#秒恋6 桜咲き、恋は砕け散る。〜恋人目前の2人は、引き裂かれる?甘いデートの筈が、絶望に染まった1日〜

ReN

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piece1 希望に溢れた修了式の日

黙れ

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「……どう、して」
悠里は、恐怖に目を瞬かせる。
カンナが、残忍な笑いを顔いっぱいに広げた。
「どうしてって。ケンカ売ってきたのはアンタでしょ」
「そんな……ケンカだなんて……」
カンナは目を細め、ゆっくりと言った。
「私は散々、忠告した。言うこと聞かずに、むしろ私にケンカを売ってきたのは、アンタ」

悠里は唇を噛み、かぶりを振る。
「……そんなこと、してません」
「したわよ。しつこくて図々しい、クソビッチが」
「クソビッチー」
悠里以外の皆が、せせら笑う。

じわりと、悠里の瞳に涙が滲む。
「離して……」
自分の腕を掴み続ける2人組を、見た。

4つの冷たい目が、すうっと悠里を見下ろした。
「……勇誠の柴崎センパイに、ちょっかいかけてる女って、橘さんだったんだね」
「こないだ私たちと話してたとき、何も言わなかったよね? どんな気持ちだったの? 何も知らない私たちのこと、内心バカにしてたんでしょ」
「ち、ちが……」
悠里は、慌てて首を横に振る。

「そいつは、そういう女なのよ」
2人組の怒りを助長するように、カンナが冷ややかに笑った。
「他人の気持ちなんか、どうでもいい。自分さえ良ければいい。最低なクソビッチ」

カンナが靴音高く、近づいてくる。
反射的に悠里は後ずさりをしようとしたが、両脇の2人がそれを許さない。

カンナが悠里の目前にまで迫り、低い声で呟いた。
「だから何度言っても、剛士くんから離れずに、みんなのこと、不幸にしてる」


みんなを、不幸に……

想像もしていなかった誹りを受け、悠里の胸が痛みに呻く。
脚が、身体が、悲しみに震えた。

悠里は必死に、かぶりを振る。
「私はただ……ゴウさんが好きなんです」
「……黙れ」
「2人で一緒に進もうって、ゴウさんと、約束したんです」
「黙れ」

涙が込み上げる。
でも、負けたくなかった。屈したくなかった。

悠里は、真っ直ぐにカンナを見据える。
「安藤さん……卒業式の前日に、エリカさんと、話したでしょう?」
グッと、カンナが言葉を飲み込んだ。

悠里は、必死に訴えかけた。
「エリカさんは、過去に戻ろうとはしていません。いまお付き合いされている方と、前に進もうとしているんです」
カンナの涼やかな瞳が、歪んでいく。
怯まずに、悠里は言い募った。
「エリカさんの気持ち、ちゃんと見てください。大事にしてあげてください」

カンナの顔が、怒りに燃え上がった。
「黙れ!!」
「やっ……!」
カンナに襟ぐりを掴まれ、思い切り頬を殴られる。
「黙れ、黙れ!!」
そのまま2、3発、カンナは容赦なく、悠里の頬を殴りつけた。
「お前が、お前がエリカを語るな! 私から、剛士くんだけでなく、エリカまで奪うつもり!?」

彼女の剣幕に驚き、悠里の腕を掴んでいた2人組は、慌てて手を離した。
カンナは、それには目もくれなかった。
力いっぱい悠里を殴り、叫び続ける。
「ふざけやがって! このクソビッチが!!」

悠里の胸ぐらを掴んでいたカンナの手が、乱暴に彼女を突き飛ばした。
悠里はよろめいて、その場にくず折れる。


悠里は、不器用に浅い呼吸を繰り返した。
頭上からは、怒りと、荒々しい息遣いが聞こえる。

経験したことのない激しい暴力に、悠里の頭は真っ白になった。
痛みの感覚さえも、うまく捉えることができない。
真っ赤になった頬を、自分の手で押さえることもできなかった。
ただただ、悠里の見開いた目から、涙が零れ落ちる。


「うわぁ……いきなり飛ばしますねぇ、カンナ先輩」
「女の嫉妬って、怖いねぇ……」
カンナの後ろに控えていた勇誠学園の男子生徒のうち2人は、苦笑混じりに言う。
その声音には、やんわりとした制止の意思が込められていた。

「カンナ先輩~」
真ん中で座っていた男子生徒だけが、楽しげに口元を歪める。
「あんまり、顔は殴らないであげてよ~」

言葉の内容は制止だが、明らかに、この状況を面白がっていた。
狐に似た細い目が、ぽろぽろと泣いている悠里を、値踏みするように見据えている。
「オレ、顔腫れたり、鼻血とか出てる女の子はちょっと、ヤだなぁ?」

肩で息をするほどに怒りで我を忘れていたカンナの顔に、笑みが戻ってきた。
「……それも、そうね」

興奮状態にある彼女の瞳が、楽しげに揺らめいた。
カンナは、悠里を連れてきた自らの後輩に視線を移す。
「アンタたち、ありがとうね? もう、行っていいわよ」
「え? あ、」
「そ、そうですよね! お邪魔しました」

急に声を掛けられた2人組は、慌てて強張った笑みを顔に貼り付けた。
カンナが満足そうに頷き、2人に向かって鍵を放り投げる。
「はい。これで外からドア閉めて、鍵置き場に戻しといて?」
「は、はい」
「この部屋の鍵だけ無かったら、怪しまれちゃうからさ」
「そ、そうですよね!」
あたふたと鍵を受け取り、2人組は踵を返す。
これ以上関わりたくない、一刻も早く、この場を離れたいという気持ちが、透けて見えた。


悠里の大きな目が、恐怖に瞬く。
ドアを開けて、出て行こうとする2人組の片割れの袖に、必死で縋り付く。
「やだ……置いてか、ないで……」

袖を掴まれた彼女は身体を折り曲げて、床にへたり込んだままの悠里に耳打ちした。
「橘さん、さっさと謝っちゃいな。そしたらカンナ先輩、きっと許してくれるよ……」
そうして悠里の手を振り解き、外に出て行った。

性急に扉が閉められ、ガチリッと鍵の掛かった音がした。
「あ……っ」
恐怖に頭が、身体が、侵食されていく。
悠里は、両手でドンドンと、扉を叩いた。
「開けて……開けて、助けて!」

乱暴に、髪を掴まれた。
悠里は扉から剥がされ、無理やり部屋の奥へと引き摺られていく。

「やあぁっ――!」

廊下に出て、部屋を離れようとしていた2人組の耳にも、悠里の悲痛な叫び声が、はっきりと聴こえた。


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