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piece2 壊れた未来
勇誠学園、バスケ部
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***
髪を鷲掴みされ、引き摺られていく。
悠里は、痛みと恐怖に悲鳴を上げた。
部屋の中央まで引き摺られたところで、ようやく手を離される。
はあ、はあ、と悠里は必死に、浅い呼吸を繰り返す。
痛いほどに心臓が早鐘を打ち、後から後から、涙が溢れて来る。
殴られた両頬は、まだ暴力的な熱を放っていた。
カンナの叫んだ言葉が、頭の中でガンガンと響き渡る。
『私から、剛士くんだけでなく、エリカまで奪うつもり!?』
痛みと恐怖で、思考が著しく低下した今の悠里には、カンナの言葉の意味がわからなかった。
ただただ、自分の置かれてしまった状況が、信じられない。
悠里は誰にともなく、この理不尽を問いかけた。
「……どう、して……?」
彼女の声に呼応するように、勇誠学園の生徒3人が、ゆっくりと歩を進めて来る。
悠里は立つことも、顔を上げることさえもできず、ただ身を固くする。
「……まあぶっちゃけ、可哀想だよね、君」
笑いながら悠里を見ていた、狐目の男子生徒が言った。
「剛士と付き合ってなきゃ、こんな目に遭わずに済んだもんね?」
彼の口から剛士の名が飛び出し、悠里は驚愕の余り、顔を上げる。
カンナが憎々しげに、狐目の生徒を睨みつけたのが見えた。
「コイツが剛士くんと付き合ってるわけないじゃん。こんな女、剛士くんに相応しくない」
「ええ~?そう?」
狐目を細め、彼はカンナの怒りを笑い飛ばす。
「バスケ部ん中では、割と有名よ? 剛士に、好きな子ができたって」
カンナの顔が更に険しくなるのを気にも留めず、狐目の男は悠里に笑いかける。
「こないだ、剛士が部室で電話してたのって、キミでしょ? 剛士、すっげえ嬉しそうだったもん。オレたちと話すときと全然、声違ったし」
悠里の脳裏にも、あのときの電話が蘇った。
エリカと初めて学校で出会った、あの日。
悠里は、部活が終わって着替えていた剛士と電話をした。
そのとき、電話越しに聴こえた男子生徒の声を、思い出した。
『オレたちと話すときと、全然声ちげぇし』
たったいま、彼が口にした言葉と、同じだった。
悠里の身体が、小刻みに震え始める。
「はぁ? 剛士くんの声が違ったって、何よ。ウッザ」
不機嫌なカンナに怯むことなく、彼は答える。
「剛士って、そういうの隠さないじゃん。正直に、好きって気持ちを出すタイプよ? エリカさんのときだって、そうだったでしょ」
剛士だけでなく、エリカの名前まで出てきた。
もう、間違いない。彼らは――
悠里は唇を噛み、狐目の男を見上げる。
「……あっ。気づいたー?」
彼は悠里と視線を合わせ、ピースサインのように右手の指を2本、立てて見せた。
「そ。オレは、剛士とおんなじ。勇誠バスケ部2年の、岸部ユタカって言いまーす!」
狐目――ユタカの後ろにいた2人も、笑いながら追随する。
「オレたちは、柴崎さんの後輩の1年生でーす!よろしくね?」
大きな目を揺らめかせ、悠里は3人の下卑た笑みを見上げた。
悠里の、驚愕と悲しみの表情を認めると、カンナは一転して上機嫌になった。
「そ。私には、強ーい味方が付いてるんだよ?はじめから、アンタに勝ち目なんか、無かったんだからね」
ユタカが彼女の傍に寄り、腰を抱き寄せた。
「ははっ。そりゃもう、カンナさんのためならオレ、がんばっちゃうし?」
「ふふっ、頼りにしてる」
2人は顔を寄せ微笑み合うと、軽く唇を重ねた。
親密な行為を目の当たりにし、悠里は彼女らが恋人同士であると理解する。
ユタカは、楽しげに悠里を見下ろし、笑った。
「君の『乱交現場』の写真を、剛士のロッカーに入れたのは、俺」
カラオケボックスで無理やり撮られた、忌まわしい写真。
あのときの恐怖と痛みを、『乱交現場』と揶揄され、悠里の手が小刻みに震える。
ユタカは、ますます可笑しそうに声を高めた。
「あの写真見たときの剛士、傑作だったよ!」
なあ?と、後輩の2人と顔を見合わせて、笑う。
「固まって、じっと写真見てたかと思ったらさあ。急に副キャプテンに、『ごめん俺帰る、今日は任せた』って、部室飛び出してさあ」
「あんな動揺した柴崎さん、初めて見ましたよ」
「副キャプテンも、呆気に取られて固まってるし。オレ、笑い堪えるの必死でしたもん」
写真を見たときの剛士の様子を知り、悠里の胸は締め付けられる。
どんなにショックを受け、どんなに傷ついただろう。
大切な部活の場を飛び出すほどに、彼を動揺させ、苦しめてしまった。
肩を叩き合って笑っている3人を、悠里は信じられない思いで見上げる。
――勇誠学園、バスケ部……
ならば彼らは、剛士と近しい存在のはずだ。それなのに。
「……どうして」
先程と同じ言葉を、先程とは違う意味で、悠里は呟いた。
「んー? どうしてって?」
ユタカが、笑い混じりに首を傾げる。
「……どうして、笑っているんですか?」
「えぇ? いーじゃん。どうせなら楽しくやろーよ。悠里ちゃんもさぁ」
悠里の問いかけに、ユタカは悪びれず笑みを深めた。
悠里は、ぎゅっと胸に手を置き、勇気を振り絞る。
そうして真っ直ぐに、ユタカを見据えた。
「……おっ、いいねえ。オレ、気の強いコ、大好き!」
ユタカが、楽しげに目を細めた。
「カワイイ女の子に睨まれるの、ゾクゾクする~!」
「ヘンタイですか岸部さん!」
後輩の男子2人が、大袈裟に笑い出す。
悠里は更に、問いを重ねた。
「勇誠のバスケ部なら、ゴウさんのこと、よく知っていますよね」
「あはは、ってか剛士のこと、ゴウさんって呼んでんだね。かわいー」
茶化すように、ユタカが笑った。
「うん、知ってる。1年のときから一緒だからね」
そしてユタカは、意地悪く目を細めて答える。
「アイツがどんな性格で、日頃、どんなふうに部員たちと向き合ってるかも……よく知ってるよ?」
「だったら、こんなこと、やめてください」
悠里は、必死に言い募った。
「仲間が、こんなことに手を貸してたなんて知ったら、ゴウさんが悲しみます」
「ははっ。そりゃまあ、悲しませたくてやってるからね」
「どうして……」
「はぁ、どうして?」
悠里以外の4人が、楽しげに顔を見合わせる。
「ま、要するにオレたちは、目的は違えど、利害が一致してるんだよね」
ユタカがカンナ、それから後輩の2人を指した。
「カンナさんは、剛士とキミの仲を引き裂きたい。コイツらは、マリ女バスケ部との交流を復活させたい、そして」
ユタカは、戯けた動作で自分を指差した。
「オレは、剛士に嫌がらせしたい」
それを聞いた後輩の2人が、手を叩いて笑い出す。
「それ、言っちゃいます!?」
「ショージキ、ただの嫉妬じゃないっすか!」
「ははっ、うるっせーよ!」
ユタカは、あっけらかんと笑い飛ばした。
後輩たちも同じように、大声で笑いながら言う。
「オレたちは、柴崎さんには凄いお世話になってるし、全然キライじゃないですけどね」
「何もかも持ってて、ズルいなあとは思ってるけど!」
「それな!」
ユタカたちは互いの顔を見合わせ、また笑った。
髪を鷲掴みされ、引き摺られていく。
悠里は、痛みと恐怖に悲鳴を上げた。
部屋の中央まで引き摺られたところで、ようやく手を離される。
はあ、はあ、と悠里は必死に、浅い呼吸を繰り返す。
痛いほどに心臓が早鐘を打ち、後から後から、涙が溢れて来る。
殴られた両頬は、まだ暴力的な熱を放っていた。
カンナの叫んだ言葉が、頭の中でガンガンと響き渡る。
『私から、剛士くんだけでなく、エリカまで奪うつもり!?』
痛みと恐怖で、思考が著しく低下した今の悠里には、カンナの言葉の意味がわからなかった。
ただただ、自分の置かれてしまった状況が、信じられない。
悠里は誰にともなく、この理不尽を問いかけた。
「……どう、して……?」
彼女の声に呼応するように、勇誠学園の生徒3人が、ゆっくりと歩を進めて来る。
悠里は立つことも、顔を上げることさえもできず、ただ身を固くする。
「……まあぶっちゃけ、可哀想だよね、君」
笑いながら悠里を見ていた、狐目の男子生徒が言った。
「剛士と付き合ってなきゃ、こんな目に遭わずに済んだもんね?」
彼の口から剛士の名が飛び出し、悠里は驚愕の余り、顔を上げる。
カンナが憎々しげに、狐目の生徒を睨みつけたのが見えた。
「コイツが剛士くんと付き合ってるわけないじゃん。こんな女、剛士くんに相応しくない」
「ええ~?そう?」
狐目を細め、彼はカンナの怒りを笑い飛ばす。
「バスケ部ん中では、割と有名よ? 剛士に、好きな子ができたって」
カンナの顔が更に険しくなるのを気にも留めず、狐目の男は悠里に笑いかける。
「こないだ、剛士が部室で電話してたのって、キミでしょ? 剛士、すっげえ嬉しそうだったもん。オレたちと話すときと全然、声違ったし」
悠里の脳裏にも、あのときの電話が蘇った。
エリカと初めて学校で出会った、あの日。
悠里は、部活が終わって着替えていた剛士と電話をした。
そのとき、電話越しに聴こえた男子生徒の声を、思い出した。
『オレたちと話すときと、全然声ちげぇし』
たったいま、彼が口にした言葉と、同じだった。
悠里の身体が、小刻みに震え始める。
「はぁ? 剛士くんの声が違ったって、何よ。ウッザ」
不機嫌なカンナに怯むことなく、彼は答える。
「剛士って、そういうの隠さないじゃん。正直に、好きって気持ちを出すタイプよ? エリカさんのときだって、そうだったでしょ」
剛士だけでなく、エリカの名前まで出てきた。
もう、間違いない。彼らは――
悠里は唇を噛み、狐目の男を見上げる。
「……あっ。気づいたー?」
彼は悠里と視線を合わせ、ピースサインのように右手の指を2本、立てて見せた。
「そ。オレは、剛士とおんなじ。勇誠バスケ部2年の、岸部ユタカって言いまーす!」
狐目――ユタカの後ろにいた2人も、笑いながら追随する。
「オレたちは、柴崎さんの後輩の1年生でーす!よろしくね?」
大きな目を揺らめかせ、悠里は3人の下卑た笑みを見上げた。
悠里の、驚愕と悲しみの表情を認めると、カンナは一転して上機嫌になった。
「そ。私には、強ーい味方が付いてるんだよ?はじめから、アンタに勝ち目なんか、無かったんだからね」
ユタカが彼女の傍に寄り、腰を抱き寄せた。
「ははっ。そりゃもう、カンナさんのためならオレ、がんばっちゃうし?」
「ふふっ、頼りにしてる」
2人は顔を寄せ微笑み合うと、軽く唇を重ねた。
