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第21話
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もしも直前の回避が一瞬でも遅ければ、デーモン・ロードの剣が俺の首を切り落として、槍が胸を突き刺して、斧が体を上下に両断していたに違いない。そうなれば、再生能力に秀でるトロールであっても、生き延びることはできない。
致命傷だ。
そして、ゴミのように捨てられていたに違いない。
エドネアの体力はまだ回復しておらず、俺の死は、彼女の死も意味している。
「いやいや、エドネアさんは死んだだけでは終わりませんよ。たぶん、陵辱の限りを尽くされて、魂も壊れるほどに汚されて、時間という概念の存在しない空間で、永劫に終わらぬ地獄を味合わされることになります。誰の助けも来ない、救いもない、正真正銘の地獄ですね。グロムさんは宣言通りに飢餓地獄で飢え続けることになるはずです」
ご丁寧に、イリスが解説してくれる。
ふむ、やはり悪魔というやつは性格悪いな。
「別に助言じゃありませんからねぇ。けど、やる気は出てきたんじゃないですか?」
「ふん、元から殺(や)る気は十分だ」
一方、必殺の一撃を回避されたルベルは追撃することなく、自分の攻撃が回避されたのに驚いたように後退する。
「ありえぬ。トロール風情に、回避できるはずが……、イリス! 貴様の仕業か!?」
「いえいえ、話聞いていました? というより、あなたもデーモン・ロードの端くれなら、助力があったか、否か、理解できるでしょうよ。それともわたしがいない間にデーモン・ロードの称号は安っぽくなっちゃったんですかねぇ?」
「ならば、ならば、ならば、如何にして我が渾身の一撃を回避した? 如何にして、次元を切断する魔剣の一振りを、因果を貫く魔槍の一突きを、運命を滅する魔斧の一薙ぎから逃れた?」
???
何を言っているんだ、こいつは?
たしかに見事な攻撃だったが、そこまで御大層なものではなかっただろう。
「いえいえ、嘘は言っていませんよぉ。でもグロムさんが説明するのは無理だと思いますねぇ。何しろ、本人も気づいていないんですから」
「ぬぅうう!!!」
ルベルは全身を赤く染めて、再び猛攻を再開する。
再び、死闘の火蓋が切って落とされた。
俺を押しつぶすように迫りくるデーモン・ロードに対して、俺は苦戦を強いられた。
ルベルの攻撃は重く、速く、鋭い、いずれもが必殺の一撃であり、あっという間に防戦一方となる。
戦いは長時間に及び、限界を超えて動き続けた結果、全身の筋肉は悲鳴を上げて、汗が滝のように吹き出している。戦いですり減っていく肉体的、精神的な疲れは、確実に俺の体を蝕んでいく。対してルベルは肉体的な疲労とは無縁の存在だ。
にもかかわらず、奴の表情が次第に曇っていく。
「えええい! トロール風情が、手こずらせるなぁ!!」
格下の相手が粘り続けていることに対して、ルベルは怒気を爆発させる。
それはこちらの油断を誘うための罠か、あるいは真実、怒りに身を任せて激高したのか? 前者であれば仕掛けるのは不味いが、後者であれば好機だ。
逆転するかもしれないという誘惑は甘美であったが、俺は乗らない。
ルベルの実力を評価してのことでもあるし、仮に罠でなかったとしても一撃で仕留めるのは難しい。いつもならば力で押し切るのだが、それが無理な相手であることは、さすがの俺も理解している。
勝利するには、確実に相手の動きを掴み、体力を削るべきだろう。いや、デーモンの場合は体力ではなく、存在力だろうか? うーむ、根本からして別の存在相手だと、どのように表現するべきか迷うが、まあそんなことは今はどうでもいいか。
「がぁあああああ!!!」
要塞都市全体を震わせるほどの大音声。
ジュぅうっと音を立てながら、ルベルは全身から熱を発する。
挑発に乗ってこないので、さらに頭に血が上ったのだろう。
わかる。
俺もルベルの立場なら絶対に頭にきている。
だが、全身から熱を出したことで冷静さを取り戻したらしいデーモン・ロードは、今度は俺のことをじっくりと観察する。その姿は、うるさい小蝿程度にしか感じていなかった存在が、実は毒蜂だったと知った時の俺の顔によく似ている。
「まさか……、その武器は何だ? トロール風情が、何故そのような武器を手にしている」
改めて俺の姿を見たデーモン・ロードは、怒りと焦り、困惑の混じった声音で問う。
別に答えてやる義理はないのだが、ルベルを倒すための糸口になるかもしれない。逆にこちらの致命傷になる可能性もあるが……、ええい、何も言わなくても不利なのは変わりない!
「ドワーフ王の財宝だ。『王殺し』という名前で、確か製作者は・・・・・・『なんとかを呼ぶ者』ドギンとかいう名前だったな」
俺はルベルの問いかけに答える。
それを聞くと、デーモン・ロードは焔が燃え上がるように笑う。
それは今までのような嘲りではなく、純粋な面白さを感じた時の笑い声に感じた。
「『終末を呼ぶ者』ドギン。ドワーフの異端者にして、滅びの領域に手を染めた鍛冶職人。得心がいった。トロール、いや戦士グロムよ。貴様の持つ『王殺し』は、その名の通り、王たる存在を殺すために、ドワーフの鍛冶師が異界の神々に魂を捧げて、異なるこの世界や展開魔界とも違う別の領域にて鍛えたものだ。その強制力は高く、王に属する者に対して致命的な毒となる。むろん、我らのような異界の王も対象となっておる」
デーモン・ロードは楽しそうに語り始める。
自分を滅ぼせる武器を手にした存在を前に、獰猛に口の端を歪めた。
「さらにだ。我の振るう権能の多くも、その武器を持つ貴様には効力を失う。それは王にとっての天敵なのだ。貴様らのような定命の者でも、使い手次第では我を殺すことは叶うだろう。そして、戦士グロムよ。今までの攻防で死んでおらぬということは、貴様は並の使い手ではないということだ」
「……」
「フハハハ、我は今、王としての資質を試されているのだ! 貴様のような戦士が、我を殺す武器を持ち、我が前に現れた。それを退ければ、我こそが真実、悪魔の大君主であると認められるだろう。おお、邪神ハルヴァー、どうかご照覧あれ! 今こそ、我が貴女の第一の矛となるでしょう!」
天を仰ぎ宣誓すると、デーモン・ロードは目にも止まらぬ速度で魔剣、魔槍、魔斧を振るう。それは俺を明確な敵として排除しようとする、意思を持った吹き荒れる嵐のようであった。
「――我が身よ。紅蓮となれ! 大地よ、我が領域となれ、飢えと渇きの世界よ!」
武器だけではない、奴は攻撃しながら呪文を唱えて、自らの肉体に強化魔法が付与させると同時に、戦場自体を自分の得意な地形に変化させ始める。赤い炎が地割れから吹き出て、鋭い棘が隆起し始める。
まるで地獄が具現化されたかのような光景だ!
「本気を出してくれるのか!」
ルベルが俺を全力を出すに値する相手だと認めたことに対する歓喜の咆哮を上げながら、決死の反撃を行う。変化した戦場の地形に即応して、渾身の一撃を叩き込む。
「ぬるいわぁ!」
その程度など効かぬと、ルベルは怒声を上げ、俺を吹き飛ばす。
その一撃に吹き飛ばされて、蛇のような炎が体中にまとわりつく。とどめを刺そうと、ルベルが迫るが、瀕死の重傷から不死鳥のように復活したエドネアが間に入る。
代償は、デーモン・ロードの怒りの一撃だ。
「王殺し」の加護は、どの程度のものなのか? 俺だけか、あるいはエドネアも含まれるのか? 最悪の場合、エドネアはバラ肉となって、周囲に飛び散るだろう。
「大丈夫だ。私が守りに入る。お前が攻めろ」
無傷とはいわないが、即死するほどのダメージでもない。
「王殺し」の加護は、エドネアにも有効だったようだ。あるいは、ルベル自身の力を弱めているのだろうか? 正確な答えはわからないが、一筋の勝機が見えてきた。
「邪魔するなぁ! 女ぁ、我とこやつの決闘であるぞぉ!」
「ルベル、貴様こそ勘違いするなよ。これは俺たちトロールの報復だ。集落を襲った報いを受けろぉ!」
ルベルの怒声に、俺も怒号で返す。
最初から最後まで、互いの主張は平行線のまま戦い、交わることなく続く。
デーモン・ロードの考えは、結局は俺には理解できなかったが、俺たちの考えもルベルには理解できないのだろう。
互いに一進一退の攻防が続く。
肉が裂け、血が飛び散り、骨が砕かれる。
疲労は限界を超えており、気を抜けば倒れそうになる中、俺は歓喜に震えながら斧槍を振るい続けた。
対するルベルも無傷ではない。
「王殺し」で穿たれ、切り裂かれた傷口からは溶岩のような液体を垂れ流しており、エドネアのモーニングスターによる攻撃を何度も受けた腕の一本は文字通りに粉砕されている。まさに満身創痍というべき状態だ。
そして何度もルベルの攻撃を受けたエドネアも、ひどい状態だ。
防具はほとんど吹き飛び、半裸の状態である。出血やアザは痛々しいが、それでも倒れることなくルベルの猛攻を防いでくれている。
どれだけの時間、死闘を続けていなのだろうか?
