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第1話  袴(はかま)とスカート

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 はかまを普段着にしたいよね、ということで、僕ら二人の意見は一致した。
 とはいえ、すでによく履いてはいる。一日に二時間やそこらは。何なら今も履いている、僕らは。

 たとえ肩車して竹刀しないを振るったとして、決して届かない高さの天井の下。広い板敷きの間に、床を踏み割るかのような彼の足音が響く。竹刀を振るって飛び込んだ、踏み込みの音。
 武道場にはもう、他に誰もいなかった、隣の畳敷きのスペースにいた柔道部も先に帰っていた。居残り練習につき合ってくれた、彼と僕だけがいた。その練習も終えて片づけるところだ、防具は二人とも外している。
 木製の格子の向こうにある窓、蛍光灯の光を反射するガラスの向こうに見える景色は、すでに黒一色。宇宙のように隔絶された黒。

 彼は踏み込んだ先で足を継ぎ、足を継ぎ。やがて残心ざんしんを――技を放った後相手に向き直り、構え直す動作を――取った後。身を反らせ、竹刀を持ったままの片手を上げて大きく伸びをした。
 それからもう片方の手で、黒髪の荒く波打つ頭をかく。

 彼は竹刀を肩にかつぐ。片手で、ばさ、と音を立て、はかますそをさばく。そうして膝辺りの生地をつまみ、しげしげと眺めた。
「まあ普段着は無理にしてもよ。やっぱりはかまだよなはかま……この開放感、動きやすさ、それでいてこの端正なフォルム……正に武士もののふ、侍の装束しょうぞく……いい……」

 僕もまたうなずき、眺めた。彼のつまみ上げたはかまを、そして。彼自身を。
 はかまをつまむ骨太な手。汗に湿り、その色を濃くした藍染あいぞめの道着。けして太くはないが、ぎちりとした筋肉をそなえた、侍の体格。
 いつも何かに挑んでいるような鋭い目つきは、今だけは緩められ。手にしたはかまに注がれている。

「うん。いいよね。美しいよね」
 僕は彼を――はかまではなく彼を、気づかれないように――見ながらそう言い。
 それからその場でくるくると回り、自らのはかまの裾をひらめかせた。

 彼の履くはかまは、侍の装束として美しくて。
 僕自身が履くはかまのことは、別の意味で好きだった。

 動きにつれて、ふわり、となびくその装束は、
 まるで、たけの長いスカートのようで。僕自身は決して履けない、スカートのようで。

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