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【第1話】いきなり退学!
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「王立グロワール高校1年G組、期末トーナメント最下位決定戦、はじめ!」
審判であり、われらがG組のクラス担任でもあるアンヌ先生が、つやつやの長い黒髪をかき上げながら叫んだ。
最下位決定戦……。
勝とうが負けようが、そもそもこの試合を戦うこと自体が、実に不名誉である。
そして、その試合を戦っているのが誰あろう俺自身なのだから泣けてくる。
このクラスの最下位を逃れるのは俺か、あるいはザコタか。
「負けたら笑ってやんよ、ヤニック!」
「ザコタ、空振りすんなよ!」
俺たちの試合を見守る24人のクラスメイトたちから激しいヤジが飛ぶ。
どちらが先に攻撃するかは、試合前にコイントス(コインを投げて裏表を当てる)をして、すでに決まっている。
アンヌ先生のコールが終わるやいなや、ザコタはラケットを振りかぶって、俺に向かって砲弾を打ってきた。
ザコタはクラスのみんなから「アホのザコタ」と呼ばれてバカにされている落ちこぼれキャラである。
幼少時からこのトゥーネスという競技が苦手な俺であっても、絶対に負けてはいけない……いや、負けるはずのない相手だ。
ゆるやかで弱々しい砲弾は案の定、俺の体には当たらずに、俺の足元に落ちそうだ。
ほうっておけば、バウンドしてあらぬ方向へ飛んでいくだろう。
これでサーブ権は俺に移る。よし。
……だが。
安心したのもつかの間、砲弾は地面に落ちていた小石に当たり、イレギュラーバウンドをして俺のみぞおちを強打した。
ザコタの打った弱々しい砲弾であっても、油断しているところに、小さなリンゴほどの大きさ・重さ・硬さのある砲弾をみぞおちにまともに食らったら、もちろん痛い。激痛だ。
「グエエエッ」
たまらず俺は腹を押さえて、その場に倒れ込んだ。
アンヌ先生はその美しい瞳で俺を見下ろしながら、無情にもカウントを始める。
「ワン、ツー、スリー……ゲームセット、ザコタ!」
勝者の名前がコールされると、クラス中から拍手と歓声が巻き起こった。
1学期の最下位は間違いないと思われていたザコタが、まさかの勝利。
クラスメイトたちは負けた俺の気持ちなんかお構いなしに、ザコタを囲んでお祭り騒ぎをしている。
「大丈夫、ヤニックさん?」
アンヌ先生だけが、起き上がろうとしている俺に手を貸してくれた……かと思いきや、全力で右手を踏まれた。
「なっ……!?」
「うっふふふ……。運が悪かったわねえ。たまたま落ちていた石ころなんかのせいで、勇者への道が完全に閉ざされるなんてねえ」
すると、クラスメイトたちが、誰からとなく大合唱を始めた。
「たっいがく!」
「たっいがく!」
「たっいがく!」
退学コールである。
そうだ。期末トーナメントで最下位となった者は、いやおうなしに強制退学の処分を受けるのだ。
「こんな学校、喜んでやめてやるよ」俺はアンヌ先生の足の下から自分の右手を引っこ抜いて、よろよろと立ち上がった。「先生、勇者なんかにならなくたって、仕事は他にいくらでもあるだろ」
「ハア? まあ……そうね。人生いろいろ。あんた程度の才能じゃあ、どうあがいても一
生勇者にはなれないから、とっととあきらめて、荷物運びの荷物運びあたりを目指すのがお似合いかもね」
「うるせえ! それでも教師か!」
「いいえ。もう、あなたの教師ではありませーん」
クラスメイトたちからププッと嘲笑がもれた。
くっ……ムカつく!
