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第5話
しおりを挟むイリスがケルベロスの毛皮を加工している間、哨戒中のコボルド――10匹程度の小集団が何度か、散発的に襲いかかってきたりしたが、あっさりと撃退できている。
ケルベロスとの死闘の後であるせいか、正直なところ物足りない。
「まあ、こんな感じかなぁ。もう少し時間と資材があれば、もっとカッコ良さそうになると思うんですけど……」
「身を守れればそれで良い」
「それじゃあ、こんなもので」
ケルベロスの毛皮で作られた皮鎧を着てみる。
煮込んで硬化処理する「革」に比べれば「皮」を縫い合わせた鎧は、それほど防御力は高くない。とはいえ、イリスの言っていた魔法を吸収するという特性がどこかで役に立つかもしれない。
切ったり刺されたりは、自らの鍛え上げた筋肉で受け止めればいいだけだ。
「防腐対策もしておきましたけど、一段落したら、きちんとした処理を行ったほうが良いですよぉ」
「わかった」
「ケルベロスだとわかるように、三首の部分はそのままにしておきました。少しばかり、邪魔かもしれませんけど、やっぱり勲章は大事ですよ。あ、でも動きにくかったら、ばっさり切り取りますね」
右肩部分に、ケルベロスの顔の皮が並んでいる。
体を動かして、戦闘の邪魔にならないか確認するが、特に問題なさそうだ。
「大丈夫だ。問題ない」
「それは良かったですよ」
「感謝するぞ、イリス」
俺は礼を述べた。
ケルベロスの心臓はこの身に取り込んだが、あれだけの強敵の死体を野ざらしのままにしておくのは、いささか忍びなかった。心臓を喰らい、その毛皮で作った鎧を手に入れることができたのは、この小悪魔のお陰だ。
「いやぁ、気にしないでください。グロムさん」
照れ隠しと言うよりも、何かを企んでいるかのような暗い笑みを浮かべて、イリスは大仰な動作で一礼する。まあ、こいつにはこいつの思惑があるのだろう。
それを達成するため、俺を利用するつもりなら、それはそれで好きにすればいい。
とはいえ、今回の件は素直に感謝している。
ふむ、悪魔に感謝するというのは大丈夫なのだろうか?
「ああ、わたしは感謝とかされても全然平気ですよぉ。むしろ、どんどん感謝してください。何なら崇め奉ってもいいですよぉ?」
「感謝しているが、そこまでではない」
困ったことがあれば、多少は手を貸してやろう程度の感謝だ。
こんな小さい悪魔を崇拝するなど、冗談じゃない。
俺はそう考えると、ケルベロスが突入してきた方に向かって歩き出す。少しばかり時間が経過したが、連中、少しは防御態勢を整えているだろうか? だが小隊の動きからは、侵入者――俺がいることを想定しているようには思えなかった。
城塞内部でも、この場所はまだまだ末端部分なのだろうか? あるいは、俺以外の侵入者を相手にしているのだろうか?
疑問は尽きないが、考えてばかりでは真実に辿り着けない。
探索を再開するとしよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
くねくねと曲がる通路を進み、途中の部屋を探索する。
だが、いずれの部屋もコボルドの兵舎だったらしく、そこに詰めていたであろう連中はすでにブチのめしている。部屋を軽く漁ってみるが、特段面白いものは見つからない。
それが3回くらい続いたが、4回目で興味を引くものを発見した。
「腐敗の進み具合から見て、死後数日ってところか」
壁にはダーツの的にされていたらしい人間の男の死体。それには、コボルドが使う短剣が何本も突き刺さっている。ひょっとしたら、壁に磔られた時には、まだ生きていたのかもしれん。
「コボルドに捕まる前にだいぶ抵抗したらしいな。短剣以外の傷もある。それにこの身体は鍛えている人間で間違いないだろう」
腐臭は酷いが、まだ崩れてはいない。
おそらくこいつは、人間の中では冒険者とか呼ばれている連中か、あるいはどこかの国の兵士に違いない。問題はこいつの仲間がいるかどうかということだ。
俺の経験によれば、冒険者は4人~6人で徒党を組んでおり、兵士はだいたい30人程度だ。そしてこれもやはり経験だが、兵士30人よりも冒険者6人の方が手強い。
もしもこいつが冒険者の1人であれば、他の仲間が城塞を彷徨っている可能性は十分にあるし、コボルドの攻撃が俺1人に向かないのも納得できる。
「コボルドと人間か……」
人間という種族は個々人の考え方があまりに多種多様であり、正直なところよくわからない。だがまあ、基本的には俺たちトロールとは敵対的な関係だ。そして、コボルドとも同じような感じで敵対している。
互いに争っているのなら、漁夫の利を狙うのも悪くない。
「しかし、女どもを救出される可能性もあるな」
集落から(たぶん)連れされられた女たちを、発見したらおそらくは保護しようとするだろう。調教済みの女たちであれば、俺たちトロールの集落に帰ろうとするから冒険者たちに抵抗するはずだが、調教途中の女ならば、そのまま冒険者たちに合流することを望むに違いない。
それは面白い展開ではない。むしろ、コボルドとの戦いに邪魔が入らないように、冒険者たちも積極的に狩るべきではないだろうか?
「人間は賢いからな」
俺とコボルドが戦っている間に、奴らが漁夫の利を得ようとする可能性も十分にある。
俺の集落から女たちが誘拐されていなかったとしても、コボルドの住処にはやはり繁殖用の女がいるはずだ。
コボルドをブチのめしても、戦利品がなければ勝利の喜びも半分以下になる。
問題は、人間たちを見つけることができるか否かだが、まあ一応は話し合いをしてみるか、いくら人間が愚かでも、コボルドの住処にトロールがいれば、自分たちと同じくコボルドと敵対していると気がつくに違いない。
優先してコボルドを叩いて、その後でどちらが女を手に入れるのにふさわしいのか戦うというのでもいいだろう。
「そうそう上手くことが運びますかねぇ?」
「むぅ」
やはり難しそうだ。
人間という連中は、俺たちトロールに勝るほどの戦闘狂だからな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コボルド退治は楽な仕事だと思った。
奴らはゴブリンと大差ない弱小種族で、こちらは熟練の冒険者パーティーが6チーム(40人)も参加している。例え城塞の中に1,000匹以上のコボルドが潜んでいようと、殲滅できる。
その考えは間違ってはいないと、こうなった今でも思う。
もちろん、コボルドの中に、ゴブリンと同じように「チャンピオン」や「ジェネラル」と呼ばれる上位種がいるのは想定していた。それに傭兵として腕の立つ妖魔などが雇われている可能性だって考えていた。
だが、まさかあんな怪物がいるなんて……。
私のパーティーは散り散りとなり、先程、聖騎士のマークが無残な死体となっているのを発見した。聖天鉄で作られた彼の鎧が紙くずのように引きちぎられている。おそらく、奴の仕業だ。
今はともかく、一刻も早くコボルドの城塞から逃げ出さなくてはならないが、連中の罠を掻い潜るのは、専門の盗賊職でなければ難しい。とりあえず、仲間を探さなくてはならない。奴と出会わないことを、運命と魔力を司る精霊神ケルシャ・コアルに祈るとしよう。
―― 冒険者パーティー「導きの灯火」
冒険者リサ・コルウスの日誌 ――
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