野蛮にして強欲なるトロール英雄譚

雨竜秀樹

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第3話

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 可能な限り静かに、そして素早く移動する。
 等間隔で松明が並べられているが、暗視能力のあるトロールやコボルドには、このような明かりは不要のはずだ。だとすると、やはりコボルドを裏で操っている奴らがいるのだろうか?

「犬臭い、コボルドのニオイだ」

 しばらく歩いていた所で、俺は声を出す。
 後ろを進むイリスに対する忠告のつもりであったが、冷静に考えれば心を読めるのだから、声に出す必要はなかったかもしれない。だがまあ、俺の忠告に従ってか、イリスは後ろに下がったようだ。

 よかった。
 初戦でいきなり横槍を入れられる心配はなさそうだ。

 まだ姿は見えていないが、このまま進めばすぐに遭遇するだろう。
 数はおそらく2匹で、見張りという退屈な作業に暇を持て余しているのだろう。こちらに気づいている様子はない。あるいは油断したふりをしているのかもしれないが、さすがに考えすぎだろう。
 俺は全速力で駆けて、相手との距離を一気に縮める。

「!」

 予想通り、コボルドの見張りがいた。
 犬頭の妖魔であるが、嗅覚は犬ほど鋭敏ではないようだ。見張りはいきなり現れた俺の姿に驚愕して、何か声を出そうとしたが、それを許すほどノロマじゃない。
 コボルドの首を絞めあげて、ボキリと骨を折る。

「て……」

 もう1匹のコボルドが叫ぶ前に、首の骨を折ったコボルドを投擲する。
 死体と一緒に壁に叩きつけられて、コボルドの死体がもう1つ増えた。

 他の気配はない。

 手応えのない連中だ。
 コボルドの死体を調べてみるが、粗末な革鎧と錆びた手槍、腰に差している小剣と短剣、いずれも目新しいものではない。この程度の連中なら十倍どころか百倍の人数差でも、俺の集落が敗れることはない。
 ここにいた奴らが恐ろしく弱かったのか、あるいは奥に強敵が潜んでいるのか。
 まだ序盤だ。
 焦る必要はないと言い聞かせながら、俺は扉を開ける。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 コボルドの城塞を進みながら、俺はふと疑問に思った。
 コボルドはもちろん、ドワーフもそれほど背が高い種族ではない。
 にもかかわらず、この城塞は彼らの背丈よりも天井が遥かに高く作られている。人間やエルフなどはもちろん、俺のようなトロールでも問題ない。ひょっとしたら下位巨人(マイナージャイアント)くらいの大きさでも、普通に歩くことができるかもしれない。

「この城塞都市ギムグ・ゲルゲンは、ドワーフが友好種族を招くために建設した都市なんですよぉ。その中には心優しい巨人族も混じっていましたからぁ、ある程度の広さは確保されているはずですぅ。でも、見たところ色々とガタがきているみたいですね~。ほら、あの壁なんか壊せそうですよ!」

 イリスが指差す方を見ると、確かに壁が崩れかかっている。
 2,3回殴れば、穴を開けられそうだ。とはいえ、あんまり考えなしに穴を開ければ、全体が崩れることもあるだろう。
 生き埋めになるのは避けたい。
 いくら俺でも、建物の下敷きになれば無事ではすまないだろう。

「壁は他に道がなかった時だ」
「それじゃあ、扉を開けていきますかぁ? それとも、道なりに進みますか?」

 通路の左右にある扉を開いてもいいし、あるいは道なりに進んでも良い。
 どちらもコボルドの気配などは感じない。
 とりあえず、俺は扉を開いて中に何があるかを調べることにした。

 右側の部屋は食料庫らしい。
 さすがに城塞全体を賄うには足りないが、それでもかなり溜め込まれている。
 人間は補給を断つのが有効だと考えているらしい。その考えを頭から否定はしないが、だからといって、ここにある食料を燃やそうとは思わない。食い物を粗末にするべきではない。
 とりあえず今は、干し肉をいくらか頂戴する。コボルドをブチのめした後で余裕があれば、集落まで食料を運ぶことにしよう。

 左側の部屋は武器庫だ。
 とはいっても、ほとんどがコボルドや人間用のサイズで、俺が使えそうな武器は……、おっ、この両手斧はなかなか良いじゃないか。

 装飾品などない無骨で巨大な両手斧。
 何度か素振りして、すぐに壊れないのを確かめると、担いで持っていくことにする。

 素手による格闘技が得意だが、従属した女戦士や女騎士から両手剣や両手斧などの扱いを学んだことがある。結局、体格や器用さの問題から彼女たちほどうまく扱うことはできなかったが、簡単に壊さない程度には使用できる。

 ひび割れた壁は少しだけ気になったが、特に奥の方に気配を感じなかったので放置して、通路を進むことにした。戻ってくるときがあれば、その時に調べることにしよう。

 通路を進むと、前方から無数の足音。
 迫りくる戦意を感じ取り、俺は両手斧を構える。

「いたぞ! 侵入者だ」
「殺せ、殺せぇ!」
「ぐるぅうう!!!」

 リーダーらしきコボルドが1匹、剣と盾を構えている重装備のコボルドが2匹、さらに長槍と盾を手にした軽装のコボルドが8名。
 生意気にも威嚇音を出しながら、突撃してくる。

「来い!」

 長槍を突きだしながら迫りくる連中に対して、俺は両手斧を手に待ち構える。
 そして槍が突き出された瞬間、それを絡め取るように両手斧を振るう。戦いは、こちらに軍配が上がる。槍を手にしていたコボルドたちは木の葉のように吹き飛んだ。
 力で大きく勝る相手に対して、武器の選択を間違えている。
 長槍を使うのなら盾を捨てて、両手で突き出すべきだった。そうすれば、もう少し踏ん張れたかもしれない。

 コボルドたちは軽く空を舞い、地面に叩きつけられた。
 そして傷が浅そうなコボルドが態勢を立て直す前に、俺は何人かを踏みつける。
 全体重を載せた踏み込みに「ぎゃぁ!」と断末魔が上がる。当然ながらそんな声は無視して、剣と盾を手にしたコボルドたちの相手をしようとすると前進! 剣士たちは俺相手に盾は無意味と考えたのか、盾を捨て、剣を両手に持って突進してくる。
 その判断は正しい。
 だからこちらも全力で武器を振るう。

「ふんッ!」

 コボルドの剣士が剣を振るうよりも速く、俺の両手斧が、彼らの身体を両断する。

 大量の鮮血と臓物が床にばらまかれる。
 その光景に、コボルドのリーダーは恐怖からか後退する。もしくは背を向けて逃げようとしたのかもしれない。もちろん、そんな暇は与えない。
 一気に間合いを詰めて、薪割りをするように、その頭を叩き割る。

 そして、コボルドたちが現れた方向を睨みつける。
 増援は――現れない。
 敵が来ないことを確認すると、俺は最初の一撃で吹き飛んだコボルドたちに止めを刺す。吹き飛ばされて叩きつけられて、立ち上がることができないほどの衝撃を受けた彼らの苦しみを長引かせてやる必要はない。迅速にトドメを刺すのは、戦士としての情けというものだろう。

「いいんですかぁ~。コイツラを拷問して、いろいろ聞き出したほうがお得ですよぉ?」

 小悪魔(イリス)の囁きに耳を貸すことなどない。
 こいつらは集落を焼いた仇でもあるが、雄々しく戦った戦士だ。
 ならばこちらも最低限の礼儀を見せる必要がある。

「ふ~ん、そうですかぁ。まあ何もわからないほうが面白いかもしれませんしね。それにしても、彼らがこちらに来たのは、どうやら食料庫か、武器庫のドアを開けると、こちら側で警報機が鳴る仕掛けがあったみたいですねぇ」

 コボルドたちの待機所で、けたたましい音を響かせている道具を発見したイリスの報告を聞き、俺は「なるほどな」と感心した。
 鳴子の罠を改良したものなのだろう。
 道具の年月から見て、おそらくはコボルドが仕掛けたのだろう。やはりコボルドは手先が器用だ。少なくとも、俺たちトロールよりは。

 だがこの手の罠も含めて、連中の力なのだろう。
 罠に引っかからないというのは難しいかもしれないが、この手の罠で死なずに仕掛けた奴を殺せば、俺の勝ちだ。罠で殺したら、奴らの勝ちだ。

 俺は戦意を新たに、コボルドの城塞の探索を再開する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 コボルド。
 討伐難易度:☆
 ゴブリンと並ぶほどに弱い妖魔。
 その外見は犬頭の小人といった感じであり、同じ条件で1対1の戦闘ならば普通の村人でも倒すことができるだろう。だがやはりというか、それだけ弱い妖魔が未だに滅びていないのは、ゴブリンに劣らぬ繁殖力の高さとドワーフに負けぬ手先の器用さのおかげだ。
 彼らと戦う時は、彼ら自身の強さよりも、彼らが仕掛けた罠を警戒すると良い。
 実力のある冒険者でも、罠に引っかかった状態で多数のコボルドと戦えば、不覚を取る可能性がある。幸いなことに、魔法適性のあるコボルドは発見されておらず、魔法の罠が仕掛けられている可能性は非常に低い。
 相手の数と罠に対する警戒を怠らなければ、ゴブリンよりも倒しやすい相手だろう。

                   ―― 冒険者ギルドの掲示板 ――


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