かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

文字の大きさ
105 / 134
三ノ巻  たどる双路の怪仏探し

三ノ巻36話  沙羅と至寂

しおりを挟む

「さて」
 至寂しじゃくはかすみに向き直る。
「今この場がどういった状況かは分かりかねますが。これまでの経緯は沙羅さらよりうかがっております。貴方は沙羅さらたちの協力者、そして――」
 倒れたままの帝釈天を見る。穏やかな顔のまま、突き刺すように視線を下に向けて。
「貴方は敵。そうですね」

「――ぐ……」
 帝釈天は歯噛みして、独鈷杵ヴァジュラを握り締める。だが、そこから身動きはしなかった。ただ視線を素早くめぐらせ、位置と距離を測っているように見えた。倒れた鈴下と怪仏ら、そして剣を構える不動明王との。

 そのまま、三人とも押し黙る。

 どうすればいいのだろう、倒れたままかすみはそう考える。
 至寂しじゃくという人は味方だとはいうが。何者なのか分からなさ過ぎる、どこまで頼っていいものかも分からない。
 だが、とにかく。この場では、この人にすがるしかない。いや、その前に何者なのか、崇春たちとどういう関係なのかを聞いた方がいいのか――
 そう思い、至寂を見上げて口を開く。

「あの、あなたは――」
「さて、貴方がた怪仏のことですが――」
「――娘御よ、汝はこう考えて――」
 が。三人が三人――かすみは至寂に、至寂は帝釈天に、帝釈天はかすみに向かって口を開いていた。

 慌ててかすみは頭を下げる。倒れたまま。
「あっ、すいません、どうぞ――」
 至寂も頭を下げていた。
「恐縮です、そちらからお先に――」
 帝釈天も至寂とかすみの顔を見回し、促すように片手を向ける。
「――あーいやいや気にせず、汝らからどうぞどうぞ――」

 なんだこれ。
 そう思っていたとき、別の声がした。聞き覚えのある声がした。低く響く、だが崇春より歳経た男の声。
「おーい、どこだー! どこ行きやがった至寂ー! ……ったく勝手によぉ、車停めろだの降りるだの、携帯もつながらねぇしよ……」
 霧の向こうから小走りに。仕事の制服の上からジャージを羽織った、渦生うずきが辺りを見回しながらこちらに向かってきていた。

「渦生さん!」
 思わずかすみは身を起こし、大声を上げていた。

 渦生は足を止めてかすみの方に目を向け。それから駆けてきた。
「谷﨑か? 何でこんなとこに……って、こりゃあ……!?」
 近くまで来たところで。顔の前の霧を払うような仕草をしていた、渦生の目が周囲へ向けられた。
 切り開かれた竹林、これまでの衝撃を受けて打ち砕かれ打ち払われ、掘り返されたようになっている辺りの地面。そこに倒れた賀来と斉藤、鈴下と怪仏ら。吉祥天と刀八毘沙門天。そしてやはり倒れたままの、かすみと帝釈天。たたずむ至寂と不動明王。

 渦生は足を止め、その光景を見回していたが。やがて、全速力でかすみの元に駆け寄る。滑り込むようにそばにかがんで、かすみの顔をのぞき込む。
「大丈夫か、立てるか! 至寂、帝釈天そいつは敵だ、見張ってろ! ……とにかく離れるぞ、いけるか」
 かすみがうなずくと、渦生はかすみの手を取った。その手を肩にかつぎながら背を向け、かすみを半ばおぶるような形になった。
 かすみはその背に体重を預け、震えながらどうにか、立ち上がることができた。
 渦生はそのままかすみを背に、引きずるように歩いていく。
 かすみは渦生の背に半ば体重を預け、ふらつく足を継いで、どうにかついていく。

 前を――倒れた賀来と斉藤の方を――見たまま渦生が言う。
「すまねえな……外せねぇ仕事があって、迎えに行けなかった。終わって電話しても圏外。で、探しに出たらこれだ」
 横目でかすみの目を見る。
「何がどうなってんのか、さっぱりだが。これだけは分かるぜ」
 片手で強く、かすみの背をはたいた。
「よく頑張った」

 その手が、広い背中が温かくて。かすみは思わず目をつむる。その端から涙がにじんだ。
 うつむき、片手に目を押しつけてうなずいた。
「……はい……っ!」

 やがて賀来と斉藤の近くに下ろされる。今度は軽く、肩をはたかれた。
「もう大丈夫だ、後は任せろ。っと、こいつは……?」
 賀来の近くでかがみ込む吉祥天に目を向け、渦生が身構える。

 どう説明したものか分からないが、とにかくかすみは言う。
「あ~……それは、その。味方、というか……私の、です」
「あ?」
 眉を歪ませる渦生に向け、指差す。離れた所で身を起こし、片膝立ちにかがんでいる刀八毘沙門天を。
「あと……あれも、私の……らしいです」
「えええ!? ってお前、怪仏だろあれ、何で二体、いやそもそも何でお前が――」
 目を見開く渦生に。離れた所で目を閉じたまま倒れている鈴下を指差す。
「で。あの人が、黒幕の一人です。今回の、一連の事件の」
「って、黒ま、く……でええええっっ!?」
 大口を開ける渦生は鈴下を見、吉祥天と毘沙門天を見。それをもう一周した後で声を上げた。かすみの肩をつかみ、がくがくと揺さぶりながら。
「ってオイ、どうなってんだそれ!? 何がどうなってそんな進展が――」

 そのとき。帝釈天に向き合ったまま、至寂が鋭く声を上げる。
沙羅さら。何ですさっきから、騒々しい」

 渦生は口をわななかせながら言う。
「いいいやややいやいや待て、待て! いいから聞け、そこに――」
 聞いた風もなく、息をついた至寂がかぶりを振る。
「興奮し過ぎです、みっともない……女子高生と触れ合えたことがそんなに嬉しいのですか」
「そうじゃねぇよ!」
 至寂は目をつむり、またゆっくりとかぶりを振る。
「何と罪深い……沙羅さらよ、貴方の六根ろっこん――眼耳鼻舌身意げんにびぜつしんい――全てが煩悩ぼんのうにまみれています。まったく罪深い……そんなに興奮しなくてもよいでしょう、女子高生の胸の柔らかさを味わったからといって」
「んなこと言ってねぇだろ!? ……いやちょっと思った、案外発育いいなって思ったけどよ!」

 そういえば前に渦生は言っていた、かつては沙羅さらという戒名かいみょうの僧だったが、十年ほど前に還俗げんぞく――僧をやめること――したと。
 それはそれとして、渦生の口にした内容に。かすみの頬が強く、ぴくり、と引きつる。

 眉根を寄せ、叩きつけるように至寂は言う。
「実に汚らわしい……そんなに嬉しかったのですか! 鬼も十六番茶も出花、今が盛りのピチピチ女子高生の匂いを間近に胸いっぱい嗅いで。ああ嘆かわしい嘆かわしい」
「いや思ってねぇ!? 思ってねぇよそこまでは! ってかそれお前の願望じゃねぇのか!?」

 かすみの頬が未だ引きつっているのに気づいた様子もなく、渦生は鈴下を指差す。
「とにかくだ! そこの奴、そいつが黒幕の一人らしい、詳しい状況はまだ分からんが――」
 鈴下へ向き直って言う。
「とにかく。詳しい話を聞く必要がある、そいつは確保する」

 至寂は言う。
「待ちなさい。そうは言いましても……果たして、彼が許すでしょうか」
 その視線の先には帝釈天。上半身を起こし、片手は油断なく独鈷杵ヴァジュラを握り。もう片方の手は革鎧の内側、懐へと差し込まれていた。

 渦生が鼻を鳴らす。
「ふん……こないだ俺にボコられた奴じゃねぇか。そんな奴が今さら出てきたところでよ。どうにかなると思ってんのか、あぁ?」
 拳を握り鳴らし、帝釈天をにらんだ。

 至寂が制するように片手を上げる。
「待ちなさい。……帝釈天よ、貴方とそちらの黒幕とやら。そしてそちらに倒れた、斬られ裂かれた怪仏ら……お仲間ということでよろしいですか」

 帝釈天が至寂の目を見る。
「――それが、どうしたのだ」
「いえ、あの怪仏ら、息はあるようですが。そのばらばらに裂かれた体、どのようにして持ち帰るのかと思いまして」

 帝釈天は視線をそらさない。
「――左様さようなこと、なんじが心配するようなことでは――」

 刺すように至寂が言葉を放つ。
「『大黒だいこく袋』。……もしや、それを預かっているのでは? その持ち主たる怪仏『大黒天』、またの名を『大暗黒天』。その力を使う何者かから」

 帝釈天の体が、ぴたり、と固まる。視線を至寂に向けたまま。
 至寂はその視線を受け止めるように微笑み。
それからきびすを返し、渦生の方を向いた。微笑んだまま言う。
「さて。帰りましょうか」

 渦生が、かくり、と口を開ける。鈴下を指差して叫んだ。
「なぁ……っ!? 話聞いてんのかてめぇ! だから黒幕がそこに――」

 合掌し、さえぎるように至寂が言う。
南贍部宗なんせんぶしゅう本山ほんざんよりの知らせあり。いわく『大暗黒天、その力を使う何者かが斑野まだらの町、そこでの怪仏事件に関わっている疑いあり』と。……怪仏・大暗黒天のかつぐ『大黒袋』、それにそなわる力は。数多の『怪仏を収めておく』力。……その者が、倒れている怪物をいわば回収に来たというのなら、そして大黒袋を持っているのなら――」
 息を継いで言う。
「『本地なしとはいえ、数多の怪仏をいつでも放てる』状態にあるはず。それらの怪仏を放たれた場合。最終的に、拙僧と貴方なら敗れることはありますまいが――」
 倒れた賀来と斉藤に目をやる。
「谷﨑かすみさんの、おそらく知人であろうその方々。そちらが巻き込まれ、殺められることは考えられます。我々が一度に対応し切れない数の怪仏を放たれた場合は。つまり――」

 辺りを見渡し、高く通る声で言う。
「我々は、相手を討ち、捕らえる状態ながら。同時に、人質を取られているのですよ」
「何……!?」
 表情をこわばらせる渦生をよそに、至寂は合掌し、帝釈天に微笑かける。
「そのようなわけです。この場はお互い痛み分け。……引きませんか」

 表情を崩さず帝釈天は言う。
「――……よかろう。ただし、こちらは情報を持ち帰られる身、これ以上後でもつけられてはかなわぬ。そちらが先に立ち去るがよい」

「承知しました」
 至寂が頭を下げる中、渦生が舌打ちする。
「チッ……勝手に話進めんじゃねぇ。しかし――」
 至寂と帝釈天の顔を見回し。息をついて、苦く笑った。
「これじゃあよ。まるであの頃みてぇなメンツだなオイ」
 そう聞いて、至寂は無言で頬を緩め、うつむく。

 帝釈天も口を開け、同じ表情をしていた。どこか遠くを見るような目で、しかし視線を落として。
「――……そうよな、全くそうよな、小僧ども。まるで時がさかのぼったように、あの頃と同じよ。……我が本地がおらぬ他はな」

「な……」
 言って、渦生は口を開け。ほうけたような表情で続けた。
「まさか、お前……あの時の、あの人の……覚えてんの、か……?」

 帝釈天は、ふ、と息をつく。
「――さて、な」

 何の話だ。何のことだ。かすみがそう思ったとき。

「――ォ、オ、オ……」
 刀八毘沙門天が幾本もの手で刀を杖につき、身を起こし。震える残りの腕で斬りかかろうと――誰に向かってかは分からなかった、振るえる刀を天にかざしたのみだった――、が。
 力尽きたように体勢を崩し、再び膝をつき。その身を黒いもやと変えて、かき消え始めた。
 吉祥天もまた、白いもやにその身を変えていき。

「……ぁ……」
 かすみの背から、腕から力が抜け。天地が揺らぐように、地平線が空へと昇り――いや、かすみ自身が地面に倒れて――。
 やがて、意識を手放す。


(三ノ巻  たどる双路の怪仏探し  了)
(四ノ巻へ続く)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

処理中です...