#秒恋6 桜咲き、恋は砕け散る。〜恋人目前の2人は、引き裂かれる?甘いデートの筈が、絶望に染まった1日〜

ReN

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piece5 救出

偽善者

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そのとき、バン!と激しい音を立て、勢いよくドアが開いた。
後輩2人とカンナが、ハッと息を飲む中、ユタカだけは、笑った。

「……ああ~、そういうこと?」
ユタカは、一瞬そちらを確認し、またエリカを見た。
「アナタらしくない言葉遣いで、やたらと煽ってくると思ったら。コイツが来るまでの、時間稼ぎだったってわけね?」

ユタカは立ち上がり、剛士に向き直った。
「さすがは、元恋人同士。息合ってるねぇ?」


ここまで、懸命に走ってきたのであろう。
息を乱した剛士は何も答えず、まず悠里とエリカに駆け寄る。
「悠里……」

剛士の声すらも、耳に届かないのか。
ガタガタと震え、泣きじゃくりながら、悠里は必死にエリカに縋るばかりだ。
尋常ではない彼女の様子を認め、彼は悲しく眉を顰めた。
剛士は、手早く制服のジャケットを脱ぎ、その痛々しい身体に覆い被せる。

「……剛士」
張り詰めていた緊張が切れてしまったか、エリカの瞳が涙ぐんだ。
剛士は、片側の頬が赤くなった彼女を見て、小さく頷く。
自分が到着するまで、身体を張って悠里を守ってくれたエリカに、そっと呟いた。
「……ごめんな。ありがとう」


怒りと悲しみに燃え盛る剛士の目が、まず後輩2人に向いた。
「……お前らもか」

「あ、あの、待って、違う、違うんです」
「オレたちじゃない、オレたちじゃないです!」
ゆっくりと、2人に向かって歩き始める剛士。
後輩たちは慌てふためき、異口同音に否定の言葉を重ねる。

「オ、オレたちはただ、岸部さんに連れて来られただけ……」
「カンナさんだから!彼女さん殴ったのも、服破ったのも! オレたち触ってない!!」
2人は、近くで立ち尽くしていたカンナを指差し、剛士の怒りから何とか逃れようとした。

切れ長の瞳が、カンナを射抜く。
剛士の逆鱗に、触れた。
間近にその熱と圧力を感じ、さすがの彼女も思わず後ずさる。


「……おーい、待てよ剛士ー」
剛士とカンナの間に、割って入るように。
ユタカが、素早く立ちはだかった。
そして、剛士の視線を真っ直ぐに引き受け、笑ってみせる。

「何? オレの存在は無視? 後輩2人がここにいたのは驚いたみたいだけど、オレには驚かないのな?」
部屋の隅にまで逃げ、縮こまっている後輩たち。
ユタカは彼らを指し、戯けたように首を傾げた。

「……お前、オレがカンナさんの仲間だって。気づいてたんだろ」
「部室の俺のロッカーに、悠里の写真が入ってたんだから。部の誰かが手を貸してるのは、わかってたよ」
剛士が、低く呟いた。
「……お前じゃなければいいって、思ってたけどな」

「……ははっ。偽善者」
ユタカは、乾いた笑い声を上げた。
「はじめから、オレを疑ってたくせに」


剛士は、静かに問う。
静かに、静かに、ユタカに歩を進めながら。
「なんで、悠里を傷つけた」

「……効果的だったから」
ユタカは、せせら笑った。
「いつか。何かお前に、やってやりたかった。たまたまカンナさんと、利害が一致しただけ。悠里ちゃんが、丁度よかったんだよ、お前への嫌がらせにさ。深い意味なんて無いよ別に」

剛士の脚が大きく開き、ユタカとの距離を一気に詰めた。
「わっ」
「わーっ!」
ユタカの胸ぐらを掴んだ剛士に、後輩2人が、慌てて叫ぶ。
「柴崎さん、駄目です!」
「暴力沙汰は一発退部! 堪えてください!」

悠里の身体がビクッと竦み、助けを求めるようにエリカに、しがみ付いてきた。
エリカは必死に、その小さな身体を抱き返す。


「どうした、殴れよ剛士? 好きな女をこんな目に遭わされて何もしないなんて、男じゃねえよなぁ?」
ユタカが、場違いな明るい声で笑い出した。
剛士は彼の胸ぐらを掴み、間近で睨みつけてはいたが、拳を振り上げてはいない。

「……ははっ。ビビってんのか? エリカさんを、高木さんに取られたときみたいに?」
剛士は、答えなかった。
しかし、ユタカの胸ぐらを掴む手も、握り締めた拳も、怒りに震えていた。

それを感じとり、ユタカは更に言い募る。
「ああ? それとも、キャプテンの座にしがみついてんの? 悠里ちゃんより、自分の立場が大事かあ? この、偽善者が!!」

剛士の拳が、鋭く振り上げられた。
悠里が、悲しい泣き声を上げる。
強張った悠里を抱きしめたまま、エリカが必死に叫んだ。
「剛士、駄目!!」


「――おい。お前は、手ぇ出すな」
今にもユタカに向かって殴りかかろうとしていた剛士の右腕を、何者かが押さえる。

いつの間に、部屋に入って来たのか。
剛士はその人物を認めると、ハッと目を見開いた。

「俺がやる」
言うが早いか、彼は剛士が捕らえていたユタカの頬を、豪快に殴りつけた。

ユタカは小さな叫びを上げ、無様に尻餅をつく。
彼は間髪入れず、ユタカの腹を蹴り上げた。


「……剛士にとって、俺は良い先輩じゃないけどさ、」
のたうち回るユタカを見下ろし、彼は、噛み締めるように言った。
「俺にとっては今でも、大事な後輩なんだわ」

掠れる声で、剛士は彼を呼ぶ。
「高木、さん」
「……おう。よく我慢したな、偉いぞ」
高木は、硬く握られたままだった剛士の拳を自分の手で包み、小さく笑った。
「後は、俺に任せろ」


「正信……」
エリカが、ホッとしたように高木を呼んだ。
高木は、チラリとエリカを見やり、頷いた。
「遅くなってごめんな」

2人の短い会話から、剛士は、エリカが高木にも助けを求めていたことを理解した。
彼が間に合っていなければ、剛士は悠里がいるこの場で、ユタカに手を上げてしまっていただろう。
高木が来てくれたことは、剛士にとっても幸いだった。


「……は……え、高木、さん……?」
ユタカは腹を押さえ、身体を丸めたまま、高木をめ付けた。
「なん、で、ここに……てか、アンタ、関係ない、でしょ……」
咳き込みながら恨み言を連ねるユタカの前に、高木はしゃがみ込んだ。

「なあ。俺の彼女の頬っぺたが、赤くなってんだけど。あれ、お前か?」
「は……」
「お前だな」
剛士よりも上背があり、体格の良い高木の重い拳が、再びユタカの頬にめり込んだ。
「ぐっ……!」


汚い物を払うように、高木は手をブラブラと振る。
「エリカは俺の彼女。剛士は俺の大事な後輩。関係大アリなんだよ。ぶち殺すぞ」

高木と面識のない1年の後輩2人は、部屋の隅に逃げたまま、縮こまっている。
もともと、ユタカの腰巾着だっただけの2人だ。
完全に白旗をあげていた。


彼らには目もくれず、高木の怒りは、ぐるりとカンナの方を向いた。
「さあて。元凶、潰さねえとな……」

「ちょ、ちょっと待てよ」
ユタカが頬を押さえたまま、慌てて立ち上がる。
「いくら何でも、女を殴んのは最低でしょ」
「どの口で言ってんだお前」
高木は忌々しげに、ユタカを片手で押し除けようとする。

しかしユタカは、退かなかった。
「カンナさんにも事情があんだって! それを聞くくらい、いいだろ?」

ユタカの目は、真剣だった。
決死の覚悟を灯し、剛士を見つめる。
「剛士。聞いてあげてくれよ。カンナさん、明日実家に帰っちゃうんだよ。もうこっちに戻らない。これが最後なんだよ!」


何も知らなかったエリカが、驚愕の表情で、カンナを見た。
カンナの顔からはもう、狂気めいた興奮は消え失せていた。
彼女は、抜け殻のように虚ろな目をして、ただ剛士を見ていた。


***


ユタカが初めて見せる、心からの叫び。
剛士は、唇を引き結んでユタカを、そしてカンナを見る。
その切れ長の瞳には、怒りが燃え盛っていた。

この女は、悠里をこんな目に遭わせた張本人だ。
――事情なんて、どうでもいい。
許さない、こいつは。こいつだけは――!!


殴り掛かりたい衝動を抑えるのに、必死だった。
一瞬でも気を抜いてしまえば、剛士は自分の抱えるもの、背負っているものを全て、なげうってしまいそうだった。
剛士は、震えるほどに強く、両拳を握り締める。


そうだ。耐えなければ。
悠里が、ここにいるのだ。
いま自分が衝動に任せて、一線を超えるわけにはいかない。

悠里の目の前で、暴力を振るってはいけない。
悠里を、怖がらせたくない。
これ以上、泣かせたくない。
傷つけたくない……


剛士は、切れかかる理性の糸を必死に、心に手繰り寄せた。

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