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第31話 アレシアたちと
しおりを挟む叩き割る勢いで扉を開き、外へ出たところで。ウォレスは目を瞬かせた。
廊下もまた大盛況だった、人と人とがひしめいていた。この店に行列ができる日など想像したこともなかった。
各々の頭を腕に抱えた者ばかりではなかった、明らかに地上では不要と思える、隆々たる筋肉の持ち主。顔に腕に、彩るように古傷をつけた人種。冒険者、同業者――見知った顔もある、かつて仲間だった者も、ウォレスを見つけて手を振ってくる、喪失された者たちだ――。まるで花が咲くように、壁石が音もなく分かれて口を開け――武器の隠されていた場所がそうなっていたように――、そこからぞろぞろと彼らが吐き出されて、旅行者のように辺りを見回す。
跳ねのけながらウォレスは駆けた。アレシアの姿はもう見えない。途中、壁から出てきた中にまた、仲間と肩を組むジェイナスがいた。気がした。
不意に行く手で炎が上がる。と思う間に爆音が、痺れるほどに壁を天井を震わせ。叩きつける熱風が、人ごみをかき混ぜながら吹き飛ばす。
手を顔の前に掲げ、腰を落としてこらえた。顔を上げると廊下の端々で燃える火の向こう、紅い鱗の竜が見えた。その首には交差する大きな傷跡があって、それもやはり見覚えがあった。これもまた、喪失されたはずのものだった。
その竜へ向け、甲高い笑い声を上げながら。枯れ草のように荒れた金髪をたなびかせ、剣と斧とを振り上げて、跳びかかるのは戦士サリッサ。かつてウォレスが仇討ちを――首に交差する傷を持つ紅い鱗の竜、爆炎卿と呼ばれる古強者の個体を倒すのを――手伝ってやった女。
爆炎卿の振り上げた翼に弾かれ、床に転がった後。立ち上がりながらサリッサは笑った。顎から喉へ伝うよだれが炎に照らされて輝く。
「ああ、あああ! 見つけた、とうとう見つけた! 見ろよウォレス、見ろよウォレス! あいつだ、あいつ、あああとあいつも!」
次々と剣の先で指す方を見れば爆炎卿がいる。その向こうに爆炎卿がいた。その奥の闇を裂き、炎を吐きながら現れたのは爆炎卿だった。
サリッサはよだれをすすり上げながら笑った。
「あああ、お前だ、お前で、お前もだ!」
手前の爆炎卿へ跳びかかる。振り上げられた翼を今度は、右手の剣で突いては斬って。熟練の職人が細工物を解体するように、肉を穿って筋を断ち骨を外して、自らの通る穴をこじ開けた。くぐり抜けざま体をひねり、左手の大斧を勢いのまま、仇の脳天へと叩き入れた。
爆炎卿が崩れ落ちるそこを、さらに体重をかけて斧を押し込むサリッサへ。残り二体の仇が炎を吐いた。燃えながら弾け飛んだサリッサの腕は、剣をつかんだままウォレスの前へ落ちて、吸い込まれるように床へ喰われた。頭や胴――と思われる炎の塊――も壁に打ちつけられて潰れながら、同様に喪失された。
二体の爆炎卿がウォレスの方を向いたとき、両側の壁が音もなく分かれた。積み石の間から現れたのは左も右も、それぞれにサリッサだった。防具こそ身につけない、垢の染みた服のままだったが。
二人はそれぞれ奪うように、転がったままの剣と斧とを拾い、それぞれの仇へ跳びかかった。二人はそれぞれ跳ね飛ばされて、首と胴とに、腹から上と腰から下とに、二つ二つに裂かれていた。その傷口には肉も内臓もなく、ただ石がのぞいていた。隙間なく積まれた直方体。倒れた最初の爆炎卿の、頭蓋の内からも同じものがこぼれていた。
ウォレスは駆けた。刀を振るった。二体の爆炎卿をまとめて斬る。その腹からも同じものがこぼれた。
さらに駆けた、刀を振るった、その先の人ごみも斬り裂いた。喪失された者たちの群れは、同じように斬り裂かれた。途中二、三人、ジェイナスも斬った。
その先にアレシアはいた。
一人、唄うように口を開く。
「うらやましいのね、彼らのことが」
ウォレスは斬った。
その隣でアレシアが言う。
「失ったものとまた会えて」
ウォレスは斬った。
その左右でアレシアが同時に口を開く。
「うらやましくて仕方ないよね」
「もう変わらずにいられるからね」
二人まとめてウォレスは斬った。
左右の壁際でアレシアが声を上げる。
「天国みたいね、まるでここは」
「君もここにいたらいいよね」
アレシアたちをかき分けて右のアレシアを斬り、アレシアらの頭上を跳び越えて左のアレシアを斬った。
奥で一人、ころころころ、と喉を鳴らす。斬り落とされた手と手をつないだ、アレシア。
「ここにいるべき人ね、本当に。ねえ、ぼく、だってそうしたら。アレシアとずっといられるよ。わたしとずっといられるよ」
ウォレスは刀を振りかぶる。一度力を緩めた後、一瞬に強く振るう。刃でなく刀の横腹を向けて。巻き起こす風が奥の一人を残し、その間のアレシアらを一息に薙ぎ倒した。
「……悪ふざけはもう終わりだ」
そうだ、悪ふざけでしかない。あの人といたいわけじゃない。あの日といたいだけだ。あの日にずっといたいだけだ、叶うなら。もしも、仮にこのアレシアの言うとおりなら。ウォレスはあの日に喪失されているべきだったのだろう。
そう考えて、息がこぼれた。息は長く、絞るように長く続き。端の方で苦く、笑みに変わった。
そうだ、本当にそうだった。――あの日から迷宮に潜り続け、それであの日はどこにあった? それであの日は続いていたのか、それともその先にあったとでも?
かぶりを振った。構え直し、切先をアレシアの喉へと向けた。薄闇の中で刀はわずかな光を反射し、鈍く輝いていた。
「終わりさ、とはいえ、賢いらしいな。君は俺より」
気にした風もなく、アレシアはウォレスを見上げていた。
「龍は餌には困らなかったよ」
ウォレスは構えを崩さない。
「へえ」
「だって神さまだったもの。少なくともそう思われた。今じゃなくて昔のことね」
「そうかい」
「だって彼に喰われた者は、変わらぬ姿でまた現れた。そのままずっと変わらなかった」
「……何?」
「そこが天国だと、きっと思ったんだろうね。むしろ喜んで喰われてた、ここに国ができるより昔の、ここに迷宮が在るより前の、人たちは」
「……おい」
「でもさ、そうじゃない人たちもいて。龍に眠りの時期が来たとき、長い休眠の時が来たとき。それを永くする呪いをかけたの。六本の武器を、彼の中に突き刺して」
身じろぎもせず構えたまま、ウォレスの頬が引きつった。
アレシアは笑って言う。ころころころ、と、床石の上を小石が転がるように喉を鳴らす。
「そうしてずうっと後になって。ある研究者がそれを突き止め、封印の一つを探し出したの。それで龍のほんの一部は、目覚めることができた。龍そのものから切り離されてね」
のぞき込むアレシアの目は闇の色をしていた。黒ではない、寝ぼけたような薄闇の色。見慣れた色、今も辺りを、地下七百二十四階層、迷宮の全てを満たす色。そこにウォレスが映っている。口を開けたまま映っている。
足元が揺れる。気のせいかと思う間に揺れは強まり、壁が天井が軋んだ。
なるほど、アミタは正しいらしい。龍は長くて、ただし見たことがないほどではない。
揺さぶられて震える舌で、ウォレスは転移の呪文を唱える。
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