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三ノ巻 たどる双路の怪仏探し
三ノ巻12話 つなぐ二人とショータイム
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そうして、とにかく。百見の提案で、休み時間に手分けして校内を警戒することとなった。
次の休み時間。かすみは一階を担当し、校内を歩き回っていた。賀来と一緒に。
緑の多い中庭に面した渡り廊下を歩きながら、賀来が言う。
「それにしても、まったく。今度の怪仏というやつはわけが分からないな」
今までの怪仏とは一線を画する、と百見は言っていたが。確かにそのとおりで、人目のある場所で――多くの人を巻き込むおそれのある学校で――出現している。さらにいえば、敵か味方かはともかく二体現れ、どちらもその正体――本地である人間ばかりでなく、何の仏を模しているのかさえ――分からない。
確かにわけが分からない、のだが。
「まあ何だ、案外。それより先に黒幕が分かって全て解決、なんてことがあるかも知れぬな。例の罠が上手くいけば……我と、そなたの罠がな」
もっとわけが分からないのは。今、当然のように手を握ってくる賀来だった。
顔がこわばるのを感じながら――手を離したりはせず――かすみは言う。
「えーと……ですね。一つ確認しておきたいんですが。昨日言った――」
「ああ、つき合うとかそういったことか」
かすみは素早く何度もうなずきながら、言うべき言葉を考える――あれは賀来さんをなぐさめるための、半ば冗談のようなものでしたし。そもそも言ったように、昨日、家に帰るまで、という話だったはずです――。
前を向いて視線をそらしながら賀来が言う。
「あれはそう、あんなことがあってヤケクソで言った、半ば冗談のようなものだったのだが――」
「……ん?」
わずかに強く、手を握って賀来は言う。
「そなたは。言ってくれた、我を守ると。ずっと一緒にいると。健やかなるときも病めるときも、死が二人を分かつまで。だから――」
賀来はもう片方の手を額に当て、歯を見せて笑う。決して視線を合わせず、わずかに赤らんだ顔を振り回しながら。
「だから、だからなー! そこまで熱烈に我を求められるとなー! 仕方ないかなー、って! ああ、我が魅了の魔力が憎い……これがもてる魔王女のつらさよ」
そう言って歩きながら、握った手をぶんぶんと振り回す。スキップする子供のように。
かすみの笑顔はさらにこわばる。――なんか、私が告白したみたいな扱いになってるこれ――。
「あの、だからそれは――」
そう言いかけたとき。
賀来は不意に立ち止まり、振り回す手を止めた。握っていた指を離す。
「言ってくれたんだ、そなたは。そこにいてくれた……そなただけが、そばに。私と同じ所に、立っていてくれた」
同じく立ち止まったかすみを置いて、歩き出しながら言う。視線をうつむけて。
「それにさ、つらいだろ? 私が冗談で言ったことだとしても、せっかくいいと言ってくれたのに。それが断わられたら、あんまりかすみが――」
やがて立ち止まり、かすみの方を振り向いた。大きな目を瞬かせる。
「そうだ。……つらかったのか? かすみも、あのとき」
聞いて、立ち尽くしていたかすみは目を見開いた。それから。目元が、口が。しわり、と歪む。
その後でようやく、振り払うように笑った。足音を立てて駆け出して。素早く賀来の手を取った。
手を引き、歩き出しながら言う。
「さあ? それより、ですね。――ずっと一緒にいますよ、健やかなるときも病めるときも。死が二人を分かつまで。……今日、学校から帰るまでは」
「え?」
賀来の顔を見ず、歩きながら言った。
「恋人でいましょう」
それはきっと、お互いに冗談なのだろうけど。それでも。
「とりあえず、今日の間だけ」
賀来は何も言わず、うつむいて。ただ、つないだ手を振り回した。子供みたいに。
やがて顔を上げ。かすみを見、何か言いたげに口を開いた。
そのとき、馬男は現れた。
「――ブヒヒィン! 生き馬の目を抜くぅ! また出おったかライトカノン!」
中庭に置かれた岩に立ち――どこから出てきたのかは分からない、気がついたらそこにいた――、長柄斧を頭上で振り回した後大見得を切る。
「――再び私、大・参・上! さあ、今度こそ貴様をあの世に送って差し上げましょうぅ!」
対するライトカノンは中庭の隅、小さな物置の上に立ち、拳を振り上げつつ馬男を見下ろす。
「――ほざくな悪の者よ! またしても学校を混乱に陥れようとは懲りぬ奴め! 『極聖烈光 ライトカノン』、必ず貴様を止めてみせる!」
周辺の生徒ら――中庭には誰もいなかったが、中庭に面した廊下にいた者ら――からざわめきが起こる。
「こいっつ……空気読まないなこの者らは!」
顔を引きつらせた賀来の手を引き、馬男たちから距離を取りつつ。かすみは崇春らに連絡すべく、スマートフォンを探ったが。
それより早く、聞き覚えのある声がした。
「待てぇいっっ!!」
見れば。二階のベランダから身を乗り出し、手すりの上によじ登って。崇春が二体の怪仏を見下ろしていた。
手すりの上に立ち、怪仏らに数珠を握った拳を突き出す。
「南無阿弥陀仏一目立ち、六根清浄大目立ち! 金色に輝く毘盧遮那仏より、さらに目立った大坊主! 南贍部宗が僧、四天王が一人。このわしこそが――」
おそらく名乗ろうとしたその瞬間。踏ん張った足下で、草鞋が手すりの上を滑った。
同じ声を上げた、下で見ていたかすみも賀来も。横倒しになって落ちていく崇春も。
「あっ」
落下しながら、さらに崇春は声を上げる。
「む……ううううううぅぅぅーーっ!?」
運よく、落ちていく先には背の高い庭木があり。その枝葉を折り散らし――落下の衝撃を弱め――ながら、崇春は中庭の、芝生の上に下り立った。どうにか体勢を立て直し、両手両足を地について。
手足が痺れたのか、しばらくそのままの体勢でいて。やがて遠吠えするような姿勢で吠えた。
「……増長天の崇春! 怪仏退治にただ今推参じゃい!」
辺りの生徒からどよめきが上がる中。怪仏らは何も言わず崇春を見ていた。
崇春は立ち上がり、拳を構える。
「さあ怪仏ども、このわしが来たからには好きにはさせん! 学校の平和を守るのは、そして何より……目立つのは、このわしじゃああああ!」
二体のうち近くにいる、馬男へと駆けて拳を繰り出す。
馬男は大きく下がって拳をかわし、体の前に斧を構えた。
「――ブヒヒぃっ! 何ですか貴方はぁ! わたくしの邪魔をされる気でございますかぁっ!」
崇春は数珠を手に合掌する。
「何の魂胆があるかは知らねども、世を乱す怪仏よ。お主らが衆目の中、学校なぞに現れるならば。無関係な生徒らも巻き込まれかねん」
合掌を解き、左手に数珠を巻きつけ。再び身構える。
「故、その前にお主らを止める! 人を傷つけ、取り返しのつかぬ事が起きる前にの……お主らに取っても」
馬男は太い首を振り回し、たてがみを震わせる。
「――ヒヒィン! わたくしとライトカノンの戦いを邪魔立てしようというのですかぁ、余計なことを! 貴方なぞに何が分かる、とっととすっこみおき下さぁい!」
崇春はゆっくりと首を横に振る。
「そうはいかん。わしは守る、皆を。わしは救う、お主らも。そしてわしは……目立つ! 誰よりものう!」
言葉と共に駆け、連続で繰り出す。数珠を巻いた手での掌底、拝むような手刀、岩のように堅く握られた拳。
斧を横倒しに構え、馬男は攻撃を防ごうとするが。その間をすり抜けた拳が手が、その腹を胸を、長い顔を打つ。
「――ブ……ヒ、ヒぃっ……!?」
悲鳴のような声を上げながら顔を背け、馬男はよろめいた。
「喝っ!」
そこへ崇春は踏み込んだ。腰を落とし、体重を込めた肘打ちを腹へと打ち込む。
「――ぐうっ!?」
突き刺すような打撃を受けて、馬男の顔にしわが寄り、歯が剥き出される。
「もろうた! 受けよ、【スシュン投げ】――」
その隙に崇春は馬男の腕を取り、一本背負いに投げようとしたが。
「――なん、のおおぉっ! 【馬ッスルパワー全開】!」
馬男は逆に崇春の体を抱きかかえて止め、その胴をぎりぎりと締め上げる。
「ぐぐ……!」
崇春の顔が歪む。
馬男はそれにも構わず力を込め、さらには腰を落とし、崇春を体ごと抱え上げた。一息に、自らの頭上へと。
「――ブヒヒ、ウマーッハッハッハ! 邪魔でございます、どこかへ引っ込んでいて下さいぃ!」
投げ飛ばそうとしてか、再び腰を落とし力を込める、その瞬間。
「――受けよ正義の光弾! 我が必殺の【聖光砲】!」
勇ましい声と同時に光の弾が飛び、馬男を打った。
「――ブヒヒぃ!?」
破裂音と共に白く火花を散らし、馬男は吹っ飛んだ。離された崇春は芝生の上に落ちる。
「――間に合ったようだな。けがはないか少年!」
目を瞬かせる崇春に声をかけたライトカノン。その右手は、いつの間にか形を変えていた。白く滑らかな光沢を持った、細長い筒のような形。その先はくびれてさらに細く伸び、先端には黒く穴が開いていた、ちょうど銃口のような。
その姿は前腕を丸ごと、砲身にしたような形だった。
崇春は芝生を体にまとわりつかせたまま立ち上がる。
「むう……よく分からんが、助けられたようじゃのう」
「――ああ、だがここは危険だ、下がっていたまえ!」
ライトカノンは大きくうなずき、駆け寄った――かと思うと。
さらに身を寄せて言った。仮面に覆われた口元に手を添え、小声で。
「――ちょっとちょっとー、困るんだよねーお客さん。ショーの最中に乱入とかされると」
「……む? ショー? じゃと?」
ライトカノンはなおも小声で言う。崇春と自分を交互に指差して。
「――あなたお客さん、私たちヒーローと悪役。全然別、ね? 困るんだよねーその辺のルール守ってもらわないと」
呆れたようにかぶりを振り、腰に手を当てて続けた。
「――観客参加型イベントのときはいいけどねー、悪役にさらわれる役とか」
崇春の眉が困ったように下がる。
「むう、なんちゅうか……いったい何の話じゃ。いや、お主らはいったい何者――」
人目から隠すように身を寄せて。ライトカノンが小さくつぶやく。
「――ルールを守れない奴はなあ。死ね」
その右手は、先端の砲口は。崇春の腹に、ぴたりとつけられていた。そこからわずかに光が漏れ、小さく火花が散り。ねずみ花火ほどの破裂音がして。
崇春は、その場にくずれ落ちた。
「お……ごぉ、ぁ……」
「崇春さん!」
「崇春!」
案じるかすみと賀来の声はしかし、ライトカノンの大声にかき消された。
「――どうした、大丈夫か少年!」
身を起こしていた馬男へと向き直り、顔の横に握り締めた拳を震わせる。
「――おのれ悪の者め! 組みついた一瞬にこれほどのダメージを与えていたとは! 無関係な生徒を傷つけるとは卑劣な奴、許さん……!」
左手で右手を支え、砲を構えた。
「――再び受けよ正義の光弾! 【聖光砲連射弾】!」
うなるような音を立て、真っ白な光が弾丸となって降り注ぐ。乱射されたようなそれらの軌道は馬男から逸れ、渡り廊下へ飛び込むかとも思えたが。
「――ブヒヒぃっ!」
馬男はそこへ跳んだ。
自らの周囲で――馬男自身には当たっていない、中庭の地面や庭石に当たって――白く火花が散り、破裂音がいくつも上がる中で。まるで自ら攻撃を受けに行くように、そういう役を演ずるように。自らから狙いの逸れた光弾へと、自ら跳び込んだ。
「――ヒヒぃっ、バわああああっ!」
火花を散らして盛大に吹っ飛び、倒れる。地面の上で震えるその姿は――今朝もそうなっていたように――輪郭を揺らし、今にも消えそうに霞んで見えた。
倒れたまま口を震わせて叫ぶ。
「――おのれ、やってくれたなライトカノン! 次に会ったときが貴方の命日ですぅ、ご記憶に留めおき下さぁいっ!」
辺りの生徒からどよめきが起こる中起き上がると馬男は中庭を駆け、校舎の陰へと姿を消した。ライトカノンもそれを追う。
崇春は歯を食いしばり、頬を歪めながらも身を起こす。
「ぐ……ま、待てい……!」
腹を片手で押さえながら怪仏の後を追おうとするも、その足はよろめいていた。
「崇春さん! 無茶です!」
かすみと賀来は上履きのまま中庭に下り、崇春の元に走った。
怪仏が走り去った方に目を向けたまま崇春が言う。
「ええい、わしのことは構わん! それよりも奴らを……」
かすみはうなずき、百見らに連絡するためスマートフォンを探る。
賀来は崇春に寄り添い、心配げにその顔をのぞき込んだ。
かすみは小さく唇を噛み――歯で唇をつまむように、ほんの小さく――、それからかぶりを振って、スマートフォンを操作した。
次の休み時間。かすみは一階を担当し、校内を歩き回っていた。賀来と一緒に。
緑の多い中庭に面した渡り廊下を歩きながら、賀来が言う。
「それにしても、まったく。今度の怪仏というやつはわけが分からないな」
今までの怪仏とは一線を画する、と百見は言っていたが。確かにそのとおりで、人目のある場所で――多くの人を巻き込むおそれのある学校で――出現している。さらにいえば、敵か味方かはともかく二体現れ、どちらもその正体――本地である人間ばかりでなく、何の仏を模しているのかさえ――分からない。
確かにわけが分からない、のだが。
「まあ何だ、案外。それより先に黒幕が分かって全て解決、なんてことがあるかも知れぬな。例の罠が上手くいけば……我と、そなたの罠がな」
もっとわけが分からないのは。今、当然のように手を握ってくる賀来だった。
顔がこわばるのを感じながら――手を離したりはせず――かすみは言う。
「えーと……ですね。一つ確認しておきたいんですが。昨日言った――」
「ああ、つき合うとかそういったことか」
かすみは素早く何度もうなずきながら、言うべき言葉を考える――あれは賀来さんをなぐさめるための、半ば冗談のようなものでしたし。そもそも言ったように、昨日、家に帰るまで、という話だったはずです――。
前を向いて視線をそらしながら賀来が言う。
「あれはそう、あんなことがあってヤケクソで言った、半ば冗談のようなものだったのだが――」
「……ん?」
わずかに強く、手を握って賀来は言う。
「そなたは。言ってくれた、我を守ると。ずっと一緒にいると。健やかなるときも病めるときも、死が二人を分かつまで。だから――」
賀来はもう片方の手を額に当て、歯を見せて笑う。決して視線を合わせず、わずかに赤らんだ顔を振り回しながら。
「だから、だからなー! そこまで熱烈に我を求められるとなー! 仕方ないかなー、って! ああ、我が魅了の魔力が憎い……これがもてる魔王女のつらさよ」
そう言って歩きながら、握った手をぶんぶんと振り回す。スキップする子供のように。
かすみの笑顔はさらにこわばる。――なんか、私が告白したみたいな扱いになってるこれ――。
「あの、だからそれは――」
そう言いかけたとき。
賀来は不意に立ち止まり、振り回す手を止めた。握っていた指を離す。
「言ってくれたんだ、そなたは。そこにいてくれた……そなただけが、そばに。私と同じ所に、立っていてくれた」
同じく立ち止まったかすみを置いて、歩き出しながら言う。視線をうつむけて。
「それにさ、つらいだろ? 私が冗談で言ったことだとしても、せっかくいいと言ってくれたのに。それが断わられたら、あんまりかすみが――」
やがて立ち止まり、かすみの方を振り向いた。大きな目を瞬かせる。
「そうだ。……つらかったのか? かすみも、あのとき」
聞いて、立ち尽くしていたかすみは目を見開いた。それから。目元が、口が。しわり、と歪む。
その後でようやく、振り払うように笑った。足音を立てて駆け出して。素早く賀来の手を取った。
手を引き、歩き出しながら言う。
「さあ? それより、ですね。――ずっと一緒にいますよ、健やかなるときも病めるときも。死が二人を分かつまで。……今日、学校から帰るまでは」
「え?」
賀来の顔を見ず、歩きながら言った。
「恋人でいましょう」
それはきっと、お互いに冗談なのだろうけど。それでも。
「とりあえず、今日の間だけ」
賀来は何も言わず、うつむいて。ただ、つないだ手を振り回した。子供みたいに。
やがて顔を上げ。かすみを見、何か言いたげに口を開いた。
そのとき、馬男は現れた。
「――ブヒヒィン! 生き馬の目を抜くぅ! また出おったかライトカノン!」
中庭に置かれた岩に立ち――どこから出てきたのかは分からない、気がついたらそこにいた――、長柄斧を頭上で振り回した後大見得を切る。
「――再び私、大・参・上! さあ、今度こそ貴様をあの世に送って差し上げましょうぅ!」
対するライトカノンは中庭の隅、小さな物置の上に立ち、拳を振り上げつつ馬男を見下ろす。
「――ほざくな悪の者よ! またしても学校を混乱に陥れようとは懲りぬ奴め! 『極聖烈光 ライトカノン』、必ず貴様を止めてみせる!」
周辺の生徒ら――中庭には誰もいなかったが、中庭に面した廊下にいた者ら――からざわめきが起こる。
