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第26話 戦火の都

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〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟と〝美食家(グルメ)〟の会合と時を同じくして、 黄金宮殿に盗賊ギルドの暴徒たちが襲いかかっていた。

 宮殿の門を守るのは、4体の|動く異形の彫像(リヴィング・スタチュー)である。
 闇夜の中でも黒い輝きを放つ体を動かしながら迎え撃つ。蟻頭が屈強なオークの頭を食いつぶし、巨大な蠍の尾が人間たちを薙ぎ払う。オリハルコン製の刃を持つ巨大な儀仗で戦闘魔獣を串刺しにして、アッという間に屍の山を築いた。

「くそ、炸裂弾を使え!」

 指揮官の1人が指示を出すと、炎の精霊を閉じ込めた手榴弾が一斉に放り投げられる。この手投げ式の爆弾は、元々は攻城兵器であったカタパルトなどで打ち出す魔石弾を、手で投げることができる程度の大きさに改良したものだ。
 生産性と安全性に問題はあるが、その威力は大岩でも余裕で粉砕できる。そんな炸裂弾が数十個も投擲されて、破壊音と爆炎、衝撃を撒き散らす。

「はは、ざまあみろ!」

 もくもくと上がる煙を見ながら、指揮官は会心の笑みを浮かべる。
 だが次の瞬間、部下は悲鳴のような声を上げた。

「だ、ダメです。効いていません!」

「馬鹿な」と呻くような言葉を口にした瞬間、指揮官の体が上下に両断された。
 異形の石像は獅子の足を動かしながら、巨体には似合わぬ俊敏さと気配の無さで、指示を出している者の息の根を止めたのである。

 高度な魔法生物は命令を聞くだけの木偶(でく)ではなく、指揮官を狙うなどの戦術的な行動ができる。
 黄金宮殿の守護者も、その例には漏れない。
 たった4体だが、彼らはまさしく鬼神の如き働きで正門から暴徒が押し寄せるのを防いでいた。

 更に鍛冶職人ギルドから派遣されたドワーフの傭兵達が、黄金宮殿の外壁から重弩弓(ザンバーハ)の矢を雨のように放つ。ドワーフと言えば斧であるが、別に射撃武器が使えないわけではない。
 彼らは正確な射撃で、盗賊ギルドの戦闘員に無慈悲に死をもたらしていた。

 とはいえ、これは陽動部隊である。
 盗賊ギルドの本命は、黄金宮殿の内通者から得た下水道からの強襲であった。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 盗賊騎士団はエルカバラードが燃える様子を遠巻きに見ながら、自分たちはどうするべきかと悩んでいた。

 盗賊ギルドからは、協力して外側から襲いかかるように伝令が来ていた。だが、盗賊騎士団を率いる団長はその伝令を持ってきた使いを監禁して、騎士団には待機を命じている。
 盗賊ギルドからすれば、立派な反逆行為である。

「団長、今からでも遅くはありません。我々も盗賊ギルドに協力して……」
「ダメだ」
「だったら〝蟲の皇子〟か、海賊ギルドに付きましょう。連中だって、こちらの戦力は欲しいはずだ」
「……」

 盗賊騎士団長は昏い瞳で燃える都を眺めながら、15年前の出来事を思い出す。
 彼が仕えていた西の小国クローヴェは、大国の援助がなければ立ちいかないほど貧しい国だった。援助には、当然ながら見返りが必要だ。
 小国の王は陣頭に立ち、配下の騎士を率いて、異国で戦う事となる。
 激戦が予想される戦場にて、付き従う者の多くは家族との別れを済ませた。
 貧困に喘ぐ民を救う為、そんな大義名分を掲げて、彼らは砂漠の地に赴き……、そこで目にしたのは生き物の獣としての本性であった。

 子供を串刺しにして血に酔い、女を犯しながら殺す者。
 溜め込んだ金銭を略奪し、長い歴史ある建造物を破壊する者。
 正義を歌いながら彼らは地獄の使者として、エルカバラードを徹底的に辱めた。そして、エルカバラードを守るべき帝国の兵士たちは我先に逃げ出して、戦えぬ者を残して去っていく。

 砂漠の大地は血で染まり、家々は廃墟と化す。
 血と殺戮に酔う者たちは制止の言葉など届かない。

 ――陛下、我々が何かをする必要はありません。目を瞑り、耳を塞ぎましょう。仕方ないことなのです。我々にできることは何もないのです。

 まだ騎士だった彼は、怒りに震える小国の王に進言する。

 ――ここで我らが同盟国の人間を攻撃すれば、我が祖国はどうなります?

 正論であり、言い訳であった。
 目の前で地獄の宴を繰り広げているものたちを嫌悪しながらも、自分は臆病者ではないという免罪符が欲しかったのだ。

 ――確かに、我が祖国は守らねばならん。それが王としての勤めだ。だが、騎士としての勤めはどうなる? 『騎士は弱き者を助ける』と、暴力を正当化する為に後付けされたものにすぎぬ物であるが、それでも間違ってはいない。
 ――彼らは、我が国の者ではありません。
 ――だから見捨てて良い理由にはならんよ。お前たちには迷惑をかけるが、それでもオレを主人に選んだ不運を呪ってくれ。

 小国の王は、自分を斬るように言った。
 王殺しの騎士となり、目の前の暴挙を止めろと命じる。

 ――勝手な方だ。
 ――すまんな。愚痴ならば冥府でいくらでも聞こう。

 それが最後の会話。騎士は王の望みを叶えた。
 王殺し、卑劣な裏切り者として、エルカバラードの民のために戦い、今では盗賊騎士団の長である。

 真相を知るのは、盗賊騎士団の初期メンバーと騎士団長が密かに連絡を取った一部の王族だけである。一般的には、小国の王が虐殺を命じ、義憤に駆られた騎士団が王を殺したということになっている。
 西の国々は王殺しの騎士団を憎悪したが、残された王族はこの事件を上手く利用した。部下に裏切られて殺された悲劇の王として、うまい具合に祭り上げることで、より多くの援助を集めることに成功している。

(あの時の判断が正しかったのか、それとも間違っていたのか)

 滅びた砂塵の都は、悪徳の都市として再生した。
 それが、彼の王が望んだ姿なのかはわからない。無慈悲な狼を殺して、狡猾な蛇を守っただけではないかとさえ思う。

「都市から逃げてくる者は保護してやれ。だが、俺達が都市に踏み込んで暴れることは許さん」
「……わかりました」

 説得を諦めた副官――盗賊ギルドから送り込まれてきた人間は足早に去っていく。それと入れ替わるようにして、別の者が天幕に入ってきた。

「〝蟲の皇子〟から使いが来ました。書状を持ってきております」
「見せてみろ」

 配下から書状を受取る。
 おそらく、自分たちに味方しろという内容だろうと思いながら、中身を確認する。

「ッ」

 書状に目を通した瞬間。
 盗賊騎士団長の顔色が変わった。書状には2つの単語が書かれている。

 動くな、真相。

 理由を知らぬ者からみれば意味不明な言葉だが、真実を知る者からみれば、脅しの言葉であった。もしも攻め込めば、真相を暴露する。
 どのような手段なのかはわからないし、信憑性があるかどうかも不明であるが、少なくとも十分な効果はあった。

「この内容を見た者は?」
「団長だけです」
「わかった。下がれ」

 誰もいなくなったのを見て、盗賊騎士団長は書状を焼き捨てると苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

「ふん、言われなくとも元々動くつもりはない」

 そう口にしたが、送り主に対して興味が湧いた。
 エルカバラードの内部事情に干渉するつもりなど無いが、クローヴェの真実を知るとなれば話は別である。

(〝蟲の皇子〟……、この騒動の後で生きていたら、会う必要があるな)

 場合によっては、殺す必要がある。
 あるいは逆に、守らなければならない。

(陛下、貴方に仕えることになったのは、本当に不運でしたよ)

 冥府に行ったら、山ほど文句を言わなくてはならない。
 盗賊騎士団長はそんなことを思いながら「待機しろ」と厳命を下す。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 奴隷商人ギルド本部。
 盗賊ギルドは〝蟲の皇子〟の勢力と戦う傍らで、奴隷商人ギルドの商品にも手を出していた。

「〝蟲の皇子〟と盗賊ギルドが潰し合ってくれるのは、我々にとっては好都合だが、ここの安全なんだろうね?」
「ああ、盗賊ギルドの幹部連中とは話がついている。下っ端は少々被害をうけるかもしれんがな」
「それよりも、海賊ギルドはどうなっている? 連中の強襲部隊が動いていないのか? 我々にとっては、そちらの方が重要だ」

 円卓を囲みながら、奴隷商人ギルドの幹部たちがヒソヒソと会話を交わす。

「皆様、実は非常に重要な案件が1つあります」

 席を立って発言したのは、この中では一番若く、席次も下位の青年であった。

「君は確か……ルーミア君だったね」
「確か先日の奴隷オークションを担当していたようだが、商品に逃げられる失態があったと聞いているよ」
「まあまあ、最終的には演出ということで上手く収めたらしいじゃないか」

 濡羽色の髪を持つ美青年は深く一礼して、「非常に重要な件です」ともう一度同じ言葉を言った。

「いったい、何だね?」
「奴隷商人ギルドの新人事に関する件です」
「いったい、何の話だ?」

 幹部の1人が疑問を口にした瞬間、扉が蹴破られた。
 入ってきたのは、武器を手にしたエルフやゴブリン、オークの集団である。
 全員、砂漠の民族衣装には返り血が付いており、激しい戦闘の後であるというのがわかる。

「き、貴様らいったい!」
「馬鹿な、海賊ギルドに動きはないぞ……」
「る、ルーミアくん、どういうことだ! 説明したまえ!」

 奴隷商人ギルドの幹部たちは激しく動揺しながらも、この自体を招いたであろう若手幹部を問いただす。

「彼らは闘技場の上級剣闘士です。私が手引しました」
「と、闘技場の支配人ムラードとは不可侵条約を結んでいるはずだ」
「はい、おっしゃる通りです。ですので、私が契約書を処分しておきました。確かに強力な魔術で括られておりましたが、奴隷商人ギルドには契約に関する様々な品物があるのをお忘れでしたか?」

 奴隷の売り買いを行う以上、以前の契約を解除する道具、契約解除を専門とする魔法使いなどの数も少なくない。

「まさか、貴様1人で……」
「いえいえ、1人ではありません」

 ルーミアの言葉が正しいことを示すように、円卓に座り沈黙を守っていた幹部の何人かが立ち上がり、青年の方に移動した。その中には、契約に関する巻物を扱っている幹部の姿も存在する。

「新人事の件に関することですが、今後は我々と、今は外で商売を行っているエクノヴァール殿を含めた8人で運営していこうと思います。残りの方々には、余生を退屈されないように奴隷としての人生を提供させていただきます。私からのせめてもの気持ちとして、どうかお受け取り下さい。また皆様の家財に関しては没収後、今回の騒動で被害にあったギルド会員に回しますので、ご了承下さい」

 美青年は濡羽色の髪を揺らしながら事務的な口調で説明した後、丁寧な仕草で一礼する。返ってくるのは罵詈雑言と恨みに満ちた視線だが、奴隷商人にとっては日常の光景である。
 僅かな抵抗はあったが、それも瞬く間に制圧された。

 新しい奴隷商人ギルドの幹部たちが円卓の席に座りなおすと、オークの1人―― 以前に闘技場でペルセネアに救われた者であり、今では彼女の下僕として、間接的にイヴァの指揮下に入っている――が、片言のバラミア語で問う。

「自分ハ〝蟲の皇子〟の使イ。ツペルナトム王の航海図ハ押さえてイル?」
「ええ、もちろん」
「聞いてイルかもしれナイが、今回の騒動、終わっタ後で皇子に渡セ。オ願い」
「了解しました。ところで、貴方たちはこれからどうされるのですか?」

 奴隷商人ギルドの新たな支配者となった青年の言葉に、オークは短く返答する。

「反撃、ダ」


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「戦況は?」

 盗賊ギルドの幹部、頭(かしら)と呼ばれる男の問いに配下達は次々と返事をする。
 水晶球に映し出された映像の数々、自動的に現在の状況を書き続ける羽根ペン、音声を伝える一対の人形など、魔術的な通信技術は様々な発展を遂げている。これらの品々には、通信距離や時間制限、盗聴などの問題も多々存在しているのだが、それでも便利であるのは確かだ。

「黄金宮殿の攻撃は予定通り、陽動部隊が敵を正面に引きつけています。被害は少々大きいですが、内通者からの連絡によれば地下水道からの警備は無いも同然だそうです。もうすぐ〝|喉裂き魔(カットスロート)〟の部隊がひっくり返してくれるでしょう」
「海賊ギルドとは小競り合い程度で、本格的な戦闘にはなっていません。現場からの報告によれば、連中は明らかに戦いを避けています」
「奴隷商人ギルドの本部で騒ぎがあったようです。こちらと繋がりのある商人との連絡が取れません。先程、3チームほど向かわせました」

