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第15話 彼女を待とう
しおりを挟む次の日からまた宝珠を探す。住人から目新しい情報はなく、アミタの居場所も分からなかった。
サリッサは仇の竜――爆炎卿と呼ばれた赤炎竜の個体――がいるのを見た、確かに見たと言っていたが。これも喪失から帰ってきたものか、何ともいえなかった。金髪を振り乱し、よだれを垂らしながら斬りかかってきたサリッサは殴り倒して放り出した。
そうして迷宮をさまよって、剣を振るって、着いていたのは。地下五百四十階、西側端の壁沿い、南の方。アレシアが言った場所の付近。
足を止め、長く息を吐き、わずかに速まった呼吸を整える。右手の剣と左手を振った。それらを生温かく濡らした返り血が、音を立てて地面に落ちる。ズボンの裾も絞った方が良さそうなほど濡れていた。
辺りにはぶつ切りにしたばかりの巨大な蜥蜴――竜とは違って火は吐かない、天井につきそうな上背といかにも肉食らしい巨大な顎を持った二足歩行の蜥蜴。前脚だけは冗談のように小さく何の役にも立ちそうにない――が二、三匹。
それらが流す血が染み込むように、いや、呑まれるように消えていく。ごくごくと呑まれるように、大量の血が。遅れて肉がとろけるように崩れては、霞むように同じく床へ飲み込まれる。散らばった骨はどれも人間の腕ほどはある、喪失には時間がかかるだろう。
胃袋のあった場所には苦酸っぱい胃液のにおいが漂い、飲み込まれていたらしい武具が転がっていた。兜や鎧は穴が開き、ひしゃげて使い物にならなかったが。剣だけは目立った損壊はなかった。下層で手に入るものには及ばないが、地金の鍛え具合を見るになかなかのものだ。魔王と戦っていた頃のウォレスたちなら、先を争って手に入れようとしただろう。
思わずウォレスは微笑んだ。昔を思い出した、それもあるが。魔物の腹に武具一揃いが飲まれていたということは、冒険者が喰われたのだろう。そうだ、今もいなくはないのだ。かつての自分たちのような人間が。
ウォレスはいっそう微笑んで、鎧兜へ手を掲げてみせた。弔い代わり、などという考えはなかった。ただ本当に、嬉しかったのだ。挨拶はそれで済んで、収穫物を収納にかかる。
「ストロ・ソルフォ・アン・ブロ・ウォル・ロクド・エント・ムーセント――【厩倉】」
魔力を帯びる二本の指が、星に似てひそやかに光る。筆で刷くように空気を撫でると、さっくりと空間が割れた。その向こう、歪な虹が揺らぐ別の空間――剣が鎚が盾が魔法衣が魔法薬や酒の瓶が無数にたゆたう――へと剣を放る。
別空間へと接続し、荷の保管場所として利用するための呪文。召喚術の一環であるこの魔法は、長く旅をする冒険者なら誰もが習得したいと考えるものだった。同時に、多くの者が習得する前に引退する――あるいは扱う実力を身につける前に迷宮で命を落とす――ものでもあった。
ふたをするように指を振るうと、空間の切れ目はそれで消えた。
ふと思う。このまま封印を解いていったなら、この剣の主も帰ってこられるのか?
かぶりを振る。今考えても、らちも開かない。
「さて、と」
改めてアレシアが言った壁を見回す。当然何の変哲もなく、透視魔法を使ったところで同じだろう。懐へ手をやり、受け取った欠片を取り出す。片側がざらついた、白い陶器か何かの破片。少し大きい他は、前に渡されたものと同じ。
龍の宝珠と、帰ってくる喪失者。関係があるのかは分からない。それでも探索に進展もない今、アレシアに会っておくべきだと思えた。
迷宮の記憶だとかがある、そんなことを彼女は言っていた。それがどういうことなのかは分からないが。そして宝珠もまた、迷宮でこそ使われるものだという。何らかの関係が、あるいは手がかりとなるものがあるのではないか。
そう、そのとおりだ。会っておくべきだ、問いただすために、だ。王女の方にももう一度会えれば話は早いだろうが、会いたいとは思えない。それはきっとお互いに。
歩きながら西側の壁に欠片を当てていく。三歩目で以前のように壁石が整然と身を引き、通路があらわになった。花びらが開くような、目蓋や口が開くような動きだった。
手にした欠片を見つめ、打ち返し打ち返し眺めてみる。そもそも何なのだろうか、これは。なぜこんな焼き物か何かが迷宮の通路を開くのか。透視魔法でも見通せないような隠し通路を。そんな道具など見たこともない、十八年間迷宮を駆けずり回って一度も。あるとすればよほどの貴重品か、魔王や邪神でもなければ持っていないような。
そこまで考えてふと浮かぶ。
「……龍の、宝珠?」
言ってみて、ため息しか出なかった。さすがに宝珠のはずはない。こんな薄い、指二本で砕けそうなもの。
今まで渡された欠片を全て掌に載せてみる。いずれも白く、丸みを帯びた欠片。外側は石のようにざらつき、内側はすべすべとしていた。何か、同じ一つのものの破片かとも思われたが。欠片同士でぴたりと合うものはなかったし、あるものは椀のようにきつい丸みを、あるものは皿のように浅い丸みを帯びていた。
「壺か何かか?」
それなら位置によって欠片の形も様々だろう、有り得る話に思えた。だが、だとしてもなぜ、壺の欠片などにこんな力が?
これもまた、らちも開かないことだ。欠片をしまい込み、開けた通路の奥へと進んだ。
前と同じように奥から青い光が漏れていた。そちらへ向かえばこれも同じく、広まった場所の中央に光を放つ武器が突き刺さっていた。今度は槍だった、迷宮でも最上級の名槍、『貴誓槍』。十字型のその穂と、柄の先辺りにはやはり文字が青く刻まれている。
引き抜くとその穂先から光が滴り、それを受けた地面が音を立てて隆起する。石に形作られたのは騎士の姿。以前の戦士と同じく堂々たる体格、しかし全身を重装鎧に包んでいる。手にした槍の他は、鎧に浮き彫りされた紋様さえ細かな石で構成されていた。
見事なものだった、騎士の戦いざまは。素早く突き、それ以上に素早く引く。横から薙ぎ、上から叩き、そこから返して突き上げる。鎧にくまなく身を包んでいるにも関わらず、淀みなく流れるような、しかも激流のような動き。時折突きを外したと見せては、十字型の穂先を利用して鎌のように刈ろうとする。足を、あるいは首を。
ウォレスはそれらをしばらくかわした後、真正面から槍の柄をつかんで止める。相手が引こうとした動きに合わせて跳び出し、手にしていた剣を振るう。頭から股まで両断した。そこから連続で突き、粉々に砕く。
ウォレスは剣を納め、拾い上げた槍で肩を叩く。よく働いたと、そんな感覚が胸にあった。
帰ろう。そう思った。アレシアもまた来るだろう。帰ってくるだろう。この槍と前の短剣、それを取りに。
そうだ、帰ろう。分からないことはいくらもある、それもそのときに問いただそう。全て、そうだ全て。彼女が何なのか、この欠片は何なのか。迷宮の記憶とやらは何なのか、龍の宝珠のことも。そう、帰ろう。アレシアと会おう。それがいい。
そう考え、槍をかついで歩き出す。彼女の、それにかつてのアレシアの、絹のような感触の声を思い出す。
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