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第27話 盗賊のギルド・マスター

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 盗賊ギルドの本部。

 その最深部とでも言うべき場所で、守護者として配置されていた巨大な黒い大蛇--アポピスが血の海に沈んでいた。すでに絶命しており、怪物はピクリとも動かない。アポビスは睨んだ相手の心臓を停止させる強力な邪視を使う魔物であったが、戦った相手が盗賊ギルドの幹部に与えられる邪視避けの守りを持っていたのである。



「私がご案内できるのはここまで」



 邪視避けの守りを譲った盗賊ギルドの幹部〝美食家グルメ〟はそう言って、〝蟲の皇子ヴァーミン・プリンス〟と女蛮族の方を見る。



「邪視避けの守りに加えて、アポピスにあった古傷の場所も、すべて真実だったでしょ?」

「ああ、お陰で楽に仕留められた」



 ペルセネアはそう言って、半月刀シャムシールを〝美食家〟の方に向ける。



「この先に〝ギルド・マスター〟がいるのならば、お前はもう用済みだな」

「あらあら、ご主人様の目のことを怒っているのですか?」



 ラミアはからかうような口調で言った後、蛇舌を出して軽く威嚇する。

 それと同時に、彼女に付き従う蜥蜴人達も得物に手を伸ばす。



「まあまあ、ペルセネア。君の可愛いところがみられたのは嬉しいけど、今時間はルビーよりも希少だ。それに彼女には、もう1つお願いが残っているよ」



 イヴァは軽く手を振って、戦闘奴隷を諌める。



「ご主人様、信用するのか?」

「信用していただかなくて結構です。すれば痛い目を見ますからね。それに貴方のご主人様なら、私が裏切ったとしても2手3手、別の手を打ってきますよ」

「さてどうだろうね」



 ダークエルフの少年は肩をすくめた後、失われた右目に手を載せる。

 空洞となった場所には、アメジストのように輝く紫色の神聖甲虫スカラベが収まっている。この神聖甲虫には医療用の特殊な力が与えられており、今回は止血と痛み止め、体力増強に使用している。

 失った瞳を再生させるには相応の時間と金、人材が必要だが、イヴァが領主となれば集められないこともない。



(将来の投資というには大きい額だったけど、たぶんコレが一番犠牲の少ない方法だったんだから仕方ないよね)



 未来というものを掴み取ろうとすれば痛みは伴うが、別に掴み取ろうとしなくても痛い目には会う。

 自分で納得したか、納得出来ないかで、痛みに対する判断が分かれるのだ。



「ペルセネア」

「……わかった」



 イヴァの言葉に従い、ペルセネアは半月刀を下げる。



 女蛮族も愚かではない。

 この場で戦うのが無意味であることは理解している。だが、理屈を抜きにして、〝美食家〟はこの場で始末するべきだと直感が告げていた。問題は、彼女がそれを上手く言語化できないことである。



「大丈夫、問題ないよ」



 アマゾネスの葛藤を見抜いたように、ダークエルフの少年は言った。



「さあ、行こう」



 そう言って、イヴァは〝ギルド・マスター〟のいる方に足を向ける。





  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 部屋の扉が開いたのを見て、盗賊ギルドの経理担当者〝皮肉屋 シニック〟は「おや」っと、声を出す。〝ギルド・マスター〟への来客予定はない。ということは、まっとうな用件ではないのだろう。



「さて、どちらが来たのかな?」



 二つ名の由来となった皮肉げな笑みを浮かべて、来訪者に目を向ける。



「〝蟲の皇子〟でしたか」

「やあ、〝ギルド・マスター〟はいるかな?」

「おりません。お帰り下さい」



 イヴァの問いかけに〝皮肉屋〟は淀みなく答えた。



「曲がり角の奥に気配が1つ」



 すかさず、護衛の女蛮族が耳打ちする。



「〝皮肉屋〟お前にスフィンクスの真似事をするように頼んだ覚えはないぞ」



 と、ペルセネアの示した方から囁くような小さな--しかし不思議とよく通る声が聞こえてきた。この声の主こそ、〝ギルド・マスター〟に違いない。



「これは失礼。ですがどうにも何かを聞かれると、吾輩は反射的に嘘を答えてしまうのです。まあもちろん、騙される方など少ないわけですが」



 盗賊ギルドの経理担当兼詐欺の元締めは大げさな仕草で答える。そして、後はどうぞご勝手にとばかりに、先程まで自分の行っていた作業に戻った。

 場合によっては有無を言わさずに殺されかねない状況なのだが、その辺りを理解しながらこうした態度を取るのは、大物なのか馬鹿なのか評価が別れるところだ。



 礼儀知らずな態度だが、イヴァは別段腹を立てることなく〝皮肉屋〟のいる場所を通り過ぎて、曲がり角の方に向かう。



 その先にあったのは王墓ピラミッドの宝物殿のような場所であった。

 山のように積まれた黄金の山、色とりどり宝石が湯水の如く使われた装飾品の数々、失われたとされる名画や古書がガラス製の収納家具に丁寧に補完されており、豪華絢爛ごうかけんらんの限りを尽くした大広間の中心には、黄金の玉座に据えられている。



「久しぶりですな。〝蟲の皇子〟直接お目にかかるのは、いつ以来だったか……。相変わらず元気そうで何よりです」



 玉座に座るベリシュナ人の老人を見ると、ダークエルフの少年も返事をする。



「直接会うのは、確かエルカバラードが焼かれた時だから15年ぶりじゃないかな? そちらは、ずいぶんと具合が悪そうだね」



〝蟲の皇子〟は挨拶を終えると、老人――〝ギルド・マスター〟に問う。



「毒? 病気? それとも呪いかな?」

「いいえ、寿命ですよ。魔導がどれほど発展しようとも、限りというものはあるようです。〝蟲の皇子〟……、貴方はお会いした頃のままだ。まったく羨ましくも、妬ましいですな」



〝ギルド・マスター〟は、羨望と嫉妬の混じり合った色で少年を見上げる。赤い髪の色は白髪に、黄色い目は濁り、肌の艶は失われてミイラのように干からびているにもかからず、その眼光には未だに強い力があった。



「醜いでしょう。今では臓器のほとんどが錬金術師の作り出した道具に取り替えられておりますし、歯もすべてが入れ歯、手足も満足に動かすことはできず、一人で用を足すこともできぬのです」

「ボクにはわからない苦しみだね。けど、君の身の上話には興味がない。ここに来た理由は、エルカバラードで起きている暴動に関する件だよ」

「ええ、連中は私の命令を実によく、忠実に守ってくれているようですね。でも、貴方がここに来ているということは、裏切り者も出ている。裏切ったのは、誰ですかな? その目は、裏切りと関係があるのでは?」



 楽しそうに語る〝ギルド・マスター〟に〝蟲の皇子〟は問う。



「その辺りは君も計算に入れているんだろ? それでもこうして会えたってことは、君もボクに用事があったんだよね」

「貴方でなくとも良かったんですがね」

「ボクじゃなくても良かった?」

「できるなら、頭かしら――私の孫が良かったのですが、まあ奴は器ではなかったということでしょうね」



 老人の笑い声を響かせ、何度か咳き込む。

 弱々しく、今にも死にそうなのに、それでも呼吸を落ち着けると〝ギルド・マスター〟は話を続けた。



「貴方がここに来た理由は、このままではエルカバラードが滅びるからでしょ?」

「そうだよ。阻止するには強力な指導者が必要だ。ボクは15年前の貴方になら喜んで任せたんだけどね。だけど、今の貴方はダメだ。エルカバラードの滅びを加速させるだけ――見たところそのことを理解している様子なのに……、どうしてこんな事を?」

「わかりませんか? それとも、わかっているのに聞いているのですか?」



 再び笑いを響かせ、再び咳き込んだ。



「見ての通りですよ。私は……死ぬ。早ければ明日か、長くとも半年後には死ぬでしょう。避けられないのです、おお、神々に呪いあれ!」

「……」

「ですから、今回の騒動は……エルカバラードを導くに相応しい者を見つける為の『ふるい』というやつですな。私は火を放つように命じて、これを見事消し止めることができれば――多少の見込みはあるでしょう?」



 そこまで喋ると、老人は再びゴホゴホと咳き込む。



「私としては貴方ではなく、私の孫がここにいて欲しかった。私の企みを見抜き、内乱が始まる前に私を刈り取る気概を見せて欲しかった。ですが現実は悲しいかな、アイツは私の命令を忠実に従う人形でしか無かった」



 落胆のため息を吐き出す。

 瞬間、〝ギルド・マスター〟の方に向かって短剣が投擲された。だが、女蛮族は素早い剣さばきで叩き落とす。



「〝ギルド・マスター〟……、俺は、俺達はアンタの為に……」



 短剣を投げたのは、急ぎ戻ってきた頭かしらであった。

 途中からではあったが、2人の会話を聞いていた彼は、絶望の表情を浮かべながらうわ言のように呟く。



「ふん、予想通りの反応だな。これ以上、ガッカリさせるな」



 老人は侮蔑と落胆混じりの言葉を吐き出す。



「爺さん!」

「ペルセネア!」



 頭かしらとイヴァの叫びが重なった。

 怒りに身を任せた大男が老人の息の根を止めるよりも素早く、戦闘奴隷の無慈悲な刃が円弧を描く。黄金の一室に血飛沫が飛び散り、頭かしらは大きく後退した。

 並の者であれば両断されていたところであるが、間一髪で回避して致命傷を避けたのは流石であった。

 だが、ペルセネアの一撃は鋭く利き手を大きく引き裂いている。

 致命傷ではないが、これ以上の戦闘は無理という程度の手傷だ。



「部下は引き連れてこなかったみたいだね」



 頭かしらの自信によるものか、あるいは〝美食家〟が仕事をしたのかはわからないが、増援がやってくる様子はない。



「さて、些かあっけないが詰みだね。〝ギルド・マスター〟できれば、君の口から部下を止めて欲しい。ダメなら、ボクの部下が首を刎ねて騒動を収めるけど、それは君の目的からすれば無意味を通り越して愚かでしか無いだろ?」

「……いいだろう。そこの保管庫に水晶球がある。〝皮肉屋〟に言って出してもらえ、撤収命令を出すが、従わぬものも出てくるだろう。それらは将来邪魔になるだろうからな、始末すれば良い」



 老人は丁寧な口調をやめて、身震いするほど冷たい声で言った。



「やれやれ、自分に逆らう者が出てきてほしかったと言いながら、従順でない者には死を……か。ボクも相当だけど、君も負けず劣らず酷いよね」

「此処を何処だと思っている? 悪徳の都エルカバラードだぞ。世の中の掃き溜めが集まるゴミ捨て場であり、富と権力を貪り、己の欲望を満足させる屑の集まる堕落した都市だ」

「同意できる部分と、同意できない部分、同意したくない部分があるけど、もうすぐ死ぬ貴方には、どうでもいいことかな?」



 愛する都市を侮辱されたことで、イヴァは少しばかり棘のある言い方をした。

 このあたりは見た目通りの少年だ。自分の意見に賛同を得られず、老人は不愉快そうに皺を深める。だが、そのことについて議論をすることなく話を続ける。



「貴方――いや、貴様とは違うが、私もこの都は必要だと思っている。だからこそ、ふるいを行なったのだ。滅びればいいと思っていれば、わざわざこのようなことはしない」

「参考までに聞かせてほしいな」

「ゴミ捨て場は必要だ。どのような社会であろうと、あぶれ者は出てくる。この都は悪党どもの楽園だ。無くなれば、どちらにとっても不幸なことになる。私も随分と世話になった。だから、残そうと思ったのだ。私なりのやり方でな」



 イヴァは肯定も否定もしなかった。

 その代わりにペルセネアの方を見る。密林で暮らしていた女蛮族は「難しい話はよくわからん」と首を傾げる。

 文明と切り離された女蛮族は、ゴミ処理場など知らないのかもしれない。



(いや、けど死体が疫病を流行らせるというのは知っていたな)



 出会って間もないころの会話を思い出して、下手な先入観は持たないようにしようと考える。文明人と野蛮人の差など、実はそれほど大きなものではないものだ。



「く、くく、あはははは」



 沈黙を守っていた頭かしらが、突如大きな笑い声を上げる。



「酷い道化だ。本当に、馬鹿みたいだ」

「まだやる気かな?」

「おいおい、この傷を見ろよ。そこの護衛すごいな、少しは自信があったんだが、まるで勝てる気がしねぇ。それに、ここで暴れても何の意味もない。万が一にも、アンタと爺さんを殺したところで、この都を牛耳る奴が変わるだけだ」



 クククッと、頭かしらは陰鬱な笑い声を響かせる。



「エルカバラード……、悪党の都、この場所はそういうもんだと思っていたが、今はじめて、ようやく理解できた気がするよ。クソが、最悪の都市だ!」



 頭かしらは大きく下がると、虚空に向かって叫ぶ。



「おい、魔法使い! 聞いているんだろ? 約束のものを渡してやるよ」

「ご決心いただき、感謝いたします」



 返事はすぐにあった。

 仮面の魔法使いは同盟者の呼びかけに即座に答え、何もない空間より現れる。



 瞬間、ペルセネアは半月刀を後ろに振るう。



「――ッ!」

「……」



 暗殺者である。

 好機を伺い続けた絞殺具使いの暗殺者が、全員の注意が空間跳躍を行なった魔法使いに向いた瞬間を狙って、護衛の始末を行おうとしたのだ。ペルセネアが暗殺者に気がついたのは、海賊船の時と同じく直感である。

 それほどまでに完璧な隠密であり、熟練の業であった。

 だが、女蛮族が暗殺者を斬りつけている間に、盗賊と魔法使いの取引は完了していた。



「確かに、エルカバラードの地下迷宮に隠された『混叡偽書ヴァイチェルト・レプリカ』をお受け取りしました」



 仮面の魔法使いは礼を言い、イヴァ達の方を見る。

 この僅かなやり取りの間に、暗殺者はすでに気配を遮断して、何処かに消えてしまった。



「さてそれでは、早速ですが使わせていただきましょう」



 宣言すると同時に、先端部が槍のような鋭さを持つ鋼鉄ミミズが床を突き破り、魔法使いと頭かしらの体を串刺しにする。イヴァが密かに潜ませていた切り札の1つだ。

 頭かしらは完全に絶命したが、魔導書を手にした仮面の魔法使いは痛みを受けていないかのように呪文を唱え始める。

 ペルセネアはその首を切断しようと襲いかかるが、相手の詠唱が完了するのが一瞬早い。

 空間を斬り裂いて現れた上位悪魔グレーター・デーモンが、鋼鉄ミミズを紙細工のように引き千切ると、主人を守るように立ちふさがる。



「この怪物……、貴様は!」

「おやおや、あの時の女蛮族ですか、偶然――いや、運命ですかね。あの時は生かしておくように依頼を受けていたので加減しましたが、今回はそんな縛りはありませんからね。殺しなさい」



 ペルセネアが奴隷として売られる原因となった相手――、集落を襲撃した一味の魔法使いは悪魔に命令を出す。

 上位悪魔は嬉々として鉤爪を振るうが、女蛮族が手にしているのは悪魔にも効果がある魔法の武器だ。ペルセネアは攻撃を回避すると、強烈な一撃を叩き込む。



「!!!」



 悪魔は驚愕して、余裕の色を消す。



「前の時は3匹がかりだったな。しかし、この部屋では呼ぶスペースが足りんだろ? そんな場合でも、呼び出すことはできるのか?」



 ペルセネアは挑発するように言いながら、イヴァの傍に寄る。過去の因縁はあるが、今の彼女は〝蟲の皇子〟の護衛だ。



「いいえ、ですが足止め程度なら十分でしょう。〝蟲の皇子〟の殺害以外にも、実はもう1つ大きな仕事がありましてね。それに今は、魔導を志す者の1人として、この偽書を一刻も早く使ってみたいのです」

「ボクを殺す以外の依頼?」

「おっと、ベラベラと喋りはしません。気になるのでしたら、上位悪魔を打ち倒して、一刻も早く外に出てみるのです。そこに答えはありますよ」



 仮面の魔法使いはそう言い残して、空間を歪ませて消える。

 後に残されたのは、上位悪魔1匹だけ。



「ペルセネア、手早く倒して。嫌な予感がする」

「了解だ」



 前座扱いを受けた上位悪魔は昏い怒りを燃料として、魂を凍らせるほどの咆哮を上げる。



 そのやり取りを遠目で見ながら〝皮肉屋〟は「やれやれ、書類整理がはかどりませんなぁ」とマイペースな言葉を呟いたのだった。


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 ミイラ職人ギルドを知っているか?

 え? 『ミイラって何か?』簡単に言えば、乾燥させた死体だな。腐敗が始まるよりも早く適切な処置をすることで、死体が骨になるよりも前にある程度原型を止めて保存することができるんだ。

 俺達みたいに土葬や火葬が普通だと馴染みは無いかもしれないが、東側の……特に砂漠地方では埋葬時にミイラ化する風習が存在するのだよ。理由は地域によって微妙に差異があるが、死んだ後の復活って点は一致しているぜ。

 この前、ミイラ職人ギルドが実際に施術を行う様子も見せてもらったんだが、腐りやすい内臓を取り除いて素早く臓器壷カノプスに収納する手際は見事なもんだったぜ。ああ、コイツはお土産の遺体衛生保全器具エンバーミング・ツールな。

 しかし、ミイラにする過程で脳みそを抜き取るのはダメなんじゃないかと思うんだ。せっかく蘇ったのに、脳みそ無しじゃ困るだろ。



     ―― 砂漠帰りの冒険者、酒場での会話 ――


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