かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

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四ノ巻  胸中語るは大暗黒天

四ノ巻14話  血肉

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 肉を裂く柔らかい音を立て、東条紫苑は自らの背に刺さったナイフを抜いていた。地に膝をついて、震えながら。
 傷口からは血が溢れ、制服の背を濡らしていく。が、それはすぐに止まった。
制服の裂け目からのぞく傷口が、身をすぼめるように小さくなっていき、消えた。肌と服は赤く濡れてこそいたが。

 それは少し前、かすみが見たものと――鈴下紡の受けた傷が、見る間に塞がったのと――同じ光景。

 紫苑はシバヅキを見て――顔色は未だ青ざめていたが――笑ってみせる。
「知っているだろう。僕と紡が、これぐらいで死ぬわけはない。いや、――」
 言いながらナイフを捨てた。膝に手をついて立ち上がろうとするが、脚が震え、よろめく。

 そこへ、シバヅキは真言を唱える。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……」
 巻き起こる突風が紫苑へと向かう。だがそれは彼に打ち当たりはせず、その足下に転がるナイフをさらっていった。
 宙に孤を描き、その刃がシバヅキの手へと戻る。もう一振りのナイフも同様に回収していた。

 立ち上がる、シバヅキの目は笑っていた。瞳さえもくすんだ、淡い色をしたその目は。
「大、暗黒天……シぃぃオぉぉん。もラっタぞ、貴様ノ血肉……!」

 口元を覆うマフラーを引き下ろす。歯を剥いて笑うその顔は頬がこけ、鋭い傷跡が横一文字に走っていたが。
 同じだった、東条紫苑その人と。

「むう……!?」
 崇春が声を洩らす中、シバヅキは口づけるようにナイフを顔に近づけ、舐めた。その刀身をつば元から切先まで。その刃を濡らす血を、全て拭い取ろうとするかのように。

 紫苑は苦く顔をしかめた。
 シバヅキはたのしげに笑っていた。東条紫苑と同じ顔で。
 そして刀身を返し、裏側の血も舐め取った。

 紫苑は相手の目を見据える。
「聞け、シバヅキ。お前はそれで更なる力を得るかもしれない、僕より強くなるかもしれない。いや、すでに強いのかもしれないが……だが、これだけは覚えておくんだ」
 シバヅキを力強く指差す。
「お前が力を得てどうしようというのか、全て知っているわけではない。だが、今後も人を害しようというのなら。大自在天の業のままに、全てを破壊しようというのなら。今後は僕と紡だけではない――」
 親指で示した。背後の、崇春やかすみたちを。
「彼らもまた、お前の敵に回るだろう。斑野高校を、生徒たちを守るために」

 聞いて、シバヅキは。白い歯を――紫苑と同じく並びのいい、真っ白な歯を――剥いて笑う。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……」
 その真言の響きを、巻き起こる風がかき消していく。大量の砂を巻き込んだ、濁った風が。

 その風がやんだとき、すでにシバヅキの姿はなかった。

 鈴下が紫苑の元に駆け寄る。深く、頭を下げた。
「申しわけありません。奴にあのようなマネを、許してしまうことに」

 紫苑は首を横に振り、朗らかに笑う。
「いいんだ、気にしないでくれ。それより問題は――」
 足元の砂を擦る音を立て、かすみたちの方へ振り向く。
「彼らとの交渉、釈明と情報の開示。それが必要だということだね」

 ぱん、と音を立てて手を叩き。紫苑は満面の笑みを浮かべた。
「さあて、皆さんには迷惑をかけた! 申し訳ない、この斑野高校生徒会長、東条紫苑。心の底からお詫びするよ」
 素早く、そして膝より深く頭を下げる。

 そして素早く頭を上げ、言う。かすみら全員の目を、一人一人見てゆきながら。
「で、だ。早速説明させてもらおうかな、奴がいったい何なのか。そして――」

「待て」
 平坂だった。そう声を上げたのは、意外にも。

 無表情に紫苑を見ながら言う。冷静な目で。
「説明は必要だがよ。てめェの間合いで試合を進めてくれてンじゃねェぞ」
 頬をわずかに吊り上げ、斬るような眼差しを向ける。
「思い違うな。斬りに来たのがオレら、斬られるのがてめェらだ。ただし言い訳ぐらいはさせてやる。――百見」

 顔を紫苑に向けたまま、百見に視線をやる。
「てめェが話を仕切れ、奴に間合いを握らせるな。オレはバカだが、お前が頭いいのは分かる。全部そのおつむにかかってるんだ……頼むぜ」

 百見はわずかに口を開けていたが。やがてうなずいた。
「承知しました。ですが――」
 微笑む。
「頭いいですよ、先輩は」

 平坂は肩を揺すって笑う。
「ぬかせ」

 そして、百見は鋭く声を上げた。
「さて。洗いざらい話してもらおうか、東条紫苑。怪仏事件の黒幕よ」
 眼鏡を押し上げて続ける。
「生徒らに怪仏を憑けた理由。その力を得た原因。あなた自身の目的。そして先ほどの男、シバヅキとやらは何者なのか。全て――」

 その言葉をさえぎるように紫苑は言った。
「ああ、もちろん。どうせなら分かりやすく見ていってもらおうか――」
 百見の目に、その奥に視線を向ける。
「君の、広目天の力。それで僕の頭の中を、ね」
 紫苑は自分の頭を指差す。変わらず、笑って。

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