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第13話 戦後処理

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 翡翠解放団を壊滅させた後、イヴァは配下の蟲に命じる。

「死体や馬、駱駝、装備品、天幕内にある食糧、工具、家財道具とか、とりあえず翡翠解放団の所持していた物は全部徴収するよ」

 大した値段にはならないだろうが、砂賊(砂漠に住む盗賊のこと)にくれてやるよりは良い。

「キリィ、全部終わるまで、だいたいどれくらいの時間がかかる?」
「この数でしたらぁ、明日の朝にまでは終わりますよぉ」

 イヴァの密偵はひざまずきながら答える。

 キリィ。
 少年のようなほっそりとした体つきで、年頃は15前後、肌の色は白く、瞳は薄紫色、暗い金色の髪を左右2つに結んでいる。この特徴からいって、イオルコス人とノルディア人の混血(ハーフ)であろうと推測される。
 顔立ちはあどけない感じであり、年齢よりも幼く見えるのだが、イヴァを見る瞳には欲情した女の輝きが浮かんでいる。

「それじゃあ、今日は此処に泊まることになるのか~。本当は日帰りにしたかったんだけど、まあいいや、少し予定をずらそう。ああそうだ。言うのが遅れてごめんね。キリィ、任務ご苦労様。とりあえず、君が現地で調達した人たちの資料は読んだけど、後で直接面談するね」

 ダークエルフの少年はそう言って、大砂蟲の体内に入っていく。
 ピンク色の肉壁を奥に進むと、いつの間にかペルセネアが隣を歩いている。

「ご主人様、例の妖術師と暗殺者は仕掛けてこなかったな」
「これだけ隙を出して、手を出さなかったということは、ボクらが大根役者なのか、あるいは本当に動きを把握していなかったのかもね」

 翡翠解放団を壊滅させるという情報までならば掴んでいたかもしれないが、潜伏場所までは知らなかったのだろう。

「まあ、念のために護衛は続けるが、かまわないか?」
「もちろん」

 そんな会話をしていると、目的地にまでたどり着いた。
 ダークエルフの少年が向かったのは、触手と肉で作られた牢屋である。そこには、翡翠解放団の面々がずらりと一列に並んでいる。

 翡翠解放団340名の内、捕虜は団長ゲイルなどの幹部を含めて262名、戦死者は52名。残り26名は、キリィを含めた裏切り者だ。
 262名の捕虜の内、男173名、女89名であり、彼らの傷はイヴァの蟲により、ほとんどすべてが治療されている。

「それにしても53人もの女性が素っ裸で一列に並んでいる光景は、中々見られないよね。エルカバラードの競りでも30人がいいところだもの」

 イヴァは赤い瞳に、女の裸体を映しながらそんなことを口にした。
 今の彼女たちは言葉通り、衣服を全て剥ぎ取られた状態で並べられている。両手両足は肉壁に埋め込まれており、抵抗することができない状態のまま、体のすべてを相手に見せている。文句を言おうにも丸いリング状の口枷を嵌められており、意味不明な泣き声と涎しか出てこない。
 怒りに顔を赤くする者もいれば、青く染めている者もいる。ダークエルフの少年とアマゾネスの奴隷戦士には突き刺さるような視線の数々が襲いかかるが、彼らはまったく気にしない。
 ちなみにこの場にいない36名は容姿で落第している。今此処に並べられているのは、イヴァの美観に沿った者たちだけである。

「それでご主人様、この者たちは高く売れるのか?」
「処女なら20万程度にはなるかな。非処女でもこの容姿なら最低8万程度」
「ちょっと待て、たしか殲滅した場合の報酬が180万だったから……」
「全員非処女でも424万、此処にいる女性だけでも奴隷商人ギルドが提示した報酬の2倍以上だね。まあ、殲滅より生け捕りのほうが難しいし、売る際には手数料を支払わなきゃいけない。それにすぐ売れるかわからない点を考慮に入れると、別に奴隷商人ギルドが悪いわけでもないだろうけどね」

 イヴァはそうフォローしながらも、自分たちにとっては奴隷を売買した方が得であると考えている。

「残りの女と男の方も最低3万程度で売れると思うから、単純計算で627万、合計で1,051万だけど、250万程度は奴隷売買の必要経費で吹き飛ぶし、それ以外にも1万程度は何かしらでなくなると考えておいてね」
「つまり最終的な利益は800万ということか、2000万まで、残り1200万だな」
「そういうこと。あくまで最低価格だから、どっかの馬鹿な金持ちが大枚はたいてくれたら、もっと稼げるよ……って、ペルセネアはなんでそんな目でボクを見るの?」
「いや別に」

 ペルセネアはそう言って、どっかの馬鹿な金持ちから視線をそらした。

「まあ少しでも高く売れるように、コイツを使うよ」

 蟲使いは懐からダイヤモンドが散りばめられた宝石箱を取り出す。蓋を開くと その中には、カブトムシの幼虫に似た白い芋虫が蠢いていた。ヌメッとした体液を分泌しており、見ているだけで鳥肌が立つ不気味さだ。
 だが、アマゾネスの奴隷戦士は気にすることなく問う。

「その蟲は?」
「西の国々を超えて、大海を渡った先にある砕け散った大陸にいる蟲だよ。正式名は『ンシャ・グリシェネ・デ・ネーバ』っていうらしいけど、ボクは悶艶蟲(ビッチメーカー)って呼んでいる」
「ふむ、名前からだいたい想像できるが、特性を教えてくれるか?」
「こいつの体液を浴びるとその部分の性感がむき出しになって、どんな下手くその愛撫でも悶えるようになる」

 イヴァは悶艶蟲をつまみ出す。その瞬間、蟲は身を守るために大量の体液を噴出する。

「もちろんボクには耐性があるけど、普通の人間ならこれだけで一日中発情期の犬みたいになる。今度、ペルセネアにも試してあげるね」
「光栄だが、一日しか持たないのでは売った後で怒られないか?」
「こうすれば大丈夫だよ」

 イヴァは背を伸ばして、近くにいた女の口の中に悶艶蟲を入れる。
 丸いリング状の口枷の所為で口を閉じることなどできるはずもなく、女は必死に吐き出そうと「ウゴ、ウゴォオオオオ!!!」と凄まじい咆哮を上げて、舌と喉を動かす。
 だがイヴァが、「えい」と無造作に体に触れた瞬間、女は雷撃に打たれたかのように身体を痙攣させると、白目をむいて失禁する。

「悶艶蟲は体内に入ると、死ぬまでの数日間は、さっき出した何倍もの体液を噴き出すんだ。その頃には、娼婦も真っ青な淫売が誕生しているよ」
「それだけ刺激が激しいと廃人になりそうだが、大丈夫なのか?」
「うん。キリィを見たでしょ? だいたいが彼女みたいになる。副作用で老化現象も予防できるから老後の心配もしないでいいしね」

 ようするに快楽のためならばなんでもする性格破綻者が誕生するのだが、本人的には幸せであるかもしれない。もちろん周囲の迷惑を考えると、笑って済ませるわけにはいかないことである。

「この宝石箱の中に300匹ほどいるから、効果が弱そうな娘には3匹くらい飲ませてもいいかもしれないね。どうなるのか、少し見てみたいと思わない?」
「壊さないでくれよ。ご主人様」

 ペルセネアは一応釘を刺す。
 未だに断続的に痙攣している女の隣にいる者は、次は自分の番であると悟って必死に拒もうとする。だが、アマゾネスの奴隷戦士は主人が命令を出す前に、女の体を押さえた。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翡翠解放団副長レイナ。
 蜂蜜色の柔らかな髪と処女雪のような白肌、南国の海のような碧い瞳、エルフという種族が美形であるという点を差し引いても、彼女は人目を引く美しさがある。シティ・エルフと呼ばれる街育ちのエルフ種であり、彼女は幼い頃から人間と同じように生活していた。西側は基本的に人間種の方が多く、人間以外の種族に対しては若干の差別はあったが、許容範囲内のものである。
 100年程度は平穏な日々を送り、住んでいた都市が戦争で焼かれた後、奴隷商人に売られて、貴族の奴隷として90年ほどを過ごした。
 そしてゲイルに助け出された後、5年間を革命軍の一員として戦っている。

「げ、ゲイル……」

 レイナは恋人の名前を呼び、目を覚ます。
 そこで身体の自由が奪われている事に気がつく。周囲は肉と触手で作られたような醜悪な牢屋であり、彼女以外の虜囚の姿はない。
 ただし、看守ならばいた。

「ようやく目が覚めたみたいだね。キリィの薬が少し効きすぎたのかもしれない」
「お前は? ここは何処?」
「ボクはイヴァ。エルカバラードの領主で〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟イヴァ=ラットハートラートって言えばわかるかな?」