「こいっつ……空気読まないなこの者らは!」
顔を引きつらせた賀来の手を引き、馬男たちから距離を取りつつ。かすみは崇春らに連絡すべく、スマートフォンを探ったが。
それより早く、聞き覚えのある声がした。
「待てぇいっっ!!」
見れば。二階のベランダから身を乗り出し、手すりの上によじ登って。崇春が二体の怪仏を見下ろしていた。
手すりの上に立ち、怪仏らに数珠を握った拳を突き出す。
「南無阿弥陀仏一目立ち、六根清浄大目立ち! 金色に輝く毘盧遮那仏より、さらに目立った大坊主! 南贍部宗が僧、四天王が一人。このわしこそが――」
おそらく名乗ろうとしたその瞬間。踏ん張った足下で、草鞋が手すりの上を滑った。
同じ声を上げた、下で見ていたかすみも賀来も。横倒しになって落ちていく崇春も。
「あっ」
落下しながら、さらに崇春は声を上げる。
「む……ううううううぅぅぅーーっ!?」
運よく、落ちていく先には背の高い庭木があり。その枝葉を折り散らし――落下の衝撃を弱め――ながら、崇春は中庭の、芝生の上に下り立った。どうにか体勢を立て直し、両手両足を地について。
手足が痺れたのか、しばらくそのままの体勢でいて。やがて遠吠えするような姿勢で吠えた。
「……増長天の崇春! 怪仏退治にただ今推参じゃい!」
辺りの生徒からどよめきが上がる中。怪仏らは何も言わず崇春を見ていた。
崇春は立ち上がり、拳を構える。
「さあ怪仏ども、このわしが来たからには好きにはさせん! 学校の平和を守るのは、そして何より……目立つのは、このわしじゃああああ!」
二体のうち近くにいる、馬男へと駆けて拳を繰り出す。
馬男は大きく下がって拳をかわし、体の前に斧を構えた。
「――ブヒヒぃっ! 何ですか貴方はぁ! わたくしの邪魔をされる気でございますかぁっ!」
崇春は数珠を手に合掌する。
「何の魂胆があるかは知らねども、世を乱す怪仏よ。お主らが衆目の中、学校なぞに現れるならば。無関係な生徒らも巻き込まれかねん」
合掌を解き、左手に数珠を巻きつけ。再び身構える。
「故、その前にお主らを止める! 人を傷つけ、取り返しのつかぬ事が起きる前にの……お主らに取っても」
馬男は太い首を振り回し、たてがみを震わせる。
「――ヒヒィン! わたくしとライトカノンの戦いを邪魔立てしようというのですかぁ、余計なことを! 貴方なぞに何が分かる、とっととすっこみおき下さぁい!」
崇春はゆっくりと首を横に振る。
「そうはいかん。わしは守る、皆を。わしは救う、お主らも。そしてわしは……目立つ! 誰よりものう!」
言葉と共に駆け、連続で繰り出す。数珠を巻いた手での掌底、拝むような手刀、岩のように堅く握られた拳。
斧を横倒しに構え、馬男は攻撃を防ごうとするが。その間をすり抜けた拳が手が、その腹を胸を、長い顔を打つ。
「――ブ……ヒ、ヒぃっ……!?」
悲鳴のような声を上げながら顔を背け、馬男はよろめいた。
「喝っ!」
そこへ崇春は踏み込んだ。腰を落とし、体重を込めた肘打ちを腹へと打ち込む。
「――ぐうっ!?」
突き刺すような打撃を受けて、馬男の顔にしわが寄り、歯が剥き出される。
「もろうた! 受けよ、【スシュン投げ】――」
その隙に崇春は馬男の腕を取り、一本背負いに投げようとしたが。
「――なん、のおおぉっ! 【馬ッスルパワー全開】!」
馬男は逆に崇春の体を抱きかかえて止め、その胴をぎりぎりと締め上げる。
「ぐぐ……!」
崇春の顔が歪む。
馬男はそれにも構わず力を込め、さらには腰を落とし、崇春を体ごと抱え上げた。一息に、自らの頭上へと。
「――ブヒヒ、ウマーッハッハッハ! 邪魔でございます、どこかへ引っ込んでいて下さいぃ!」
投げ飛ばそうとしてか、再び腰を落とし力を込める、その瞬間。
「――受けよ正義の光弾! 我が必殺の【聖光砲】!」
勇ましい声と同時に光の弾が飛び、馬男を打った。
「――ブヒヒぃ!?」
破裂音と共に白く火花を散らし、馬男は吹っ飛んだ。離された崇春は芝生の上に落ちる。
「――間に合ったようだな。けがはないか少年!」
目を瞬かせる崇春に声をかけたライトカノン。その右手は、いつの間にか形を変えていた。白く滑らかな光沢を持った、細長い筒のような形。その先はくびれてさらに細く伸び、先端には黒く穴が開いていた、ちょうど銃口のような。
その姿は前腕を丸ごと、砲身にしたような形だった。
崇春は芝生を体にまとわりつかせたまま立ち上がる。
「むう……よく分からんが、助けられたようじゃのう」
「――ああ、だがここは危険だ、下がっていたまえ!」
ライトカノンは大きくうなずき、駆け寄った――かと思うと。
さらに身を寄せて言った。仮面に覆われた口元に手を添え、小声で。
「――ちょっとちょっとー、困るんだよねーお客さん。ショーの最中に乱入とかされると」
「……む? ショー? じゃと?」
ライトカノンはなおも小声で言う。崇春と自分を交互に指差して。
「――あなたお客さん、私たちヒーローと悪役。全然別、ね? 困るんだよねーその辺のルール守ってもらわないと」
呆れたようにかぶりを振り、腰に手を当てて続けた。
「――観客参加型イベントのときはいいけどねー、悪役にさらわれる役とか」
崇春の眉が困ったように下がる。
「むう、なんちゅうか……いったい何の話じゃ。いや、お主らはいったい何者――」
人目から隠すように身を寄せて。ライトカノンが小さくつぶやく。
「――ルールを守れない奴はなあ。死ね」
その右手は、先端の砲口は。崇春の腹に、ぴたりとつけられていた。そこからわずかに光が漏れ、小さく火花が散り。ねずみ花火ほどの破裂音がして。
崇春は、その場にくずれ落ちた。
「お……ごぉ、ぁ……」
「崇春さん!」
「崇春!」
案じるかすみと賀来の声はしかし、ライトカノンの大声にかき消された。
「――どうした、大丈夫か少年!」
身を起こしていた馬男へと向き直り、顔の横に握り締めた拳を震わせる。
「――おのれ悪の者め! 組みついた一瞬にこれほどのダメージを与えていたとは! 無関係な生徒を傷つけるとは卑劣な奴、許さん……!」
左手で右手を支え、砲を構えた。
「――再び受けよ正義の光弾! 【聖光砲連射弾】!」
うなるような音を立て、真っ白な光が弾丸となって降り注ぐ。乱射されたようなそれらの軌道は馬男から逸れ、渡り廊下へ飛び込むかとも思えたが。
「――ブヒヒぃっ!」
馬男はそこへ跳んだ。
自らの周囲で――馬男自身には当たっていない、中庭の地面や庭石に当たって――白く火花が散り、破裂音がいくつも上がる中で。まるで自ら攻撃を受けに行くように、そういう役を演ずるように。自らから狙いの逸れた光弾へと、自ら跳び込んだ。
「――ヒヒぃっ、バわああああっ!」
火花を散らして盛大に吹っ飛び、倒れる。地面の上で震えるその姿は――今朝もそうなっていたように――輪郭を揺らし、今にも消えそうに霞んで見えた。
倒れたまま口を震わせて叫ぶ。
「――おのれ、やってくれたなライトカノン! 次に会ったときが貴方の命日ですぅ、ご記憶に留めおき下さぁいっ!」
辺りの生徒からどよめきが起こる中起き上がると馬男は中庭を駆け、校舎の陰へと姿を消した。ライトカノンもそれを追う。
崇春は歯を食いしばり、頬を歪めながらも身を起こす。
「ぐ……ま、待てい……!」
腹を片手で押さえながら怪仏の後を追おうとするも、その足はよろめいていた。
「崇春さん! 無茶です!」
かすみと賀来は上履きのまま中庭に下り、崇春の元に走った。
怪仏が走り去った方に目を向けたまま崇春が言う。
「ええい、わしのことは構わん! それよりも奴らを……」
かすみはうなずき、百見らに連絡するためスマートフォンを探る。
賀来は崇春に寄り添い、心配げにその顔をのぞき込んだ。
かすみは小さく唇を噛み――歯で唇をつまむように、ほんの小さく――、それからかぶりを振って、スマートフォンを操作した。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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セクスカリバーをヌキました!
桂
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
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