 赤々と燃え上がる悪徳の都を眺めながら、頭は舌で軽く唇を舐めた。
 今のところ、ある程度は予想通りに進んでいる。

(だからこそ、嫌な気分になってんだよな)

 物事は思い通りにならないのが、エルカバラードである。
 予想の範囲内に収まっている時点で、何かしらの落とし穴に嵌りかけている可能性が高い。

「〝美食家〟を監視している連中からの連絡は?」

〝蟲の皇子〟と〝美食家〟の会合に多くの人手は割けない。だが、数人の監視程度ならば付けている。

「まだ何も……、こちらから連絡を入れますか?」
「いや、余計な動きをすれば監視者の存在が見破られるかもしれん。今しばらく、様子を見よう」
「頭(かしら)、盗賊騎士団の連中は動きません。どうしますか?」
「チッ、あの野郎……、もう一度連絡しろ! 海賊ギルドと本格的な戦闘になった場合、連中の戦力は必要だ。団長がダメなら、出向組だけでも帰還させろ。最優先だ!」

〝蟲の皇子〟との小競り合いは、エルカバラードを牛耳る前哨戦に過ぎない。その後、海賊ギルドとの戦いがある。
 あまり手こずっていられないと考えた矢先、朗報が飛び込んできた。

「頭(かしら)! 監視者たちから〝蟲の皇子〟の件は片付いたと連絡がありました」
「良し! 心配事が一つ消えたな。〝美食家〟にこっちの応援に来るように伝えろ」
「了解です」

 朗報に気分を良くした彼に、突如現れた声が冷水を浴びせる。

「罠です」

 そう言ったのは、全身を隠すフードと不気味な仮面をつけた魔法使いである。

「……なんだと?」
「今の報告、偽情報(フォールス・インフォメーション)の魔法と似たような魔力の流れを感じました」
「待てよ。その手の魔法は確か、賢者(セージ)以上の実力者じゃなければ使えないはずだ。〝蟲の皇子〟や女蛮族には不可能だぜ」

 頭(かしら)は魔法を使うことはできないが、だからこそ、その手の知識は溜め込んでいる。相手の手札を知るのは、勝利への第一歩である。
 だからこそ、魔法使いは可能性を提示する。

「〝美食家〟殿なら可能ではありませんか?」
「……裏切ったって言いたいのか?」
「私は情報を渡し、必要なら力を貸すだけです。何をどのように判断をするのかは、貴方の役割です」

 仮面の魔法使いは楽しむような口調で告げる。
 穿った見方をするならば、仮面の魔法使いこそが裏切り者であり、頭(かしら)達の注意を〝美食家〟に反らそうとしているとも考えられる。もちろん頭(かしら)は、何もかも疑うような妄想症(パラノイア)ではない。

「お前ら、ギルド本部に戻るぞ」
「か、頭(かしら)、良いんですか!?」
「最悪の事態を考えた。今ならまだ、止められる」

 そう言って、仮面の魔法使いを見る。

「もしも、俺が踊らされたマヌケなら……わかっているな?」

 底冷えするような殺意を宿した瞳に見つめられながら、魔法使いは「その時は、どうぞご随意に」と慇懃無礼な礼をする。
 頭(かしら)は配下を引き連れて、急ぎ闇夜を疾走する。
 向かう先は盗賊ギルド本部――〝ギルド・マスター〟がいる場所であった。



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〝ギルド・マスター〟
 6年前の内部抗争に勝利して実権を握った人物であるが、氏名不詳・年齢不詳・性別不明であり、幹部以外は素性を知らない。
 不治の病に冒されており盗賊ギルドの「秘密の間」で治療中、あるいは暗殺者を警戒してギルドの下級会員の中に紛れこんでいる、もしくはすでに死んでいて亡霊としてエルカバラードを彷徨っているなど、無責任な噂が溢れかえっている。
〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟イヴァを領主に推挙した1人であると同時に、彼を暗殺しようと刺客を送り続けていた1人でもあり、行動の矛盾から複数人のギルド・マスターがいるのではないかとも囁かれている。
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