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第8話
しおりを挟む前進、撃破、制圧。
オフィーリアを捕らえてから、だいぶ歩き回ったが、コボルドの雑兵以外には出会えていない。
コボルドと戦い、休息して、また進む。
その繰り返しで、コボルドの城塞内部を食い荒らしている。今も、小さな部屋で賭け事をしていたコボルドたちを叩きのめしたところだ。
動揺する奴らを床に叩きつけ、抵抗する者たちを壁にめり込ませる。
そして部屋の中を荒らし回るが、使い勝手の良さそうな武器などは見つからない。その代りに、いくらかの食料と水を発見したので、軽く腹を満たす。イリスは食事を取らないが、オフィーリアは人間なので飲食が必要だろう。
「食え」
俺はそのように命じた。
わざわざ人間が食べられるものを探して与えているのにも関わらず、捕まった女の多くは食事を拒否する。好き嫌いというわけではなく、トロールからの食事は受け取らないという気持ちが強いのだろう。そういう時は無理矢理にでも食べさせるのだが、呪印の影響によるものか、オフィーリアは嫌々ながらも食事を摂る。
丸焼きの鶏肉とトマトのスープ。
トロールの俺には理解出来ないが、人間などを始めとする一部の種族は、何故だか食事に火を通す。それどころか、包丁という道具で切り刻み、調味料と呼ばれる粉をかけて、せっかくの味や匂いを台無しにしてしまう。
俺は干し肉を齧りながらも、コボルドが作った料理を食べるオフィーリアを興味深く眺める。
「いやぁ~。人間は空腹には勝てませんねぇ。食事、睡眠、性、いずれも人の営みであると同時に、この世界の生き物が持つ根源的な欲求ですからねぇ。特に、こんな場所で意外にも美味しい料理を食べたとなれば、人の心は緩んでしまいますよぉ~。ねぇ、オフィーリアさ~ん」
イリスは蝙蝠羽をパタパタと動かしながら、楽しそうに囁く。
俺の心を読んでいるように、この女悪魔はオフィーリアの心を読んだのだろう。
生きるための本能を満たした時の快楽。そして、こんな状況下にもかかわらず食事の美味さに喜んでしまったことを指摘された羞恥や怒り、そのすべてが女悪魔にとっての食事なのだろう。
オフィーリアが今味わっている食事の喜びは、俺の集落では手に入らないだろう。
集落でも人間用の食事は用意しているが、味付けなどはされていない。
あまりの不味さに何度も嘔吐した女たちの姿は、さほど珍しいものではない。それでも、人間という奴は慣れてくるのだろう。今のところ、俺の集落で餓死した女はいない。
一応、従属した女は料理を作ることは許されているが、家畜奴隷として扱われる者たちが口にすることはない。
頑張って何人も子供を産み、集落に多大な貢献をしたとみなされたら、従属の儀を受けて、家畜奴隷から上の階級に進むことができるのだ。そうなるまで、この女の肉体と精神が耐え抜くことができるのを祈るばかりだ。
「お前たちが探索した場所は、もう少し先か?」
「……」
「答えろ」
「……っ、ぐ、そ、そうよ」
当面は、デーモン・プリンスのルベルを撃破する為、打撃を与える事ができる武器を見つけるのが目標だ。一応、オフィーリアにも尋ねたが、それらしい武器は見ていないとのことだったので、今は探索した場所まで案内させることにしている。
もちろん、ルベルと出会った場所は避けるように命じている。より有利な状態で戦えるように準備するのも、一流の戦士なら当然のことである。まあ、偶然にも出くわしたら、その時は腹をくくるしか無いが。
「罠はあるのか?」
尋ねていない類の質問には答えない方針を貫いているらしく、女魔法使いは何度か罠のある場所に誘導した。もちろん、それらの罠も俺の命を奪うことはできていない。だが、罠の存在を黙ったままでいられるのは不愉快なので、答えさせることにした。
「……ッ」
「答えろ」
「っ、ぐうぅう……、進んだ先のぉ、通路の、か、壁から突き出す槍と、部屋の中央をぉ、ふ、踏むと、炎で満たされる部屋があるわぉ、おおぉおッ」
全身を痙攣させて、呪いに抵抗しながらも、女魔法使いは質問に答える。
その様子を、イリスは心底意地の悪い笑顔で見ている。
おそらく俺にはわからない魔法的な強制力と意思力による対決が行われているのだろうが、今のところはオフィーリアの全戦全敗だ。
とはいえ、油断は禁物である。
今回の罠以外にも、オフィーリアの知らないらしい罠があるかもしれないし、呪印の強制力に抵抗することに成功して、デタラメを話している可能性もある。
今の話を参考にしつつ、他の罠がないか注意して進むべきだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
幸いなことに俺の心配は杞憂であり、オフィーリアたちが探索してきた地点まで、無事に到着する。
やはりというか、コボルドの小隊が行く手を妨害してきた。罠を利用して、俺を仕留めようとしてきたが、事前の情報は正しく、連中の小細工は意味をなさなかった。
そして、未探索の区画は、今までの場所よりもずいぶんと洗礼されている印象を受ける。まず通路の見た目からして違う。今までは煉瓦(れんが)や石をただ並べた平面な壁であったのに対して、ずいぶんと凝った――おそらくはドワーフの戦士の彫像が彫られている。
火種も松明から、油の流れる溝のようなものが作られており、炎の道が地下世界を昼のように照らしている。
「ドワーフ族にとっては過去の栄光というやつですねぇ」
「コボルドの奴らは上手く利用しているみたいだな」
此処から先は防備も厚いに違いない。
コボルドたちも精鋭と呼ばれる奴らが配置されているはずだ。
敵が必死の抵抗を行うと予想して、俺は獰猛な笑みを浮かべる。
そして俺は回廊を進む。
いくつかの分かれ道があったが、とりあえずは道なり――左側を進むことにする。行き止まりなら、戻って別の通路を進めばいい。そういえば、未探索のまま放置してきた通路がたくさんあったが、まあ1人でコボルドの城塞すべてを調べるのは不可能だろう。
この城塞は広い。
たぶん、人間たちが暮らす都市とかいう場所と、同程度の広さなんじゃないかと思う。かなりの数のコボルドを倒してきたが、それもおそらく細やかな数でしかないのだろう。
そんなことを考えていると、橋のような場所に出た。
左右に壁はなく、かわりに奈落に続く闇が覗いている。落ちた先が深い水で覆われていれば助かる可能性もなくはないかもしれないが、真っ平らな地面であれば、衝撃で肉塊になるのは確実だ。
俺はオフィーリアに後ろをついてくるように命じる。
一か八かの可能性にかけて、飛び降りて逃亡する可能性があったからだ。
実際、そのことを少しは考えていたらしく「チッ」と舌打ちする音が聞こえた。
進んでいると、この橋がある程度傾斜していることがわかった。
まるで緩やかな丘を登っていくような感じであったが、何故このような構造になっているのか、その答えは中程まで着た所で判明した。
ガコンっと音がする。
すると、来た方向――後ろの出入り口が閉じて、前方からは丸い巨大な鉄球が凄まじい勢いで転がってくる! 鉄球自体に仕掛けがあるのか、あるいは速度が出るように傾斜が計算されているのか? 何れにせよ十分な破壊力を叩き出せる速度だ。
逃げ場はない。
このまま鉄球に押しつぶされるか、飛び降りて、下が水であることを祈るか……あるいは、己の力を信じて鉄球を粉砕するか。
俺は当然ながら鉄球に立ち向かうことを選んだ。
全力を尽くして、最後を天運に委ねるのならともかく、最初から己の幸運を当てにするのは、戦士の生き方ではない。
「ウォオオオおおおおおぉおおおお!!!!!」
全身に力を込めて、鉄球を受け止める。
凄まじい衝撃が俺を襲い僅か後ろに後退するが、そのまま潰されることはなかった。
「フンんがぁあ!!!」
そいつを左側に放り投げる。
鉄球は深い闇に落ちていき、そのまま消えた。
落ちた音は聞こえない。この奈落の先が地面なのか、あるいは水面なのか、確かめることはできなかったが、別に興味もない。
少しばかり腕――いや、全身に響いたが、数秒もすれば回復するだろう。
「うそ、何、このトロール……、あたしたちの知っているやつとは……」
オフィーリアは目を丸くしながら、何やらブツブツとつぶやき始めている。まあ、先程の鉄球は人間の力じゃ、今みたいに投げ飛ばすことは不可能だっただろう。ひょっとしたら魔法で何とかできたのかもしれないが、簡単なことではなかったに違いない。
「行くぞ、ついてこい」
俺はそう言って、鉄球が転がってきた方向に進む。
今までの罠よりも凶悪な――中々に手厚い歓迎に、少しばかり嬉しくなってくる。できれば、この先で待ち構えている連中も強いことを願うばかりだ。
橋を渡りきり、ドワーフの神官らしき者たちが彫られている鋼鉄の扉に手をかけるが、鍵がかかっているらしく開かない。仕方ないので、力任せに押す。中々開かないので、渾身の力で殴りつけると、コボルドの城塞全体に聞こえるのではないかというほどの大きな音を出して、扉は開いた。
「いやぁ~、グロムさん、やるならやるって、言ってくださいよぉ。耳が、耳がぁ、滅茶苦茶痛いですよぉ」
イリスは黄金色の瞳を潤ませながら抗議して、オフィーリアも顔をしかめている。
「今度はそうしよう」
俺はそう言って、部屋の中に入っていく。
天井の高い円筒形の空間だ。中心には、ドワーフの王らしい石像があるが、顔の部分が削られている。おそらく宝石などで装飾されていたのだろうが、そいつもすべて奪い取られている。
壁際には同じようなドワーフの戦士像が飾られているが、やはり顔の部分が削られて、代りにコボルドの顔が新しくツケられていた。
「ドワーフの彫り物には高値がつけられると聞きますけど、こんなふうになっていたら、誰も欲しがる人はいないですよねぇ」
イリスはそんな感想を漏らす。
俺は芸術品などには興味はないが、かなり不格好な姿だというのには同意する。
俺が入ってきた以外、扉は4つ、扉のない通路は5箇所だ。
とりあえず、ここらで休憩するか。今の音を聞きつけて、コボルドが大軍を率いて駆けつけて来るかもしれん。
そんなことを期待しながら、俺は顔の削られたドワーフ王の石像が座る四角い台座に腰を掛ける。
ひょっとしたら、いきなり石像が動き出すかもしれないかと思ったが、その気配はない。
しかしどれだけ待っても、コボルドが押し寄せてくる気配はない。
これだけ派手にやらかしているのに、音沙汰が無いのはどういう事だろう? 他にやるべきことがあるのか、あるいは重要な場所の守りを固めているのか?
敵が静かすぎるのは不気味だが、それなら無視ができなくなるまで暴れまわってやるのも手かもしれない。
俺はそんなことを考えながら、どの通路を進むべきか考えようと台座から腰を上げる。
すると、
『トロールよ、トロールの戦士よ』
俺を呼ぶ声が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ローリングストーン。
罠脅威度:☆☆☆☆☆☆☆
罠分類:殺傷・威嚇
地下迷宮や遺跡などで一本道、特にそれが傾斜であったら、この罠の存在を思い出してほしい。巨大な大岩、鉄球などが、君たちを押しつぶそうと迫ってくる可能性がある。
この手の罠が発動したら、とにかく回避か、逃げることを優先してほしい。間違っても、受け止めたりしてはならない。罠製作者の多くは、この無慈悲な罠が発動したら、確実に対象を轢き潰せるように衝突時の威力を計算しているものだからだ。
もしも貴方が素早く小柄なら、通路の端や天井になど逃れるという事もできるかもしれないが、たいてい逃げ道となる場所にも別の罠が仕掛けている。特に凹んだ壁などを見つけたら、その場所にも注意が必要だ。
だが一方、この手の計算され尽くした罠は計算外のことに弱い。特に長年放置された地下迷宮や遺跡などの場合、建物自体が風化して予想外のところに隙間ができたり、あるいは植物などが邪魔をして、本来の威力を発揮できないなど、不測の事態には対処できない事が多い。
もしもこの罠が発動したと感じたら、一瞬の状況判断が生死をわけるかもしれない。
魔法使いの中に透過の魔法を習得しているものがいれば、その術を使い逃れることも可能だが、罠製作者がそれを見越して、魔力を帯びさせている可能性もある。常に冷静に、そして迅速に、最適の行動を取れるように日頃から鍛錬を欠かさないでほしい。
もちろん、罠自体を発動させないが一番だ。
パーティーの命を守れるように、盗賊系統の技能を習得する者は常日頃から、罠の存在を注意してほしい。
―― 冒険者ギルドの掲示板 ――
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