親密な行為を目の当たりにし、悠里は彼女らが恋人同士であると理解する。
ユタカは、楽しげに悠里を見下ろし、笑った。
「君の『乱交現場』の写真を、剛士のロッカーに入れたのは、俺」
カラオケボックスで無理やり撮られた、忌まわしい写真。
あのときの恐怖と痛みを、『乱交現場』と揶揄され、悠里の手が小刻みに震える。
ユタカは、ますます可笑しそうに声を高めた。
「あの写真見たときの剛士、傑作だったよ!」
なあ?と、後輩の2人と顔を見合わせて、笑う。
「固まって、じっと写真見てたかと思ったらさあ。急に副キャプテンに、『ごめん俺帰る、今日は任せた』って、部室飛び出してさあ」
「あんな動揺した柴崎さん、初めて見ましたよ」
「副キャプテンも、呆気に取られて固まってるし。オレ、笑い堪えるの必死でしたもん」
写真を見たときの剛士の様子を知り、悠里の胸は締め付けられる。
どんなにショックを受け、どんなに傷ついただろう。
大切な部活の場を飛び出すほどに、彼を動揺させ、苦しめてしまった。
肩を叩き合って笑っている3人を、悠里は信じられない思いで見上げる。
――勇誠学園、バスケ部……
ならば彼らは、剛士と近しい存在のはずだ。それなのに。
「……どうして」
先程と同じ言葉を、先程とは違う意味で、悠里は呟いた。
「んー? どうしてって?」
ユタカが、笑い混じりに首を傾げる。
「……どうして、笑っているんですか?」
「えぇ? いーじゃん。どうせなら楽しくやろーよ。悠里ちゃんもさぁ」
悠里の問いかけに、ユタカは悪びれず笑みを深めた。
悠里は、ぎゅっと胸に手を置き、勇気を振り絞る。
そうして真っ直ぐに、ユタカを見据えた。
「……おっ、いいねえ。オレ、気の強いコ、大好き!」
ユタカが、楽しげに目を細めた。
「カワイイ女の子に睨まれるの、ゾクゾクする~!」
「ヘンタイですか岸部さん!」
後輩の男子2人が、大袈裟に笑い出す。
悠里は更に、問いを重ねた。
「勇誠のバスケ部なら、ゴウさんのこと、よく知っていますよね」
「あはは、ってか剛士のこと、ゴウさんって呼んでんだね。かわいー」
茶化すように、ユタカが笑った。
「うん、知ってる。1年のときから一緒だからね」
そしてユタカは、意地悪く目を細めて答える。
「アイツがどんな性格で、日頃、どんなふうに部員たちと向き合ってるかも……よく知ってるよ?」
「だったら、こんなこと、やめてください」
悠里は、必死に言い募った。
「仲間が、こんなことに手を貸してたなんて知ったら、ゴウさんが悲しみます」
「ははっ。そりゃまあ、悲しませたくてやってるからね」
「どうして……」
「はぁ、どうして?」
悠里以外の4人が、楽しげに顔を見合わせる。
「ま、要するにオレたちは、目的は違えど、利害が一致してるんだよね」
ユタカがカンナ、それから後輩の2人を指した。
「カンナさんは、剛士とキミの仲を引き裂きたい。コイツらは、マリ女バスケ部との交流を復活させたい、そして」
ユタカは、戯けた動作で自分を指差した。
「オレは、剛士に嫌がらせしたい」
それを聞いた後輩の2人が、手を叩いて笑い出す。
「それ、言っちゃいます!?」
「ショージキ、ただの嫉妬じゃないっすか!」
「ははっ、うるっせーよ!」
ユタカは、あっけらかんと笑い飛ばした。
後輩たちも同じように、大声で笑いながら言う。
「オレたちは、柴崎さんには凄いお世話になってるし、全然キライじゃないですけどね」
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