、部屋の中央に敷いたラグが映った。
そのラグの上に置いたままだった大きなジャケットが、目に入った。
彼の、ジャケットだ。
――助けて。
助けて、欲しい……
悠里は小さく呻きながら、身を起こした。
そうしてベッドを降り、這うようにしてラグに向かう。
そっと手に取った。
そっとそっと、胸に抱いてみた――
微かに、彼の温もりと匂いが、残っている気がした。
悠里は、抱いたジャケットに、顔をうずめる。
優しい感触が頬に触れて、少しだけ、安心できた。
もっと、感じたかった。
もっと、もっと、安心したかった。
悠里は縋るような思いで、袖を通してみる。
彼のジャケットは悠里にはブカブカで、指先しか出ないほどだ。
悠里は、長すぎる袖をそのままに、手を頬に持っていく。
優しい匂いがして、脅えて硬くなっていた気持ちが、和らいだ。
悠里は暫くの間、ジャケットの袖に頬を当てて、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
この我が儘を、どうか、赦して貰えるだろうか……
悠里はジャケットを着たまま、そろそろとベッドに戻り、布団に潜った。
脚を抱え込んで丸くなると、全身をジャケットに包み込むことができる。
――あったかい……
不思議と、身体の震えが収まっていった。
悠里は、ゆっくりとベッドに身を任せ、目を閉じる。
今なら、眠りに心を委ねられる気がした。
悠里は、とろとろと、優しい眠りに落ちていく。
苦しい夢は、もう見なかった。
その代わりに、幸せな、幸せな夢を見た。
笑顔と優しい温もりに包まれた、幸せだった頃の夢を見た。
悠人が、帰って来た。
姉が眠っていると思ったのだろう。
階段を昇る音も、ドアを開け閉めする音も、とても静かだった。
弟が帰って来たということは、多分今は22時頃だ。
頭から布団を被り、真っ暗闇の中、悠里はそう思った。
サイドテーブルに置いてある、画面の割れたスマートフォン。
それを確認する気には、なれなかった。
シャワーを浴びる音が、微かに聴こえる。
程なくして、悠人がまた階段を昇る音がして、隣りの部屋のドアが開いた。
そして家の中に、また静寂が訪れた。
悠里は、カチカチとなる自分の歯の音に気づいた。
寒い。頭から布団を被っているのに。
ガタガタと、全身が震えている。
もう一度、熱いシャワーを浴びれば良いだろうか。
そうしよう。
まだ、落ち切っていない汚れがある気がするし、もう一度しっかり、髪と身体を洗おう。
そうすれば、心身も温まるだろう。
悠里は、そろそろと起き上がり、階下を目指した。
***
もう何度、同じことを繰り返しているだろうか。
真夜中、悠里は熱いシャワーを頭から被っていた。
浅い眠りの中、悠里は何度も何度も、今日の出来事を追体験させられた。
投げつけられた誹り、嘲りの言葉、冷たい笑い声。
殴られ、蹴られた痛み、髪を掴まれ引き摺られた恐怖、無理やり抱き締められた悲しみ。
そして、制服と下着を破かれた衝撃。
自分の悲鳴と、泣き声。
心を貫く、絶望――
それらは繰り返し繰り返し、無数の悪夢となって、悠里のささやかな眠りを妨げた。
『ねえ、今日のこと、忘れないで?』
『悠里ちゃんはもう、汚れちゃったんだからね?』
「はあっ、はあっ……!」
全身にびっしょりと汗をかき、息苦しさに目が覚めた。
その度に悠里は起き上がり、シャワーを浴びた。
身体の震えが、止まらない。
何度シャワーを浴びても、身体が芯から冷えている。
何度髪を、身体を洗っても、汚れがこびりついている気がする。
大量にシャンプーとボディーソープを使い、ガシガシと自分を擦る。
手足が、真っ赤になっている。
ヒリヒリと、頭皮が痛む。
湯気を見ていると、眩暈がする。
悠里は、何度めかのシャワーを終え、ふらふらと自室に戻った。
ベッドの中に潜り込み、冷たい髪と身体を、少しでも暖めようとする。
――寒い。寒い……
筋肉痛になってしまいそうな程に、身体中が、ガタガタと震えていた。
もう、シャワーを浴びる気力も、階段を降りる体力すら、残っていない。
凍えてしまいそうだった。
どうすればいいか、わからなかった。
「……たす、けて……」
我知らず、弱々しい吐息が洩れた。
震えながら身じろぎをした悠里の目に、部屋の中央に敷いたラグが映った。
そのラグの上に置いたままだった大きなジャケットが、目に入った。
彼の、ジャケットだ。
――助けて。
助けて、欲しい……
悠里は小さく呻きながら、身を起こした。
そうしてベッドを降り、這うようにしてラグに向かう。
そっと手に取った。
そっとそっと、胸に抱いてみた――
微かに、彼の温もりと匂いが、残っている気がした。
悠里は、抱いたジャケットに、顔をうずめる。
優しい感触が頬に触れて、少しだけ、安心できた。
もっと、感じたかった。
もっと、もっと、安心したかった。
悠里は縋るような思いで、袖を通してみる。
彼のジャケットは悠里にはブカブカで、指先しか出ないほどだ。
悠里は、長すぎる袖をそのままに、手を頬に持っていく。
優しい匂いがして、脅えて硬くなっていた気持ちが、和らいだ。
悠里は暫くの間、ジャケットの袖に頬を当てて、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
この我が儘を、どうか、赦して貰えるだろうか……
悠里はジャケットを着たまま、そろそろとベッドに戻り、布団に潜った。
脚を抱え込んで丸くなると、全身をジャケットに包み込むことができる。
――あったかい……
不思議と、身体の震えが収まっていった。
悠里は、ゆっくりとベッドに身を任せ、目を閉じる。
今なら、眠りに心を委ねられる気がした。
悠里は、とろとろと、優しい眠りに落ちていく。
苦しい夢は、もう見なかった。
その代わりに、幸せな、幸せな夢を見た。
笑顔と優しい温もりに包まれた、幸せだった頃の夢を見た。
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