そして、俺を退学に追い込んだ張本人、アホのザコタがいった。
「ごめんな。イレギュラーなんかで勝っちゃって。僕はバカだし、トゥーネスも下手っぴだから勇者にはなれないと思う。でも、運よく高校を卒業できたら、後衛要員だったら僕、なれるかも。そしたら、君を荷物運びとして雇ってあげるよ」
クラスメイトたちの嘲笑が爆笑に変わる。
「えっ、なんでみんな笑うの?」
ザコタは首をひねっている。おそらく本当にわかっていないのだろう。アホなりに、本気で俺を励まそうとしたんだと思う。
「ありがとよ。じゃあな!」
俺はみんなに背を向けた。
「たっいがく!」
「たっいがく!」
「たっいがく!」
再び背後で退学コールが起こった。
どいつもこいつも、最低の連中だ。
試合が行われていた校庭から教室に戻った俺は、カバンをとって1人だけで帰途についた。
*
腹の痛みがぶり返さないように、ゆっくりと歩を進めていると、背後から聞き慣れた声がした。
「ヤッちゃん、期末どうだった?」
今はその話はしたくない。
それに、体を少しでもひねると、みぞおちがズキズキ痛むこともあり、俺はその声を無視した。
「ねえ、無視することないでしょ? その様子だと、ダメだったの?」
声の主はそういうと、小走りに俺の前に立ちふさがった。
セミロングの黒髪に大きな藍色の瞳。
やっぱり、幼なじみのモナだ。
「うるさいな。1人にしてくれ」
「ねえ、いったい何位だったの? 一緒にA組を目指すって約束は?」
「そんな約束、した覚えねーよ!」
「ヤッちゃん、どうしたのよ? べつに1学期の成績が悪かったぐらいで、そんなにムキにならなくてもいいじゃない」
「B組のおまえに、G組でビリになった人間の気持ちがわかってたまるか!」
「えっ、ビリ!?」
すでにお気づきかもしれないが、グロワール高校は成績順にA組、B組、C組……とクラス分けされている。
1年生の俺たちは入学試験の成績でクラスを決められたのだが、2年生からは前年の成績によってクラス分けされる。
「ああ、ビリだよ。悪かったな」
「そんな……。ヤッちゃんの才能なら、ここでもいい成績とれると思ったのに……」
成績を決めるのは、もちろんトゥーネスだ。
トゥーネスはラケットと呼ばれる木製の武器で砲弾を打ち合い、相手を倒す格闘技である。
学校ではゴム芯に牛革を巻きつけた練習用のプラクティス砲弾を用いるが、実際に魔物などと戦うときは鋼鉄や鉛でできた実弾を使うので、一流の勇者が使えば、あらゆる武器をしのぐ攻撃力をもつ。
「才能なんて、たぶん俺にはないよ。父親はただの猟師だし、母親も、ちょっと回復魔法をかじったことがあるぐらいだし」
その昔、攻撃魔法を使える者もいたらしいが、とっくの昔にすたれてしまった。
攻撃魔法がすたれた原因は、魔王だ。
やつらは攻撃魔法に関する知見を独占することで、この世界を征服しようとしているのだ。
人類の敵、魔王を倒すことができるのは勇者だけ。
グロワール高校を首席で卒業した者は無条件で勇者となる権利を得ることができるので、勇者志望の全国の中学3年生たちがこぞって入学してくるわけだが……。
「でも……なんでヤッちゃんが最下位に……?」
モナは「アホのザコタがいるのに、どうして?」って顔をしている。でも、説明するのは面倒だ。腹が痛いから、今はとりあえず帰りたい。
「そもそも、優等生のおまえなんかに誘われて、こんな学校を受験したのが大きな間違いの始まりだったんだよ」
「おまえなんか、とは何よ! もう、知らない!」
「知らなくてけっこう。どうせ退学なんだ。おまえとも当分、会う機会がなくなりそうだな」
「!」
モナは怒って先に帰ってしまった。
帰ってしまったといっても、家はうちのとなりなのだが。
審判であり、われらがG組のクラス担任でもあるアンヌ先生が、つやつやの長い黒髪をかき上げながら叫んだ。
最下位決定戦……。
勝とうが負けようが、そもそもこの試合を戦うこと自体が、実に不名誉である。
そして、その試合を戦っているのが誰あろう俺自身なのだから泣けてくる。
このクラスの最下位を逃れるのは俺か、あるいはザコタか。
「負けたら笑ってやんよ、ヤニック!」
「ザコタ、空振りすんなよ!」
俺たちの試合を見守る24人のクラスメイトたちから激しいヤジが飛ぶ。
どちらが先に攻撃するかは、試合前にコイントス(コインを投げて裏表を当てる)をして、すでに決まっている。
アンヌ先生のコールが終わるやいなや、ザコタはラケットを振りかぶって、俺に向かって砲弾を打ってきた。
ザコタはクラスのみんなから「アホのザコタ」と呼ばれてバカにされている落ちこぼれキャラである。
幼少時からこのトゥーネスという競技が苦手な俺であっても、絶対に負けてはいけない……いや、負けるはずのない相手だ。
ゆるやかで弱々しい砲弾は案の定、俺の体には当たらずに、俺の足元に落ちそうだ。
ほうっておけば、バウンドしてあらぬ方向へ飛んでいくだろう。
これでサーブ権は俺に移る。よし。
……だが。
安心したのもつかの間、砲弾は地面に落ちていた小石に当たり、イレギュラーバウンドをして俺のみぞおちを強打した。
ザコタの打った弱々しい砲弾であっても、油断しているところに、小さなリンゴほどの大きさ・重さ・硬さのある砲弾をみぞおちにまともに食らったら、もちろん痛い。激痛だ。
「グエエエッ」
たまらず俺は腹を押さえて、その場に倒れ込んだ。
アンヌ先生はその美しい瞳で俺を見下ろしながら、無情にもカウントを始める。
「ワン、ツー、スリー……ゲームセット、ザコタ!」
勝者の名前がコールされると、クラス中から拍手と歓声が巻き起こった。
1学期の最下位は間違いないと思われていたザコタが、まさかの勝利。
クラスメイトたちは負けた俺の気持ちなんかお構いなしに、ザコタを囲んでお祭り騒ぎをしている。
「大丈夫、ヤニックさん?」
アンヌ先生だけが、起き上がろうとしている俺に手を貸してくれた……かと思いきや、全力で右手を踏まれた。
「なっ……!?」
「うっふふふ……。運が悪かったわねえ。たまたま落ちていた石ころなんかのせいで、勇者への道が完全に閉ざされるなんてねえ」
すると、クラスメイトたちが、誰からとなく大合唱を始めた。
「たっいがく!」
「たっいがく!」
「たっいがく!」
退学コールである。
そうだ。期末トーナメントで最下位となった者は、いやおうなしに強制退学の処分を受けるのだ。
「こんな学校、喜んでやめてやるよ」俺はアンヌ先生の足の下から自分の右手を引っこ抜いて、よろよろと立ち上がった。「先生、勇者なんかにならなくたって、仕事は他にいくらでもあるだろ」
「ハア? まあ……そうね。人生いろいろ。あんた程度の才能じゃあ、どうあがいても一
生勇者にはなれないから、とっととあきらめて、荷物運びの荷物運びあたりを目指すのがお似合いかもね」
「うるせえ! それでも教師か!」
「いいえ。もう、あなたの教師ではありませーん」
クラスメイトたちからププッと嘲笑がもれた。
くっ……ムカつく!
