蟲の皇子 ~ ダークエルフのショタ爺とアマゾネスの筋肉娘がおりなすアラビアン・ファンタジー ~

雨竜秀樹

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第31話 蟲の皇子と女蛮族

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「エルカバラードの長い夜」「魔竜事件」「領主争奪戦」などの名称で呼ばれる一連の事件は、魔竜消滅と盗賊ギルドの降伏により決着がついた。



 もちろん、一夜にして全てが解決したわけではない。

 魔竜が破壊した建物の数々や盗賊ギルドの〝ギルド・マスター〟の指示に従わずに抵抗を続ける者など、片付けなくてはならない事案はいくつも存在する。

 だがそれは勝敗が決した後始末のようなものであり、領主会談においてイヴァが実質的な領主の地位を得るのを揺るがすようなものではない。



「とはいえ、足元をすくわれる可能性がないわけじゃない」



 イヴァはそう言って、復興支援と残党掃討に手を抜くことはしなかった。

 翡翠解放団を売り払った金額のほとんどすべてを支援金として使い、同時に金と人を出し渋る各ギルドの幹部たちを説得あるいは脅迫して、協力を取り付けている。そして派手に暴れまわっている輩や公然と敵対するものに対しては、女蛮族たちや闘技場の剣闘士を差し向けて、暴力的に対処した。

 ほとんどの者達は少数グループであり、ある程度の数が集まったものも誕生したばかりの弱小組織であったので、卵の殻を割るように簡単に倒せている。



 唯一、盗賊ギルドの幹部である〝喉裂き魔カットスロート〟のみが行方不明であったが、イヴァの蟲を使った捜索の網にもかからないということは、彼がすでに砂漠の都から離れているということであった。

 すくなくともイヴァが生きている限り、彼がエルカバラードで再び権力を握るのは不可能であろう。



 ダークエルフの少年は、今回の騒乱で味方してくれたものたちに対する見返りも忘れてはいなかった。



 イヴァは奴隷商人ギルドのように、この航海図を餌にして海賊ギルド内部の派閥争いを起こそうという気などサラサラ無かったので、約束通りにあっさりと航海図を渡している。

 それに加えて、少なくない金塊と交易品の数々、そして今後もエルカバラードで便宜を図ることを約束している。

〝海賊卿〟アデルラシードは礼を言いながらも、この後に来る『嵐』に備えるよう忠告した。



 またどさくさに紛れて奴隷商人ギルドを乗っ取ったルーミアに対して、イヴァは航海図を手に入れるのに協力してくれたことに関する感謝を述べて、彼が奴隷商人ギルド幹部の地位を認めている。

 幸いにも、裏切りによって地位を手に入れたことを非難する者はエルカバラードにはいない。裏切られ、敗れる者が悪いと考える者が多数派だからだ。もちろん、裏切りが失敗した時の代償は、生命以上になるのを忘れてはならない。



 奴隷貿易はエルカバラードの経済を支える大事な産業のひとつであり、その幹部と懇意にしておくのは、イヴァにとっては悪いものではない。逆にルーミアとしては、まだ若い自分の後ろ盾となってくれる人物を欲していたので、この同盟関係は順調なスタートを切ったといえる。

 ただし、いつまで順調なのかは、誰にもわからない。



 その他、闘技場の支配人や鍛冶職人ギルドなどに対しても、イヴァは十分な見返りを与えている。



 加えて、アジ・ダハーカ討伐に参加した冒険者たちの口コミで、イヴァの有事での実力も証明されている。実際、彼が無理して魔竜退治を行なったのは、この手の政治的な宣伝効果も見越してのことであったので、順当といったところだろう。



 エルカバラード内部に潜入していた帝国の工作員の一部が、今回の騒動そのものが〝蟲の皇子〟の陰謀であるという噂を流した。それに関しては、イヴァに忠実な密偵の娘キリィがこの手の噂を流した者と一緒に刈り取っている。



 対処が少し難しかったのは、敵対した盗賊ギルドである。

 今回の騒乱の責任者として〝ギルド・マスター〟を処断するのは当然であったが、組織自体はどのように処するべきか?



「メンバーの多くが、盗賊ギルドの庇護を必要としているのは事実です。もしも今、盗賊ギルドが解体されれば、彼らは再び暴れまわるでしょう。今度は指揮する者がいない状態となりますので楽に勝利できるでしょうが、反抗するものをすべて処刑しなくてはなりません。虐殺者としての汚名に加えて、東西の勢力に対して侵攻の大義名分を与えるのは避けられませんぞ」



 老執事ザハドの進言は正しく、イヴァは頷かなければならなかった。

 しかし、再び獅子身中の虫にならぬように手を打つ必要もある。



「盗賊ギルドの幹部たちによる合議制――互いに牽制させて〝ギルド・マスター〟のような中心を作らぬようにしよう。監査する者も用意しなきゃね。あと必要以上に武具や禁制品、資金を集めさせないようにしなきゃ……」



 今回の被害で倒壊した家屋を修理するついでに、貧民街の手入れもしなければならない。と同時に、盗賊ギルドを構成するメンバーに仕事の紹介などを行い、徐々に勢力を切り崩していく。



