74 / 134
三ノ巻 たどる双路の怪仏探し
三ノ巻6話 花も実もない
しおりを挟む――一方、その少し後。
線香が焚きしめられた中、テーブルの蓮の花を前に円次は真言を唱えていた。顔をしかめ、吐き捨てるように早口に。
「ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ! 汝が勇名雷の如く轟き、その雄姿稲妻の如く赫々たり! 毒竜の討ち手にして慈雨の運び手、敵城の破壊者にして神々の帝! 我が前に来たれ、護法善神……帝釈天!!」
左手の印――薬指と小指を曲げ、他の指は伸ばす。ただし人差指のみをわずかに折り曲げ、中指の背に沿わせた形――を、叩きつけるように蓮の前へ突き出した。
全員の視線が蓮に注がれ。円次はその姿勢を維持し。
そして、何も起こらなかった。
印を崩した手でテーブルを叩き、円次が声を上げる。
「だあああっ! 何回やらせンだよオイ、全ッ然来ねェじゃねェかあのクソは! 大体お前、合ってンだろうなこのやり方で!」
百見は眉根を寄せ、考えるようにあごに手を当てる。
「ええ、これで間違ってはいないはず……元々帝釈天の本体となるはずだった、平坂さんが印と真言で喚ぶ。さらにはその前段階として、あれを用意していました」
テーブルの上の蓮を示す。
「仏教ではなくヒンドゥー教、またその源流たるバラモン教の神話ですが。古典『マハーバーラタ』には書かれている、主神であった帝釈天ことインドラが蓮の茎の中に引きこもったことがあると」
「何でそんなとこに……」
円次のつぶやきにうなずき、百見は続けた。
「宿敵ヴリトラ――旱魃を引き起こす、強大な阿修羅の一柱――を、和平を結んでおきながらだまし討ちで殺したことを恥じて失踪。さらには自分がいなくなった後に王者となった者を恐れて、隠れていたとか」
「普通にダメだなオイ……」
「神道における天照大御神の、天の岩戸隠れ然り。ギリシャ神話におけるゼウスが台風の怪物、テュポーンから逃げ隠れた説話然り。主神が隠れてしまう説話は意外にあるもの。責任も何もかも放り出して引きこもってしまいたいという、人生の悲哀を感じさせますね……」
崇春が腕組みをして言う。
「むう……それで、隠れておる帝釈天を、蓮を媒介に喚び出すっちゅう算段じゃったが。上手くいかんもんじゃのう」
百見はうなずく。
「さらに前段階として、肉パーティを催して向こうの気を引くよう騒いでみたのだが……それこそ天の岩戸神話のようにね」
斉藤が口を開く。
「ウス……そういう、意味があったんスね……この集まり」
円次がつぶやく。
「いや、絶対意味ねェだろこれ……」
百見は肩をすくめた。
「一助にはなるかと思いましたが。知っていては固くなる人もいると思って、全員には言ってませんでしたけどね。それにしても、岩戸作戦失敗となると――」
テーブルから下ろして辺りに積まれた、片付け途中の食器や食材。辺りに残る紙皿や紙コップ。水をかけた炭の、煤臭いにおい。
「――どうしたものかな、これから」
空を見上げた百見のつぶやきは、寝転がった渦生のいびきにかき消された。
0
あなたにおすすめの小説
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる