5 / 13
第5話 彼とデート(本当)
しおりを挟む今日は日曜。彼とデートだ。本当だ。
部活が終わったら、昼から――二人きりで――一緒に出かけ、――二人きりで――ご飯を食べて、――二人きりで――買い物に行く。電車に乗って、街中に出かけて。
これはつまりデートだ。絶対そうだ。
現に、『今日デートだよね?』と彼に聞いたら『え? あーそうそう、それな』というお墨付きを――全く話を聞いていない感じではあったが――いただいた。
なのでもう間違いない。
そういうわけで今日は、デートだ。部活が終わったら。
午前中で部活が終わり、すぐに僕たちは一緒に出かけた。シャワーも浴びないまま――学校の武道場にそんなものはない――、汗に濡れた道着の入ったバッグを抱えたまま。
この時点でだいぶ、デートだという論拠には乏しくなってきたのだが。『めっちゃ腹減った』という彼の主張により、昼食は電車に乗る前、地元のうどん屋で摂ることとなった。
実に飾らない、自然体のデートだと言っていいだろう。
煮しめたような色ののれんをくぐり、立てつけの悪いアルミ製の引き戸を開ける。壁に貼られた、色あせた紙のメニュー表から二人ともざるうどんを注文し、セルフサービスの天ぷらを皿に取る。僕は栄養バランスを考えて、おでん鍋から大根を取っておくことも忘れない。
それぞれ支払いを終え、カウンターで横並びに――テーブル席に座ればいいのに、彼はいそいそとカウンターに座って割りばしを取った――座る。
一秒を争うかのような勢いで彼はうどんをすすり上げ、麺の端が勢い余って鼻を叩く。
僕は苦笑しながら、大根を二つに分けて、片方を彼の皿に載せた。
彼は麺を噛み締めながら礼を言う。
彼を見ながらうどんをすする。ジャージの下からのぞく彼の首筋と胸の辺り、袖をまくり上げた先からのぞく前腕。そこに薄青い、かすれたような跡がついている。
それと似た跡は、うっすらとだが僕の腕にも。
剣道着や防具の布部分は、藍染めで紺色に――いや、まさに藍色か――染められている。最近のものだと合成染料のものもあるが、彼や僕はそこそこ立派な道具を使っている。なので当然藍染めだ。
この藍という染料、非常に色落ちや色移りしやすい。それを着て練習しただけで、腕や体が青くなるほどに。彼は道着を新調したばかりなので、特にひどい。
さらに言えば。この染料、独特の匂いがある。鼻の奥に引っかかるような。
それ自体は決して悪い匂いではないのだが。汗と結びつき、さらに時間が経つことで、すえた汗臭さが鼻の奥に引っかかる、最悪のにおいとなる。少なくとも食事中や、デート中に嗅ぎたいにおいではない。
そんなにおいのバッグを傍らに置いたまま。青く染まった僕らは、熱心にうどんをすする。
結果だけを言えば、チンピラみたいな格好をする羽目になった。僕ら二人の、素敵なはずのデートは。
街で古着屋を巡るというのが今日のデートの――何度でも言おう、デートの――主旨だ。
「和柄の服とか探したいんだよな」
電車に揺られながら彼はそう言っていた。
おしゃれになった彼の姿を――僕自身、服には詳しくないので何となくのイメージだが――想像しつつ、僕は何度もうなずく。電車の揺れに合わせて。
そしてあわよくば、お揃いのものを買おうと思っていた。
街に着いた僕らは――笑わないで欲しい。無人駅から電車に乗った僕らは、駅員のいる駅、自動改札機を備えた駅、両手の指では数え切れない乗客の出入りがある駅に下り立っただけで、テンションが上がっていたのだ――、変なテンションだった。だからしょうがない、本当にしょうがないのだが。
古着屋に駆けていった僕らは、そのテンションのままTシャツをあさり、ズボンの群れをかき分け、ワゴンに山積みされた服を吟味し、その調子で何軒も巡り。
そしてウキウキで、公衆トイレで戦利品に着替え。洗面所の大鏡を見て、二人とも我に返った。
彼のアロハシャツの背には、身をはみ出させるような勢いで金色の龍が躍り。濃紺のズボンには、片脚の太ももから尻を占領するようにでかでかと錦鯉が泳ぐ。Tシャツの胸には浮世絵の筆致で、妖怪絵らしい髑髏がおどろおどろしく描かれていた。
一方僕のシャツには、全体を青く染め上げるように高波が飛沫を上げ。黒いズボンには妖しく彼岸花が咲き誇る。中に着たTシャツの胸には、日に照らされた富士山が赤くそびえ立っていた。
鏡を前に二人、長く黙り込んでいたが。
「……何で買ったんだオレ」
鏡を見たまま彼がつぶやき、僕もまた鏡を見たまま言う。
「……二時間前の君に聞けよ」
彼は僕の肩をつかみ、何度も揺さぶってくる。
「何で止めなかったンだよてめェ!」
「知るかよ、二時間前に聞いとけよ!」
実際二時間も前は、僕のテンションもおかしかったのだ。
「はあ……」
彼はため息をつき、もう一度鏡を見る。
鏡の中のチンピラ二人――しかも相当に頭の悪い奴――は、中途半端に口を開けて僕らを見ていた。
彼は髪をかき回しながら、洗面台にバッグとビニール袋を載せる。
「しまったなァ……この分じゃ他のもやべェかもな……」
袋の中から、他に買った服も取り出した。
全面に桜吹雪が散っているアロハはいくらなんでも派手過ぎる。
太ももに大きく般若が居座っているハーフパンツは怖過ぎる。
胸から腹にかけて『四天王』と墨書されたTシャツにいたってはわけが分からない。
ただ、黒地で背中に大きくスペースを空け、隅に闘鶏を描いたTシャツ。これなんかは水墨画のような空間の取り方で面白いとも思えたし、蒔絵風に紅葉を描いたアロハは、柄こそ仰々しいが暗めの深い赤――彼の好きな臙脂色――で、全体としては落ち着いて見えた。
またため息をつき、彼は服を戻していく。
「マシなのもあるが全体にアレだな……やっちまったな……」
「それはまあそうだけど……そういやなんで急に、和柄集めようとか思ったの」
荒く波打つ髪をかきながら彼は言う。
「さすがにほれ、袴を普段着にとかは無理でもよ。和のテイストを日常に取り入れたいッつーか」
その計画は早くも頓挫したようだ。
ため息をついて彼は言う。
「あーあ、あと和を取り入れるッたら何だよ……浴衣ではもう寝てるしな」
「そうなの!?」
僕の声は少し大きかったが、彼はこともなげにうなずいた。
「ああ、中学の頃からそうだぜ。安もんだけどよ、帯も『片挟み』にちゃんと結んでる」
夏祭りのときなんかは確かに、浴衣でうろついていた気もする――彼を好きになる前、ただの幼なじみだった頃。僕の中身がこうだと、僕自身気づいていなかったときのこと――。
その姿を思い出し、あるいは想像して、僕は大きくうなずいていた。
「……いい。いいよそれ、凄くいい……めっちゃセクシーじゃん!」
変な語彙が思わず飛び出し、僕の顔は引きつりかけたが。
「セクシー……なるほど、なんかランク高ェ誉め言葉来たなオイ! ダンディなオトナの夜を演出しちまったワケか! ヒューッ!」
最後のは口笛ではなく言葉として言って。彼は満足げに、鏡を見ながら髪をなでつけ始めた。
だが、不意にその手を止めてこちらへ向き直る。
「悪かったな、今日。変な買い物になっちまって」
急に何かと思っている間に、彼は僕の手を取った。
「お詫びに……もらってくれねェか」
その手に載せてきたのは、袋から出したTシャツ。背中一面を覆うように大きく、ひょっとこの面が描かれたものだった。
「……いらねえ!」
言うと同時、彼の顔にぶん投げる。
純粋にいらねえ。
彼は笑ってそれをつかみ、袋の中からさらに別の服も取り出す。
「いいじゃねェかオレの気持ちだって! あ、ほら昼飯ンとき大根くれたろ、あの礼で」
四天王Tシャツもつけて差し出してくる。
「やめろ、ハズレばっか押しつけてくんなよ!」
「いいだろほら、お前誕生日近かったろ、オレの気持ちだって」
「お前のはどうでもいいから僕の気持ちを考えろよ!」
僕が投げ返した服を受け止めた彼は、袋から般若のハーフパンツを取り出してきた。
不意に真顔になり、姿勢を正す。
左手で支えたハーフパンツを、右手でそっ、と掲げ持った。宝石箱を開くみたいな格好で。
「……給料、三ヶ月分なんだ」
僕は一瞬黙って、それからようやく突っ込んだ。
「……婚約指輪かよ! それで成立したら嫌だろ逆に!」
彼は表情を崩さない。
「結婚しよう」
僕はどうにか、どうにか言葉を胸から絞り出した。
「……はい……、ってなるかバカ!!」
彼は無言でひざを折り、身をかがめて。
僕の左手を取り、薬指を、そっ、と握った。そこに通そうとしてくる。ハーフパンツの、般若つきの裾を。
「幸せにしてみせる……必ずだ」
ずいぶんためらった後、僕はやっと。彼の手からハーフパンツをもぎ取り、顔面へ叩きつけた。
「聞けやボケぇぇっ!!」
彼は満足げに笑い、うなずく。
「君の作ったみそ汁を毎日飲みたい」
「まだ言うか……」
僕が息を切らしながらつぶやくと、彼は自分を親指で指した。
「オレと、一緒の墓に入ってくれないか」
「それもう脅し文句だよ」
僕を指差して片目をつむってみせる。
「ウチの墓は入ると涼しいぜ?」
「入ったことあんのかよ」
言いながらも僕はずっと握っていた。左手を、その薬指を。
今日は最高のデートだった。この論理に穴があることは百も承知だが、それでもこう言おう。
今日は最高の日曜だった。最高のデートだった、本当だ。
あと、彼は勢いでタグを全部切っていたため、返品はできなかった。
僕のは返品した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~
乃ぞみ
BL
渡辺 真詞(わたなべ まこと)は小さい頃から人ではないモノが見えた。
残念ながら話もできたし、触ることもできた。
様々なモノに話しかけられ、危ない目にもあってきた。
そんなとき、桜の下で巡(めぐる)に出会った。
厳しいけど優しい巡は特別な存在になった。
きっと初恋だったのに、ある日忽然と巡は消えた。
それから五年。
地元から離れた高校に入った十六歳の誕生日。
真詞の運命が大きく動き出す。
人とは違う力を持つ真詞が能力に翻弄されつつも、やっと再会した巡と恋をするけど別れることになる話。(前半)
別れを受け入れる暇もなくトレーニングが始まり、事件に巻き込まれて岬に好かれる話。(後半)
・前半 巡(人外)×真詞
・後半 岬(人間)×真詞
※ 全くの別人ではありませんが、前半と後半で攻めが変わったと感じるかもしれません。
※ キスを二回程度しかしないです。
※ ホラーではないつもりですが、途中に少し驚かすようなシーンがあります。ホラーのホの字もダメだという方は自己判断でお願いします。
※ 完結しました。遅くなって申し訳ありません。ありがとうございました。
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる