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第10話
しおりを挟むかなりの数の足音が近づいてくる。
連中、とうとう俺の存在を無視できなくなったのか、相当な数を集めたようだ。
通路はそんなに広いわけでもないが、俺を抜けてオフィーリアに襲いかかってくるやつもいるかもしれねぇ。とりあえず、魔法を使うことを許可したのだから自分で防いでほしいところだが、必要なら手助けしなきゃならん。
イリスが言った通り、俺を巻き込むような魔法を使う可能性もあるが、まあそれくらいの悪ふざけは大目に見ることにしよう。もちろん、ダメだとしつけるのは忘れないが。
「いたぞ! 石弓部隊、構えろ!」
飛び道具か。
う~ん、そりゃ考えていなかった。
俺たちは基本的に飛び道具など使わない。せいぜいが投斧などの投擲武器だ。その方が命中率も威力も高いのだが、肉体的に劣るコボルドとしては、投擲武器よりも石弓(クロスボウ)の方が使い勝手が良いのだろう。
風をきる音と共に飛来した何本もの太矢が、俺の体に突き刺さる。
少しばかり痺れる。
どうやら麻痺毒が塗られていたらしい。
俺は顔の部分を腕で防御しながら、連中に向かって突撃する。
「ウォオオオおおおぉぉっーーー!!!」
接近する俺に対して、さらに何十本もの太矢が突き刺さるが、その程度では止まらない。麻痺毒以外にも、いくつかの毒が塗り込まれているようだが、俺の前進は阻めない。
「なんという生命力だ! 斧槍部隊、前に出ろ!」
指揮官らしきコボルドの声が聞こえる。
石弓(クロスボウ)を手にしたコボルドたちと入れ替わるように、斧槍(ハルバード)を手にしたコボルドたちが進み出る。そいつらは金属製の鎧を身に着けており、頭の部分もコボルド用――つまり犬頭の兜を被(かぶ)っている。
「方陣を組め、足止めしろ!」
その命令に従って、コボルドの斧槍兵たちは、重騎兵の突撃を受け止めるかのように腰を落とす。ギラリと輝く斧槍の穂先が、俺の突進を受け止めようと待ち構えている。
いいだろう。
俺は正面からぶち当たる。
斧槍に肉が引き裂かれて、血が飛び散る。この斧槍といい、太矢といい、ケルベロスの皮鎧は、魔法に対しては高い吸収力を持つようだが、物理的な防御力はそれほど高くないようだ。
だが手傷を負った代償に、俺はコボルドたちの方陣を突破して、指揮官に迫る。
「てめぇだなぁ!」
「え、援護を……」
後方で指示を出している指揮官に、俺は手を伸ばす。驚愕した気配を感じさせながら、周囲に援護を求める指揮官に掴みかかり、壁に叩きつける。
斧槍兵の生き残りが、俺の体を後ろから突き刺そうとする。だが、こちらから突進してきた時とは違い、連中の振るう斧槍の一撃はかすり傷をつけることしかできない。
俺はコボルドの斧槍兵を叩き潰して、さらに太矢を打ち込んでくる射撃部隊を一掃した。全部で50匹以上いたが、コボルドにしては中々に強く、良い装備を揃えていやがった。
とはいえ集団戦を得意とする奴らなら、頭をとってやれば弱体化するもんだ。
人間の騎士団が攻めてきた時に学んだんだが、コボルド相手にも十分に通用した。
周りに転がっている奴らのほとんどは死んでいるが、半死半生の奴らもいるだろう。俺は戦士としての礼節を持ってトドメを刺そうとした。
しかし、それを遮るように奥の方から足音がする
今蹴散らした奴らと同程度の集団だ。
いいねぇ、これこそ闘争だ。
後方にいるオフィーリアは、何やら防御魔法を唱えたらしく、かの樹の周囲に薄い壁のようなものが生まれている。ひょっとしたら、何やら悪巧みをしているのかもしれないが、身を守っているのならば、こちらは戦闘を優先させよう。
「くそ、馬鹿が、功を焦りおって……、剣士部隊、前面に出よ。大斧部隊は、剣士部隊の後方、トロールが突破してきたら迎え撃て。悪魔砲術隊は射撃準備だ」
新たに現れた部隊を率いるコボルドの指揮官の命令に、長剣を構えたコボルドの軽戦士が進み出て、大斧を手にしたコボルドの重装兵がカウンターの準備をする。その後ろでは、なにやらデカイ筒のようなものを準備しているコボルドたちがいる。
先ほどと同じように突進しようにも、目標となる指揮官は狡猾さに磨きがかかっているらしい。何処にいるのかわからない。
しかたねぇ、ちまちま戦うか。
まあ意表を突いて一気に突き崩すのは楽しいが、そのまま真正面から戦うのも悪くねぇ。後ろに回られたり、取り囲まれる心配もねぇしな。
一度に相手にするコボルドは、だいたい5匹。
ならその戦いを10回繰り返せばいいだけだ。先程の戦闘による疲労は感じない。戦っている最中は、そんなものは吹き飛んでしまう。
コボルドの剣士たちが素早い剣さばきを見せる。
俺の体に何本もの切り傷が走り、瞬く間に治癒していく。俺を殺したいのなら武器に毒を塗るか、魔法の剣を使うか、あるいは再生が間に合わない大打撃を与える必要がある。
「フン!」
腕の筋肉が盛り上がり、コボルドの剣士に振り下ろされる。標的となったコボルドは、回避しようとするが間に合わない。金槌に打たれた釘のように、地面にめり込む。
コボルドたちは剣を振るい、俺に多少の傷を負わせるが、学習能力がないのだろうか? やはり、傷口はまたたく間にふさがり、俺の拳がコボルドの命を奪う。
そして、前列の5匹を血祭りにあげると、
「今だ、悪魔砲術隊! 撃てぇーーー!!!」
指揮官の叫びに合わせるようにして、コボルド達が一斉に床に伏せる。
何をやっているんだ、こいつら?
俺がそんなことを思った瞬間、凄まじい爆音と共に、何かが俺の体を貫いた。
「ぐおおぉおお!!!」
今まで味わったことのないほどの激痛。
何かが体の中身をえぐり取り、焼き尽くしたような感覚に、俺は自分の体に穴が開けられたことを知る。大量の血が流れ出して、視界がぼやける。
なんてこった。
コボルドの剣士たちは囮で、本命は後ろの連中だったのか。
巨大な筒からは煙がモクモクと出ているが、あそこから出てきた何かが、俺の体を貫いたってわけだ。
そこまで考えて、俺は後ろを向く。
オフィーリアの奴は巻き添えを食っていねぇだろな? あいつは捕虜で、子種も仕込んでいるのだ。死んでもらっちゃ困る。
う~ん、目が霞んでいるが、とりあえず無事みたいだな。
どうやら、コボルドと同じように伏せたらしい。
頭のいい女だ。
「くっ、まだ生きているのか! 剣士部隊、斧兵部隊、早くソイツを殺せ。今なら容易く仕留められるぞ」
「了解です」
「仲間の仇だ。なぶり殺してやる」
「馬鹿、奴の再生能力を甘くみるな。傷口を狙え、一気に仕留めろ」
コボルドたちは迫ってくる。
このまま、やられてたまるかよぉ!
最後の力を振り絞り、俺はとどめを刺そうと近寄ってきたコボルドどもを叩き殺す。
1匹、2匹、3匹……、13匹、14匹、15匹!
無我夢中で殺戮に没頭したが、その動きは遥かに鈍い。近づいてくる奴らを倒すのならば何とかなるが、後ろの悪魔砲術隊とかいう奴らのいる場所まで辿り着くことができねぇ。
そして連中もその事に気がついたのか、また例の攻撃をするつもりだ。幸いなことに、連射はできないようだが、筒を冷やして、何やら掃除をしている。おそらく次の攻撃の準備なのだろうが、今の俺にはそれを邪魔するだけの体力がねぇ。
この通路、俺の図体じゃあ、回避することは不可能。
そして当たりどころが悪ければ、即死。それでなくとも命中すれば、おそらく動けなくなってしまう。
同胞の敵を討ち、女を連れ帰ってやると息巻いて来た結果がこれじゃあ、なんとも情けねぇ。だからこそ、とことんまで抗ってやろうじゃねぇか!
「うがぁあああオオオオォォ!!!」
立ち上がり、前に進む。
命を削り、痛みに耐えながら、敵を殺す。
たとえ無駄でも、突き進む。
それこそが戦士の証、トロールの生き方、俺の生き様だ!
「ひ、ひぃ、早く、早く、撃てぇえ!」
「ダメです。いま撃てば爆発しますよ!」
「剣士部隊、斧兵部隊、何をやっているんだ。守れ、守備陣形をとって……グギャァ!」
へへ、馬鹿め。
騒ぎまくって、居場所をバラしやがったな。死んだコボルドをぶん投げてみたが、見事に命中したようだ。ああ、クソ。違う、指揮官じゃなく、こちらに向けられている筒(大砲というらしい)にぶち当てるつもりだったんだ。
「う、うぉおおお!!」
「殺せ殺せぇ、瀕死だぞぉ!」
「砲台に近づけるなぁ!!」
「玉」が向こうから来てくれる。なんとも嬉しいじゃねぇか。
掴み取り、ぶん投げる。外れ。
掴み取り、ぶん投げる。外れ。
掴み取り、ぶん投げる。命中!
煙を吐き出している大砲に、コボルドをぶつけることに成功した。
その瞬間、小規模な爆発が起こる。
周囲のコボルドたちが吹き飛び、通路の一部も破壊される。幸いなことに天井が崩れてくることはなかったが、バラバラと老朽化した部分が落ちてくる。
息をしているコボルドの姿は見えない。
勝利の味を噛みしめるよりも早く、全身が痛みに支配される。
傷口の再生速度が遅い、あの砲とかいうものが打ち出したものは炎の力か、魔法の力が付与されていたのだろうか? 血を多く失い、体の中身も焼かれた。こいつはどこかで、相手を舐めていたことに対する教訓として覚えておこう。
とりあえず、今は休息が必要だ。
そんな俺に近づいてくる足音が聞こえる。
オフィーリアか?
なるほど、今なら瀕死の俺にとどめを刺せると考えたのかもしれない。あるいは、コボルドの生き残りだろうか?
「グロム。相変わらず無茶な戦い方をしているな」
聞き覚えのある女の声に、俺は口元を笑みの形に歪める。
「エドネア、生きていたか」
俺は女の名前を呼んだ。
「ああ、不甲斐なくも捕まったがな。まあ、牢番を絞め殺して、脱出したところだ。それより、あんまり喋らないほうがいい。今、手当をしてやる」
「すまんな」
「気にするな。従属者としては、当然のことだ」
奪い返しにきた女に助けられるとは、しかも自分で牢屋を脱獄していたとはな。
まあ、このエドネアという女は、従属するに相応しい生命力と精神力を備えている奴だ。そのくらいのことはできても不思議じゃない。
何はともあれ、痛みが消えていく心地よさを味わいながら、俺は目を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドワーフの発明した大砲(キャノン)の技術は、我々人間に伝えられた。
今や大都市にある巨大な鋳造所と工房では、数多の大砲が作られている。だが未だに、この兵器は不安定な品物であるとは言わざる得ない。適切な量の火薬と整備を行わなければ、大砲は敵ではなく味方を吹き飛ばしてしまうことだろう。
それゆえ、我々砲術学部は将来有望な砲兵士官を育成するべく設立された。
約3年間の指導で、君たちを最高の砲兵士官にすることを約束しよう。
砲兵士官の月給相場は白百合金貨30枚。これはなんと、歩兵士官の月給の約2倍だ!
さらに我がサーレイオン王国では、砲兵士官のために豪華な専用兵舎が用意されている。もちろん士官特権として、1日3食(肉料理は週3回)と夜間の葡萄酒1杯が保障される。
今後激化する戦いの中で、砲兵の出番は増えていくことは間違いない。知識と器用さ、そして忍耐力のある若者は是非、砲術学部の門を叩いてくれ。
入学金と年会費も忘れずに!
―― 鍛冶師ギルド砲術学部
(サーレイオン王国支部) ――
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トロールの集落に遠征する際、是非とも悪魔砲術師たちをお連れください。
必ずや閣下のお役に立つことでしょう。
忠実にして勤勉なる貴方の下僕より。
―― コボルドの悪魔砲術師団長の報告書 ――
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