斬壺(きりつぼ)

木下望太郎

文字の大きさ
上 下
3 / 6

第3話

しおりを挟む

 次の日。剛佐は再び童とまみえた。偶然に、である。
 宿場町を行き交う人に交じり、剛佐の行く手から童が歩いてきていた。肩には何やら、こもにくるんだ長い束をかついでいる。
 剛佐はそちらへ駆け出しかけた。が、行ってどうするのか自分でも分からず、足を止める。

 目を伏せ、建物の陰に入ろうとしたのに。童は向こうから声をかけてきた。
「おっさん。昨日は世話になったの。怪我ぁないか」
 からりと笑う童の腰には、変わらず何本かの脇差があった。その一つは剛佐のものだ。

「む、うむ……」
 言葉を濁す剛佐に構わず、童は喋った。
「そらぁ良かった。わしゃぁほれ、小商いに下りてきたとこじゃよって。今日はお陰でうまい飯が食えそうや。有難う」
 童は笑って、かついだ束を軽く叩く。薦の下には幾本もの刀が見えた。無論その一つには見覚えがある。

 顔に熱を感じながら、道ゆく者の視線を感じながら、剛佐は言っていた。
「……なぜ、刀を狩る。弁慶のひそみに倣おうとてか、武士に恨みでもあるか」

 童は息をこぼして笑う。
「そんな大仰なもんやない、恨みがあるなら命も取っとる。楽に飯食うためよ」
 かつぎ直した刀が音を立てる。
「どいつもこいつものんびりした太刀や、あくびしながら片づけられる。それに武士だけ襲うんなら、後々面倒にはならん。斬り剥ぎされたなんぞお上に言われんけぇの。恥の体面のとて、お武家は色々あるらしいよって」

 剛佐は目を見開き、口を開けていた。
歯を噛み締める。震える手を握り締める。叩きつけるように、頭を下げていた。
「再びの……再びの立ち合いを、所望いたす」

 童は鼻で息をつく。
「言うても。太刀もなかろうし、一度拾うた命ぞ。二度捨てに来ることも――」

 下げたままの剛佐の顔は、硬く歪んでいた。
「所望いたす」
「お断りじゃ。銭も刀ももろうとる、他に取るもんなかろうが」
「命を」
 かっ、と童が喉を鳴らす。
呆気ぼけが。命は買えんが、売れんのじゃ。わしの商いにならん」

 上げた顔を、ずい、と剛佐は寄せる。鼻と鼻とをぶつけるように、目玉の奥をにらむように。かぶりつくように、口を開いた。
「銭も刀も用意いたす、立ち合いを。十日後、日の出、昨日の場所にて」
 言い捨て、剛佐は背を向ける。

 背中ごしに、ため息の後で声が聞こえた。
「せいぜいたんまり持って来ときな。まけてやる気はないけぇの」




 町外れまで歩き、剛佐は棒切れを拾った。昨日手にした枝だった。
 振るった。満身の力を込めて。何度もそうした後、近くの木立へ駆け、木へと打ちかかった。切り倒そうとでもいうかのように、何度も何度も。
 先ほど童と話したとき。つかみかかりたかった。絞め殺したかった、あの場で。そうしていれば、死んでいたのは剛佐の方だったろうが。

 何故だ、と問うた。何故敗れたのか、立ち合いを商いなどと言う者に。何故あのような小童こわっぱに。
 そして、何故。自分はあの童ではないのか。あれほどの才を、全てを鼻で笑えるほどの才を持った者でないのか。
剛佐は何度も木を打った。それはもはや修行ではなかった。

 やがて音を立て、棒が二つに折れ飛んだとき。荒い息の下、剛佐は腹の奥で笑った。もしも童の首が飛んだなら、同じ笑いが漏れるのだろう。そう考えて、また別の棒を探した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三九郎の疾風(かぜ)!!

たい陸
歴史・時代
 滝川三九郎一積は、織田信長の重臣であった滝川一益の嫡孫である。しかし、父の代に没落し、今は浪人の身であった。彼は、柳生新陰流の達人であり、主を持たない自由を愛する武士である。  三九郎は今、亡き父の遺言により、信州上田へと来ていた。そして、この上田でも今、正に天下分け目の大戦の前であった。その時、三九郎は、一人の男装した娘をひょんな事から助けることとなる。そして、その娘こそ、戦国一の知将である真田安房守昌幸の娘であった。  上田平を展望する三九郎の細い瞳には何が映って見えるのだろうか?これは、戦国末期を駆け抜けた一人の歴史上あまり知られていない快男児の物語である。

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

辻占

岡山工場(inpipo)
歴史・時代
推理要素のある時代物

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

処理中です...