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最終話

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 イエスの髪が数本宙を舞う。傷はなく、だがその荊の冠が、後方へと飛ばされて落ちた。
 クリスは。傷はなく、ただその帽子が、数本の髪と共に撃ち飛ばされていた。
 煙を上げる銃を向け合ったまま、そのままで二人はいた。

 風が吹き抜け、煙を散らした。その後イエスが口を開く。
「何故、そこを撃った」

 クリスに表情はない。
「さあてね、逸れたか。なぜ、殺さなかった」
「お前がそこを撃つ気だったから。お前に殺す気がなく、お前が死ぬ気だったからだ……彼女らの罪を背負って」

 イエスは空を見上げた。それから両手の古傷に目を落とし、深く息をつく。ゆっくりと拳銃を回し、音を立てて納めた。

 銃を納めながらクリスは言う。
「いいのかい、本当ならあんたの勝ちだろうに。もう一発撃ってりゃあ」
 イエスは鼻で笑う。
「馬鹿にするな。六連発を持ち運ぶなら、一発は空にしておくのが常識。落としての暴発を防ぐためにな。……もう、弾倉に弾は無い」
 イエスの目の奥を見据えながら。クリスは深く、溜めるような息をつく。
「なら……どうなさるんで、主よ」

 イエスは目深にテンガロンハットをかぶり、マフラーを巻き直す。細巻に火を点けた。
「何を言っている? よりによって聖夜イヴに、神の子がこんな所にいるわけがなかろう。私はただの無法者アウトローだ」

 クリスは口を開け、それから肩を揺すった。笑う。
「そうかい、俺らと同じだな」

 馬に乗ると、テンガロンハットの無法者は言った。
「一つ聞かせよ。何故お前は、彼女らのために己を捨てようとした。引き上げてくれた恩か、仲間だからか」

 服を着込みながらクリスが答える。
「そのとおりで……ついでに言や、もう一つ。十代ほど前のニコラウスにゃ、でけぇ借りがありましてね。聖ニコラウスは幼子と乙女、船乗りの守護者なもんで」
 息をこぼして無法者は笑い、うなずく。

 クリスは自分とキッドの帽子を拾い、ニコラウスらの方へ歩んだ。
長官殿マム。行こうぜ、同志たちカンパニェーロ。面倒なことにならねえうちに」
「お前は……貴様という奴は……!」
 ニコラウスは唇を歪め頬を引きつらせ、涙の溜まる目を震わせていた。

 キッドとスラッシャーは笑い、クリスとうなずき合う。三人でニコラウスを馬上へと押し上げた。武器を拾うと、自分たちもそれぞれ騎乗した。

 テンガロンハットの無法者が言う。
「最後にこれだけは言っておく。裁く者はいつか裁かれる……神ならぬ身ならば、必ず」
 穴の開いた帽子を手にしたまま、眼帯の無法者は笑う。
「俺もこれだけは言っとくぜ。……誕生日おめでとうハッピーバースデー、ミスター」
 テンガロンハットの男は笑い、眼帯の男は帽子をかぶる。そして仲間と共に、馬を駆け出させた。




 蹄と鈴の音が、再び荒野を駆け抜ける。
 先頭をゆくニコラウスは、何度か口を閉じては開いていたが。やがて大きく口を開いた。
「馬鹿か貴様はッ!」
「当ったりめぇよ」

 前を向いたままクリスは応じ、それから。何かに気づいたように辺りを見回す。
 蹄の音。どこからか荒野に遠く響く、いくつもいくつもの蹄の音、そして鈴の音。
やがて。荒野のあちこちに見えた、赤い影が。響き出した、荒野を揺らす蹄の音が。夜を駆け抜ける鈴の音ジングルベルが。四人の周りには集っていた。荒野を埋め尽くすような、サンタクロースの軍団が。

 クリスが言う。
「遅ぇぞてめえらムチャーチョス! 全員揃ってりゃ、さっきも怖かなかったのによ!」

 キッドが言う。
長官殿マム、さっさとご命令を!」

 スラッシャーがうなずいてみせる。

 ニコラウスは苦く笑って、大きく息を吸い込んだ。軍団の方へと振り向き、叫ぶ。
「貴様ら遅いぞ、たるんでおる! 取り急ぎ任務続行、ジル・ド・レは左翼、リョ・フは右翼、ノブナガは中央を率いよ! 私はクリスらと共に向かう! さあ……往けッ!」

 夜に声を轟かせ、全員が唱和する。
押忍マム長官殿イエス・マム!」

 キッドが口笛を吹き、スラッシャーが笑みを見せ、ニコラウスは笑って涙をこぼした。

 クリスが声の限りに叫ぶ。
クリスマスだメリー・クリスマス! クリスマスだぜメリー・クリスマス同志たちよカンパニェーロ!」


ウィー・ウィッシュ・ユア・メリー・クリスマス
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