そして、俺を退学に追い込んだ張本人、アホのザコタがいった。
「ごめんな。イレギュラーなんかで勝っちゃって。僕はバカだし、トゥーネスも下手っぴだから勇者にはなれないと思う。でも、運よく高校を卒業できたら、後衛要員だったら僕、なれるかも。そしたら、君を荷物運びとして雇ってあげるよ」
クラスメイトたちの嘲笑が爆笑に変わる。
「えっ、なんでみんな笑うの?」
ザコタは首をひねっている。おそらく本当にわかっていないのだろう。アホなりに、本気で俺を励まそうとしたんだと思う。
「ありがとよ。じゃあな!」
俺はみんなに背を向けた。
「たっいがく!」
「たっいがく!」
「たっいがく!」
再び背後で退学コールが起こった。
どいつもこいつも、最低の連中だ。
試合が行われていた校庭から教室に戻った俺は、カバンをとって1人だけで帰途についた。
*
腹の痛みがぶり返さないように、ゆっくりと歩を進めていると、背後から聞き慣れた声がした。
「ヤッちゃん、期末どうだった?」
今はその話はしたくない。
それに、体を少しでもひねると、みぞおちがズキズキ痛むこともあり、俺はその声を無視した。
「ねえ、無視することないでしょ? その様子だと、ダメだったの?」
声の主はそういうと、小走りに俺の前に立ちふさがった。
セミロングの黒髪に大きな藍色の瞳。
やっぱり、幼なじみのモナだ。
「うるさいな。1人にしてくれ」
「ねえ、いったい何位だったの? 一緒にA組を目指すって約束は?」
「そんな約束、した覚えねーよ!」
「ヤッちゃん、どうしたのよ? べつに1学期の成績が悪かったぐらいで、そんなにムキにならなくてもいいじゃない」
「B組のおまえに、G組でビリになった人間の気持ちがわかってたまるか!」
「えっ、ビリ!?」
すでにお気づきかもしれないが、グロワール高校は成績順にA組、B組、C組……とクラス分けされている。
1年生の俺たちは入学試験の成績でクラスを決められたのだが、2年生からは前年の成績によってクラス分けされる。
「ああ、ビリだよ。悪かったな」
「そんな……。ヤッちゃんの才能なら、ここでもいい成績とれると思ったのに……」
成績を決めるのは、もちろんトゥーネスだ。
トゥーネスはラケットと呼ばれる木製の武器で砲弾を打ち合い、相手を倒す格闘技である。
学校ではゴム芯に牛革を巻きつけた練習用のプラクティス砲弾を用いるが、実際に魔物などと戦うときは鋼鉄や鉛でできた実弾を使うので、一流の勇者が使えば、あらゆる武器をしのぐ攻撃力をもつ。
「才能なんて、たぶん俺にはないよ。父親はただの猟師だし、母親も、ちょっと回復魔法をかじったことがあるぐらいだし」
その昔、攻撃魔法を使える者もいたらしいが、とっくの昔にすたれてしまった。
攻撃魔法がすたれた原因は、魔王だ。
やつらは攻撃魔法に関する知見を独占することで、この世界を征服しようとしているのだ。
人類の敵、魔王を倒すことができるのは勇者だけ。
グロワール高校を首席で卒業した者は無条件で勇者となる権利を得ることができるので、勇者志望の全国の中学3年生たちがこぞって入学してくるわけだが……。
「でも……なんでヤッちゃんが最下位に……?」
モナは「アホのザコタがいるのに、どうして?」って顔をしている。でも、説明するのは面倒だ。腹が痛いから、今はとりあえず帰りたい。
「そもそも、優等生のおまえなんかに誘われて、こんな学校を受験したのが大きな間違いの始まりだったんだよ」
「おまえなんか、とは何よ! もう、知らない!」
「知らなくてけっこう。どうせ退学なんだ。おまえとも当分、会う機会がなくなりそうだな」
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