 その自己紹介を聞き、レイナは首を縦に振る。
 エルカバラードの名前ばかりの領主であるという話を聞いている。

「君とは少し話がしたかったからね。口枷は外しておいたけど、第10階位(ロー・マスター)よりも下の魔法を封じる枷を着けさせてもらっているから、魔法の詠唱はしないほうがいい」
「服を着せなさいよ。このエロ餓鬼」
「200年程度しか生きていない小娘に、餓鬼呼ばわりされるのは心外だけど、まあ、こんな姿じゃ仕方がないか」

 ダークエルフの少年?はクスクスと無邪気に嗤う。

「安心しなよ。別に君を犯したりはしない。同族嫌悪ってやつなのかな? ボクにとってエルフ種の女はあんまり魅力的に映らないんだ。人間の男に入れあげている君ならわかってもらえるんじゃないかな?」
「お前の肉欲と、私達の愛を同列に語るな!」
「それは後で試させてもらうよ。さて、本題に入ろうか。スレヴェニアのことだよ。翡翠解放団は奴隷商人の交易ルートを攻撃する以外にも、何か命令を受けているんじゃない?」
「何も知らない。仮に知っていたとしても、お前に言うはずもない」

 レイナは吐き捨てるように言った。

「言わないなら、君の恋人ゲイル君の安全は保証できないけど、それでもいい?」
「……ほ、本当に何も知らない。嘘だと思うなら、魔法でもなんでも使って調べればいい」

 イヴァは心の動きを読み取る魔法を使えるが、第14階位(チャレンジャー)以上の術者であれば簡単に煙に巻くことができる程度の精度なので、尋問の時にはそれほど重視していない。

「じゃあ、心当たりのある人物は?」
「他の幹部なら、何か知っているはずよ。そうだ、みんなは……、ゲイルは無事なんでしょうね!」

 エルフの叫び声を無視して、イヴァは心の中で考える。

(そう言えば、彼女はまだキリィを味方だと思いこんでいるのかな? だとしたら、それを利用させてもらおうかな)

 イヴァは何も言わずに、レイナを閉じ込めている肉の牢屋から出ていく。
 部屋の外にはペルセネアが待機しており、ダークエルフの少年の耳と鼻に悶艶蟲を飲み込んだ女たちの嬌声と発情した臭いが襲いかかる。健康な若者であれば、つられて欲情しそうな肉林であるが、イヴァは表情を変えることなくキリィのもとに歩みを進める。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「で、キリィが『何とか抜け出してきました。スレヴェニアに急いで戻り、救援を呼ぼうと思いますが、何か言伝はありますか?』って言ったら、レイナさんは『鍛冶職人ギルドが内応する件は了解が取れております。領主会議に合わせて、外と内からエルカバラードを攻略した時に、我々の救助もお願いすると、革命政府代表の1人、ニコラストール将軍に伝えて』と言いましたよぉ。後はゲイルさんのこととか色々聞いてきましたが、信じて大丈夫ですかね?」

 女盗賊は発情した猫のように身をすり寄せながら、イヴァに事の次第を報告する。主人である彼は「黄金宮殿に戻ったら、たっぷり可愛がってあげるからね」と言って、キリィを引き離す。

(スレヴェニアも領主会議の時期に何かを仕掛けるとは思ったけど、国内がまだ安定していない時期に軍隊を派遣してくるつもりなのかな? うーん、普通はもう少し落ち着くまで待つだろうけど、革命政府の行動は予測ができないからなぁ~。ニコラストール将軍って、どんな人だろう? いや、それよりも鍛冶職人ギルドがスレヴェニアの支配を容認するとは思えない。多分、一部の勢力なんだろうけど、見つけるのには手間がかかりそうだ)

 ダークエルフの少年は色々考えながら、ようやく男の捕虜を閉じ込めている肉牢に足を運んだ。
 男の方も衣服をすべて奪っているのだが、こちらは首から下までが砂虫の肉に埋まっており、頭と両手首だけが外に出ている状態だ。彼らには、悶艶蟲を食べさせる必要はないので、馬が加える棒のような口枷を嵌めさせている。ついでに視界も奪い、今がどういう状況であるかわからないようにしている。

 男女ともに働き蜂のような蟲が栄養のある液体を注射しているので、餓死したり水不足になることはない。だが、精神的な圧力はかなりのものであろう。長くこの状態が続けば、精神に異常をきたすのは避けられない。
 そうなれば売り物としての価値が下がるので、イヴァとしては数日内に、彼らを肉牢から解放するつもりである。

「君がゲイルくんかな?」

 イヴァの言葉に翡翠解放団の長であり、レイナの恋人である男は首を縦に振る。ダークエルフの少年は目隠しと口枷を外すと、ゲイルの憎悪に燃える視線を受け止める。ゲイルの顎に負担がかかりすぎており、しばらくまともな言葉が出てこなかったが、何とか話せる程度に回復したのを見ると、イヴァは自己紹介を行い、先程手に入れた情報の真偽を問う。

「……以上、キリィがレイナから聞いた情報なんだけど、間違いないかな?」
「貴様のような、人を人とも思わない輩に答えることは何もない」
「君たちの主義主張は知っているよ。自由、平等、解放、正義、抑圧された人間にはどれも素敵に聞こえる言葉だろうけど、それをダシにして喧嘩を売ってくるのは感心しないな」

〝蟲の皇子〟は蠱惑的な笑みを浮かべると、翡翠解放団の長に諭すように語る。

「君たちは自分たちの主義主張を押し付けようとして暴力という手段を使い、暴力により敗北した。これが事実で、それ以上でもそれ以下でもない。勝敗がついた後で、感情のままに逆らうのは利口とはいえないよ。逆転の機会をうかがうなら、冷たく慎重に行うべきだ」
「くそ、今月の終わりには! 立場は逆転しているぞ」
「つまり、スレヴェニアが攻めてくるのは本当なんだね。なるほど、なるほど」

 イヴァは悪魔のように囁く。

「ゲイルくん、取引しよう」
「取引だと?」
「鍛冶職人ギルドの内応は期待できない。また、帝国軍が領主会議の時期を狙い、軍事行動を起こそうとしている。ゆえにこの時期にエルカバラードに攻め込んでも勝算はゼロに近く、休戦状態である帝国との全面戦争を誘発する恐れが高い。作戦の一時中断を求める……っと、こんなものかな」

 即興で考えたシナリオを聞き、ゲイルは眉をひそめる。

「何の話だ?」
「君はこの情報を持ち帰り、スレヴェニアに動揺を与えて欲しい。どうせ進攻してくるだろうけど、内応する鍛冶職人ギルドの動きが騒がしくなるから尻尾を掴めるはずだ。そうだ! 翡翠解放団が壊滅したのは、帝国の所為ということにしよう」
「なんで俺が、そんな情報を持ち帰らなきゃならない!」

 怒鳴るゲイルに対して、イヴァは涼しい顔で言う。

「君と恋人であるレイナさんの自由と引き換えじゃ不足かな?」
「な、なんだと?」
「嫌なら2人とも奴隷として売り飛ばす。たぶん、2度と会えない」

 理不尽な選択を迫られて、ゲイルの顔は青く染まる。
 信義や忠誠心、革命の思いと最愛の恋人が天秤にかけられる。

「さあ早く決めなよ。翡翠解放団の団長さん」
「スレヴェニアを裏切ることはできない。だが、レイナも絶対に取り戻す!」

 その言葉を聞き、イヴァはお腹を抱えて笑った。
 ひとしきり笑った後、目から浮かんだ涙を拭いて、「頑張ってね」と言って、背を向ける。口を開くことなく彫像のように立っていたペルセネアが、青年に目隠しと口枷を嵌めると、イヴァの方に駆け寄る。

「ご主人様、良いのか?」
「良くはない。だけど、男を言うこと聞くように調教する趣味はないからね。仕方がない、鍛冶職人ギルドに関しては別の手を考えるさ」
「そうか」

 そこで、イヴァは思い出した様に言う。

「そうだ。取引に使う必要もなくなったから、あのエルフにも悶艶蟲を食べさせなきゃね。せっかくだから3匹いや、5匹食べさせようか」
「ご主人様は鬼畜だな」
「なに、笑わせてくれたお礼だよ」

 2人はレイナのいる肉牢に再び向かった。



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 エルカバラードの正門から北西に真っ直ぐ進むと、巨大な市場にたどり着く。
 新鮮な動物の肉、様々な香辛料、色とりどりの毛皮、真鍮製の調理器具、甘い匂いのする果物が所狭しと並んでおり、様々な種族の商人が客引きをしている。
 その中心に位置するのが、奴隷市場。
 一日で何百人もの人命が取引される場所である。

       ―― 悪徳の都エルカバラード ――

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