数時間、半日、あるいは丸々1日?
いずれにせよ、互いが全力を振り絞った闘争は、これ以上にないほどに俺を満足させた。自らの鍛え上げた肉体を使い、すべてをぶつける充足感、もちろん報復という目的は忘れていないが、それとは別に感じる血肉が沸騰するほどの快感が、全身を駆け巡る。
「はは、ハハハッハハハッ!!!!」
「グハハハ、ガハハハハッ!!!!」
俺とデーモン・ロードの笑い声が混じり合う。
やつも今、俺と同じ喜びを感じていることを知る。どうしようもない気持ちの高ぶり、闘争の熱狂に身を委ねながら、死のダンスを踊る。
だが、どれほど楽しい時間もいつかは終わるものだ。
何度目になるのかわからない斧槍の一撃が、デーモン・ロードの胸を裂く。
反撃は来ず、ルベルの体が力なく倒れた。
「無念だ。ハルヴァー様、申し訳ありませぬ。そして戦士グロム、見事、見事だ。心よりの称賛を贈ろう」
「俺だけの力じゃない」
俺だけであれば、何度も死んでいたはずだ。エドネアが盾となり、命をつないでくれたからこそ、ルベルに勝利できたに違いない。
2対1で挑んだことに罪悪感は欠片もないが、勝利の手柄を独り占めするほど恥知らずではない。そして、こいつが俺1人では勝てないほどの強敵であったのは、改めて認めなくてはならないだろう。
勝利した事自体は喜ばしいが、悔しさがないわけではない。
これだけ激しく戦ったにもかかわらず、俺の闘争心はまだ満たされない。
「この世界に存在するだけの力は消え失せた。再び地上に顕現するまで、魔界で力を溜めねばならぬが、その時にお前が生きていることはないだろう。どれだけ強くともトロールの寿命が尽きる。無念だ、報復の機会が得られない」
「俺は死んでいるかもしれんが、俺の子供か、孫か、それより後の世代の血なのかわからんが、そいつが相手になるだろう。その時は、1対1で倒してやれるはずだ。楽しみに待っているがいい」
「……ふふ、ふははは、フハハハハハハハハッ!!! ならば、その時の再戦を楽しみにしているぞ!」
俺の返答に、ルベルは大声で笑いながら、存在する力を失った。死体が残ることもなく、赤い液体になって消えてしまう。地獄のように変貌した戦場も、主人がいなくなった影響なのか、元の姿に戻り始めている。
心臓を喰らえないのは残念だが、まあ仕方ない。
それに、さすがに体力も限界だ。
血を流しすぎたし、体の傷も深く、再生能力が追いついていない。
む、これはひょっとして、かなりまずいんじゃないか?
強烈な睡魔は、死の抱擁のようにも感じる。
強敵を退けた今、それに抗うだけの気力も体力も、俺にはなかった。
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合言葉などを必要とせずに、常時発動するタイプの魔法の武具が存在します。
これら大抵、限定的な力しかありませんが、嵌った時の効果は素晴らしいものです。
特定の種族に対して殺傷能力を上げる武器、特定の属性からの攻撃を完全に無効化する防具、悪意のある魔法を跳ね返してくれる装飾品など、その種類や効果は千差万別ですが、いずれの品物も冒険を楽にしてくれるのは間違いありません
ですが専門の鑑定士がいない冒険者パーティーでは、そのような魔法の武具を発見しても、正確な効果を知ることができない場合があります。ただの魔力が付与されている武器として、真の効果を知らぬままに売却して大損するならばマシな方で、真価を知らぬままに冒険に失敗して死ぬ可能性もあるのです。
そうならないために、冒険者ギルドには賢者学院、錬金術師ギルド、付与魔術師ギルドから派遣された熟練の鑑定士がおります。規定の費用を支払うことで、15分程度の時間で武具の効果、性能、価格などを査定してくれます(鑑定証の発行には追加費用と半日程度の時間が必要)。
魔力を宿した武器を発見したら、是非とも専門家に相談してください。
P.S.
貧民街で鑑定士を名乗る詐欺グループが現れております。安い料金につられて、魔法の武具を奪われるだけでなく命を落とす冒険者があとを絶ちません。そのようなことがないように、冒険者ギルドの受付から正規の鑑定士にご依頼ください。
―― 冒険者ギルドの掲示板 ――
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