9 / 9
最終話
しおりを挟むイエスの髪が数本宙を舞う。傷はなく、だがその荊の冠が、後方へと飛ばされて落ちた。
クリスは。傷はなく、ただその帽子が、数本の髪と共に撃ち飛ばされていた。
煙を上げる銃を向け合ったまま、そのままで二人はいた。
風が吹き抜け、煙を散らした。その後イエスが口を開く。
「何故、そこを撃った」
クリスに表情はない。
「さあてね、逸れたか。なぜ、殺さなかった」
「お前がそこを撃つ気だったから。お前に殺す気がなく、お前が死ぬ気だったからだ……彼女らの罪を背負って」
イエスは空を見上げた。それから両手の古傷に目を落とし、深く息をつく。ゆっくりと拳銃を回し、音を立てて納めた。
銃を納めながらクリスは言う。
「いいのかい、本当ならあんたの勝ちだろうに。もう一発撃ってりゃあ」
イエスは鼻で笑う。
「馬鹿にするな。六連発を持ち運ぶなら、一発は空にしておくのが常識。落としての暴発を防ぐためにな。……もう、弾倉に弾は無い」
イエスの目の奥を見据えながら。クリスは深く、溜めるような息をつく。
「なら……どうなさるんで、主よ」
イエスは目深にテンガロンハットをかぶり、マフラーを巻き直す。細巻に火を点けた。
「何を言っている? よりによって聖夜に、神の子がこんな所にいるわけがなかろう。私はただの無法者だ」
クリスは口を開け、それから肩を揺すった。笑う。
「そうかい、俺らと同じだな」
馬に乗ると、テンガロンハットの無法者は言った。
「一つ聞かせよ。何故お前は、彼女らのために己を捨てようとした。引き上げてくれた恩か、仲間だからか」
服を着込みながらクリスが答える。
「そのとおりで……ついでに言や、もう一つ。十代ほど前のニコラウスにゃ、でけぇ借りがありましてね。聖ニコラウスは幼子と乙女、船乗りの守護者なもんで」
息をこぼして無法者は笑い、うなずく。
クリスは自分とキッドの帽子を拾い、ニコラウスらの方へ歩んだ。
「長官殿。行こうぜ、同志たち。面倒なことにならねえうちに」
「お前は……貴様という奴は……!」
ニコラウスは唇を歪め頬を引きつらせ、涙の溜まる目を震わせていた。
キッドとスラッシャーは笑い、クリスとうなずき合う。三人でニコラウスを馬上へと押し上げた。武器を拾うと、自分たちもそれぞれ騎乗した。
テンガロンハットの無法者が言う。
「最後にこれだけは言っておく。裁く者はいつか裁かれる……神ならぬ身ならば、必ず」
穴の開いた帽子を手にしたまま、眼帯の無法者は笑う。
「俺もこれだけは言っとくぜ。……誕生日おめでとう、ミスター」
テンガロンハットの男は笑い、眼帯の男は帽子をかぶる。そして仲間と共に、馬を駆け出させた。
蹄と鈴の音が、再び荒野を駆け抜ける。
先頭をゆくニコラウスは、何度か口を閉じては開いていたが。やがて大きく口を開いた。
「馬鹿か貴様はッ!」
「当ったりめぇよ」
前を向いたままクリスは応じ、それから。何かに気づいたように辺りを見回す。
蹄の音。どこからか荒野に遠く響く、いくつもいくつもの蹄の音、そして鈴の音。
やがて。荒野のあちこちに見えた、赤い影が。響き出した、荒野を揺らす蹄の音が。夜を駆け抜ける鈴の音が。四人の周りには集っていた。荒野を埋め尽くすような、サンタクロースの軍団が。
クリスが言う。
「遅ぇぞてめえら! 全員揃ってりゃ、さっきも怖かなかったのによ!」
キッドが言う。
「長官殿、さっさとご命令を!」
スラッシャーがうなずいてみせる。
ニコラウスは苦く笑って、大きく息を吸い込んだ。軍団の方へと振り向き、叫ぶ。
「貴様ら遅いぞ、たるんでおる! 取り急ぎ任務続行、ジル・ド・レは左翼、リョ・フは右翼、ノブナガは中央を率いよ! 私はクリスらと共に向かう! さあ……往けッ!」
夜に声を轟かせ、全員が唱和する。
「押忍、長官殿!」
キッドが口笛を吹き、スラッシャーが笑みを見せ、ニコラウスは笑って涙をこぼした。
クリスが声の限りに叫ぶ。
「クリスマスだ! クリスマスだぜ、同志たちよ!」
(終劇)
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
パンプキン大王とサンタクロースの争(あらそ)い
転生新語
ファンタジー
時期は十一月。ヒロインの神楽能愛(かぐら のあ)は女子校に通う高校生で、クラスメートの神無月西瓜(かんなづき すいか)と、クリスティーナ師走(しわす)は幼馴染である。その神無月とクリスティーナは、外国に引っ越していた期間にそれぞれ、ハロウィンとクリスマスの精霊から使命と能力を与えられた存在となっていた。
政府も警察も関わりたがらない、二人の争いをヒロインは今日も仲裁(ちゅうさい)し。校内のファンは三人の姿を見ては萌(も)えて、推(お)していたのだが……
カクヨムに投稿しています→https://kakuyomu.jp/works/16818093090396627363
また小説家になろうにも投稿しました→https://ncode.syosetu.com/n6946jw/
歴戦少女 ガールズ・ヒストリア
とをふや
ファンタジー
少女たちは偉人の魂を心に宿す――。
鬼方アンナもその一人。己が正義を貫く、強い信念を持った少女。
だが、残酷な現実に心を折られ、自らの身に危険が迫っていた。
絶体絶命の彼女の前に現れたのは一本の刀、そして黒衣の男。
その名は新選組鬼の副長「土方歳三」。
アンナは彼らと共に、己が正義のために戦い続ける――!!
後拾遺七絃灌頂血脉──秋聲黎明の巻──
国香
キャラ文芸
これは小説ではない。物語である。
平安時代。
雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。
宿命の恋。
陰謀、呪い、戦、愛憎。
幻の楽器・七絃琴(古琴)。
秘曲『広陵散』に誓う復讐。
運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男……
平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。
─────────────
『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』番外編
麗しい公達・周雅は元服したばかりの十五歳の少年。それでも、すでに琴の名手として名高い。
初めて妹弟子の演奏を耳にしたその日、いつもは鬼のように厳しい師匠が珍しくやさしくて……
不思議な幻想に誘われる周雅の、雅びで切ない琴の説話。
彼の前に現れた不思議な幻は、楚漢戦争の頃?殷の後継国?
本編『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』の名琴・秋声をめぐる過去の物語。
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
私と目隠し鬼と惚れ薬と
寺音
キャラ文芸
目覚めると知らない橋の上にいました。
そして、そこで出会った鬼が、死者の涙で惚れ薬を作っていました。
……どういうこと?
これは「私」が体験した、かなり奇妙な悲しく優しい物語。
※有名な神様や道具、その名称などを物語の中で使用させていただいておりますが、死後の世界を独自に解釈・構築しております。物語、フィクションとしてお楽しみください。
嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木
麻婆
ライト文芸
「どうしても、俺には優衣子が死んだとは思えないんだ」
外ヶ浜巽は、友人を失くしたことを受け入れられずにいた。そんな彼のもとに一通の手紙が届く。そして、それを機に、彼を取り巻く世界は徐々に様相を変えていく。
埋葬林の管理実務をになう宮司。国際埋葬林管理研究連盟、通称――国葬連のメンバー。町の本屋さん。そして、サンタクロース。
広大な墓地である埋葬林を中心に、人々の思惑が錯綜する。
人は死ぬと木になる。そんな当たり前の世界で、外ヶ浜巽は真実を求めてひた走る。
※毎週、金曜日と土曜日に更新予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる