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プロローグ
しおりを挟む人間の黄金時代は過ぎ去った。
今は無秩序と混乱の時代。
数多の国々が邪悪なる種族に滅ぼされている。
我らは正義の御旗もとに、善なる種族の力を結集して、暗黒の勢力を打ち砕かん。
混乱と破壊の後に、我らはより強大になり、豊かな時代を築かん。
―― 滅びし黄金帝国の歌 ――
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
集落に帰る時間が遅れてしまったが、良い手土産がある。
こいつらを渡せば、長老も少しの遅れ程度は笑って許してくれるだろう。
「くそぉ、この化け物! くそぉ、ぐ、ぐああぁあああ!!!」
「トロール如き、ぎ、ぎぎぃあ! あぎゃああああああああああっ! ごわれる、痛いぃ、いだいい!! ごわれるっ、ごわざれぢゃうっ!」
両手に握っている人間の女たちが五月蝿かったので、少しだけ力を込めた。それだけで、女たちは派手に泣きわめく。
もちろん、壊すようなことはしない。
本気で力を込めれば、この女たちの仲間であった男の冒険者と同じように卵を潰すように簡単に殺すことができる。だが、この女たちは同胞を増やすための母体として必要な女たちだ。
トロールの肌は分厚く、多少の打撃では痛みなど感じることはない。この女冒険者たちは狩人と魔法使いなので、戦士や武闘家のような白兵技能があるわけでもない。
だから抵抗は無駄なのだが、一応説得しておいてやる。
人間の奴らは、俺たちが食人を楽しむと勘違いしている時があるからな。余程飢えたいる時か、あるいは相応の戦士でなければ、人間を食べたりはしない。
とりあえず、人間たちの話す共通語で説得しよう。
「安心しろ、簡単に壊したりはしない。殺したりもしない。お前たちは集落に連れて帰って、俺達――トロールの子供をたくさん産ませる。だから、暴れるな」
「ひっ、い、いやあああ!!」
「はなせぇ、離せえええええ!!!」
説得は逆効果だったらしい。抵抗がより激しくなり、必死の形相で暴れまわる。
やはり慣れないことをするべきではないのかもしれない。
俺はまた少し手に力をいれて、女たちの抵抗を削いだ。
「あぎゃっ、がひっ、ひぎぃいいい!!!」
「あぅう、ぎぃはあぁああっーーー!!!」
悲鳴が生まれる。
女を泣かせるだけの暴力というは、やはり心地の良いものではない。だが、この冒険者たちは俺を殺そうと襲いかかってきた奴らだ。
こちらは1人で、こいつらは6人。
しかも不意討ちしてきやがったのだ。ならば、戦士としての礼を尽くす必要など、どこにもないだろう。狩ってきた獲物という扱いで、少しばかり雑に扱わせてもらう。
そして集落についたら、じっくりとその肢体を蹂躙させてもらうことにしよう。
「いやだぁ、トロールに犯されるなんてぇ」
「たすけで、だれかだすけでよぉ」
ついに女たちはメソメソと泣き出してしまった。
不思議な事だ。強いオスの子を孕むのは、名誉なことだとは考えないのだろうか?
そう言えば長老は、人間には「愛」だとか「恋」だとかいう概念があると言っていたな。 それがどういうものか、長老も見たことはないらしいが、ひょっとしたら人間にはそれらの見えないものを見ることができる特殊な器官でも備わっているのかもしれない。
まあいずれにせよ、「愛」や「恋」というものなどなくとも、トロールの子供を孕んで、産むのには支障ない。
とはいえ泣き出した女たちの姿を見て、この女たちに対する興味が、だいぶ失せてしまった。戦闘中の勇ましさや捕まった後の抵抗など、ある種の力強さを感じていた。しかし、多少力を込めただけで、それの強さも消え失せてしまっており、来るはずもない助けを呼んでいる。
しかし助かりたいのならば、抗う以外の方法は無いのだ。
人間という連中は俺たちよりも頭が良いのだから、無駄な抵抗で体力を使うことなく、反撃の機会をうかがうなどするべきではないのだろうか? もちろん、その手の小賢しい抵抗を粉砕して、最終的に蹂躙するのが理想である。
あるいは、この弱々しさは演技だろうか?
こちらの油断を誘う罠かもしれない。
「兄貴! グロムの兄貴!」
俺の思考を遮るように、俺の名を呼びつける声が聞こえてきた。
「ボルム。血相変えて、どうしたんだ?」
同族の顔色はすぐに分かる。
弟分のボルムは優秀な戦士だが、いささか感情表現が豊かすぎる。
「グロムの兄貴! 大変だ。コボルドの襲撃だ! 集落が焼かれてひでぇ有様に……、俺が戻ったときには何人も死んでいて、長老に急いでグロムの兄貴を連れてくるように言われたんですよ。急いで、村に戻ってくだせぇ」
「ほぅ?」
俺は興味を引かれた。
俺たちの集落が襲撃を受けるのは久しぶりだ。以前は人間の騎士団が「正義のために、邪悪な怪物共を駆逐する」とかほざいてきた。その時は返り討ちにしてやったが、今回はコボルドか。しかも、集落を焼き払ったとは穏やかじゃない。
集落の最高の戦士である俺の不在だったとはいえ、それでも少なくない戦士たちが集落を守っていたはずだ。
コボルドはそれほど強い種族ではない。
最弱の妖魔であるゴブリンと、それほど変わらない強さの犬頭のチビ妖魔だ。
例え数十倍以上の数で攻められようとも、敗北するとは思えない。だが、ボルムが嘘を言っているわけでもなさそうだ。
「ボルム、お前はこの女たちを連れて、集落に戻れ。なにか企んでいるかもしれないから、油断するんじゃないぞ。集落についたら、好きにしてかまわない」
「へ? へい、そりゃ、了解しました」
「そういえば、集落の女たちはどうなった?」
「詳しくはわかりませんけど、建物の多くが焼かれてましたから、調教中の奴らは、そのまま焼け死んだか、逃げたか、あるいはコボルドに連れ去られたかもしれません。ああ、でもエドネアの姐(ねえ)さんが捕らえられたとかいう話し声を聞きました」
その答えを聞き、どうするべきかと考えていた俺の目的は決まった。
「俺はコボルドたちの住処である城塞に向かう。集落を焼いてくれた礼はさせてもらう。エドネアが囚われていたら、見つけて奪い返してくる」
「わ、わかりやした。じゃあ、何人か呼んでくるんで……」
「いらんいらん、借りは俺が1人で返してくる。それに集落に再襲撃をかけてくる奴らがいるかもしれねぇ。そっちはお前に任せる」
「兄貴!?」
ボルムは驚いたような顔をするが、俺だって考えなしの馬鹿じゃない。
頭は悪いかもしれないが、考えることをやめているわけではないのだ。
「コボルドの城塞に奇襲を仕掛けられそうな場所なら目星はついている。そこに行くには1人の方がやりやすい。だいたい10日くらいで帰ってくる。長老には、うまく言っておいてくれ」
ボルムは何か言いたそうな顔をしたが、俺の顔を見て何を言っても無駄だと思ったのだろう。短く「わかりやした」と返事をすると、女たちを持って集落に帰っていく。
そんな弟分の背中を見送りながら、俺は気分が高まっていくのを感じていた。
連中が何を考えて、集落を襲ったのかわからんが、同胞がやられた報復は必要だ。
俺は全身の血を熱く燃え上がらせる。
そして襲撃者が本当にコボルドだけなのか?
もしも裏に誰かいるのなら、そいつにも相応の代価を支払わせ無くてはならない。
では、殺戮と蹂躙を開始しようか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
トロール。
討伐難易度:☆☆☆☆☆
人間種を遥かに上回る筋力と耐久力を有する大型妖魔。
外見は、毛のない緑肌をしたゴリラというのが一番近い。彼らはその巨体通りの力強さに加えて、巨体には似合わに俊敏さを持っている。それに加えて、多少の武器では傷つかない分厚い肌、傷を与えても即座に回復する治癒力――いや、再生能力を備えている。
幸いなことに、彼らは徒党を組むことを好まないので、大抵は1匹、多くても3匹程度だ(ただしトロールの集落では100を超える数が確認されている)。
トロールは1匹でも十分な脅威である。
もしも戦うのならば熟練した前衛が最低でも3人、そして後衛は炎系の魔法が使える者と支援や回復が得意な者、そして罠や毒の扱いを得意とする者が最低1名は必要である。再生能力を封じる手段も用意できていれば、より良い。
知能は高くないとの報告が多いが、上位種は人間と同程度の知恵を持つとの意見もあり、決して侮ってはならない。
―― 冒険者ギルドの掲示板 ――
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