「まあ、じっくりやっていくよ」



 ダークエルフの少年は無邪気さと老獪さが混ざりあったような笑顔を浮かべた。



 盗賊ギルド関係で言えばもう1つ。

 エルカバラードの周辺を警護する盗賊騎士団は、今回の騒乱では無傷の状態だ。危険であると同時に、味方に加えておきたい連中である。



 しかし、イヴァが交渉の使者を送るよりも早く、騎士団長からは秘密を守ることを条件に今まで通りに、エルカバラード周辺警護を行うとの伝令が来た。

 彼らとの交渉は難事であると考えていただけに、嬉しい誤算であったといえよう。



 時間はアッという間に流れて、領主会談の日がやってきた。





  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「投票の結果、賛成多数により、イヴァ=ラットハートラート。彼が領主の地位に相応しいと示されました。この決定に、反対の者はいますか?」



 聖アルアーク大聖堂にて、最高司祭デフォルミアは列席している者たちに問う。

 問いかけに対する答えは、無言の肯定であった。



「よろしい。それでは、イヴァ=ラットハートラート。貴方は領主となることを望みますか?」

「もちろん」

「では、参列者の皆様。彼が領主の地位と権限を認めることを祝福し、送り出して下さい」



 そう締めくくると、悪徳の都の権力者たちは立ち上がり、拍手を鳴らす。

 ほとんどの者が作られた笑顔を浮かべながら、新たな支配者の誕生に祝いの言葉を述べる。

 彼らは以前からイヴァを見下しており、おそらく今も見下しているだろうというのを、ダークエルフの少年は理解している。それでも、祝辞に対していちいち礼を口にして、時に握手を交わす。



(まあ名目上だけじゃなく、実質的な権限も手に入れたんだ。とりあえず嵐が終わるまでの間、領主の権力を使い、エルカバラードの滅びを回避するのに尽力しよう)



 そして嵐が過ぎ去れば、再び自堕落な生活に戻ろう。と、心に決める。



 勤勉に働くのは、将来の安息を得るためである。

 不幸なことに、長命種であるイヴァはそのサイクルを半永久的に繰り返さなくてはならない。それに失敗した時が、彼の死ぬ時であり、エルカバラードが滅びる時だ。



(そうだ。もう1つやらなきゃいけない事があったな)



 領主となった布告と復興祭を兼ねた凱旋パレードが始まる前に、イヴァは門の前に待機させていたアマゾネスの戦闘奴隷に告げる。



「ペルセネア、ありがとう。君のおかげで、こうして領主になるまでに、死なずに済んだよ」

「ご主人様の命令に従っただけだ」

「無茶な命令でも、実行してくれたからだよ」



 イヴァはペルセネアの彫刻のように美しい鍛え抜かれた腕を手にとって、手の甲に口づけする。

 そして口を離すと、契約の終わりを告げる。



「ペルセネア、君はボクの奴隷として、十分に尽くしてくれた。その功を持って、君を奴隷の身分から解放する。君にあげたものはそのまま持っていっていいし……、しばらくは困らないだけの金銭も渡すよ」

「?」



 女蛮族は不思議そうに首を傾げる。ダークエルフの少年が話している言葉はわかるのだが、その意味がわからなかった。



「君は『誰もが何かの奴隷だ』と言った。なるほどそれは一つの真理かもしれないけど、少なくとも君はボクの奴隷じゃない。本当はそうしたかったんだけど、ボクの実力が不足していたみたいだ」



 イヴァは悲しそうに語る。

 最初は物珍しかっただけだが、次第に惹かれて、いつしか本気になってしまった。しかし、彼の与えることができるのは情欲の愛だけで……、ペルセネアが官能的な愛欲に堕ちることはなかった。

〝蟲の皇子〟は自ら心の中で決めた期限を守り、彼女を解放することを決めた。



「ひとつの戦いに勝利し、ひとつの戦いに負けたってところかな」

「別段、戦っていたつもりはないのだがな。しかしご主人様――いや、イヴァ、命がある限り戦いというのは続くものだ」



 女蛮族はしょんぼりとするダークエルフの少年を抱え上げる。



「自由にして良いというのなら、今しばらくお前の行末を見ることにする。奴隷という身分でないのなら、たしか文明人には騎士という身分があったはずだな?」

「君は……物好きだね」



 抱え上げられたまま、ダークエルフの少年は複雑な表情を浮かべる。



「でも、騎士というのは少し変だな。あんまり似合わない」

「ではまた奴隷にするか?」

「一度解放した奴隷を、再び拘束するのは主義じゃないな。安心してよ。ちょうどいいのがある。代理戦士っていうのはどうだろう?」



 それは遥か昔、砂漠一帯が群雄割拠していた時代、王の名代として戦う名誉ある戦士に贈られた称号であった。

 無論、イヴァはそのことを知っていて提案している。



「それでいい」



 ペルセネアがそのことを知っていたかどうかはわからない。密林に引きこもっている蛮族であれば知るはずもないのだが、ひょっとしたら伝聞などで知っているかもしれない。

 いずれにせよ、彼女は気負うことなく承知した。



「なんだか、今日の夜が楽しみになってきたよ」

「それもいいがイヴァ――いや、ご主人様。パレードに行かなくてはならないんじゃないか?」



 イヴァを床におろして、ペルセネアが問う。

 それほど長くない問答のようであったが、いつの間にか、それなりに時間を使ってしまったらしい。



「いけない! 行こう」



 ダークエルフの少年は女蛮族の手を引いて、パレード用の馬車に乗り込む。



 砂漠の都エルカバラード。

 東西異なる文化圏に挟まれた悪徳の都が安寧を得るまで〝蟲の皇子〟の奮闘は続くことになるのだが、その傍らには美しい女蛮族が常に付き従っていたという。





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