96 / 134
三ノ巻 たどる双路の怪仏探し
三ノ巻27話 割れる
しおりを挟むかすみはまた思い出していた。昨日の、平坂との話の続きを。
――かすみと賀来の批難めいた視線に気づいたかどうか。表情を変えず平坂は続けた。
「とはいえ、よ。そのやべェ技で『一本』決めてよ。誰も殺しちゃいねェだろ」
そうだ、とかすみは思った。剣道のような防具や、竹刀のような打撃を弱めた用具があるわけでもない。生身で戦いながら、誰も殺しなどしていない。
平坂は笑う。
「頭や首から落とすことなく、叩きつけることなくむしろ引っ張り上げ。殺せる『一本』を殺さずに決める。だからすげェってンだよ、あいつは……っつーか、武道は」
斉藤は顔を伏せたまま、何も言わなかった。作業の手を止めはしなかった。
賀来が口を開く。
「そうか。斉藤くん、そなたは――」
安心したように笑った。
「――本当に、強いのだな」
斉藤の手が止まる。
「……買いかぶり……ス」
うつむいたままだったせいで表情はうかがい知れなかったが。その耳が、赤らんでいるように見えた。――
そして、今。
宙へ大きく投げ出された、賀来の体は。
そのままの軌道で――いや、むしろ大きく――ふわり、と孤を描き。まるでフィギュアスケートのペア演技か、社交ダンスでエスコートされるように。斉藤の手に導かれ、すとり、と着地した。両足から、何の怪我もなく。
優雅さすら持って、いや。斉藤の手によって、優雅に。
「な……」
賀来は、アーラヴァカは口を開けていた。
かすみの口から声が漏れた。
「斉藤、さん……!」
分からなかった。批難しようとしたのか、称えようとしたのかも分からなかった。ただ、声が出た。そうせずにはいられなかった。
涙が出た。
歯を噛み締めて目をつむり、涙をこぼしながら声を上げる。
「斉藤さん、斉藤さん! ……賀来さん!」
斉藤は何も言わなかった。ただ賀来の――怪仏の――手を握り、そこにいた。
賀来はその手を握り返し。
そして、反対側三本の手で。斉藤を殴った、武器を握り締めたまま。
「……!」
石の仮面が外れて生身となっていた斉藤の顔面が、鼻から出た血にたちまち染まる。
賀来は人形のようだった顔をひどく引きつらせ、震える牙を軋らせていた。
「汝が……汝如きが! この我に、アーラヴァカに情けをかけようとてか! 見くびられたものよ……見くびられたものよなぁ!」
全身を震わせ、手にした武器が擦れて鳴る。
「許せぬ……許さぬ! そうも我を見下そうとてか!」
言葉と同時に。再びその多腕が携えた武器が――いや、感情のままに振るわれる拳が――繰り出された。
斉藤の腹を胸を顔を、めったやたらに打つその打撃は。先ほどまでのような技巧は感じられなかった。それでも斉藤の鎧に石の肌にひびを走らせ、顔面を変形させるには充分だった。
斉藤は打たれながらも、震える手を掲げた。
「勝軍、地蔵……、力、を……」
つぶやく。
「【地蔵道、大針林】」
その声と同時に。辺りの地面から針の山が生え出る。立ち木のように太いものから、縫い針のように細いものまで。林のように辺りを埋め尽くす。
地面に次々と伸びゆくそれは波のように、賀来の方へ向かう。
が。その波は賀来の体を大回りに避け、その周りを囲んだのみだった。
またも賀来の顔が歪む。
「己……またしても我を虚仮にするか……!」
針山の隙間からかすみには見えた、斉藤の様子が。
その体にはもはや、石の肌も鎧も支える力はないようだった。ただ、力ない自らの背を腕を、針の群れに突き上げさせて。そこに寄りかかるように、斉藤は立っていた。
顔から血を垂らした斉藤が言う。
「あ……の……。賀来、さん」
血の混じる唾を吐き出してから続けた。
「オレは……いいん、で……ただ……怪、仏、に……」
それが精一杯だったかのように、うなだれて。ただ、荒い呼吸を繰り返した。
賀来は表情を変えず――歯を噛み締め牙を剥き出したまま――、腕を振るう。草むらを払うように、辺りに伸びる針を折り取り、斉藤へと歩を進めた。
その目の前に。かすみは跳び込んでいた。
腹の底から咆える。
「だめですっっ!!」
針の山を乗り越えてきた、スカートの端は裂けて脛も腿も血を流している、そんなことはどうでもよかった。
賀来の目を見据え、ただ声を上げた。
「だめです、賀来さん! だめです、許しませんっ!」
賀来は歩みを止めた――かすみと、鼻と鼻とがぶつかるような距離で。
食い破るように牙を剥いて言う。貫くような目をして。
「どけ」
「どきませんっ! あなたがどきなさい!」
貫き返すように賀来の目を見る。怪仏の金色の目ではなく、その奥を。
「賀来さん、だめです! 怪仏の一部があなたの一部なのなら……こんなこと許しちゃだめでしょ! 起きて賀来さん!」
かすみは目を見開いていた。そのまま、涙が流れる。
「賀来さん! 聞いて、止めるんです、怪仏を!」
斉藤の声が後ろから聞こえた。やっとつぶやくような、かすかな声。
「だめ……ス……逃げ……」
「逃げませんよ!」
かすみはなおも言い放つ。
「賀来さんだって! 斉藤さんをこんなに傷つけた、怪仏を許せたりしないでしょ! 私だって、だから――」
そうだ、許せはしない。
胸の内に火が灯るように、そう思った。
許せはしない。許せない。怪仏が、いや――
体の内に火が広がるように、思考が熱を持っていった。
許せない。私が――私を。
歯を食いしばる。開いたままの目からなおも、涙が溢れる。
なぜ私はこんなことしかできないんだ。あれほどされた斉藤さんを、助けることもできず。かばおうとしていてさえ、むしろ気づかわれて、あれほど傷ついた体で。
そうだなぜこんなことしかできない、なんで。
いつもそうだ、いつもそうだった。崇春さんたちが戦うのを、心配することしかしていない。敵に狙われて、足を引っ張ることしかしていない。
そうだもしも、もしも私に、力があったなら。全部終わらせてやる。こんな風に誰かが傷つくことも、黒幕の企みも。そうしたら。皆、普通に、平和に、楽しくしていられる。
だから。終わらせる力が欲しい――いや、力が要る、今。どんな業にまみれてでも。
「怪仏の……力、が」
体中の全てが火の温度に染まる、そのただ中で。胸の内、心臓の外で、何かが重なり脈を打つ。
それは早まる。鼓動が響く、胸に、頭の中にすら。それはさらに早まり、なおも早まり――そして。
割れた。かすみの中にあった、殻のような何かが。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる