喪失迷宮の続きを

木下望太郎

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第32話  これはウォレスは知りもしない

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 ――物語は終わってしまって、それはウォレスも知っているが。これはウォレスは知りもしない。
 王女はただ抱きついていた、その胸に顔を預けていた。全てが震える迷宮の中で、彼女はじっとそのままでいた。魔王の首の斬り口から、時折垂れる血に濡れたまま。

 首のない魔王もまた、そのままでいた。王女を抱くでもなでるでもなく、ただじっとそこにいた。やがてその細腕が、王女の肩を取り、顔を胸から引き離す。

「先生……?」
 その薄い手が。叩いた、彼女の頬を。
 叩いた、再び。
 震える指で拳を作り、殴った、一度。

「先、生」
 頬に手をやり、つぶやく王女の。その首に魔王は手をかけた。震える両手を、絞るように絞めかけて――不意にその力が緩む。ため息をつくように肩を落とした。
 そうして、片手の指を自らの首の斬り口へやり、血に浸す。それで彼女の胸に書いた、呪文の文字列を。

「先生!」
 気づいた王女はその手を振り払おうとしたが。そのときにはもう、魔王の指は終止符を打っていた。転移の呪文の文字列の。

 水面のように揺れ始める、王女の視界の中を。魔王の背中が遠ざかっていく。ないはずの首を、彼がゆっくりと横へ振る――それを王女は、見た気がした。

 その物語も終わってしまって、ウォレスは何も知りはしない。――

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