128 / 134
四ノ巻 胸中語るは大暗黒天
四ノ巻19話 歓談
しおりを挟む「すまなかった」
紫苑が立ち上がり、ひざより深く頭を下げた。鈴下に向かって。
鈴下はしゃがみ込み、震えていた。その手は自らを抱くように、両のひじを強く握っていた。
歯を食いしばり、うつむいたまま何度も首を横に振る。それからようやく口を開いた。
「いいんです……いいん、です」
紫苑は崇春らに向き直る。
「申し訳なかったね。突然妙なものを見せて」
手を一つ叩くと、笑顔で言った。
「さて! 暗い話はここまでだ、楽しくいこうじゃないか。まずはいくつか補足――」
「いけるかボケ」
つぶやくように、しかし鋭く言ったのは平坂だった。
油断なく、鈴下と紫苑に視線を走らせながら続ける。
「だいたい何度も言わせンな、てめェらは斬られる側だ。補足が要るなら百見、お前から聞け。谷﨑、お前もだ」
「え……」
言われて、かすみは目を瞬かせた。
ひざが震えている、ビデオ通話を起動させているスマートフォンを持つ手も――学校の敷地外にいる渦生らが見ている映像は、ひどく見えにくいものになっているだろう――。
さっきの映像を見てから震えが止まらない、歯が音を立ててかち合っている。
なぜあんなことが起こったのか、二人はなぜ無事なのか、男ともう一人、倒れていた人は誰なのか、その人たちはどうなったのか。疑問がいくつも浮かんでは消える。
が、それはそうと震えが止まらない。指先から、スカートの下、外気に触れる脚から、体温が宙へと逃げていく感覚。涙さえ目の端ににじんでいた。
こんな自分に、この場で何が――
平坂は変わらぬ表情で言う。
「頼むぜ。疑問や矛盾……妙なとこがあったら遠慮なくツッコんでやれ。いつもみたいにキレのあるやつをな」
かすみの頬が引きつる。震えが止まった。
軋むような口をどうにか開けた。
「……そんな、ツッコミばっかしてないですよ、私」
数秒の後。
盛大に吹き出したのは百見だった。
平坂は真顔のまま震え、やがて口元を押さえ、肩を揺らす。
崇春はひざを何度も叩き、苦しげに身を折り曲げて爆笑した。
「ふ……ははは! はあっはっはっはぁ! そ……りゃあ、そりゃあないじゃろう谷﨑! く……ふふふ」
顔を隠すように眼鏡を押さえ、震えながら百見が言う。
「ど……どの口が、どの口が言うんだいそれ……!」
「はははッ……はは、お前ッ、お前全然……ちょ、や……あッははは!」
平坂ももう、笑い声を隠してはいない。
かすみは思わず声を上げた。
「いや、笑うとこですかここ!? なんでそんな笑われなきゃいけないんですかーーっ!!」
さらに爆笑が起こり、紫苑と鈴下すら、口の端で微笑んでいた。
ようやく笑いが収まった頃。
スマートフォンから渦生の声が響く。
『あー……笑った笑った……』
それでまた、全員に笑い声が起こる。
「何なんですかーーっっ!!」
かすみが生徒会室に声を響かせ、それでようやく皆落ち着いた。
崇春が満足げに息をつき、大きくうなずいた。
「谷﨑よ」
「……何ですか」
腕を組み、しみじみとうなずきながら崇春は言う。
「今のはええ目立ちじゃったぞ。いやはや、あれだけの爽やかな目立ちができるとは……まったく、新たな好敵手の出現といったところよ」
「だから、目立っ……、か……!」
反射的に言いかけて、無理に言葉を吞み込むかすみ。声が止まったまま、口だけが宙を噛む。
その光景にまた、百見は吹き出したが。
笑いを噛み殺して言った。
「さて、思わぬ一幕だったが。あの映像の内容、いくつか質問させていただこうか」
「ああ、どうぞ」
紫苑は椅子にかけ直し、再び脚を組んだ。
百見が何か言うより先に、崇春が口を開く。
「待てい。百見、先の光景じゃが。まこと、ありのままあったことか?」
「ああ。黒く塗り潰された箇所の他は、改変などはされていない……少なくとも、広目天の力に干渉された感触はない」
「そうか……」
崇春は視線を落とし、ぼそりと言った。
「……つらかったの」
紫苑が目を瞬かせていると、崇春は続けた。
「事情は分からん、まだ分からんことだらけじゃが……あれほどの目におうたんじゃ。しかも、それをまた目にするとは」
紫苑と鈴下に視線を向け、また目を伏せる。
「つらかったの」
紫苑は穏やかに息を吐く。
「……ずいぶんお人よしだな。大した善性の持ち主だよ」
「さて」
さえぎるように百見が言う。
「そろそろ本題に入らせていただこう。東条紫苑、さっきの光景は何だ。どのようにして怪仏の力を得た? そして、あなたの目的は何だ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる